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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第6場 ―名高き英雄―
232/322

Epilogue2 功績


「目覚めたか?」


 闇の中、男は独房で問いかけられた。

 それは女性にしては低く、芯の強い声だったが、自分自身を弾劾するような抑圧的な声ではないことにひとまず安堵した。


「やれ、安心するのは構わんが、私は君を救える者ではないのでそれだけは断っておこう」

「何用だ」


 男は何も見えない暗闇の世界に問う。

 確かにその女性は目の前に存在するはずなのに、目隠しでもされているのか視認することはできない。


「はぁ……何用だとは随分な物言いだな。既に用は済んでいる。君の片腕や踵、指先や両耳を丁寧にNaht(縫合)してやったのは私だというのに」

「……」


 男はそう言われて思い出した。

 自らがどのような末路だったのか。


 "――矜持に溺れろ、ペレディル!!"


 対する矮小な存在は爆発するような破壊力で大地を破壊し、まるで打ち放たれた砲弾のような速度で差し迫った。そのまま消えたかと思ったら、吹き飛んでいたのは自身の肉体の末端だ。その映像を最後に、ペレディル・パインロックは失明した。


「些かその肉体は欠損しすぎている……すまないが、以前のように騎士としては生きられまい。ましてや目は治すことが出来なかった。損傷が激しいからな」


 ペレディルは素手で空を切った。

 闇だ……。

 何も見ることができず、しかし手の感覚が残っている。意識ははっきりしているのに、悪夢へと押しやられたような失望感があった。

 『念動力』もこれでは使えない。


「君の国家反逆罪は一級のものだ。王家も許すことはあるまい……ただ、今回は元凶がはっきりしているからな。酌量措置として、私がこうして君の体を治したというわけだ。拷問に処されることもないから今後苦しい思いをする事もないだろう」

「……ッ……殺せ……こんな惨めな姿で生き長らえたくなどない」

「それは許されない。君は王宮から手厚い介護を受け、生かされ続ける」

「嫌だ……! 死なせてくれ! 殺してくれぇえ!!」


 男は独房で悲痛の叫びを上げながらのた打ち回った。

 それがペレディルに課せられた罰だ。

 暗闇の中、生かされ続ける。

 それは肉体的な苦痛を伴うことはないが、精神的には相当な負荷だった。恥を晒し続け、叛逆騎士として罵られ続ける。それは元貴族、元騎士としては耐えがたいものだ。


 声の低い女性は歩き去った。

 ペレディルが正常な思考ではないと判断した。これ以上の会話は被験体の精神を抉り、不必要な責め苦を浴びせることになる。

 それは治癒術師として本意ではない。

 踵を返して独房を出る。



 ペレディルは失明した闇の中で、這い上がる蟲の存在を垣間見た。

 それはかつて身を委ねた主君の姿のように感じられた。

 "――お前諸共、(わたし)も破滅だ"


 破滅の末路……。

 呪いの言葉が頭に響き続ける。

 数か月後、ペレディルは独房で餓死した。

 発狂したまま、食事を取ることもなく、舌を噛み過ぎて口も傷だらけの状態だった。王家の間でひっそりと火葬され、故郷にその灰骨が送られることもなかったが、それはまた別の話である。



     ○



 カレン・リンステッドは常に仕事が山積みだった。

 そろそろ後釜でも探さない限りは身が持たない。そう思いながら、王城のバルコニーで空気を吸い、肺臓に溜まった悪い空気を吐き出す。


「はぁ……王都も凄まじい現状だな」


 王城から見渡す街の景色は一変していた。

 例えるなら焼け野原というやつである。以前賑わっていた東区の商人街の建物も跡形もなく、平地だけが続いている。

 不自然に広大な面積を外壁が囲っていた。


「さて、次の患者のところか」


 休む間もなく、次の診察へ向かう。

 この国は攻撃系の魔術師ばかりで治癒術師が足りていない。

 同僚のドウェイン・アルバーティの協力で、東方バーウィッチから王都へ至るまでの道はショートカットできたが、それでもセントラルから東方の往来は厳しいものだ。

 独自の術式で転移魔術を進化させ、転移地点を逆指定することに成功したドウェインは近々、教員をやめて本格的に大学で転移魔術の研究に移るのだそうだ。

 その研究の発想自体は、片思い相手の洗濯物の手伝いのためだという馬鹿げたお節介によって生まれたというのだから、魔法は何がきっかけで発展していくか本当に分からない。

 カレンは溜息一つ、再び王城に戻った。



 ある一室に軟禁されている少女がいる。

 浅葱色の鮮やかな長い髪の少女だった。少し力を加えたら折れてしまいそうなほど、か細い肢体の妖精(エルフ)族だ。


 軟禁というのは些か語弊がある。

 その部屋は以前、故ブリギット王女が使っていた内装そのままにされ、淡い色調の天蓋付のベッドや染色が派手な調度品が並べられ、ぬいぐるみの類いも数多く敷き詰められていた。

 ファンシーな雰囲気が漂っている。

 先ほどの王城地下の狭い独房とは雲泥の差だ。

 その少女、リム・ブロワールは決してその部屋から離れようとしなかった。

 出る意志はないとしても、念のため、普段は施錠して部屋から出られぬようにし、軟禁している。


「……失礼」


 カレンは王宮の使用人と一緒に入室した。

 ファンシーさを醸し出す部屋のソファに座る妖精族は、それだけで絵になり、幻想世界に迷い込んだような錯覚に陥る。


「リム・ブロワール。北東の国境の森で、木こりを生業とするエルフ一族の出身。生まれながらに幻聴に悩まされ、部族に侵略した盗賊らを斧一本で虐殺した。その事件を皮切りに王家に見初められ、王宮騎士団黒帯として騎士となる。大逆事件の際、教会大橋にて長年仕えたブリギット王女を突如として殺害……そのまま橋を渡ろうと試みた市民総勢四十二名を殺害した……ふむ、この書類は本当か?」


 どう見ても、それほど凶悪な存在には見えない。

 カレンは近づいて声をかけた。


「君の体に触れる。私はカレン・リンステッドだ。東方バーウィッチの官庁所属だが、災害時の派遣治癒術師の任務もあり、ここで君の診察を任されている」

「………」

「なるほど。言語障害と聞いたが、失語ではなく、そも発する意志がないようだな」


 対面する形で座り、リムの魔力鑑定や五感測定、筋骨格の強度も測る。

 リムはその診察を抵抗することもなく受け入れた。

 健常人であれば、身体に触れただけでも多少の力は籠るというものの、リムの場合は一切の抵抗がない。

 それは強風に煽られれば踏ん張るといった正常反応や、寒さを感じれば体が縮こまるといった生理反応さえも起こさないレベルで、外部環境をすべて受け入れていた。カレンは少女の心神喪失は簡単に診断できたが、心神どころか肉体さえも"喪失"したような状態に困惑した。

 まるで、ふらりと現われた幽霊のようだ。


「視力も聴力も正常……だが、この子は見えているのに見ようとしない、聴こえているのに聴こうとしない……そんな感じか。精神疾患の類いだな」


 新型の魔力測定器(マナグラム)の測定結果では、魔力はゼロと表示されていた。

 新型は以前のバージョンのように誤作動も少ないと評判だ。魔力ゼロと表示されれば本当に魔力がないということなのだろう。

 際立った身体能力も魔力も存在しない。

 リム・ブロワールは誰よりも危険因子のない無辜の少女だと診断した。



 ……魔力の世界はまだ分からないことばかりだ。

 カレンは診断書を書いて使用人に渡し、この少女の処遇は王家へ委ねた。

 きっとこの子に宿っていた魔力は、呪いのようなものなのだろう。役割を終えれば消え去る力だが、その頃には当の本人の肉体はボロボロになるまで蝕まれている。

 カレンは悲劇の少女の末路を見届け、ひっそりと幸福を願った。



 その後、リム・ブロワールはその部屋で生涯を過ごした。

 たまに独り言のように誰かと話している姿を目撃した使用人もいた。

 虚ろな目をした少女からは想像も絶するほどに明るく楽しそうな声だったが、誰と話しているのかは分からない。幸せな幻聴でも聴いているのだろうと、使用人たちはそっとしておくばかりだった。



     ○



 王都の歓楽街。

 以前はそう呼ばれていた場所も寂れていた。

 ただ、骨組みが剥き出しの状態で露店を開く商人もおり、そこで疲れ果てた市民が憩いのために集い、スラムの中のオアシスのように活気づいている酒場もある。

 カレンは一日の仕事を終え、久しぶりに友人と会った。

 またあれから一年近くが経っただろうか。

 時間が流れるのはあっという間だが、どれだけ経っても変わらない関係はある。


「お、見違えたな」

「カレン、久しぶり!」


 カレンは旧来の親友と待ち合わせていた。

 イルケミーネ・シュヴァルツシルトだ。

 彼女は肩にかかるくらいに髪を短く切って、容姿を変えていた。

 以前顔を合わせた時のように静かな雰囲気とはいかず、屋外の笑い声も届くくらい賑やかな酒場だったが、二人は慣れたように酒だけ注文してカウンター席に着いた。

 少しの雑談を挟み、一日にあった世間話を交える。


「そうだ。借りていた新型の魔力測定器(マナグラム)、役に立ったよ。ありがとう」


 リムの魔力鑑定に使ったが、表示も見やすくなっていた。

 この新型は、測れない魔力が存在しないと評判で地方からの需要が高い。しかし、新型ゆえに供給も間に合っておらず、高価な価格で売られていた。

 イルケミーネは現行のマナグラムを回収して無償で配布すると言い出したのだが、荒れ果てた王都の景気回復のためにそれだけは勘弁してほしいと国王陛下直々に勅令を受け、王政と経済回復の担い手となっていた。

 何でも、これまで魔術師としての適性が低いと思われていた子どもたちのうち、何人かは抜きん出た能力を有する『無詠唱術者(アリアフリー)』であると判明するケースが、一気に増えたそうだ。

 新型の需要は貴族界のみならず、一般の魔術師やギルド職員の間でも高まっている。実質、この改良は子どもたちの未来も救った(・・・)のである。


 ――イルケミーネは、あぁ、と何か言いたげにそれを受け取って鞄にしまった。



「どうした、浮かない顔して……ミーネは魔術界の英雄(ヒーロー)だろう。基盤の研究はガウェイン・アルバーティ氏の理論だと公表しているし、後ろめたいこともないはずだ」

「うん……でも何か後ろめたいのよね」

「なぜ?」

「新型マナグラムの研究を一番頑張ってたのは、私でもガウェイン先生でもなくて、別にいるような気がするの」

「なんだ、それは」


 イルケミーネは大学での研究の日々を思い出す。

 しかし、いまいち靄がかかったようで覚えていなかった。そもそも、研究室に遺されていた謎の魔力培地と分離された正体不明の"赤黒い魔力"によって、新型のマナグラムの基盤は出来上がった。

 その魔力を遺していった存在は何処にもおらず、誰なのかはっきりしていない。

 深い深い記憶の底に閉じ込められてしまった英雄的な人物が、協力してくれたような気だけはしていた。

 消えてしまった別の存在がいたのだ。

 忙殺されて思い出す暇もなく、イルケミーネはついぞその存在を忘れることにした。胸のうちに後ろめたさだけを残して……。


「まぁ、そういうこともあるだろう。もし本当に協力者がいるのなら、名乗りをあげてくるはずだ。功績も要らずに労力だけを費やす聖人など早々いない」

「それもそうよね……」


 ははは、と笑い飛ばして、二人はまた酒を飲み交わした。

 酔いも深まり、大っぴらに豊富を語り明かすタイミングになった。


「目的も果たしたところで、ミーネはこれからどうするんだ?」

「私はまた本業に戻るわ……! もう迷いはありませーん」


 迷いとは昨年うじうじと話していた、婚期がどうの、といった類の話だろう。もうそんな下らない事は捨て置くことにしたらしい。彼女は彼女らしく、弟の世話に振り回され、お節介を極めて宮廷教師になるまで登り詰めた自分を誇りに思って生きると決めたのだ。

 新型マナグラムの開発者として富や名声を十分築いたのも事実である。


「宮廷教師の仕事か? 今は教育対象もいないだろう」


 エスス王女は既に成熟しているし、ラトヴィーユ陛下が退位すればすぐに女王となる。それ以外に教育の対象は宮殿にはいなかった。


「それが……エススが治癒魔法を究めたくてまだ勉強したいって言うのよ」

「ほう?」


 カレンも反応を示す。

 治癒術師が不足している昨今、ヒーラーに興味を持つ存在がいることは嬉しくて仕方ない。しかし、次期女王陛下に治癒術師の仕事を任せるわけにはいかないかと、カレンは一瞬のひらめきが馬鹿馬鹿しくなって喉奥へ酒とともに呑み込んだ。


「王都再建の傍ら、熱心だな」

「なんでも、ランスロットくんのために治癒魔法の神級を編み出すんだって」

「治癒魔法の神級……神の領域の治癒とは、つまり"蘇生"でも成そうと?」


 第一線で仕事をする治癒術師なら、それを聞いて笑い転げることだろう。

 そんな奇跡は不可能だと――。

 しかし、カレンは真剣な表情で聞き遂げた。


「……『ゲーボのお導き』なら、然もありなんと言ったところか」

「そうね。魔力は絶えず進化している――そう願えば、いつかは蘇生魔術なんて超常も、超常ではない時代が来るかもしれないわ」

「あぁ、そうだといいな」


 次代のことは分からない。

 だが、現代の担い手である自分自身が何かを後世に残せるように、悔いのない生き方をしたいものだと、カレンは思った。

 数日後に控えたバーウィッチへの帰路も、今度は妊婦に同伴する予定だ。以前、王都へ連れてきたシア・ランドールという少女である。治癒術師の自分が付いていれば長旅も大丈夫だろうと踏んでいるが、次代を担う子を孕んでいるのだ。

 丁重にバーウィッチへと送り届けよう。

 そんな役割一つ一つも、きっと未来へ繋がって大きな功績に結び付くはずだ。

 カレンは屋台骨の隙間から星空を眺め、そんな感慨に耽った。



Epilogue3に続きます。

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