Episode183 忠誠騎士Ⅲ
モイラの神級魔法から逃げ果せたボリスは闘技場へ戻った。
彼女との戦いのときから、ラインガルドが呼んでいるのを感知していた。勝敗がつかないようなら、隙を見つけて戦線離脱しようと踏んでいた折、あの神域の魔法だ。
敗走も致し方なかろう。
ボリスは街の家々の壁を伝って駆けた。
火傷を負った左半身が疼く。敏捷性で他の追随を許さないボリスにとっては不名誉極まりない痛手である。
……あれは対人戦で扱う魔法ではない。
攻城戦で、戦利品も構わずに振るうような破壊魔術だ。
それをよもやあの窮地で、たった二騎相手に放つとは――。
不意を突く妙案だからこそ、ボリスも見抜けなかった。
否、『悪魔の証明』の能力に依存して本来の洞察力を欠いていたのはボリスの落ち度。
黒魔力による強化は謂わば、諸刃の剣だった。
しかしながら、彼にまだ正常な思考が残されているのは、ひとえに獣人族としての強靭な精神力と、西方の魔術師貴族譲りの器を併せ持ってのこと。
ガレシアは狂化が進み過ぎて判断力を欠いていた。
ボリスもそれに気づき、彼女を見捨てることにしたのだ。冷淡さは黒魔力の汚染によるものでなく、元来、彼の性分である。
ボリスの鼻が利く限りで、各地の戦況を確認した。
宮廷魔術師は陥落。その弟が善戦したようだ。
そしてガレシアは死んだ。王城に控えていた王宮騎士団の雑魚も皆、まとめてティマイオスに捕獲された。
気になるロスト・オルドリッジ、そして国王と王女だが……。
「西区の教会大橋……?」
どうやら教会に逃げ込もうというつもりらしい。
馬で駆け、もうすぐ到着しようとしている。
そこには黒帯のリム・ブロワールが控えていた。リムの心は透明で何物にも染まっていない。白でも黒でもなく、細波でも荒波でもない。
妙な心理状況を嗅ぎ取ったボリスは困惑した。
まるで廃墟の荒廃美でも感じ取るかのように、ヒトとしての感情を逸した、ただそこにあるだけの自然のような存在だ。
「なんてーかな……」
冷静に分析せずとも、ボリスは早々に見切りをつけた方が最良かとひしひしと感じていた。
きっとこのままでは、こちらの敗北で終わる。
直感ではそう感じている。
しかし、それでも追いかけてしまうのは黒魔力による衝動でしかない。即ち「ロスト・オルドリッジが憎い」という憎悪感情だ。
そんな詰まらない事に拘る黒魔力の呪いが宿っていた。
○
「何をしていた! このノロマがッ」
闘技場に着くや否や、ラインガルドの罵声を食らう。
ボリスも呆れたように肩を竦めた。
まず状況が理解できない。
闘技場ではペレディルが聖剣を振り回し、石飛礫を操って非戦闘員を甚振っていた。非戦闘員というのは、初対面だが自前の能力で見破った。
ロストの兄――イザヤ・オルドリッジだ。
つまり、ロストと同様、この男もボリスの母方の従兄弟に当たる。
血祭りに上げる必要もない一貴族を嬲って何がしたいのだろう。
しかも、イザヤもかなり健闘した様子で、身体中が傷だらけであるものの、しぶとく、魔術を使い続ける程度には余力を残していた。
ボリスはそれを横目にラインガルドに伝えた。
ロストが今、向かっている場所のことを。
「――――教会?」
「あぁ、あんたも何か取り残したもんでもあるんじゃねーのか?」
ラインガルドはそれっぽく口元に手を当てて黙考した。
黒魔力で造形された腕がうねり、ざわざわと虫の大群のように蠢く。悍ましい姿だが、これが魔術師の最高位、賢者が成し得た不老不死の一介の秘儀というのだから、頭の切れる連中の考えることは理解が出来ないと、ボリスも眉を顰めた。
「教会……魔剣は我が手中に」
ラインガルドは懐から丁重に、鈍く光る魔剣ケアスレイブの柄を取る。
今となっては不要なものだが、『反魔力』の剣は確保している。まさか今のロストが、魔剣を量産できるようになっているとは想定外だったが、特に苦戦もしなかった。
今更負ける要素がないとラインガルドも高を括っている。
そして、聖剣リィールブリンガーは物理に作用する破壊と創造の剣。
それも今ペレディルが振り翳している。
他にあの教会に封印されている脅威はないはずだ。
「ペレディル、こっちへ来い」
「御意」
主君の声を聞き、即時にイザヤとの戦いを放棄してペレディルはやってきた。一方のイザヤも膝に手をつき、肩で息をしているが、突然の戦闘終了に困惑している。
「地下聖堂では聖剣と魔剣以外に何か封印されていたか?」
メルペック教皇リピカを打ち倒した時、実際に地下聖堂を見てきたのはペレディル・パインロックだけだ。聖剣と魔剣以外に脅威となるものがあるか、ラインガルド本人は確認していなかった。
「いえ、そんなものは特にありませぬ」
「本当か?」
「そうですな、封印されていたものは他にもありましたが、ガラクタです」
ラインガルドの体表がざわりと蠢いた。
「なんだ、言ってみろ」
「板のようなもの……それと、黒い鞄でしょうか」
ペレディルが指すのは、怪奇板『ティマイオス手稿』と『黒の魔導書』だ。ラインガルドはどちらも脅威にはならないと安堵した。以前は『黒の魔導書』の前に無惨に敗北したが、今現在の《エンペド》は魔力そのものと融合している。
魔導書といえど、魔力自体を呑み込む事など出来ないだろう。
他には、とペレディルを促した。
「あと、羊皮紙の巻き物が」
「……原聖典『アーカーシャの系譜』か」
封印魔法の原典に当たる聖遺物だ。
しかし、それも脅威にはならない。
一時的な拘束具としては機能するだろうが、膨大に腫れ上がった黒魔力すべてを封じることなど出来ないだろう。黒の魔導書と同じである。
魔力昇華した《エンペド》は無敵だった。
今一度、抜け漏れがなかったかをラインガルドは何度も反芻して考えた。しかし、どう考えても抜かりは無い。
彼らが教会を目指す理由は、本当に単なる神頼みか。
滑稽な敗走の姿を思い浮かべ、ラインガルドは嘲笑った。
あそこには女神の抜け殻もいる。
既に事切れているかもしれないが、あとでゆっくり赴いて手を下しても面白いかもしれないと不敵に笑う。
「あと、錆びれた円月輪が幾つか封印されておりました。破損していたので、どんな神秘であれ、使いものにはならないかと思いますが」
「――なに?」
またしても、ざわりと体表が蠢く。
悪寒はそこから……。
「封印指定の円月輪といえば」
ラインガルドははっとなり、さらに黙考する。
口元に手を当て、ペレディルに背を向けたり、足元からぶわりと黒魔力を滾らせたりと、忙しない様子だったが、突然焦ったように馬を呼びつけた。
ぬらりと這うように馬に跨ると、臣下に向けて言い放つ。
「ペレディル、教会に向かうぞ!」
「は……どうかしましたか」
「理由は後だ。早くしろ!」
ラインガルドはロストの狙いに気づいて焦りだした。
否、狙いは分からないが、手段は理解した。
まだ一つだけ、無敵とも思える魔力そのものに梃子入れする術がある。それは皮肉にも、エンペドがかつてイザイアを貶めるために利用した神秘の兵器だ。
――リゾーマタ・ボルガ。
神の羅針盤は世界を書き換える究極の因果崩壊兵器。
神に見放され、その恩恵の与り知らぬこの世界においても《神性の魔力》さえあれば起動することができる。ロスト・オルドリッジはこの世界で唯一、神性の魔力――すなわち、赤黒い魔力を保有する神の超越者だ。
その二つさえ揃えば、過去改竄も可能となる。
何をどう改竄するか知れないが、危険分子だ。
…
慌てて駆け出した二人を見送り、ボリスもまた別の目的地へ向かうことにした。
"間抜けな存在"が闘技場へ忍び込んだようだ。
この内乱に敗北を感じていたボリスにとっては、今更気に留める必要もない些細な存在だが、些細であるが故に許せない。元々、王宮騎士団にいた頃から解せない存在だった。始末するなら今が好機かと思い、いっそのこと処分しておきたくなった。
「ぐ、げはっ……」
向かう途中、闘技場内で倒れ伏す従兄弟の存在が目についた。
ペレディルやラインガルドの注意を逸らすために体を張って耐え凌いだ、か弱い魔術師だ。だが、心は一端の戦士のそれである。
「はぁ、お前には関係ねぇ戦いだろうに……お節介は叔母さん譲りか」
ボリスは踵を返し、喘鳴するイザヤのもとへ。
しゃがんで手を翳すと治癒魔法をかけ、体の傷を癒してやった。敵に塩を送る行為だが、血族の契りを重んじる獣人族の血には抗えなかった。ましてや、昔から慕っていた叔母の子と知れば放っておけず、余計なお世話をしてしまう。
斯く云うボリスもお節介だった。
黒魔力による汚染さえなければ、ロストの事も助けていたのだろうが――。
「まぁ……俺には俺のプライドがあるからな」
敵の仲間が敵とは限らないが、一戦交えてしまえば敵は敵だ。ボリスにとってイザヤは単なる従兄弟で、親戚の弟分のようなもの。それが苦しんでいれば手当てしてやるのも当然の恩情である。
しかし、ロストは今や明確な敵である。
治療が終わり、満足してボリスは闘技場の地下へ向かった。
「この闘技場は瘴気が濃い。またこんなものに汚されちまう前に早く逃げろよ」
○
ようやく闘技場まで戻ってこれた。
途中で離脱してしまったけれど、ユースティン先輩は大丈夫だろうか……。
それに一人で王都を駆け回るのは恐怖だった。
愛馬も濃霧が怖ろしいようだ。先々まで見通せないこの空気は、王国の未来も予見しているようで僕も不安になる。
闘技場の入場ゲートは大きく開口していた。
もう形振り構っていられない。
普通なら馬から降りて手綱を引いて入場すべきだけど、一刻も早く『白の魔導書』を確保したい。トニーの手綱を叩き、そのまま走らせた。
闘技場内ではなく、バックヤードに当たる闘技場の地下へと入り込む。
観客席のちょうど真下に当たる場所だ。
その方心円状に繋がった通路を進むと選手控え室がある。
騎馬戦ジョストで黒帯選抜戦に出たときはもっと綺麗に清掃されていたというのに、いまや塵の掃き溜めのように汚れ、所々黒ずんでいた。
その部屋へ到着する。
部屋の入り口付近にトニーを繋ぎ、部屋の中へ。
内部はさらに鬱蒼としていた。
よく見ると、天井から水滴が滴り落ちて湿気を高めている。何か争いごとでもあって建て付けが悪くなったのか。
「早く……魔導書はどこだ」
探索すると、人が先ほどまで繋がれていたような鎖や縄が放置されていた。イルケミーネ先生の話では、ここにラトヴィーユ陛下が拘束されていた事になる。
その辺りの瓦礫を掻き分けると、存外すぐに目的の代物が見つかった。
「これが白の魔導書……?」
焼け焦げていて、確かに白くない。
どちらかというと『黒の魔導書』のように見える。
しかし、イルケミーネ先生の話を信じるならば、これが目的の魔導書に間違いないのだ。でも問題はどう持ち運ぶか、そしてエスス様は近くにいるのかどうかだ。
意外と魔導書は大きい。
旅行用の鞄ほどのサイズがある。
気軽に持って歩くにしては少々危険だった。
そこで目についたのが先ほどの鎖と縄だ。
剣を振るうなら両手を空けておきたいが、魔導書に取っ手しか付いてない以上、背負うことが出来ない。だから、不格好であるのは差し置いて、鎖と縄を取っ手や他の装飾具に通して、そのまま背中に背負うことにした。
胸の辺りで縛り、魔導書を背に密着させて持ち運ぶことにする。
「……」
きっと鏡で見れば、今の僕は相当酷い格好をしているだろう。
鎧を着込んでいるのに、さらに四角い鞄まで背中に巻きつけているんだ。
笑い者にされても仕方ないほど滑稽だ。
――でも、そんなことはどうでもいい。
エスス様が、『白の魔導書』なら王家の人々を救えると言った。
他の皆が半信半疑でも、僕はエスス様を信じ貫く。
最近、不仲が続いていて、しかもエスス様の身内の不幸が続き、気まずい関係が余計に悪化してる気がする……。
せっかく魔法大学で仲良くなれたというのに。
騎士として――いや、騎士でなくても仕えていられるだけで幸せだった。
その僕がエスス様を信じなくてどうする。
ロストも言っていた。
"黒帯である必要なんかない。守りたいって想いがあればいい"と。
そうだ。ロスト自身がそうであるように、黒帯という肩書きに拘る必要はないんだ。僕がどんな存在だとしても、信じて守ることが出来れば――。
「おっと、何しているかと思えば」
ぞわりと背筋に悪寒が奔る。
気怠そうだが、静かでヒトを射抜く声色だ。
最悪のタイミングだ。
その声の主は、今一番遭遇してはいけなかった存在。
僕の畏敬の対象で、さらにこの叛逆の筆頭騎士……。
「飯事にしては不細工すぎるが……どうやら、お前が背負ってるのは魔導書の残骸だな?」
「ひぃ……」
「それはもう役立たずのゴミだ」
王宮騎士団黒帯No.2 ボリス・クライスウィフト。
団長に次ぐ実力の持ち主。
僕からすれば雲の上の、さらにそのまた上の星に近いような存在だ。
それが明確な殺意を持って僕を見ていた。
僕は腰の鞘から剣を引き抜くこともできず、蛇に睨まれた蛙のように体が動かなくなった。
ボリスは部屋の入口に気怠そうに佇んでいる。
「お前が生きてようが死んでようが、俺はどうだっていい――どうだっていいんだがな、なんつーか、初めて見たときから、なんかきな臭ぇ」
「あ……ああ……」
「その怯え方も本当は演技なんじゃねーかってな」
ボリスの言葉が頭に入らない。
しかし、彼は懐からゆったりと得物である短刀を二本取り出した。その動作が皮肉にもやけに緩慢に見えて、僕は今から処刑されるんだという事をじわりじわりと感じ取ることができた。
実力差は並大抵のものじゃない。
ボリスと戦えば、僕は確実に死ぬだろう。
味方もいない。
普段なら僕を助けてくれる他の仲間がいない。
ロストもユースティン先輩もいない。
最初からそんなもの当てにするべきじゃないのは分かっているけど、僕一人でなんとか出来る敵じゃないことは一目瞭然だった。
「大英雄ランスロット・ルイス=エヴァンスの子孫なんだ。それ相応の力は持って然るべきとは思わねーか?」
「ひっ……」
かちゃりと小さく響く短刀の音。
ボリスが短刀を構えた。それは投擲の構え。今すぐにでも、もうこの直後にでも放たれても不思議ではないほどに熟練した戦士の構えで、僕に狙いを定めている。
彼が何か僕に語りかけても、ほとんど耳には届いていなかった。
ただ、あるのは死にたくないという想いだけ――。
「俺の能力は知ってんだろ?」
「……」
「特殊能力や魔法の性質すら嗅ぎ分ける力だ。でも何故だか、お前のだけはよく分からなくてな。モヤみたいなのに妨げられて嗅ぎ分けられねぇ」
――そうだ、死にたくない。
僕はこんな所で死ぬわけにはいかない。
エスス様のためにも。
『白の魔導書』を届ければ、もしかしたらエスス様の笑顔がまた見れるかもしれない。だというのに、ここで僕が死んだら、それも叶わない。
「もしかして、お前もそれ系の能力持ちなんじゃねーかって」
厭にゆっくりと話しかけてくる。
時間がまるで止まってしまったかのよう……。
静かだ。吐息すら耳に届きそうだ。
心臓の音も、僕自身の耳に届いてうるさかった。
「団長との決闘、俺も見させてもらった。あれは何だ? なんで弱いくせに何度も立ち上がる?」
「し、知るもんか。ぼ、ぼぼ僕に出来ることを……頑張るだけだ」
「――はぁ」
ボリスは短く溜め息をつく。
面白みにかける答えだったと言わんばかりに。
それはすぐ殺気に代わり、獣の目で僕を射殺す。
「そら、持ち合せる本領があるなら発揮する時は今だぞ。もしただの雑魚なら、その程度の実力で足掻く見苦しさが気に入らねぇ。潔く散るってのも男らしさだ」
半獣の騎士が今一度、短刀を構えた。
指の合間に二本挟み、今にもこちらに先手を掛けてきそうだ。
がちがちと歯が震えた。
体も身震いして身動きが取れない。
「――――」
いや、取れないんじゃない。
既に体は動かないほど負傷していた。
「ぇ――」
短く困惑の声を上げる。
軽やかに、そして深々と短刀は僕の胴体を穿っていた。
心臓の真下当たりを的確に捉えた一本と、太腿の付け根に一本。
ちょうど装甲の切れ目だ。
そんな細い隙間を、簡単にボリスは射抜いてみせた。
直後には、穿たれた傷口からどくどくと血が吹き出てくる。
致命傷だ。間違いなく僕は死んだ。
「なんだ、つまらねぇ」
消えかける命の灯も、ボリスにとっては取るに足らない虫けらのもののようだ。軽々と吐き捨て、期待した力を発揮しなかった僕に興醒めしたようである。
どさりと力無く倒れる体。
「このまま死なれたら……まぁ死ぬんだろうが、結局なんだったのか分からねェじゃねーか」
『悪魔の証明』で見抜けなかった話だろうか。
僕は生憎、そんな英雄じみた能力は持ち合わせていない。何の力もない。ロストみたいに時間を止めたり、アレクトゥスみたいに不死身の肉体を持ってるわけじゃない。目だって耳だって鼻だって、凡人のそれだ。
「まぁいいか。どうやら団長みてーな不死の体でもなさそうだし……死んじまえば終わりだ。どうだっていい」
徐々に意識が遠のいていく。
視界が霞み、白くぼやける。
血が足りずに世界が朧ろげになっていく。
これで意識を失えば、僕は二度と目を覚ますことはないだろう。
「チッ……最後に何か見れると思ったが、期待して損したぜ。大人しく、あいつらの向かった教会へ行くか。お姫様もいるみてーだしな」
ボリスは踵を返して、その場から忽然と消えた。
お姫様――エスス様のことか。
情けない……。
思いだけは一人前でも、無力は無力だ。
僕は死に逝く間際、こんな情けない自分がどうにも許せなかった。この名に恥じぬ生き方をしたかったが、こんな呆気なく死んでしまうんだ。ボリスの言う通り、この程度の実力で今まで足掻いてきたことがそもそも恥晒しだったか。
『ランスロット・ルイス=エヴァンス』の名に泥を塗り続けていたのか。
悔しい。
悔しいけれど、僕には力がない。
ごめんなさい、エスス様……。
『白の魔導書』、届けられなかった……。
霞む視界が徐々に暗転していく。
しかし、その中に"光り"を垣間見た。
何故だかその光りは、僕を後ろから包み込むように感じる。これが安らかに逝くときの感覚だろうか。
死者の国があるなら、理想郷のような世界かもしれない。
ゆっくりと堕ちていく。
これが死か……。
"――en; Converge [lim{x→0} 1/x^①]――"
死ぬ間際、変な暗号が頭に浮かんだ。
※教会に封印されている聖遺物について、気になる方は「Episode135~137 女神再臨」からご確認ください。




