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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第5場 ―名も無き英雄―
222/322

Episode181 忠誠騎士Ⅰ


 曇天に轟く雷。

 雨でも降り出しそうな天気だ。

 そのぶ厚い雲の直下、鬩ぎ合う魔術と瓦礫の弾丸は次から次へと鉄の相剋を奏でて残響を生む。

 闘技場では未だにイザヤの交戦が続いていた。

 それは弟への贖罪――。


 時間稼ぎにしかならない戦いだが、彼にとっては生死を賭けた闘争である。体を鍛えているとはいえ、彼には致命的に実戦経験がない。


「オセルより光芒を誘う軌跡。我が樵路を駆けろ――インテンス・レイ!」


 白い光球が大地から七つ放たれる。

 対峙する騎士の背後に浮かぶ瓦礫の数々を、魔法で打ち落とした。

 『念動力サイコキネシス』を初めて見るイザヤだが、元より魔術の世界で生きてきた。不可思議な現象には慣れている。諸々の考察は後回しにして敵の手数を削ぎ落とすことに徹する。

 聖剣を握るペレディルは、イザヤの魔術を淡泊に眺めてやり過ごす。


「……」


 ペレディル・パインロックにとってこの戦いに何の意味もない。

 黒帯同士の模擬戦のように、主君に望まれて挑むだけの肩慣らしでしかない。ペレディルは聖剣リィールブリンガーを掲げて次弾を創り出した。大地が震動して地面が抉れ、ごとごとと石飛礫が浮かび上がる。

 イザヤはその隙を突くため、さらなる強化魔法で攻めに転ずる。

 鍛えているとはいえ、彼には致命的に実戦経験がない。それを埋め合わせするのが覚えたての東流の実践魔術だ。

 どうにも心許ない。


「Starku(強化)ng Start(開始) von pa(一撃)t……!」

「遅い!」

「うっ」


 イザヤは白兵戦に挑むも意味を成さなかった。

 ペレディルは念動力(サイコキネシス)による遠距離攻撃と聖剣による近接攻撃で、全範囲(レンジ)はカバーしている。

 しかし、イザヤには魔術による後方火力しか攻撃手段がない。その状況下で出来ることは、身を粉にした時間稼ぎが関の山である。


「はぁ……はぁ……」

「無様である。オルドリッジとはもっと優雅に、そして硬骨毅然と対敵を打ち負かすと西方では評判だった。その末裔が貴様なら衰退も近いと見た」

「ふん……生憎、うちは誰かさんのせいで外面(そとづら)に構ってる余裕がないんでね」


 イザヤはペレディルの背後に佇む諸悪の根源に一瞥くれた。

 その男は黒魔力の源泉を主張するかの如く、足元からどくどくと黒い泥を溢れ返している。

 男はつまらなさそうに悪態をついた。


「フン、出来損ない風情が」


 それにしてもボリスの帰還が遅い。

 ラインガルドは苛立っていた。

 黒帯のボリスは鼻が利くため、こちらが呼ばなくても必要な時にはすぐさま目の前に現れる。だが、今回に限っては一向に姿を見せなかった。先ほど『ティマイオス雲海』から舞い降りた勢力との抗戦で時間がかかっているのか。

 これまで順調な復讐劇だったが為に、余計にもどかしい。


 それに、ラインガルドは今の状況にきな臭さを感じていた。

 王城の記録を読んだが、これまでのロストの戦果は概ね無鉄砲なものだ。愚直にも敵の罠に嵌り、最後には元々の器量で押し返すだけの極めて愚直なもの。

 それが今回はどうだろう。

 一体、彼らは何処へ行ったのか。

 それさえ分かれば、目的もある程度の目星がつくのだ。


 諸悪の根源は、王都中に散りばめた黒魔力の気配を辿り、各地で起こる戦いの行く末を傍観した。一つ、つい先ほどに魔女の陰りが消えたが、特に気に留める必要はない。

 『白の魔導書』はもう焼却させたのだ。

 これ以上は世界の綻びを修正する力が働くことはないだろう。

 だが、何か見落としている気がしてならない。

 ラインガルドは足元の魔力溜まりをざわざわと波立て、焦燥感を露わにした。



     ○



 闘技場の観客席を数回の跳躍で飛び出した赤い魔族を追いかけ、モイラも後を追うようにその最上階から外へと飛び出した。

 高さは民家の倍程度はあるが、落下の受け身には慣れている。

 臆せずに固い地面めがけて飛び込む。


「モイラたん、あたしは先にお城へ向かうからっ」

「お願いします……!」


 飛び込む直前、頭上から雷の賢者ティマイオスの声。

 ティマイオスは空を飛びながら街を越え、中央に高々とそびえる王城へ向かっていった。

 この二人の役割は王城拠点の奪還だ。

 しかし、モイラは現時点で寝返りを確認できている黒帯二名の撃滅が優先だと考え、逃げゆくガレシアを追いかけた。

 彼らは脅威に他ならない。

 身体能力ももちろんだが、その特異能力ゆえに索敵や工作、欺瞞作戦に長けている。そんな二人を野放しにした状態で城を取り返しても、真の勝利とは言えないだろう。

 何より、モイラにとってこれは弔い合戦だ。

 先に逝った王家、騎士団の黒帯たち――皆、懇意の仲だった。だからそれらを無残にも殺害したその二人の撃退こそ、彼女の為すべき忠義なのだ。



 ――飛び出した先には抉れた地面。

 随分荒れ果てたものだと魔眼のモイラは唇を噛みしめた。

 着地の寸前に受け身を取り、そのまま道を転がって起き上がると同時に駆け出す。


「あっはは! 必死ね。抗ったとこで何も出来ないでしょうに!」

「くっ……」


 赤い魔族は曲剣をピッケルのように家々の壁に突き刺し、屋根上へと這い上がった。

 縦横無尽な動きにモイラも短く溜息をつく。

 黒帯相手だとこうなるのだ。

 彼らに"袋小路"など存在しない。

 極限にまで培った身体能力が、あのような立体的な動きも可能とする。逃走に徹したとき、彼らならどのような障壁も乗り越えるだろう。


「セット!」


 しかし、それはモイラにとっても同じである。

 彼女も体一つで外壁をよじ登る術は心得ていた。

 モイラは心象抽出で魔力の剣を造り出し、それを投擲して家の壁に突き刺した。二、三回繰り返して足場を作ると、跳び上がって屋根上へと跳びあがる。

 身軽さでは負けていない。

 屋根にはガレシアが曲剣を両手に二本携え、佇んでいた。

 余裕そうな赤い魔族の様子が解せない。

 不敵な笑みを浮かべるガレシアを、モイラは睨んだ。


「ほら、お得意の魔眼で殺したら?」

「……それもいいでしょう。しかし、貴方への断罪をそれで終わらせたくありません」

「余裕なのねぇ。最初から本気でやらないと後悔するわよ?」

「あっけなく殺す気はないという意味です。戦いはもちろん全力で。完膚なきまでに討ち滅ぼしてあげましょう」


 抽出する魔力。

 構えるは一刀のみ。

 モイラは騎士として白兵戦の術を心得ているが、元来は魔術師だ。剣術に特化した相手であれば引けを取ることもあっただろう。しかし、ガレシアとて長年、盗みや悪さを働いただけの盗賊でしかない。

 お互い、剣の道に生きてこなかった半端者であることに変わりないのだ。


「いきます……!」


 屋根のゲーブルを蹴り、駆け出す。

 同時に赤い影もゆらりと消えた。

 否、消えたように見せて残像を残して素早く移動しただけである。

 モイラにはその幻影が見えていた。

 魔族に正々堂々の攻防戦など期待してはいけない。彼ら魔族にとって戦いは狩ること、命を削ぐことであり、それ自体を興ずるようなことはない。

 ならば狙いは初めから、この首だ。



 ――斬鉄が乾いた音を立てる。

 左手から逆手に構えた曲剣が首を刈りに来ていた。モイラはそれを剣で弾くと、横転して右から迫る別の剣戟を躱した。

 着地して屋根を蹴る。瓦がいくつか落ちて地上で瓦解した。

 間髪入れずにモイラは攻め込む。

 低姿勢から、剣を下段から振り上げ、対象を逆袈裟方に斬り伏せる。

 ガレシアはくるりと反転して剣戟を避けると、身軽な動きで別の屋根へと飛び移った。


「あはっ、足元がガラ空き!」


 降り立った直後、曲剣がブーメランのように投げられた。

 弧を描いてモイラの脚部を襲う。それを剣で叩き落とすと、すぐさま跳び撥ね、反撃とばかりに剣を投擲して応戦した。

 モイラも次の屋根へ伝う。

 剣術と思えば、飛び道具による攻防だ。


「お互い、武器に愛着がないものねぇ」

「そもそも私は凶器など持ちません――!」


 それぞれ並んだ屋根の上を並走して交戦する。

 モイラは心象抽出により新たな剣を生成して投擲し、ガレシアはそれを叩き落として逃げる。

 黒い胴衣を纏う赤い女と、同じく黒い胴衣を纏う白い女の並走だ。その素早い動きは素人目には魔力弾(バレット)二つが並行して放たれたかのように映っただろう。


「そんな生半可な姿勢で騎士なんて名乗らないことね!」


 ガレシアは突然にも方向転換し、モイラに向かって飛び込んできた。

 曲剣一本を両手で握りしめ、上空から振り下ろす。モイラはその攻撃を剣で受け止め、お互い瞬間的に動きが静止した。

 ばちりと魔力の塊であるモイラの得物が崩壊しそうになったが、何とか堪えて押し返す。ガレシアは嗤いながらもまた元の足場へと戻っていった。


 ……戦術に芸がない。

 モイラは全体的にぬるいと感じた。ガレシアであれば最初から徹底的に殺しにかかると考えていたが、まるで愉しんでいるように余力を残す戦い方だ。

 何か落とし穴があるのか。



 ――刹那、ぶちりと肉を断つ音が耳に届く。

 続いて前方へと何かが回転して飛んでいった。

 それはよく見るとガレシアが先ほど放り投げた曲剣の片割れだ。

 刃からは、旋回に合わせて鮮血が飛び散っていく。


「いっ――!」


 遅れて脇から激痛が奔る。

 片手で抑えると、そこからは血が溢れ出ていた。

 どうやら後ろから曲剣が投げられ、それが脇を直撃して通り抜けたようだ。モイラは苦痛に顔を歪めながら、後ろを振り返る。

 また別の屋根の上に、新たな刺客がいた。


「やれやれ、あんたも随分しぶといっつーか」

「ボリス・クライスウィフト……」


 痩身の騎士がこちらを睨んでいる。

 着崩した胴衣は以前と変わらず、またその気怠そうな声も相変わらずだった。しかし、その瞳にだけは明確な殺意を宿していた。


「あらあら、今さら横槍入れてくるなんて。性格が悪いのねぇ」


 もう一度正面に向き直る。

 先の屋根にはガレシアがいる。そして背後にはボリス。

 背後のボリスがガレシアの擬態ではなかった事は確認できたが、その状況は非常に危険だ。

 黒帯のNo.2とNo.3に挟み撃ちにされている。

 モイラは苦虫を噛み潰す表情で前後を警戒した。

 こないだはガレシア一人だけでも仕留め損ねたのだ。

 そこにボリスも加われば、勝利はおろか生存すら危うい。


団長(アレクトゥス)のときの貸しだ。あの時はお前が横取りしたんだからな」

「ああ――ふふふ、そんなこともあったわね」


 噴き出る血を片手で押さえ、モイラは二人の会話に歯噛みする。

 今の会話から察するに、騎士団長アレクトゥスの命を奪ったのも、この二人だ。悔しさ、そして脇腹の痛みで汗がにじみ出る。

 この二人にとって、モイラも今やただの獲物の一つだと思われているようである。

 ――狩りのお遊びの対象。魔族であるガレシアが先ほどから本気で襲ってこない理由はそれだろう。

 これは戦闘ではなく、ただの狩猟(ハンティング)……。


「じゃあ、今度は競争でもしてみる? どっちが獲物を仕留めるかっ!」

「面倒くせえけど、ここらでどっちが強いかはっきりさせるのは悪くねえ」


 前後から跳び上がる黒帯の二人。

 かつて同僚だったボリスとガレシアが、まるで狩りの対象でも見つけたかのように襲いかかる光景は、モイラとしても心が痛かった。

 これが黒魔力による負の影響か……。

 しかし、悲観する間もなく二人は迫ってくる。

 モイラは横跳びして攻撃を回避し、別の屋根へと飛び移った。脇の痛みが襲う。それを堪えて、牽制の意味も込めて魔力の剣を投擲した。

 無駄骨だ。

 だが呼吸を整えるほんの少しの時間は得られるだろう。

 飛び乗った屋根で蹈鞴を踏み、モイラは体勢を整えて振り返った。



「もうすっかり弱ってるじゃない」



 だが、そこには既にガレシアがいた。

 耳に邪悪な声が届いた直後、蹴り飛ばされて足場を失う。片足で蹴りつけられただけだというのに、モイラの体は凄まじい速度で吹き飛び、隣の家の外壁に背中を打ち付けた。

 どんという衝撃の直後、支えを失った体は無惨にも落ちていく。


「きゃあ!」


 そしてそのまま地上へ真っ逆さまに。

 目下にはボリスが短刀三本を指に挟んで構え、待ち伏せていた。

 眼光は鋭く、まるで獲物を捕らえる鷹の目だ。


「頂きだ」

「くっ――セット!」


 モイラは落ちそうな意識を取り持たせ、今一度心象抽出で剣を片手に構える。

 地上で鈎爪を振り上げるボリスの攻撃を、なんとか剣一つで弾き返した。しかし、その反動で道に投げ出され、受け身も取れずに無様に硬い石畳の上を転がった。


「うっ……あぁあ……」


 痛い。

 一連の攻防で傷口が拡がっていく。

 相当深く抉れてしまったらしい。

 地上にガレシアも降りてきて、敵勢二人がこちらを無情に眺めていた。その眼差しに慈悲はない。獲物を狩るだけの猟犬と野蛮人の眼である。

 モイラはそんな強敵を前に、成す術がなかった。

 なんとか起き上がり、剣一つで体を支える。

 ボリスはそんな元同僚を眺めて、冷淡な表情で声をかけた。


「脆いな。抵抗しなけりゃ苦しい思いもしなかったんだろうに」

「降伏などありえません。この身は既に――」


 そう、この身は既に死んでいた。

 あの日――南レナンサイル山脈で身を投げ出そうとしたあの日から。あの時には魔術師モイラ・クォーツとしての生を捨て、魔眼のモイラとなった。

 魔眼持ちなどという呪われた女の居場所をくれた。

 そんな王家に感謝している。

 仮にそれが力の象徴のためだったとしても。

 見世物の一つでしかなかったとしても。


「……貴方達は損をしてます」

「はぁ……?」

「恩を疑って――思惑や意図を探ろうとして、ただそこにある温情が見えていない」

「何が言いたい?」


 少しの時間があればいい。

 モイラは己が人生を振り返る最中、本業(・・)を思い出した。しばらく使っていなかったが、多少の時間さえあれば傷口は塞げるだろう……。


「陛下も、王家の人々も、皆優しい……。時にはその温情が余所へ向くことがあっても、私たちを罠にかけた事実なんて何処にもないのです」


 最初のガレシアとの遭遇戦にて諭された言葉。


 "――私たちはただのお飾り"。

 そう主張して反旗を翻したガレシアが、モイラはどうしても許せなかった。

 それは黒帯の傲慢でしかない。

 確かに王宮騎士団はある時から無下に扱われ始めた。

 具体的には王の第七子であるエスス王女が生まれた頃からだ。国王も第七子を想うばかりか、それ以外のことをお座成りにしてしまったのである。

 ――しかしそこに悪意はない。

 決して騎士団の黒帯を見世物にしていた事実や暇つぶしの余興替わりに使っていた事実はない。そう感じさせることがあったとしても、それは何処か余所へ向けられてしまった意図せぬ愛があっただけ。


「あなた如きに――ギルド所属の誇りもない魔術師に、何が分かるっていうのッ!!」


 ガレシアからびりびりと憤怒が伝わる。

 まるで空気が振動したように湧き立つ怒りを空気に漂わせた。しかし、それもまた狂喜へと変わり、赤い魔族はにたりと嗤って目を細める。


「あははっ、そんなに身を滅ぼしたいなら八つ裂きにされれば? 宮殿には私の"巣"を用意してあるのよ。王家の連中と一緒に(わた)抜きにしてあげる」


 時間稼ぎも十分だ。

 モイラはそう判断して姿勢を整えた。

 黒帯二人相手とはいえ、こちらもまだ本領を発揮していない。

 この脇の傷はそれらを出し惜しんだ結果だ。

 だから、せめて刺し違えてでもこの二人は止める。

 止めることが出来る。


 モイラは杖替わりに使っていた剣を片手で持ち上げ、聖心流の構えを取った。

 もう一方の手を余してさえいれば大丈夫だろう。

 こちらも今から全力だ。

 魔眼の力――そして魔法の力を思い知るがいい。



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