Episode177 イザヤの受難Ⅳ
臆病者。ガラクタ。願望機。
己を犠牲にしてでも他者のために生きてきた。
その実、人の事ばかり気にしていただけだった。
――相変わらず、キミは怖ろしいほどに自分が見えていない。
いつか再会した魔女が言った。
――それはキミの長所であって、短所でもある。大切にするべき個性だよ。
本当にそうか?
この生き方は間違っていたように思う。
いや、思わせられる……。
「死ね」
「死ね」「死ね」
「死ね」「死ね」「死ね」
曇天の下で響き渡る呪詛の掛け声。
力を持つ存在は悪だと民衆は糾弾した。
それらになるべく耳を塞ぎ、ペレディルと対峙する。
奴が手にしていた得物は聖剣『リィールブリンガー』だ。一振りで天変地異を引き起こす歪曲剣が、持ち手であるペレディルの飛び道具も無限に増やし続ける。
『魔力剣』と弾き合う度、至る所から瓦礫が跳ね上がり、ペレディルの周囲に弾丸として貯蔵される。それが剣戟の最中、飛礫のように放たれた。
変則的な攻撃に対処しきれず、全弾を体一つで受け止める。
こんな攻撃は痛くも痒くもない。でもその飛礫一つ一つが観客の向ける呪詛と相俟って、俺の心を蝕んだ。受ける度に動きが徐々に緩慢になっていく。
「ひゃはッ、これが最強と謳われた騎士か!?」
攻撃を捌き切れずに聖剣が肉を穿つ。
減り込んだ剣を捩じられ、胴体を抉られた。
「ヒャハハ!」
昂揚したペレディルが目を見開いて俺に憎悪を叩きつける。
異常な素振りを見せる男に恐怖感を覚えた。蹴り飛ばされて力なく後方に倒れる。そのまま体を滑らせ、無様に闘技場に転がった。
半魔造体となった不死身の肉体は、幸いにも傷ついた体をすぐに修復した。一方で心の傷は着実に拡がって疲弊していく。
「ロスト、頑張っ――ぐぅ!」
陛下と同じように鎖で縛られたエススは、エンペドに手繰られて頸を括った。
あそこに助けを求めている者がいる。
守るべき存在がいる。
俺を応援してくれている。
でも、一を守るために全を切り伏せる行為を俺自身が全力で拒んでいる。
「悪者になる気分はどうダ」
「……」
「実に愉快。貴様が苦シむ表情を一度でも拝めレばと用意した舞台だったガ……やレ、これほど功を奏すとはな」
ラインガルドは嗤う。
これが奴の狙いなら酷い悪趣味があったものだ。
復讐のためにどれだけの人を犠牲にしたのか。
その執念が悍ましい。
俺を罪人として晒し上げる事が目的のこの舞台。延々繰り返される無限の弾劾。それ自体を愉しむこの舞台に終わりはない。奴も、刃を向けるペレディルも、そして王都の市民も俺の苦衷を愉しんでいた。
「ハッ……ハッ……」
短い吐息を漏らして自我を保つ。
掻き乱される。心が掻き乱される。
無様に這いつくばって石段に頭を打ち付けた。
……何処にも救いがない。
確かにこの男の言う通り、人の為に生き続けた。そこに俺自身の信念など所詮は無かったのかもしれない。脆い信念だと言われればそれまでだ。そうやって生き続けた報いを、こんな形で責苦として浴びせられるというのなら、何のために俺は此処までやってきた。
何のために――。
戦士として生きた所で感謝されない。
――戦いを求めるその欲望こそが悪だ。
人助けをした所で見返りなどない。
――それどころか悪だと糾弾される。
その中に救いを求める事は許されない。
英雄は常に強く在り続け、不屈の精神で敵を凌駕しなければならない。
俺はいつからそんなに強くなっていた?
未熟なままに『英雄』と持て囃されていただけじゃないか……。
その本質は意志のない願望機だ。
全のうちの多数を採択し、神の代行者を騙って正義を実行していた。それが間違いだったのか。いや、事実そうなのだ。そうであるはずなのだ。この罵詈雑言の数々が真実を付きつける。
だから感謝されるはずがない。
「別に、求めてたわけじゃないけどさ……」
この現状に悪態をつく。
見返りが欲しいわけじゃない。けれど、認めて欲しかった。誰かに認めて欲しかっただけ。幼少期に虐待されて育った俺の、性格的な短所と云えばそれまでか。
――死ね!
――罪を償え!
――失せろ、凶賊!
幾重にも浴びせられる弾劾の数々。
俺は間違っていたのだと意識の奥底に叩きつけられる。失意の中、俯せに倒れたその目の前、気づけばひらりと舞い落ちる一枚の紙切れが目に留まる。
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ジャックへ
地下聖堂で待つ
一緒に過去を清算しましょう
女神より
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……あぁ、そうか。
"一緒に"とは俺自身の過去のこと。
女神に与えられた運命。力。役割。
それを清算する事が出来るのか。
罪を帳消しにしてくれるというのか。
だったら最初から……教会に行けば良かったかな。
精神を抉られて放り込まれる白昼夢。
視界は白く染まり、気づけば俺はガラクタな人生を思い返していた。
◆
『死ね! 罪を償え!』
図書館に似た静寂。
屋敷の書庫は独房と化していた。
今日も今日とてサードジュニアは兄の不満の捌け口だ。
激痛で目覚めることはもう珍しくない。
『お兄様、痛い……痛いよ……』
あれは弱い存在。
生まれながらにして先祖と邪神に仕組まれた因果を辿るだけの人形。その一連の過程として、"家族からの虐待"が今そこで行われていた。
セカンドジュニアはとりわけ父親に感化され、率先して弟を虐めていた。
咋な暴力はもちろんのこと、習得した魔術の実験台にも使われる。不幸にも傷ついた体の回復が早いことが余計に虐待の数を増やしていた。
朝一番にやってきたセカンドジュニアの不満は何だったのか、殴られて蹴られるだけの、この時の無垢な少年には知る由もない。
『お前が、いるから! お前がいるからだ! 屋敷から消えろ!』
『ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』
一通りの暴力が終わったあと、セカンドジュニアは弟が暮らす古びた書庫から出て行った。運良く朝食の時間になった事が、この際限ない憎悪を打ち止める切っ掛けになったのだ。
残されたサードジュニアは痛みに震え、そのあと空腹が襲う。
『……僕の何が悪かったんだろう』
空腹を報せる腹の音を背景にサードジュニアは呟いた。
幼い彼の頭に"理不尽"という発想はない。
彼を囲う教本や聖書の数々が世の理には必ず理由があるという思考を植え付けた。
――ひっそりと書庫を抜ける。
施錠はされていない。書庫の外に暴力しかない状況では、鍵を掛けずともサードジュニアが逃げ出さないと屋敷の皆は思っていた。だが、それは勘違いだ。サードジュニアが屋敷から逃げない理由は別にある。まだ六歳程度の彼は、家族の態度が突然がらりと変わってしまった原因を知りたかったのである。
そのため時折、独房である書庫を抜け出して使用人に見つからないように家族の動向を伺っていた。
身を潜めながら一階の食堂に辿り着く。
父親、母親、兄二人。その四人の肉親が長い卓を囲み、朝食を取っていた。
廊下の置物の影に身を隠し、会話を盗み聞く。
『ジュニアよ。杖の調子はどうだ』
『は、はい! 魔石の性能が凄くて驚いてます……!』
『あれは火属性の魔力純度の高い魔石で造らせた特注のものだ。数年も経てばすぐに大学にも通うことになるだろうから大切にするようにな』
『あ、ありがとうございます、お父上様』
一番上の兄と父親の会話。
昨年、十歳の誕生日にプレゼントされた杖のことを話しているようだった。しかし、どうも兄の返事の中に動揺を感じてならない。それは父親に対する畏怖によるものか。あるいは何か後ろめたいことでもあるのか――。
その理由は朝食のあとに分かった。
『まずいな』
『兄さん、ごめん……』
『まぁ、まだ失くしたと決まったわけじゃないんだから部屋をちゃんと探せば見つかるさ。父さんも悪魔じゃないんだから、ちゃんと謝れば――――でもその時にはお前が失くしたとはっきり言うんだぞ』
『はい……』
察するに、父親から贈られた杖を紛失したらしい。
しかも本来の持ち主ではなくてセカンドジュニアが失くしたようだ。
朝の八つ当たりの原因もそれである。
サードジュニアはそれに気づき、何を思ったのか自分が見つけ出そうと考えた。日頃から暴力を振るわれ、普通の子であれば"ザマぁみろ"と思っても不思議ではないこの状況。しかし、彼のこの行動には植え込まれた救世衝動が働いた。
英雄たれ、という行動原理。
それは書庫で読んだ叙事詩の戦士のもの。千の軍勢にたった一人で身を投げ出した過去の戦士に、そしてその自己犠牲の精神に憧れ働いた、彼自身の理想だ。
何より、サードジュニアはその杖の所在に心当たりがあった。
書庫の丸い窓辺から兄二人が中庭で遊んでいる様子を眺めていて、杖で遊んでいる光景をその目で見ていた。
その時は何か新しい玩具か何かかと思っていたが――。
翌日。まだ日が差し込んだばかりの早朝に息を潜めて屋敷から抜け出す。正門へと向かう庭園には抜けられないが、中庭であれば一階の料理人休憩室から外へと繋がる扉があることを知っていた。
季節は冬。
外に飛び出して降りしきる雪の幻想風景に心まで震える。
寒さなど当初は感じもしなかったが、雪景色に彷徨い込んだ瞬間に凍てつく風が自分自身の装いを気づかせた。屋敷を出る機会の少ないサードジュニアは普段から薄着だったのだ。使用人たちが日々せっせと雪を掻き分けて作った道も、もう彼の膝半分埋まるほどに雪で覆われていた。
――雪は、一夜明けると何で積っているんだろう?
凍てつく寒さの中で暢気にそんなことを考える程度に、少年は外の世界に興味深々だった。
そして辿り着く雪嵩の凹み。
中庭の一部分だけ、雪の嵩が凹んでいる場所があった。
先日、そこで兄二人が炎魔法で遊び、使用人たちが掻き分けて作った雪山を溶かしていたのだ。
この時、既にサードジュニアの肩や頭には雪が積もっていた。
手も悴み、間違っていれば凍傷で痛めていたかもしれない。
雪山の中、少年は必死に素手で雪を掻き分けた。魔法が使えない彼にはそんな原始的なことでしか雪を払うことができない。
しかし、彼には確信があった。
兄二人はここで杖の性能を試して炎魔法を使っていた。そして二番目の兄は"自分も使いたい"と懇願して杖を借りた。一番上の兄が立ち去った後もしばらく彼はここで炎魔法を放って遊び、そして誰かに呼ばれたのだ。慌てて杖を雪山に隠し、そのまま呼んだ誰かのもとに駆けつけて……。
……失くした可能性はそこにしかない。
サードジュニアは確信の中、手を真っ赤に腫らしても雪を掻き分けた。そして大きな赤い魔石が付いた杖を、とうとう掘り当てたのである。
屋敷に戻った彼の体はすっかり冷たくなり、震えながらに一階の玄関ホールへと戻った。家の温もりに癒されたのも束の間、不運にも遭遇してしまったのは紛失の張本人。セカンドジュニアは驚愕の表情を浮かべて弟と赤い魔石がついた杖を見た。
『お前……それを……』
さすがの彼も気づいていた。
弟が見つけてきてくれた。
外で遊ぶことが出来なくなるほど吹雪が続くこんな季節に襤褸服一つ、素手一つで杖を探し出してくれたのだと言うことを。
冴え渡る『直感』を以てしても探すのは困難を極めたに違いない。
サードジュニアは不安の眼差しで兄を見た。
――その怯えたような、期待するような純朴な姿がセカンドジュニアの脳裡に焼き付いた。
『なんでお前がそれを……』
『失くしたって聞いて。ごめんなさい』
謝ることなど一つもない。
何の落ち度もないのに惨々たる姿となって現れた少年が、謝ることなど何一つないのに。
『セカンドジュニア、どうした?』
『はっ……兄さん!』
二階の手摺から顔を覗かせる一番上の兄。
それに反射的にセカンドジュニアは答えてしまった。
『に、兄さん、こいつが――こいつが杖を持っていったんだ!』
『なんだって!?』
そこから始まる普段通りの一日。
兄が弟に罪をなすり付ける。それを是としていたオルドリッジ家の日常は異常だった。兄二人に張り倒され、受け続ける理不尽な暴力。
サードジュニアはその理不尽を受け入れた。
『お前が俺の杖を持っていったのか!?』
問い詰める一番上の兄に対してサードジュニアは一言、はいと呟く。
彼は思った。
"そうだ、僕が杖を持っていったのか"
狂った記憶がリンチによって塗りたくられる。彼に無理やり突きつけられる罪は不条理でしかない。しかし、それをおかしいと思えないほど彼の幼少期は悲惨だった。
――雪は、一夜明けると何で積もっているんだろう?
その疑問は自分自身に向けた問いだ。
一夜明けるといつの間にか自分が悪いことをしていた。
そう思い込ませて理性を保つ。
『なんだ! 何の騒ぎだ!』
父親がそこに割って入る。
その時、サードジュニアは微かながらに"助かった"と勘違いをした。父親が罰の裁量を決める歯止め役になるだろう。そう思ったのも束の間、リンチの対象をサードジュニアだと確認した父親が放った言葉は彼自身の異常な思考回路を加速させた。
『そんなに憎ければ殺せ! 殺してしまえ!』
父親は恐ろしい形相で二人を囃し立て、壁かけのロングソードを一番上の兄に渡す。生の刀身を目の当たりにした兄弟は怖気づいて事なきを得た。
――何にも増して悪の根源。
理想は遠かった。
いつか人の為に生き続ければ、そんな"悪"である自分も変えられるだろうか。サードジュニアはそんなことを考え、情動も捨て置いて人を気にするだけの人形に成り下がった。
一方でセカンドジュニアは、絶望して震える弟を見てこう思う。
何故、こいつは自分を守ろうとしない?
何故、真実を話して俺を責めない?
これじゃあ、兄と弟の立場が逆じゃないか……。
◆
最悪の目覚めだ。
最近よくあの時の夢を見る。
あの怯えるような、期待するような目はロストと名乗る男も同じだった。
"何しに来た"
"お見舞いに……"
"お見舞い?"
同じだったのだ。
王女誘拐で自宅謹慎にあったイザヤの様子を見に来たアレも同じ目をしていた。
何故アレは、そうまでして人のことを気にかける。
イザヤは鬱屈として動かない体を無理やり起こした。
今日でようやく魔術による自宅謹慎の期間も終わり、忌まわしき学園都市を離れられる。
そう気を取り直して旅支度をした。
今更、この街に未練はない。
むしろ清々するというものだ。
今日は大学へと退学届を出し、早々に国外へ向かおうと考えていた。
学園都市は閑散としていた。
高貴な身分が暮らすこの住宅街は元より静かだが、それにしても人気が少ない。
イザヤはその風景に物悲しさを感じた。あれほど肩で風を切って歩いていたこの街だが、今や学内の評判は最底辺にまで落ちた。
見送りがないのも無理はないか。
イザヤは大きな鞄を携えて街を歩く。
中には東流の魔術指南書が山ほど。彼はガルマニード公国へ向かい、まずは東流魔術を学びに大学へ再入学しようと決断した。イザヤはオルドリッジ家の末裔として優秀な魔術の才能を持っていた。謹慎期間に独学で東流の魔術も粗方覚えてしまえるほどに。
魔法大学の校舎が見える。
正門の前へ着き、その異様な光景に愕然とした。
大勢の学生たちが各々杖を構えて攻撃魔術の構えを取っていた。
「は……」
ただならぬ雰囲気に足が止まった。
まさか敷地に入ることさえも疎まれて――そう錯覚してイザヤはすぐに考え直す。それにしては大掛かりすぎる。それにイザヤ自身が今日、ここに訪れることなど誰も想像していなかっただろう。
「イザヤ様よ!」
「きゃー! イザヤ様!」
さらに驚きだったのは、今となっては聞けるはずもない黄色い歓声が耳に届いたことだ。唖然としていると、以前から取り巻きだった女学生らが駆けつけてきた。
「もう自宅謹慎の魔法は解けたのですか?」
「お体の方は大丈夫ですか、イザヤ様」
「災難でしたね! 今は敵が攻めてこないか、ティマイオス様の指示で警戒態勢を布いているんです」
取り巻きの女学生は以前と変わらず、イザヤに体を擦りつけるように近寄り、彼を気遣った。本人は事態が呑み込めなくて困惑していた。
――そもそも彼女たちは何故、自分を未だに慕っているのか。
イザヤは混乱して言葉もまともに出てこない。少し謹慎していただけだと言うのに、これほど印象が変わってしまった事に驚きを隠せない。まるで時間を超越して何十年も先の世界に迷い込んでしまったかのようだ。
「敵って一体……そもそも君たちはなんで俺を……」
「どうかしたのですか、イザヤ様?」
「俺が王女を誘拐して謹慎をくらったことを知らないのか?」
問いかけに対して、当然知ってますよと首を傾げる女学生たち。その悪評が耳に届いているのなら、なぜ以前と変わらずに接してくれるのか。
それは或る英雄が齎したものだった。
「――でも訓練中の事故だったんですよね?」
予想だにしない答えが返ってくる。
イザヤは理解が追いつかずに固まった。
「王女様誘拐の模擬訓練って聞きましたよ。それで怪我した王女様の責任を、弟さんの代わりにイザヤ様が取ったって」
「誰がそんなことを……」
「理事長先生じゃなかった?」
「違うよ、弟さん本人だよ」
「そうだっけ? まぁとにかく、弟さんも今王都にいって大変らしいんですよ!」
王都の現状を聞かされたイザヤは先ほどの街の静けさにも納得した。
そしてそんな苛酷な場所へ向かい、騎士の義務を果たそうとする弟の存在にあの時の感情が彷彿と喚び戻された。
魔術指南書を詰め込んだ鞄を思わず落とし、どさりと重たい音を立てる。
こんな置き土産までして……。
イザヤは弟の意図を理解し、余計なお世話だと毒づいた。
「あの馬鹿……」
最後の最後まであいつは自分よりも他人を優先する。
湧き起る焦燥感。
その感情はイカれた"弟"に向けた初めての愛情だった。
彼は一旦家へと引き返し、魔術師の礼装を整えて再び大学へと戻った。
その間、長男からの手紙をもう一度読み返す。
"まだ十六になったばかりの子どものようなものだ。
もし尋ねたときには色々と支えてやってくれ。
容貌もだいぶ変わってしまったが、
可愛げのある弟だ。"
――どこが可愛げのある弟か。
生意気を通り越して反吐が出る。
そんな悪態をついてイザヤは王都へ向かう決心をした。
兄としての誇りを踏みにじられた気分だ。
「自分自身を守らないで、誰がお前を守るんだよ」
面倒くさい弟だ。
しかし、それが最後のチャンスだった。
兄として出来る最後の償いの――。
"そもそもお前なんか弟じゃない! 化け物め!"
初めは弟の変わり果てた姿を見て突っ撥ねた。
違う。弟は昔も今も変わらず、ただ純粋に優しかった。
イザヤは自身が頬を濡らしている事にも気づかずに大学の理事長室を目指した。
今回登場した過去エピソードは第1幕 第1場『Prologue 勘当』でも登場した部分の背景です。
こっそりとロストが大学で吹聴していた王女誘拐の裏話(嘘)は既に広まっていて、イザヤの評判は回復してました。




