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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第5場 ―名も無き英雄―
212/322

Episode171 学園汚染Ⅰ


 イルケミーネ先生を自宅である別荘へ送り届け、使用人に預けてからまた大学へ引き返す。

 さっきの閃きを早速実行に移すためだ。


 "――その剣に永遠があるか否か"

 リピカの助言が正しければ、今の俺なら『付与(エンチャント)』の技術を用いて魔剣を創り出すことができるだろう。

 そしてそれを材料に特注の魔力培地(マナジウム)を造れるはず。

 研究が進んでいくと時間も忘れて熱中してしまう。今なら夜な夜な研究に夢中になるドウェインやユースティンの気持ちも理解できそうだ。



 研究室に戻ってきてから机に座り、さっそく『魔力剣』を生成する。

 これは慣れたものだ。

 手元に赤黒い剣状の魔力の塊が出来上がる。

 これは放っとけば崩壊してしまう仮初めのもの。

 今度はそれに時間魔法を『付与(エンチャント)』するよう試みる。先ほど、イルケミーネ先生が作った水魔法に時間魔法の効果を付与したように、心象抽出に時間魔法の効果を付与するのだ。

 剣に『永遠』を宿す。

 その手法は時間魔法を唯一使える俺だからこそ出来る芸当だ。

 今から俺が造り出すものは、魔力剣でもないし、女神の奇跡と呼ばれる反魔力の魔法でもない。時間の積み重ねによって自然形成されるべき"魔石"を、その培った時間を凌駕して無理やり抽出する人工魔石の生成だ。


 頭痛がする……。

 『静止』という効果を、発動させることなく、この魔力剣に付与する。

 静止させるのではなく静止という性質を物質そのものに付与させる術なのだ。

 集中しろ。

 集中してその実態のない"魔力"を塗るんだ。


「んー……!」


 何かしらの反応が起こる。

 魔力剣に伝う赤黒い淀みが、淀まなくなったというか……。

 間違いなく、魔力剣が静止(・・)した。

 そこにあるものは魔剣ケアスレイブと酷似している。


「成功か?」


 しばらくその剣を実験机の上に置いて様子を見る。普段だったら放置して少しすれば空気のように昇華して消えるのだが、いつまでも残り続けた。

 どうやら成功したみたいである。

 やった……!

 やったぞ、俺!

 魔剣を創り出すことに成功した!


 ――いや、今回のこの剣の用途は魔力培地の素材に使うんだ。

 だから魔剣と呼んでしまうと語弊がありそうだ。

 "剣状赤魔石"としよう。

 問題は、この人工的に作った魔石を磨り潰せるかどうかという点だ。

 普通の魔力培地の素材が虹色魔石なんだから、理論的には多分できるはず。魔力そのもので出来た物体であることには変わらないんだから。


 擂り鉢を持ってきて、剣状赤魔石を擂り粉木棒のように持ってごりごり削る。

 意外と簡単に粉末状になった。

 赤黒い粒子が鉢に溜まっていく。

 俺は先生に教えてもらった手順で、その赤黒い粉末を魔法植物の樹液と混ぜた。樹液が悲鳴をあげるように煙と泡を吹かせたものの、うまく混ざり合ってドロドロになる。

 これは前も試みた状態と同じだ。

 でも今回は俺自身が"時間魔法を使っていない"という点で圧倒的な違いがある。長時間放置していても、培地が消滅することなく、血の培養が可能になる――!

 いけそうだ。

 障壁を一つ乗り越えて楽しくなってきた。



     …



 わくわくして培地を大量に作った。

 もうこれでもかというくらいに。

 初めてこの研究室で魔力培地を作ったときと同じように、赤黒い粉末は三等分に分け、一つは固形の魔力培地へ。もう一つは液体魔力培地へ。もう一つは原末のままそれぞれ保管した。


「ふー……」


 培地作成の工程が完了して満足感。

 だいぶ夜も更けてきたようだ。

 今日のところはこれで切り上げて血の培養は明日以降に実行しよう。

 これで培養もできれば、俺の魔力の秘密がようやくわかる。

 長い道のりだった……。

 色んな授業や周囲からのアドバイスをヒントに頑張ってきたけど、まさか自分自身の魔法操作や魔力放出の加減まで特訓するとは思ってなかった。

 でも、おかげで魔法の使い方の練習にもなったから良しとしよう。

 人脈に恵まれたというのもあるか……。

 入学は乗り気じゃなかったけど、エススには感謝しないといけない。


 そんなわけで荷物をまとめて研究室を後にしようとしたその時、ちょうど向かい会わせになるタイミングで誰かが研究室の扉を豪快に開いた。

 がらりと音が夜の校舎に響く。


「うわっ!」

「む、きみか」


 小柄な少女が扉越しに現れる。

 金髪をツインテールにして毛先をぐるぐるに巻いた少女。

 相変わらず派手な格好だった。

 こんな(なり)でもこの大学の理事長である。


「ティマイオスか。なんだ、こんな夜遅くに」

「なんだじゃないわよ! ここの配電システムはだぁれが作ったと思ってるのっ。とっくに消灯時間なんだから!」

「はいでんシステム? そういえば大学内の灯りって電撃魔法の応用で作られてるみたいだな」

「だから毎日その魔力供給をしてるのは、このあ・た・し! ティミーちゃんなのです!」


 夜更けにも関わらず、ティマイオスは金切り声で怒り出した。

 事情を聞くに、毎日この大学の電気系統の管理をしているのは雷の賢者ティマイオスで、夜は魔力回復のために大学の消灯時間を決めているらしい。

 夜遅くまで配電設備を使われていると困るのだとか――。

 そんなの強制的に魔力供給を切ってしまえばいいのに、と思うのだが、こうして見回りしてちゃんと一声かけてくれるあたり、ティマイオスの天邪鬼ぶりは果てしない。


「はっ……まさかティミーちゃんの優しさに付け込んで夜な夜な誘き寄せるための罠!? そんな……そんな破廉恥なことをまさか騎士ともあろうロストくんがー! ロースートーくーんーがーー!」

「そんなわけあるか!」


 この喧しい性格を何とかしてくれれば可愛いものなんだが。

 どうしてリバーダ大陸の五大賢者っていうのはこう、曲者が多いんだろう。

 これ以上騒がれても困るので、素早く部屋を消灯して荷物をまとめて廊下に飛び出る。その様子にご満悦な様子でティマイオスはうんうんと頷いた。


「よしよし、忠実な騎士は犬のようでいて清々しいわね」

「誰が犬だ、誰が」

「じゃ、もう一件あるからそのまま付き合って頂戴っ!」

「えー……」


 なぜか夜の見回りに付き合わされる流れになった。

 断っても騒がしいだけだから仕方なく付き合うことにする。

 もう一件って……まだこんな夜中に起きてる学生がいるって事か。



     ○



 ティマイオスには、敷地内のどこで電灯が使われているのかがすぐ分かるらしい。配電システムを構築したのも、大学内の異常や学生の不正使用をすぐ察知できるようにするためだとか。

 そういえば、ルクール大森林のシルフィード様も森の異変はすぐ分かると言っていた。ネーヴェ雪原のアンダイン様も……。

 賢者ってのは陣地作成に長けているようだ。

 ティマイオスにとって魔法大学の敷地全域が陣地であり、居城であり、堅塁に当たるのだろう。


 辿り着いたのは屋外の魔術修練場。

 そこの外灯設備が使われているようだ。

 こんな時間であれば人気のないはずの魔術修練場に、なぜか孤独な声が響き渡る。

 荒い呼吸。気合いの声。

 その声の主は俺もよく知る人物だった。


「ランスロット? こんな時間に何をして――」


 鎧姿の兵士が一心不乱に剣を振るっていた。

 その乱雑な振りには正統な流派の剣術を欠片も感じられない。

 自暴自棄になったように滅茶苦茶に振り回していた。


「どうした、体はもう大丈夫なのか?」


 俺が近づくと剣先を下げて、息を整え始めた。

 短い呼吸音でハッハッと吐き出し、空気を取り込むというよりも体に溜まった毒気を抜こうとしているかのような落ち着きのなさだった。

 琥珀色の眼光が外灯に反射して揺らめく。

 大量の汗を掻き、黒髪も雨に濡れたように艶めいていた。


「……ロスト、僕は黒帯になりたいんだ」



 "――ぞわりと蠢く黒い泥"


 それは俺に向けられた言葉なのか……。

 まるで自己暗示みたいに、己に言い聞かせるために吐き出す呪文のようだ。 


「知ってるよ。だからこんなになるまで剣を練習してるんだろ」

「そうだ……そうだけど……」



 "――増殖機序は単純だ。人の心の闇を啜ればいい"


 ランスロットの伏せられた目元からは表情がいまいち読み取れない。

 でも何だか悲しんでいるみたいだ。


「僕はなぜ黒帯になりたいのか分からなくなってしまった。ルイス=エヴァンス家の名誉のために、この名に恥じぬ生き方をするために、いつかは立派な騎士になれればいいと思っていた」

「……」



 "――憎め。ヒトを憎めば満たされる。この(こころ)は満たされる"


 思っていた、か。

 どうやら俺の勘は正しかったらしい。

 大事なのは騎士であることじゃないと、ランスロットも内心気づいているのだ。


「でも今は騎士になろうとすることが苦しい。エスス様を守ることが騎士としての役目なのに、騎士になろうとすればするほどエスス様を遠くに感じる」



 "――目の前の障害を壊してしまえ。害悪は消してしまえばいいのだ"


 ランスロットも苦しんでいたのか。

 きっといつかはと思っていた理想は、辿り着いてみれば見下げたものだった。

 俺も同じだ。夢見た姿は孤高の戦士だ。

 当初はそう在りたいと願った。

 でも俺が欲しかったものは―――この名前の無い人生で学んだ、俺が本当に追い求めた理想は"孤高の戦士"ではない。

 そんな非道には最後まで成りきれなかった。

 それよりも人の笑顔を見ている方がずっと幸せだ。

 俺はこれまでの生き方の中、ただの一度も戦士である必要はなかったのだ。

 だったらこの男も――。


「ランスロット、お前は分かってるはずだ」

「なにを……?」



 "――その苦悶は外側にある。殺し合え。奪い合え。そうやって世界は……"


 目が合う。眉を顰め、苦しそうにしていた。

 ずっと葛藤していたんだろう。

 英雄譚に語られるような騎士は、まるでティマイオスの部屋で埃を被る自動人形(オートマタ)と似ていた。

 使い古された仮初めの道具に過ぎない。

 お前の信念はそんな骸に囚われる必要はない。


「黒帯である必要なんかないってこと。お前がエススを守りたいって、それだけの想いがあればいい」

「でもそれじゃあ、僕はエスス様の傍にいられないじゃないか!」

「馬鹿。傍にいただろ」

「……!」



 "――憎……××……"


「守りたいって思ってれば、傍にいられただろ」

「……」


 ここに居られるのは誰のおかげでもない。

 ランスロット自身が勝ち取ったんだ。

 街中では俺の攻撃を受けても這いつくばって起き上がり、団長アレクトゥスの剣捌きを受けても何度でも起き上がった。

 それを認められて此処に来た。

 騎士団にすら入れなさそうだった男が。


「でもそれはロストが――」

「俺は何もしてない。お前自身が手に入れたものだ。だから胸張ってエススの護衛をしていればいいじゃないか」


 ランスロットの目に輝きが戻った。

 何か大事なものを思い出したようである。


「……そうだった……うん、そうだった」

「もう黒帯なんて拘りは捨てちまえ。エススのことも様なんてつけずに呼び捨てで呼べばいいだろ」

「え!? それはちょっと難しいかもだけど……でも、努力する!」


 自信のある返事が俺に対する返礼にも思える。

 良かった……。

 ランスロットまで変に鬱っぽくなられたら堪ったもんじゃない。ただでさえ大学には変人奇人が山ほど転がってるんだ。

 せめてお前くらいは明るい友人でいてくれ。


「まったく、茶番であたしの魔力消費を長引かせないでくれるかしら~。もう消灯の時間とっくに過ぎてるんですけどー!」

「あ、そういえばティマイオス居たのか」

「そういえばってなに!? 理事長であるティミーちゃんに失礼すぎぃ」


 小さすぎて灯台下暗し的に見えてなかった。まぁムードメーカーに役割を買って出てくれたんだし、失礼には詫びておこう。心の中でひっそりとな。


「ごめん、ロストの言う通りだ。形に囚われる必要なんてない」


 月明かりが厚い雲で隠される蒼い夜。

 暗がりの中でほら帰るぞ、とランスロットに合図する。

 彼も決意を新たにして剣を鞘に納めた。

 ――その瞬間だった。



 異変を感じたのは今日が初めてじゃない。

 でも明確に猛威を振るったのは今回が初だった。

 どこからともなく男の"悲鳴"が木霊する。


「悲鳴?」

「今のは寮の方から!?」



     ◇



 悲鳴を聞いたのはようやく学園都市ロクリスの街に入った頃。

 もう魔法大学まで間もなくと云ったところだ。


 ――ハッ……ハッ……。

 三人も乗せて休みなく駆けてきたため、エリンドロワ屈指の血統馬もご覧の通りに限界寸前だった。目の前の王子はあまりの出来事に意識を失っている。

 後ろの少女は――。


 ただ絶えず震えていた。

 お父さんの事は残念だった。

 あの刹那の間でどれだけのことを伝え合い、どれだけ離別の心を通わせられただろう。

 否、決して無理だ。


「……!」


 だからだろうか。

 そんな悠長なことは考えていられないとは判っているが、せめてこの少女の心を休ませてあげる時間を、そんな安寧の場所を学園都市に求めていた。

 しかしそれは間違いだと改めさせられる。


「くっ、まさか学園都市もですか……」


 ――まだ王都で起きた出来事は続いているのだ。

 ラトヴィーユ陛下もご存命だ。

 陛下がどんな責苦を浴びせられているか分かったものではない。

 どうやらあの襤褸外套の男、ラインガルドと呼ばれていたか、想像以上に策を張り巡らせているようだ。

 もし既に学園都市にも魔の手が迫っているとすれば――。

 ロスト・オルドリッジ、貴方の力をお借りしたい。



     ◇



 ある男子学生の話をしよう。

 彼は両親ともに魔法とは無縁の、古い仕来たりを守る戦士家系だった。

 そんな彼が魔法大学に入学した理由、できた理由は三つ。

 一つは魔法の鮮やかさに憑りつかれたから。

 一つは魔法に魅了されたがあまり、騙されて招き入れた魔術師に両親を殺されたから。

 一つはその復讐心を原動力に魔術を学んだ彼自身が、その魔術師を殺すほどに魔術に精通したからだ。


 さて、その男は血筋からか、偉丈夫で頑健な体だった。

 魔法を誰よりも憎しみながらも、それ自体を学び続けている理由はただ単に生きていくためだった。

 過去のトラウマから正常な精神ではなかったものの、そういう異常者も才能さえあれば受け入れてしまうのが魔法大学というものだ。



 ――だから目の前の魔獣のような姿もそんな彼の心の内を映し出したものか。

 獅子として生まれながらに獅子として育たず、間違ったモノに成り果てた。

 その結果を誰も責められない。

 それを見て言葉どころか悲鳴を上げる者もいなかった。

 ただ息を殺してターゲットにされないように逃げ惑う。

 俺とティマイオス、ランスロットはその人の波を掻き分けて、ようやく寮の四階まで到着し、それと対峙した。


「これは……黒い魔力……!」

「なになに、スクープかしら!? 学園を賑わせるスクープの匂い!」

「そんな能天気なものじゃねーよ!」


 写し絵の魔道具マナグラフを構える野次馬ティマイオスに侮蔑の眼差しを向ける。

 ……これは兄貴(イザヤ)のときと同じものだ。

 兄貴は蜘蛛だったが、あの学生は獅子か。

 アレに汚染されると何か動物か昆虫のような姿に成り代わるのだろうか。

 あれは一体どこから……?

 以前兄貴が支配された時には黒い魔力の大元は消滅させたはずだ。

 小瓶も破壊したし、すべて消し去ったはず。


 長く続く寮の廊下。

 蒼い月明かりが窓から差し込む淡い夜だ。

 だが、そんなものに興ずる余裕のある寮生なんて居やしない。皆、その魔獣のような黒い生き物から逃げ惑っていた。もう眠りにつく予定だったのか寝間着姿の者も多い。

 四肢で駆ける魔獣は爪が長い。

 昆虫のような翅の骸が背中から伸びる異形の形状は、アザリーグラードでエンペドの亡骸と融合したアンファンとも似ている。


「ははーん。やれやれ……こんな風に変貌するなんていつの時代の魔術って感じね」

「ティマイオス、なにするつもりだ」

「何って、理事長としての責任を果たすわ!」


 ティマイオスが一歩踏み出すと、その足元から紫電が勢いよく廊下を伝った。雷の賢者の実力見せようってつもりらしい。

 戦闘態勢のようだ。


「待て! 相手は学生だぞ!」

「それで? 危険なことに変わりなーし! 全を守るために一を犠牲にすることは決して悪いことじゃないのでーす」


 そう宣言してティマイオスは巨大な電撃球を作り出した。魔獣化した学生の救済措置は取らず、殺してしまおうというつもりらしい。

 それが理事長の責任の果たし方かよ!

 魔獣が突進の構えから飛び出した。

 今まさにティマイオスも攻撃に移ろうとしている。


「俺ならこいつをなんとかできるから――!」


 俺も衝動的に駆け出した。

 魔力剣で斬りこんで、ティマイオスの巨大電撃球を打ち消す。


「あっ、なんてことするのよ!」

「こっちの台詞だ――――ほら、そこで写し絵でも撮ってろ!」


 固まれと念じて魔獣の時間を止める。

 すぐさま肉迫して魔力剣を突き立てようと刃を振り翳した。

 これでこの男を支配する黒い魔力も浄化するし、誰も死人は出さない。

 完璧な仕事だ。

 ―――と思ったが、その魔獣の背後から次の魔の手が忍び寄る。


「こいつだけじゃない?!」


 今度は人型のまま異形の姿を取る黒い影が現われる。

 俺は大元と思われる魔獣の学生に、ひとまず赤黒い刃を突き立てた。

 ぼふっと爆散するように黒煙が弾ける。

 そして次に襲い掛かってくる人型の影にターゲットを移す。

 ――固まれ!

 と念じて相手の動きを止める。

 時間魔法も便利になったものだ。

 どうやらまた別の男子学生も黒い魔力に捕われていた様子だ。


「……!?」


 しかしよく見ると、その二人だけじゃない。

 廊下の奥の方にさらに揺らめく無数の黒い影。

 先ほどの巨躯の黒獅子に隠れて見えなかっただけで、この寮は奥の方まで黒い魔力で汚染されているようだった。

 仄かに明るいこちら側と比べると、廊下の奥はほぼ闇だ。

 きりがない……。

 それでも俺はそれぞれの学生を魔力剣で斬りつけて、黒い魔力から解放した。

 全員斬れば終わる話だ。反魔力で浄化し尽くせばいい。

 斬りこんでいる最中、常に頭には疑問が残った。

 一体この黒い魔力はどこから来た、と――。


「ロストくん、違う! きみが一人助けるたびに拡散してる!」


 背後からティマイオスの声。

 見れば、一度斬り伏せて浄化したはずの黒い魔力が、別の学生を斬りつけた拍子に吐き散らした黒煙に捕われて、また再燃していた。


「なんだよそれ……」


 寮の廊下という狭い立地のせいもある。

 逃げ遅れた学生が誰かが吐きつけた黒い魔力に汚染され、また新たな犠牲者を生んでいるようだ。

 こんな夜中に大混乱状態……。

 もういっそのこと『固まれ』じゃなくて『止まれ』で世界中の時間を止めている間に全部片付けた方が速いか。

 でも予想以上に被害は大きい。

 また魔力切れなんて起こしてしまったらどうしようもなくなってしまう。

 ――泥沼だ。


「ほら言ったじゃないのー! さっさと少数を捨てて大多数を取れば良かったのよ」

「ティマイオスがやっても一緒だっただろ!」


 俺は後退して一旦ティマイオスのもとまで戻った。


「廊下は狭すぎて無理だ。外で一人ずつ出迎えよう」

「えー、まだ"全滅させる"って選択肢を取ってもいいと思うわ」


 ざっと見て二十人ほどの男子学生が黒い魔力に捕われている。

 他は避難できたようだ。

 ティマイオスは二十人を捨てて学園を守ろうという提案をしているという事だ。


「――それは絶対に駄目だ。場所さえ移せばちゃんと全員救える」


 兄貴のときもちゃんと助けた。

 黒い魔力は魔力剣で消し飛ばせるんだ。

 ただ此処は狭すぎるあまりに風通しが悪くて、人に飛沫しやすいってだけ。

 だから外で斬り伏せれば片が付くはず。


「他に逃げ遅れた学生がいないか確認しながら一階に引き返すぞ!」

「きみはどうしようもなく完璧主義だわね~。ま、嫌いじゃないわ、そういうところ!」

「それはどうも――って、そういえばランスロットがいない」


 よく見渡すと俺とティマイオスと、あと黒い影となった学生以外に誰もいない。いつも怯えてガチャガチャと忙しない音を立てる鎧男が姿を消していた。

 まさかと思い、考えを巡らせる。

 もしかしてエススのもとへ向かったのだろうか。

 男子寮側に気を取られていたけど、そういえば女子寮は――。


 エススもシアもいるはずだ。

 シアならこの状況下で的確にエススを連れ出して逃げていそうな安心感がある。

 でもランスロットがすれ違いで取り残されていたら……?



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【魔力の系譜~魔道具一覧~】
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