Episode169 騎士の願い
守りたい、と願った。
一目見たその時から。それは自分自身でも不思議なほど衝動的な感情だったが、本能のようにも感じた。脈々と先祖から受け継ぐ性だ。
頭には残響。
錬鉄の音はじわりじわりと自らを蝕んでいく。
――鉄柵に刺さる生首の光景。
喉元が噎せ返る。
「踏み込んで……そうだ、そこで叩き落とせ!」
指南役の英雄の声が校庭に響く。
それがやけに遠くで木霊していた。頭の中は血が煮える。魔力弾を斬りつける腕の反動と目の前で弾ける魔力の唸りが耳朶を叩いた。
一撃一撃を払い落とすたびに、その響きがトラウマを彷彿とさせていく。
「――Brandstifter!」
「うぁあっ!」
一段強烈な魔力弾を取り逃す。
それが胴体に直撃し、後方に吹き飛ばさせる。
幾度も受け続けた魔法のダメージにはもう慣れた。
痛いのは頭の方だ。
時折、グロテスクな心象風景が浮かび上がるが、それだけじゃない。何故か血が煮えたぎるような錯覚が――。
「だいぶ腕上げてきたな!」
そう言って手を差し伸べたのは名高き英雄だった。
国中がその名を知っている。
――ロスト・オルドリッジ。
彼自身に何ら欠点はなかった。
剣、魔法、人格においても優れていた。
最近、校内の噂で「無理をした責任を兄のイザヤへ押し付けたらしい」という話を耳にしたが、僕はその真相を知っている。
敬愛する兄の評判を上げるために自ら悪評を振りまいているのだ。
その自己犠牲の精神は英雄譚の主人公のようで、僕自身も憧れていた。
"英雄譚の主人公にでもなったつもりか"
運命の騎馬戦で西方のパインロックに吐きつけられた言葉が未だに胸に刺さる。
英雄なんかじゃない……。
主人公なんかじゃない……。
僕以上に相応しい大英雄は、確かにそこにいるのだ。
そんな大英雄の指南を魔法大学の校庭で受けられるなんて予想だにしていなかった。でももっと驚きなことは彼が僕に親身なことだ。
親身にしてくれる理由は聞いたことがない。
でも、昔ルイス=エヴァンス家に養子に来た兄貴分とロストは雰囲気が似ていた。きっと何か通ずるものがあるのかもしれない。
差し伸べられた手を握り、体を起こす。
「ありがとう……」
「三発目の火球は受けるんじゃなくて躱した方が良かったかもしれない。相手の次の手を読みながらどう対処するかを判断できれば、もっと――」
「……」
「どうした?」
「いや、なんか頭が―――あ」
ぐらり、視界が揺れる。
これは肉体の負傷に因るものじゃない。
地に足は付いていた。体幹も、しかとこの身を支えていた。ただ、頭が重くて……。
鉛でも埋め込まれたかのようだ。
――焼き付いている心象は荒野。
巨大な太陽が沈みゆく赤い大地だ。そこを馬で駆ける。
その先にいたのは誰だろう。
西日の逆光がその正体を隠す。
「ランスロット、大丈夫か?」
「馬鹿め。魔力纏着を酷使しすぎたな」
「ユースティン、そんな冷静な分析はいいから早く手伝え!」
荒野を追いかけた先には黒い影。
正体の掴めない靄が僕に語りかける。
――"脇役は大人しく田舎暮らしでもしていろ"と。
僕は確かに脇役だ。
でもそれでも―――この身に流れる血潮は主張した。
守りたい、と願った。
例え、身を滅ぼしても王家を守るのだ。
それがルイス=エヴァンス家が代々受け継いだ、騎士としての性だった。
○
だから黒帯にならなければならない。
ルイス=エヴァンス家はそれだけの家系なのだ。
騎士として、王家に仕えるためだけに存在する騎士家系。
その強迫観念に突き動かされて育ってきた。
父親のヴァンデロイは辺境の貴族として平穏に育てられた。
もう国内で反乱が起こることはない。国土を広げるために他国へ進攻することもない。不運にもそんな時代に生まれ落ちたヴァンデロイは貧弱だった。
時代は移り、魔法が主導権を握った。
ただ強いだけでは認められない。栄誉は魔法ありきのものへと移り変わる。魔法至上主義の世界で、魔術の才がなかったルイス=エヴァンス家は衰退するしかなかった。
ヴァンデロイが息子を王宮騎士団の黒帯にしようと思い至った背景はそれに起因する。
でも、僕が黒帯になろうと決意したきっかけはそれよりもずっと後のことだ。
それこそ本当につい最近のこと……。
黒帯にならなければならない。
少なくとも僕にとって、そこは終着点ではない。
ただの過程だ。
黒帯になったあとに出来ること、すべきことの方がよっぽど重要だった。
「だいじょうぶ?」
直前までの荒々しい"夢"に比べると穏やかな風が顔を撫でる。
ぼやけた視界に心配そうに覗き込む綺麗な顔。
エスス様だ。
白い髪に白い肌。彫刻のような造形美。そこに護るべき姫がいた。
「うぁあ!?」
「うわ、びっくりさせないでよ」
「す、すみません」
「ううん、元気そうで何より。ロストと修練中に倒れたっていうから心配でね」
「え、う……ありがとうございます」
情けなく、視線を逸らす。
そのまま辺りを見回したが、ここに運んでくれた本人はいなかった。
どうやらここは大学の治療室だ。
ベッドがいくつも並べられ、縦長の大きな窓から強い光が差し込む。まだ昼間の時間帯のようだ。朝からの修練はやりがいもあるけど、一日の体力が持ちそうにない……。
ロストのことを尋ねると午後から大事な授業があると立ち去ってしまったらしい。
彼は滅茶苦茶な強さのわりに意外と勤勉だった。
エスス様は今日は授業もなく、時間があるそうだ。
わざわざ看病してくれたようで、ベッド際の椅子で本を膝に乗せて座っていた。
自然と本の表紙に視線が注がれる。
「あ――これは別に……練習に使ってたとかじゃないから!」
エスス様は慌ててそれを背中に隠した。
表紙には『治癒魔法ヒーリングの基礎と応用』とあった。
「……僕に魔法をかけてくれたんですね。ありがとうございます」
「練習に使ってたわけじゃないよ!」
「練習でも嬉しいですよ」
「違うってば!」
エスス様は王家の方々の中でも一番親しみに溢れている。
こんな僕でもこうして自然体で話してくれるから僕からも気軽に話ができた。そこに少しの恋心を抱いてしまったのは僕の落ち度かもしれないけど――。
「エスス様はどうして治癒魔法を熱心に勉強されているんですか?」
ふとした疑問を問いかける。
エスス様がイルケミーネ先生に憧れて魔法大学に進学されたことは知っていた。でもその中でも治癒魔法をとりわけ勉強しているような気がする。かなり前、図書館へ一緒に向かったときもそれ関連の本を探していた事も覚えている。
エスス様は頬を掻いて、言いにくそうに視線を逸らした。
「あ、図々しいことを伺ったのなら申し訳ありません」
「いや、そうじゃないんだけど……まぁ、ランスロットになら話してもいっか」
「……」
その言葉が自分を認めてもらえたように思えて嬉しくなった。照れて赤面する顔を隠せないか、兜を探して見回すも、窓辺に置かれていて手が届きそうにない。
エスス様が語り出したのは王家の歴史についてだ。
古来から伝わる王国の財宝『白の魔導書』。
近代の事例では、王の選定のために使われているという記録しか残されていない。また建国史においては「白の魔導書がこの地を肥沃の大地へ変えた」「治癒魔法の原典」とも紹介されているが、しかし、王家に語り継がれる昔話の中では、別の側面があった。
それは『白の魔導書』が、戦場で"必要となる人間"を選定する魔法兵器として活用されていたという逸話である。
「必要となる人間の選定、ですか……?」
「ボクが小さい頃、お父さんが読みきかせてくれたんだけどね。白の魔導書と黒の魔導書の二つはそれぞれ『選抜』と『淘汰』の役割を果たす、神様のお導きの書なんだって――」
曰く、"抜擢する白"と"間引く黒"だと云う。
その二つは選ぶという意味では同じことをしているが、その手段が違った。
『黒の魔導書』は、篩にかけて人を間引いていく絞り込みの書。
だから生者から命を奪い、死へと誘う。
『白の魔導書』は、全の中から一を選ぶ拾い上げの書。
故に生者死者問わず、必要とあらば――。
「――必要と判断された人間は死んでも選ばれる運命にある」
「それは、どういうことですか……?」
「選ばれたら、死んでも蘇るんだって」
「ええ?!」
荒唐無稽な話で変な声をあげてしまった。
とはいえ、エスス様にはこれまでも情けない姿を何度も見られているから今更気にする必要もないか、と己の体裁を諦める。
「あ、今信じられないって顔したね」
「いえ、信じます! 信じますけど……」
そんな奇跡が本当に――。
魔法の力は発展途上だ。今でもこの魔法大学で新しい魔法が考案されて、その技は進化し続けている。しかし、死者を蘇らせる魔法なんて存在しない。
だからこそ不老不死を追い求める魔術師もいるのだ。
死んでしまったら終わりだから。
死んでから蘇る奇跡より、死なない現実を追い求める。
「ボクはね、いつか蘇生魔法が使えたらいいなって思ってるんだ」
「蘇生魔法……」
「うん、ただの夢物語だけど。もし亡くした人を生き返らせることができたら、誰も悲しくないでしょ?」
それが王女様の純粋な願い。
治癒魔法を究め、いつか誰も悲しまない世界を創りたい。
人が死なないなんて、実現したら問題が起こりそうだけど、それでもその夢は綺麗で美しかった。
○
エスス様に連れられてイルケミーネ先生のもとへ向かう。どうにも疑いの眼差しが晴れないみたいだから証人を出す、と言ってエスス様が意地を張り出した。
イルケミーネ先生が何を知っているというのだろう。
確かに『白の魔導書』が死者を蘇らせるとは俄かには信じ難いが、端から疑っているわけじゃない。
「僕ってそんな目をしてますかっ?」
「してる。ランスロットはいつも宝石みたいに目がきらきらしてるのに、なんだか今はどんよりって感じだよ」
「……」
手を引かれるだけで顔が火照って声が震える。
加えて、そんなことまで言われたら何も言葉が出ない。
"いつも宝石みたいに"――という事は、あまり兜を外して行動することすら少ないというのに、それでも僕の顔をちゃんと見ているという事だ。
恥ずかしくて胸が苦しい。
それに、きっと今の僕がそんな目をしているのは別の事が原因だろう。
それこそ頭が重たいのと関連して瞼も重たいからだ。
エスス様は気にせずそんな僕を引っ張り、どんどん研究室へと足を進めた。
「イルケミーネ!」
部屋の前に辿り着く。
『マナグラム改良研究所』と扉に張り紙がされている。イルケミーネ先生はロストと一緒にここでマナグラムを改善する研究をしているらしい。
エスス様が扉を叩いても何も返事がない。
外出中だろうか。
エスス様がもう一度、戸を叩こうと腕を掲げたとき――。
突如として扉ががらりと開いた。
目の前にはイルケミーネ先生。でも雰囲気が違う。なんだかどんよりしていて、それに合わせて部屋の奥も薄暗かった。
「うわっ」
「……」
あまりの重々しさに僕もエスス様も一瞬固まる。
「イルケミーネ?」
「……あぁ、いらっしゃい。あれ、もう朝? もしかして昼かしら……?」
声も掠れている。
よく見ると目の下の隈が酷く濃く浮かび上がっていて髪もぼさぼさだ。
美人が台無しだった。
「どうしたの?」
「ちょっと調べ物が多くて夜更かししちゃったみたいね……」
「もしかしてそのままここで寝てたの!?」
図星らしい。
エスス様は、駄目だよと言って家に帰って休むように促した。イルケミーネ先生は小さく欠伸をかいて奥へと引っ込んでいく。
「ごめんね……ちょっと今日は相手にしてあげられないわ……」
だいぶ疲れている様子だった。
何でも器用に熟す人だと噂に聞いたけど、それでも余裕のない状態というのはどれだけ大変なんだろう。今度ロストに会ったら今日のお礼も兼て話をしてみようかな。
…
目的を変え、エスス様と本を返しに大図書館へ寄ることになった。
『白の魔導書』に関する話はまだ語り足りない様子で、道中でも夢中になって話をしていた。
蘇生の具体例。ゲーボのお導き。魔導書の内側に描かれた秘文など。
すべてラトヴィーユ陛下から聞いた話だそうだけど、裏付けになるエピソードが図書館の本の中にもいくつもあったらしい。
エスス様は図書館に置いてある治癒魔法に関する本を、三割ほど読破したらしい。
巨大な図書館には多種多様な本が置いてある。
治癒魔法に関連した書籍だけでも膨大な数があるだろう。
それらを三割も読んだと聞いただけで、いかに真剣かを感じた。
――夢を追いかける姿は歳相応の少女のままだ。
僕も一人前の騎士となるために修業に励んでいたけど、エスス様もそれは同じだったんだと気づいた。
目を輝かせて夢を語る姿はとても愛らしい。そして、それを語り聞かせてくれるほどに僕のことを信用してくれているのかと思うと嬉しかった。
「あれ?」
大図書館の扉を開け、すぐにエスス様は違和感を口にした。
僕も後ろから覗きこむ。
「どうしました?」
「……司書さんがいない」
エスス様と二人、中に入る。
図書館特有の古紙の匂い。静まり返る大図書館。吹き抜けの構造も空気が凍りついていた。
確かに人の気配はない。
「本の返却作業で忙しい……とかですか」
「返却は夕方だよ。この時間はいつも席に座ってたと思う」
どれだけエスス様が通い詰めていたかを悟った……。
それから大図書館の中を見て回ったが、ついぞ司書さんは見つからなかった。あの紫の髪色は木造の図書館では目立つから見つけやすいというのに。
「お休みしてるかもしれませんね」
「はぁ……今日はうまくいかない日だなぁ」
エスス様は溜息をついて踵を返した。
うまくいかない――そんなことはない。
僕にとっては最高の一日だった。
こうして王女様と行動を共にできるだけで、騎士の任務を熟せる喜びを感じるものだ。正式な騎士ではないとしても、ただの小間使いに思われていたとしても、それでもだ。
午後の風が穏やかに吹きかかる。
校庭の隅のベンチに座りながら壮絶な修練の痕跡を辿る。
僕とロストとユースティン先輩の特別魔術防衛指導が始まってからというもの、整地が間に合っていない。
焦げついた土や抉れた地面で凹凸していた。
そのうちまたティマイオス理事長から怒られるのかな……。
「そういえばさ……ランスロットは、なんでボクについてきてくれたの?」
隣に座るエスス様に問いかけられる。
顔を覗き込まれる。無垢で澄んだ瞳の王女様に――。
その疑問は極めて核心的だ。
それにうまく答えられるほど僕の頭は冷静じゃない。何より緊張していて普段以上に声が出ない。だってその疑問の答えは、僕の中では禁句だからだ。
姫とその騎士の間では決して侵してはいけない部分に触れてしまう。
「……ついてきた……というのは?」
だから返事も失敗した。
答えられるわけがない。でも何か返事をしないと失礼だ。だから言葉の意図を確かめるための聞き返しでその場を凌いだ。
凌いでしまった。
あとで自分を追い詰めることになるとは分かっていたのに。
「魔法大学に。騎士でいるなら寄宿舎で修行していた方が立派になれたかもしれない」
そんなことはない。
僕はここまで付いて来なければ、ずっとあそこで扱き使われて何も成長できなかっただろう。
「あ、ごめん――今でも立派だし、ボクは助けられてるよ。でも、あのときアレクトゥスとの戦いで無茶をするランスロットは、なんていうか……」
騎士団長アレクトゥス・マグリールとの戦い。
僕は陛下に挑戦権を頂いた。一撃でも与えることができたなら、エスス様の騎士候補に認めて黒帯にしよう、という交換条件だ。
結果は惨憺たるものだった。
無様に地べたに這いつくばり、何度起き上がれたとしてもすぐに叩き伏せられた。
あんな姿も見られているんだ。
今更、エスス様に認められようとするのも些か馬鹿が過ぎるか。
「その……」
風がもう少し強く吹いてくれれば良かった。そうすれば、どうしようもなく赤面する面構えも少しは冷ましてくれたかもしれない。
「ボクは嬉しかったんだ」
微笑む姿は余計に加速させる。
鼓動も、頭の重みも、眩暈もした。
きっとこれは過ぎた願いだ。
「……ロストは強いし、守ってくれるけど、でも何だか違う。抱える数が多すぎて、きっとボクのことだけに構っていられないんだと思う」
それは僕も同じことを考えていた。
決してエスス様を蔑ろにしているわけではないけれど、彼の生き様は酷く世界が広すぎる。一ではなく全を救おうと、どんな小さいものから大きいものまで何でも抱え込む。
それが彼を英雄たらしめる。
"――隙あらばランスロットのこと推しておくよ"
王城の前であらためて自己紹介したあと、ロストは平然とそう言ってのけた。誰もが羨む王宮騎士団の黒帯の座を、あっさり辞退しようという気だった。
彼自身も分かっていたのかもしれない。
己が目指す姿は専属ではなく、孤高のもの。
フリーランスが性に合うのだと。
「だからボクはランスロットがついて来てくれて嬉しかった。でも、何でそこまでして……それが分からなくて」
答えられるわけがない。
それ以上の詰問は王女様といえど無粋すぎる。
はじめの理由は父親ヴァンデロイから託された悲願のためだ。黒帯となって家名を上げる。――でも今はそうじゃなかった。
僕にとって、そこは終着点ではない。
ただの過程だ。
黒帯になったあとに出来ること、すべきことの方がよっぽど重要だった。
「――僕は騎士になりたかった」
「うん」
「黒帯になって、その……王女様を守りたかったんです」
「それで……?」
言えない……。
言えるわけがない。
もし分かって問いただしているのならエスス様は存外にも性格が悪い。僕が騎士であり続けるには、エスス様を守り続けるには、それ以上は踏み込んではいけないのだから。
「それだけ、です……」
「……」
少しの静寂。
風は吹き荒んでいた。先ほどの願いが今ごろ天に届いたようで、強風が僕ら二人の間を割って裂き、熱を急速に冷ましていく。
今更だ……。
もう少し早ければ、もう少し早く二人の熱を冷ましてくれていれば、こうはならなかったかもしれない。
「そう……そうだよね」
僕が黙っているとエスス様も目を逸らした。
そして呆れたように、失望するように、顔を伏せて何も言わなくなった。
「じゃあ、ランスロットも本当は黒帯になりたかっただけなんだ」
違う――そう弁明できればどれだけ幸せか。
背筋が凍るような感覚。
僕はエスス様に失望されたのだろうか。
「僕は黒帯になってから――」
「もういいよ!」
拒絶の声。
それが荒々しく曇天に木霊した。
エスス様は立ち上がり、走り去っていく。
手には少しの水滴がかかった。
それが雨の降り始めだったのか。あるいは……。
次第に悪天へと変わっていく。
なんだか分からなくなってしまった。何のために騎士を目指すのか。何のために強くなろうとしていたのか。
おそらくこれが騎士道の一歩か。
でもその道は、酷く暗がりを歩くような気がして怖かった。
重たい頭を抱えて歩む暗い荒野。
その先の影がニヤリと嗤っていた。
遠くから、何か不穏な気配を感じる。
※次回更新は2016/6/25~26の土日です。




