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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第4場 ―干戈騒乱―
208/322

Ëpisode167 力への意志(case:カイウス)


 ――最強を謳え。

 力こそがすべてだとサウスバレット家の家訓は示している。

 その一族は、カイウスがその名を馳せるまでは到底、知性や文化とは程遠い生活を送っていた。南レナンサイル山脈の麓で暮らす野人一族だった。その暮らしぶりや性質は豪快そのもので、山で採れた山菜、狩った動物などを捌いて食すようなそんな生活だ。 

 転機はメルペック暦956年。

 今から四十年ほど昔、若かりし頃のカイウスはバーウィッチ側から王都へ攻め入ろうという魔物の進攻を食い止めた。

 その英雄的行為が賞賛され、王宮騎士団へと招かれたのだ。

 そしてカイウスにも家督を認められ、名字がついた。

 南レナンサイル山脈に因み、"南の山の使者(サウスバレット)"と名乗った。



 だが、彼が魔物の進攻を食い止めたというのも、ただの成り行きだった。

 昔から豪腕で知られたカイウスは一人で集落一つ分の食糧を確保しに平原まで降りてきていた。彼は幸か不幸か、そのとき進攻を企てる魔物の軍団とばったり遭遇してしまったのである。

 動物を食い荒らす魔物を見て、仲間の分の食糧を奪われたことに怒りを感じたのは事実だが、それ以上にカイウスは奮い立ってしまった――。


 "あの百の軍勢、我輩(わし)の力で斃せはしまいか"


 魔物は弱い種から強い種まで徒党を組んで遠征していた。

 ホブゴブリン、オーガ、ディルクロロボア、ディルクロロディア……二足から四足までいる百の獣。それらをたった一人でカイウスは駆逐した。

 そして結果的に王都の兵士たちから英雄視され、王家へ召集されたのだった。

 当初は、王家もカイウスのことを兵力の一つとして留めておくつもりだったが、後にカイウスには特殊な力を宿っていることが判明した。

 それが彼の王宮騎士団黒帯へと昇級させるに至った能力だ。

 ――命名は『力への意志(ロゴス;エネルゲイア)』。


 最強たれ、という意志が実現させた圧倒的な"怪力"。

 家一軒を軽々持ち上げるほどのパワーがカイウスにはある。

 そして彼は怪力屋のサウスバレットと呼ばれた。



 王宮騎士団の幹部となってからカイウスにも家族が出来た。

 嫁は王侯貴族出身の娘で、金回りが良い事で評判だったそうだ。

 カイウスは特に家柄や金のことなどどうでも良かった。野生的に生きてきた性根からか、本音をひた隠しにしながら権力や力に擦り寄る貴族の娘らを気色悪いとさえ思っていたのだ。

 だがその一方で、嫁となる女だけは思い通りにはいかなかった。


 "じゃじゃ馬めが"

 "あなたみたいなオーガに馬と呼ばれると、まだ褒められている気になりますわ"


 初対面でそう罵り合ったことは有名だ。

 そんな二人がくっつく話というのはよくある話で、お互いの本音をぶつけ合える仲が自然と夫婦の間柄に代わっていただけのことだった。

 そして二人の間に出来た娘というのがアルバ・サウスバレット。

 貴族の血を引くだけに美しい少女だった。

 容姿や金運は母親譲りだが、性格は父親譲りだった事は言うまでもない。

 褐色の肌と豪快奔放な性格はそれ故である。



 アルバは性格的に貴族の暮らしぶりが合わなかった。

 野を駆け回り、木を叩いて虫を落とし、川で魚を鷲掴みにしていた方が性に合っていた。貴族令嬢としての振る舞いを学ばず、カイウスから戦い方ばかり教えてもらって育った。

 そして父親と過ごす幼少期の中、その意志を自然と受け継いでいた。


 ――最強を謳え。心して頂点を目指せ。


 アルバの中にも"力への意志"が芽生えた。

 全世界を旅歩き、最強を目指す旅に出たのは十四の時。

 迷宮都市での騒乱に巻き込まれたのが十六の時。

 そして十八でまた故郷へ戻ってきた。

 父親の背を追いかけて。



     ○



 王都が大混乱に陥る前、アルバは王宮騎士団の任務で街の警備に当たっていた。

 街の各所で起こる暴動の原因がよく分かっていない"まともな小隊"である。隊長の茶帯が馬に跨り、他の白帯は歩きで見回りをしていた。

 隊の中に、入団したばかりの歓迎の儀で会場案内係をしていた猿系統の獣人族がいた。その男は面倒見が良い性格らしく、新人のアルバに色々と声をかけて気遣っていた。


「カイウスさんの娘ってことは、あんたもけっこう力自慢なのかい?」

「まぁな」

「まぁなって……まぁいいや。カイウスさんには俺が入団した時から色々指導してもらった。あの人はすげえよ。ここだけの話、他の黒帯よりも……なんつーかな、信念が強いっていうかな。お考えもしっかりしてる。よろしく伝えといてくれよ」

「あぁ」


 アルバの返事は素っ気ない。

 彼女は心此処にあらずといった具合に、ここ最近、騎士団の任務に集中できていなかった。

 ある心境の変化があったからだ。

 果たして最強を目指すことが本当に自分の為になるのか、という事である。

 迷宮都市で知り合った女たらしの男、タウラスと恋仲となってみてから、自身の天秤で、最強に対する固執より女である部分の方が勝ってしまっているのを感じていた。

 すなわち、"誰かと寄り添いたい"という恋愛感情だった。

 甘えた自分を振り切るため、タウラスのことは振ってしまった。でも本当にそれで良かったのか――と後悔ばかりしている。


 王都の南区と東区の中間地点の住宅街の合間の小道。

 珍しく濃霧が漂う。

 確か、この辺りはタウラスが暮らす集合住宅がある。

 そう思って視線を仰がせてしまったところで、いやいやと首を振った。弱さを振り切りたいという自分、それでもいつまでも考えてしまう自分の二人が葛藤する。


 ――ウアアアアア!!

 そこで悲鳴が上がった。

 ある集合住宅の中からだ。


「向かうぞ! 警戒しろ。どうやら小さい虫の魔物で捉えにくいらしい。後列の二人は魔法で支援しながら前列は市民の救助を優先するのだ!」


 隊長の茶帯が指示して、隊列を整えてその住宅へ向かう。戸口の近くで、止まれと馬上から指示が降りる。

 悲鳴はこの家からだ。

 警戒して見守ると、家の奥から市民の一人がのろのろと歩いて出てきた。

 扉が開き、中から出てきたのは――。


「た……タウラス……!」


 アルバが目を見開く。

 身なりは襤褸の寝間着姿で、外出禁止令が出ていたのをしっかりと守っていたようである。しかしアルバの記憶では借家はここではなかったように記憶していたが、なぜ元恋人がこの家から出てきたのかは、混乱している彼女には予想だに出来なかった。


「きみ、この家から悲鳴が上がったようだが、何か問題でもあったのかね?」


 隊長の茶帯が声をかける。

 タウラスは目が血走っていた。額の十字傷は相変わらずだ。

 外の濃霧を深く吸い込んで、それを煙管でも吸ったあとのように盛大に吐き出した。

 だが隊長の問いかけに応じることはなかった。

 明らかに様子がおかしい。


「様子がおかしい……! 虫の魔物の毒気にやられている可能性がある。異常な行動を起こす前に捕縛せよ!」


 隊長が続いて命令した。

 それを聞いたアルバは、中列にいたというのに前衛の騎士二人を差し置いて前に躍り出た。

 前へ立ち塞がって騎士団の小隊と対峙する。


「ま、待ってくれ! この男は私の……私の、知り合いだ……! ふざけた奴だが話は通じる!」


 小隊は騒然として新米騎士の愚行に戸惑った。

 タウラスはそれでも尚、反応がない。

 アルバも不思議がって後ろを振り返る。


「タウラス……その……また少し話をし――――」

「ウガアアアア!!」


 理性の欠片もない絶叫。

 それが答えだった。

 タウラスは家屋に浸入した黒い魔力に憑りつかれて支配されていた。この男自身にも失恋による心の変調があった。さらに"ロスト"との関わりの強さが他市民より深く、それによって負の感情が増長されて、理性も飛んでいた。


「新人、下がれ!」


 そこに助けに入ったのは猿人の男だ。

 世話になったカイウスの娘ともなれば、この任務でその娘を護るのがこの男なりの任侠というものだった。タウラスは肩や腕から這える黒い触手を伸ばし、アルバへと襲いかかろうとしている。

 彼女を突き飛ばし、身代わりとなって黒い魔力に晒される猿人の男。

 呑まれ、先ほど聞いたような悲鳴を上げた。


「隊列が崩れた! やはり虫の魔物は寄生型のアンデッドのようなものらしい。撤退するぞ!」


 茶帯の隊長が指示を出す。

 アルバは動揺していた。

 私のせいかと省みて、また弱さに負けて回りを巻き込んでしまったと悔やみ、そしてその不甲斐なさに絶望する――。

 昔と何も変わっていない。

 後悔しかなかった。

 だが、小隊一同も新米のその突飛な行動に罪をなすりつける余裕すらない。ただ脅威から一度逃れなければという恐怖心で逃げ惑っていた。

 撤退も無駄だった。

 気づけば他の住居からもぞろぞろと市民が列を成して囲っている。


「なんだ、この市民たちは!?」


 騒ぎを聞きつけて群がるように現われた市民は皆、目が血走って呼吸も荒く、そしてそれぞれが体の至るところを黒く変色させていた。


「アアアア!!」


 別方向へ逃げ惑った白帯が襲われ、そして少し経つと市民と同じように黒い骸へと成り代わる。馬の嘶き。茶帯の隊長が振り落とされ、そして群がられ、悲鳴をあげながら取り込まれる。

 まるで地獄絵図だった。

 そんな光景を目の当たりにしてもアルバは体が震えて何も出来なかった。

 迷宮都市で過ごした日々のように"力への意志"はそこにない。

 怯え、動揺し、恐怖で足が竦んだ。

 そうこうしている間にも、後ろからタウラスが襲いかかる。抵抗もできず、もうお終いかと思ったとき、上空から誰かの気配が――。


「アルバ・サウスバレット、伏せなさい!」


 錐揉みのように落ちてくる黒い何か。

 その黒は、地上の群衆よりも高潔で純絹な光沢を放っている。

 落下中――その刹那の瞬間に写し出される氷結の剣。その青の刀剣を落下の勢いで振るい、黒い英雄はタウラスの脳天を叩いた。

 ――滑る。その近くで新たに黒い魔力に捕われた元同僚の男を足払いして転がす。そして何度かのバク転によって後ろへ距離をとり、取り囲む市民たちを剣戟で薙ぎ払った。

 一連の動作は洗練されたが故の芸当。

 黒い姿は王都の憧れである王宮騎士団の"黒帯"たらしめる胴着だ。


 魔眼のモイラだった。

 東区から南区へと向かう道中、偶然通りかかったのだ。

 モイラは先ほどまで茶帯が乗っていた馬を見つけると颯爽と乗り上がり、そして腰を抜かすアルバのもとまで駆け寄った。


「お父様のところへ向かいます。さぁ、乗って!」


 手を差し伸べられ、アルバは咄嗟に握り返す。

 力強く拾い上げられ、後ろへと乗せられた。モイラは押し寄せる暴徒たちの合間を駆け抜ける。向かう先は南区にいるであろうカイウス・サウスバレットのもと。

 偶然、名高いサウスバレットの一人娘を救うことが出来て良かった。

 しかし、背中にしがみつくその娘は、酷く震えているのをモイラも感じていた。

 ――怖ろしかったのだろう。新米ともあれば当然だ。

 モイラはそう思って問いかけはしなかった。


 アルバの胸中にあるのはそれとはまったく別の感情だ。

 そこにあるのは恐怖ではなく後悔である。



     ◇



「お、おい、逃げようぜ……僕たちもうここにいる必要ないよ」


 南区の中央通り。背後には外門。

 ここから抜けて街道沿いに進めば、学園都市ロクリスの町へたどり着く。

 そこで仁王立ちするのは現王宮騎士団の最古株、カイウスだった。大柄な図体の背後に、身を縮めて袖を握るミディール王子がいた。

 ミディール王子は華奢で、軟弱王子と呼ばれている。

 そんな王子には打ってつけな黒帯が怪力屋だった。


「ガハハ、逃げるとは面子も潰れますぞ、王子」

「もう潰れてるからいいんだよ! でもおかしいって!」


 ミディール王子は中央通りで倒れる死屍累々の数々を見て絶句した。

 それらはカイウスがのしてしまった市民だ。殺したわけではないが、殴って気絶させている。見れば、大通りの石畳の道も、捲れあがって荒廃しきっている。

 襲い掛かる大群をカイウスが力技で押し切った痕跡である。

 瓦礫や石材を武器や盾に使い、無茶苦茶に闘った後なのであった。


「王子、斯様の通り、街はこのザマ。中には騎士団の連中も我輩に襲い掛かってきた。これが意味するところはなんだと思われる?」

「なにって、何でもいいよ。危ないから早く宮殿へ逃げたい」

「……宮殿ももう手遅れですな」

「なんだってぇ!?」

「市民のほとんどがこの有様。騎士団の増援もなし。王宮の中枢機能は麻痺しておられましょう」

「じゃ、じゃあ父上も……!」

「ガハハ、あのお方はそう安々と倒れるような方ではありませぬぞ。しかし我輩も昔から懇意にして頂いた身。一度、安否確認のために宮殿へ戻ろうと思っておるのですが、いかがですか」

「でも他の騎士もいるじゃないか……」

「それでも、と思ってましてなぁ」


 カイウスは命令が下されたその時から、なんとなくこの事態は予見していた。今回の脅威は種類が違っていた。ヒトの仕業であれば、これだけの騒ぎを起こせば尻尾を掴むこともできよう。

 しかし、いつまでも原因が特定できない。

 おそらく騒ぎが起こるずいぶん前から内部に回し者が送られていたんだろう。工作や入念な下調べの末に仕組まれたに違いない。

 分からないのは動機か。

 もし反逆が目的なら、そろそろ声明も出てくる頃だが、それもいつまでもない。


「ガーハハハ! 我輩がお守りするゆえ、ご安心を」


 嫌々に後ろからついてくるミディール王子を引き連れ、カイウスは禍々しささえ感じさせる濃霧と気絶した市民の脇を堂々と歩いていく。

 まるでスラム街のような雰囲気だった。

 その有様を今一度見回して、カイウスはもう騎士団の連中は救うことはできないだろうと感じていた。まとまりのない黒帯の同僚も、もう敵の罠にまんまと嵌められている可能性も高い。

 もしかしたら王家も何人か殺害されている……。

 もしミディール王子がそれを知ったとき、受け入れられる強さがこの弱々しい若輩にあるかどうかも心配していた。



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