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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第4場 ―干戈騒乱―
206/322

Ëpisode165 聖剣


 どうして――。

 その疑問はどちらのものか。

 大聖堂に侵入したラインガルドとペレディルは司教座(カテドラ)に君臨するその女と対峙した。涼しげな顔をするペレディルと比べ、ラインガルドは驚いたように目を丸くしている。

 何故なら彼は知らなかった。

 メルペック教皇の存在も、この教会が何たるかも。


 この時間の流れにおいては、エンペドの知識として蓄積されていない。

 メルペック教会は、過去に渡ったエンペドと女神が依り代として設立したものである。しかし、この世界ではその陰謀は阻止されていた。

 存在するはずのない女神の依り代だった。

 在り方も歪つだが、隠れ蓑にして生き続けた教皇自身も歪だった。

 教皇は段上から無法の来訪者を冷たく見下げた。

 冷たく青い瞳がラインガルドに突き刺さる。


「エンペド・リッジ……こんな紛い物に成り果てるなんて、敗者はこんなにもだらしなく、醜いものに変わってしまうのね」

「お前は誰だ……?」


 ラインガルドは睨んだ。

 彼の意識は少しだけズレている。

 融合していたエンペドの思念体とラインガルドの魂の二つが、同時にまったく別の感情を抱いたことで解離していた。

 それは、もう存在しない共謀相手と再会したことによるもの。

 あるいは、かつての初恋相手と瓜二つの少女と遭遇したことによるもの。


「お前……"抜け殻"か」

「さあ、どうかしら」

「ふざけルんじゃない!」


 ラインガルドにとって解らない事は恐怖だった。

 異界の魔術師の叡知が復讐劇を支援してくれている。

 王都全域を牛耳る上での知識や計画を企てる先見の明も備わっている。

 だからここに在るものも理解していた。

 封印指定の聖遺物。

 その中には、創世のために破壊を行使する聖剣が存在する。

 英雄を抹消した後、この世界を変える力が必要だった。

 魔剣はおまけだ。

 黒い魔力の肉塊(マギカ)となったラインガルドには、魔力殺しの魔剣が邪魔になる。魔剣に触れれば一溜まりもないからだ。

 だが、今のラインガルドには生に対する執着や"勝ちたい"という欲求はない。

 魔剣を確保する理由は唯一つ。

 イザイア・オルドリッジに復讐を果たすため。

 その舞台を用意する前に妨害されては堪ったものではない。復讐さえ成し遂げられれば、この身を滅ぼしても構わないと考えている。


「貴様が……いや、お前が誰だろうがどうでもいい。聖剣と魔剣を渡せ」

「何故? 何故そんなものが必要なのかしら」

「理由などただ一つ! イザイアを……! (わたし)を貶メた奴をころすタめだ……!」

「イザイアを殺して何になるというの」


 リピカ・アストラルは毅然と答えた。

 その言葉はこれまで彼女が聖職者として過ごした中で最も聖職者らしい諌言だった。

 尤も、それは世界を観測するだけの彼女にしては珍しい言動だが、そうまでしてラインガルドを止めようと思ったのは、おそらく彼女自身が英雄(イザイア)を愛していたからだ。


「あなたは負けた。共謀したかつての邪神(わたし)とともに。敗者は歴史上の悪となる。その醜悪を極めたところで、ただの悪あがきにしかならないわ」


 そうとも、とラインガルドは言葉を漏らす。


「それでイい――恥も外聞もかなグり捨てよう。僕はそれでも奴が憎い」


 エンペドの思念体はそれだけのもの。

 "――イザイアが憎い"というだけの単調な感情だった。

 それ以外の簒奪はただの布石でしかない。

 隣で佇むペレディルも、掻き乱した王宮騎士団も、捕縛した国王も。


「破綻しているわね。殺すほど憎い相手にしか興味がないなんて――そんなにイザイアに依存して、彼を抹消したあとは貴方に何が残るの?」

「知るものか。例え何も残らなかったとしても、僕の心は満たされる」

「そう……」


 リピカは諦めたように視線を下げた。

 本当に心は満たされるのか……。

 リピカには共謀者の末路が虚無なものでしかないように映り、彼に対して憐憫も催した。


「なら、昔の誼みで救ってあげるわ。縋りつく手綱(にくしみ)があるうちに、引導を渡してあげるのが貴方を招いた邪神(わたし)の務め――」


 リピカは片手を掲げた。

 手に魔力が凝集する。


「魔神と戦うことがどういうことか、教えてあげましょう」

「はっ……抜け殻の分際で。騙るな、人形」


 ラインガルドも両手を床につけて構えた。

 脇に控えていたペレディルが一歩前に出て、槍を構える。


「ラインガルド様、ここは私が――」

「いい。これは個人的な問題だ。お前は地下聖堂に向かえ。奥地に聖剣と魔剣があル……」

「はっ!」


 ペレディルが段上へ駆け上がり、司教座の横を通り過ぎてその奥へ向かう。リピカは通り過ぎようとする白い胴着姿の男の足元に魔力弾を放って牽制を入れた。


「通すわけにはいかないわ。地下聖堂を侵すことは許されない―――っ!」


 大地を駆る黒犬が懐に飛び込む。

 咄嗟に反応したリピカは、白い魔力で壁を作り、その強襲を防いだ。

 金の刺繍が施された高潔な司祭服がふわりと舞い上がる。


「どうした。魔神なら予知してみせろ、ケア(・・)よ」

「……」


 リピカは目を細め、ラインガルドに侮蔑の目を向けた。

 お互いその在り方は変わっても、それぞれ魔王と魔神だった記憶は残されている。魔神ケアは魔王エンペドの後見者として力を貸し続けた。

 神に対する人々の畏れを取り戻すために……。

 しかしその長きに渡る共闘もこのような脆弱な感情の前に無下にされた。

 黒の魔力を纏う狂人が、リピカには心底醜いものに見えて堪らない。

 白い魔力壁で強攻を止めた彼女は、小さな手に千年もの間、貯蔵し続けたありったけの魔力を篭め――。


「歯を食いしばりなさい、エンペド」


 魔力壁ごと、ラインガルドに掌底した。

 真っ直ぐ突き出された腕は、そのか細さからは想像ができないほどの破壊力で周囲の床や壁も巻き込んで粉々に吹き飛ばす。


 ――パァン、と弾けた黒い外套と肢体。

 今のたった一撃でラインガルドは粉々の肉片となって周囲に飛び散った。

 時間差で、聖堂に配置された椅子や燭台が風圧で弾け飛んでいく。

 この魔力強化による攻撃は彼女に蓄えられたほんの一部の魔力に過ぎない。

 彼女がそのすべてを開放すれば、星まるごと崩壊させるほどの魔力は貯蔵していた。抜け殻の人形とはいえ、神を納めていた器にはそれだけの魔力が貯め込める。

 大聖堂は静かになり、重々しい雰囲気を漂わせる。

 だが、その虚空に向け、リピカは声をかけた。


「……貴方、もう死んでいたの?」


 破損した壁や床にねっとりと張り付く黒い魔力を眺めて、リピカは蔑むように言い放つ。

 それらが凝集して、徐々にラインガルドの形を成していく。

 どうやらそれは蠢いていた。

 リピカは背後にちらりと一瞥くれ、取り逃してしまったもう一人の男を見た。しかし、手遅れだったようで、ペレディルは既に地下聖堂の奥地へと足を踏み入れてしまっている。


「アア……アアア……ソウトモ」


 急速にラインガルドの形をした魔力がその場で浮かび上がった。


「クックック、コレが……人類ノ究極の叡智。大賢者が体現した魔力昇華(アセンション)だ。永遠の命ハ生態系に循環する魔力そノモノにあル」


 口元に黒い泥を垂らし、ラインガルドは嗤った。

 魔法を究め、その真理に至った大賢者の多くは魔力そのものに成り代わる。彼らは真理を追い求め、それ自体に昇華することで起源へと至った。

 エンペドも同じことをした。

 ラインガルドの生身の肉体を触媒にして――。


 それはエンペド自身も予期せぬことだった。

 その身を細切れにされ、憎悪に塗れたエンペドの肉片を吸い込んだのは『黒の魔導書(グリモワール)』だ。そのまま冥界送りとなるはずだったエンペドは、因果の綻びを修正するための抑止力として『黒の魔導書』に吐き出された。

 起源を垣間見たエンペドは大賢者と同様の能力を持ち得た。

 それが『魔力昇華』という一つの不老不死の能力だ。


「これが……。また新たな魔力で世界は汚染されてしまった……。因果の調整も、因子(マナ)の配分も、誰の監督も受け付けなかった世界……これが混沌(カオス)

「――汚染? 違うな、これは再編だよ」


 ラインガルドは黒い泥をだらだらと垂れ流しながら、大聖堂の真ん中で右手を掲げた。


「新たな調和が出来上がる。誰もが互いヲ認めない世界。憎み合い、殺し合い、原初に戻っテ時代をやり直すのだ。そノ究極の殺し合イの果て、戦いや争いは消えル」


 思想も矛盾していた。

 平和を求めた或る演奏楽団の想いが、人々の愛を求めた女神の想いが、歪んだ形で混濁してあんな新種の魔力が出来上がった。

 だからこれは必然だ。

 女神ケアが編んだ因果応報。

 彼の英雄がどう立ち向かったところで、既に救いようがないほど世界は狂っていた。


「クックッ、もう(わたし)に死の概念はない。あるのは奴への憎悪のみ」

「……」

「さて、新世界にお前のような塵は必要ない。所詮は抜け殻の人形だ。大人しく消え失せろ」


 ラインガルドの体表が硬質化した。

 変幻自在の肉体で、かつて愛着していた黒妖犬(ブラックドッグ)の様相を象る。

 四つん這いで構えた。

 リピカ自身、この状況を冷静に俯瞰している。

 それでも勝てる要素が見当たらない。

 ラインガルドがまだヒトとしての体を成していれば打ち手はいくつもあった。あるいは、リピカが女神の力を宿していれば、反魔力によってあの黒い異物を虱潰しに排除することもできただろう。

 だが、リピカにはもう当時の赤黒い瞳は宿せない。

 よもやここで消えゆく運命かと諦めたそのとき――。


「大司教様ぁぁーーー!!」


 金切り声をあげて大聖堂に飛び込んできたのは黄金色の髪の聖騎士だった。

 パウラ・マウラ。

 普段は何事も高慢にやり過ごす彼女も、今日に限っては肩で息をしながら無様を晒していた。

 小脇に、修道服を着たケアを抱えている。


「パウラ……」

「街の異変の原因は―――あっ、あなたは……!」


 パウラはリピカとの間に佇む黒い異形の犬を見納め、咄嗟に状況を見極めた。ケアを床に落とし、少女は、あぅ、と一言。そのまま予備動作もなく戦闘態勢に移った。

 『魔陣武装』をぶわりと展開させ、胴囲から繰り出すは無数のファイアボール。


「パウラ……その男は魔力そのもの。無駄よ」

「いいえ、無駄ではありませんわ。魔剣さえあれば――!」


 魔陣武装の円陣を正面に向け、砲口を向けた。


「ヒート・アンビエント!」


 熱射線が直線上に放射される。

 ラインガルドは腰を落して横跳びして身を躱した。

 そのまま動きを止めず、壁を這いあがって大聖堂の天井の壁画まで登り詰めた。


「……ふん、塵は増えたところで塵に過ぎん。無駄な足掻きを」

「あなたが元凶ですの?!」


 パウラは魔法陣の砲口を天井へと向けて照射する。

 黒い犬が天井を蹴って回避した。

 地に戻り、ラインガルドが魔陣武装の合間を掻い潜って突進してきた。

 周囲に散った椅子の破片や瓦礫が粉塵とともに舞い上がる。


「猪口才ですわね―――セット!」


 パウラの両手に剣が浮かび上がる。

 心象抽出により生成された魔力の剣だ。

 両者間合いに入り、近接戦に切り替わった。

 パウラは飛び込む黒い爪を左の剣で斬り払い、そして右の剣を振り上げる。懐を捉えた、と思いきや、剣そのものがラインガルドの肉体にのめり込んだ。


「――っ!」


 パウラは直感で右の剣を手放した。

 ずぶずぶと剣は呑み込まれ、黒い体に呑みこまれていく。

 危険と判断したパウラは魔陣武装を胴体からさらにもう一枚拡張させ、ラインガルドの体を魔法陣で殴り飛ばした。

 弾き飛ばされ、地に伏せた犬は態勢を立て直すとすぐに躊躇せずに駆けてくる。


「ちっ、セット……!」


 失った右の剣をもう一度生成し、パウラは応戦した。

 踏み込み、なるべく黒い魔力に接触しないように対処する。じりじりと後退し、不利と判断したパウラは背後に軽々と跳びあがった。

 ――ここで以前のように空が飛べればと嘆く。

 ふわりふわりと身軽に跳び続け、リピカのいる司教座(カテドラ)を目指した。

 その奥には地下聖堂へ続く階段があり、さらにその奥には封印指定の魔剣ケアスレイブが眠っている。黒い泥をばらまいた張本人がいるのなら都合がいい。敵の正体が魔力そのものであれば、魔剣で倒すことができるだろう。

 根本を絶てば、この騒動も。――そう期待して段上に滑り込む。


「大司教様! 魔剣の封印を――」


 早く解きましょう、と続けて奥の階段を眺める。

 しかしまさに今、一人の男が二つの剣を抱えて出てきたところだった。それが聖剣と魔剣の二つであることは、リピカもパウラもすぐに気がついた。


「なぜ、封印が解かれているんですの……?」


 パウラが驚嘆の声を漏らす。

 男は剣を手放し、宙にふわりと浮かせてみせた。

 それをくるくると回し、持ち手のない剣舞を披露してみせる。


「『念動力(サイコキネシス)』……内部から自壊させたというの……?」


 本来、魔法を無効化する魔剣に封印魔法をかけることは難しい。

 だが魔力を幾重にも重ねがけることで魔剣の封印には成功していた。もし封印を解く方法があるとすれば、封印球(オーブ)内の魔剣を自立して動かし、結界を斬ることだ。

 それが唯一できるとすれば――触れずして物を動かすような、魔法法則から逸脱した特殊能力が成せる技だった。


「よくやった、ペレディル」


 挟み撃ちとするように背後の聖堂からラインガルドが声をかける。ペレディルは二つの剣を宙へと放り、主人のもとへ『念動力』で運び届けた。


「これこそまさに求めていた聖剣……クックック」


 波打つ特殊な形をした青白い刀身を、ラインガルドは満足そうに眺めまわした。そして聖剣と魔剣の二つを握り、聖剣を持つ右手を高々と振り翳す。


「まず試し斬リといコうか」


 ラインガルドは邪悪な笑みを浮かべる。


「あれは聖剣リィールブリンガー……一振りで天変地異を引き起こすわ」

「それはいったい――」


 パウラが言い終わる前にラインガルドは容赦なく聖剣を振り下ろす。

 ふわりと舞い上がる風圧。

 その直後に波打つように地面が反り上がり、無惨に転がっていた長椅子がさらに大きく躍動して転がってくる。

 振ることが異変発動のスイッチだった。

 剣のようでいて、その実、魔法兵器の類いである。


「なっ……なんですの!?」


 聖堂の床が反り返る轟音。

 崩壊していく光景は、まるで神が引き起こした大災害のようだった。



     ○



 大聖堂は静まり返る。

 封印魔法の術式を構築していたカテドラルの構造は破壊され、外で漂っていた濃霧も教会内に立ち込めていた。


「すこぶる……すこぶる呆気ない、クックック」


 黒の異人は剣の切先を下げ、倒れる二人の女を見下げた。

 教皇だった女の白い法衣は襤褸へと変わり、薄紫の髪はまとまりなく床に散っていた。それを守る聖騎士の女もまた同様に俯せで倒れていた。


「く……くふ……」


 既に二人は虫の息だ。

 敢えて手を下さずとも、あとはこの世界の再編を見守りながら憐れに死んでいくだろう。ラインガルドはそう判断して、踵を返した。

 元よりこの二人に恨みはない。

 イザイアを殺すという目的の前に立ちはだかっただけの憐れな女二人だ。手に入れた聖剣を試せたのなら、それ以上この二人が生きていようが死んでしまおうがどうでもいい。


「ペレディル、行くぞ」

「はっ」

「これはお前にくれて――――いや、こちらをくれてやろう」


 そういってラインガルドは聖剣(・・)をペレディルに渡した。


「い、いいのですか……これのために……」

「いいか、ペレディル。新世界デは、お前が次期国王となルのだ」


 それは予てから伝えていた条件だ。

 ラインガルドにとって簒奪はイザイアへの復讐のためのものであり、その結果の国取りはおまけでしかない。だからこの最初に忠実な下僕として務めを果たしたペレディルに王座を譲ってやろうという意図だ。

 何よりも、ラインガルドにとって怖ろしいのは聖剣よりも魔剣の方だった。

 もう計画も八割方成功している。仮にラインガルドが消滅した所で、イザイアに対する復讐劇はもう遂げたも同然だったが、しかし奴が苦しむ姿を見たい。辱められるところを見たい。それだけのためにラインガルドは存命し続けなければならない。

 だから魔剣は自らの手中に納めておくことにした。


「世界を創り変えるのは王の役目だろう?」

「御意……」


 そうして男二人は教会を後にした。

 この場にもう一人、異例の存在がいることにも気づかずに――。

 倒壊した大聖堂の影から薄紫色の修道女が一人、ひょっこり姿を現す。


「あぅ……ぱうあ……!」


 抜け殻の少女ケアだった。

 戦闘開始前に放り投げられた彼女は大聖堂の影に身を潜め、戦いの行く末を見守っていた。

 たどたどしく駆け寄り、俯せで横たわる保護者のもとへ。


「早く……どこかへ……ロストのところへお逃げなさいな……」

「いや!」

「ふふふ……聞き分けのない我が子のようですわ……」

「助け。わたし、助け……ないと」


 ケアは必死に手を翳したり、周囲がやるような治癒魔法の物真似をしてみせた。しかし何も学ばず、抜け殻として残されたケアは肉体に魔力があってもその使い方を理解していなかった。

 やがてパウラは何も喋らなくなった。

 気を失ったようである。


「……うぅー」


 ケアは必死に周囲を見回して、何か回復アイテムのようなものがないかも探して回った。早く助けないともう二度とパウラと一緒に過ごせないかもしれない。

 それが何より怖かった。


「抜け殻の子、こっちに来なさい……」


 そこでリピカが手を伸ばす。

 自分と瓜二つの存在。

 ケア自身も戸惑ったが、近寄って口元に耳を近づける。


「あの柱の裏……そうあそこ。あそこの奥の花瓶に、魔石があるわ……虹色の石……取ってきて」


 ケアは言われた通り、壁沿いを這う石柱の裏へと向かい花瓶から魔石を発見し、それを取り出すとリピカの元へと駆けた。

 途中、焦って瓦礫につまずいて転んでしまったが、すぐ起き上がり、また駆け出す。

 リピカにそれを手渡した。


「いい……魔力はこう使うのよ」


 そう言うとリピカはケアと握手するような形で魔石を握り合い、そこにリピカが魔力を込めた。反動でケアの方へと魔力が伝導し、また逆に引き抜かれたりして何回かリピカとケアの間で魔力のエネルギーが往来した。


「はぅ……!」


 ケアは魔力の引き出し方を、感覚的に理解できた。

 そして治癒魔法の呪文をリピカは唱え、ケアに魔力を使わせてみた。

 まずリピカ自身が少しだけ回復する。その後リピカがパウラのもとへ向かい、すぐさま治癒魔法をかけた。


「……」

「生身の体じゃ、さすがに修復まで時間がかかりそうね」


 パウラは意識を失っている。

 自動人形(オートマタ)として機能しているリピカもケアも、自己修復は早い。リピカも意識ははっきりしているものの、体の損傷が激しいためまだ本調子ではないのは事実だ。

 リピカはパウラを担ぎ、司教座の裏にある祭室の一つを目指した。

 だがその祭室は損傷が激しく、使いものにならなくなっていた。


「困ったわ。魔法陣が壊れてる」


 普段であれば一瞬で学園へ移動できる手段として転移魔法陣を用意していた。

 片方が破壊された場合、同じ術式の陣形を用意できればまた復活させることはできるのだが、リピカ自身、学園往きの魔法陣の陣形は覚えていない。

 ……ロストに王都の現状を伝えにいけない。

 外へ出るにしても今や敵だらけだ。あれだけの感染力なら、今頃は王都の住民もすべて泥に呑まれてしまっただろう。

 さて、どうしたものか。

 リピカは崩壊した大聖堂を見て溜息をついた。



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