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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第4場 ―干戈騒乱―
204/322

Ëpisode163 変貌(case:パウラ)


 王都の北区は中流から上流階級の市民が暮らしている。

 商業区や歓楽街が栄える東区や、闘技場や剣の道場が立ち並ぶ南区と比べると閑静な場所だ。

 ペレディルが持ち込んだ"毒気"は南区を中心に広がり、北区ではいつも通りの日常が続いていた。

 騎士団が慌ただしく行き交う南区では現在も黒い魔力が市民を取り込み、その精神を汚染させ、また憎悪を膨らませながら確実に勢力を拡げていた。

 ラインガルドの狙いは、一つの"悪"を刷り込ませること……。

 英雄を存在価値から否定する刷り込みだ。

 それは演奏楽団にいた頃から脈々と受け継いだ思想。


 "戦いを求めるその欲望こそが『悪』だって"


 それはラインガルドが固執した初恋相手が昔、幼い戦士に告げた言葉。

 平和な世界に英雄は必要か。

 力は必要か。

 今、エリンドロワ内で最上級の英雄と成り上がった戦士はただ一人。

 果たして彼の存在は必要か。



 "――果たして民は彼の戦士を認めたか"



 黒い魔力の精神汚染はそんな風潮を着実に根付かせ、"悪の対象"を明確にしていた。

 ロストが今回敵と銘打てる相手がいるならば、それは文化潮流。

 英雄は人々に救いをもたらす存在だ。

 愛され、賞賛され、羨望される。

 では、それが失われたら……?



 "―――偽善と欲望に苛まれ、疲弊した戦士を、"



 "―――ヘイレル・イースの太陽は眠りにつくまで見逃さなかった"






「あぅ……!」


 ある少女が街の憎悪に反応を示す。

 商業区で買い物を楽しむ女と少女の二人。

 一人は金髪に黒い片翼で、派手な服装をしていた。

 もう一人は地味な修道女の服を着た薄紫の髪をした背の低い少女。

 まるで親子のようだが、似ても似つかない二人を親子と思う者は少ない。

 否、そんなことを気にできるほど現在、街は穏やかではなかった。


「どうかしましたの?」


 聖堂騎士団のパウラは手を繋いで歩くケアに声をかけた。

 膝に手をついて屈み、心配そうに顔を覗き込む。

 ケアが目を潤ませ、上目遣いでパウラを見返した。


「まあ、なんて……なんて至高の瞬間かしら!」

「うー……」

「か、可愛いですわ……外出したばかりだというのにもうお持ち帰りしたいですわね」


 パウラは、ケアの何をか言わんその態度にいつも興奮していた。

 饒舌な彼女にとって物言わぬケアとは相性が良い。

 会った当初は元女神の化身という神秘的な存在に兢々として近寄りたくなかったが、今では真逆な感情が向いている。

 部屋に住まわせてしばらく経つが、体を洗ってやったり、着替えさせてやったりする度に愛着が沸いてしまった。

 まるでお気に入りの人形のように。

 そもそもケアは本質的に自動人形(オートマタ)のようなものだった。

 肉体組成は人間と変わらないものの、生理反応がない。

 それが判明してからは神がくれた贈り物と思ってパウラも大切に世話している。


「待っててくださいまし。買い出しを終えたらすぐにお家へ帰らせて頂きます」


 目を爛々とさせ、鼻息荒く、雑貨屋へ入店。

 おほほ、おほほ、とニヤけながら店に入っていく様は明らかに不審者だった。


 だが、不審者がいるのは店の中――。

 今回のケアの反応はいつも以上に警戒すべきものだったが、パウラは気にも留めていない。

 雑貨屋への用は日用品の買い足しだ。

 紙類、料理用の油、水差し等々。

 それらをカウンターに出して店主に声をかける。

 いつも通ってる店なのに今日は陰鬱としていた。

 空気が籠っていて湿気もある。


「これくださいな」


 今日の店員は無愛想だった。

 並べられた品を目線だけで眺めると、身動き一つせず「2300ゴールド……」と呟くように告げた。店員の様子に怪訝な顔を浮かべながらパウラが財布の巾着袋からお金を取り出そうと下を向く。


「あぁ……! ぱうあ!」


 すると、ケアがパウラの服の裾を握りしめて慌てて引っ張った。

 怖ろしい表情を浮かべながら店主を見ている。


「なんですの?」


 カウンター越しには背中から粘ついた黒腕を伸ばす雑貨屋の店主。

 パウラはまだ気づいていない。不審な様子のケアへと振り返り、その動作で金貨を一枚床に落としてしまった。


「あら嫌ですわね。もう歳かしら、ふふふ」


 屈み、偶然にも襲いかかった黒の腕を躱した。

 パウラは金貨を拾い上げてカウンターにお金を出し、店員を見た。


「どうかしまして?」

「……ありがとうございます」


 そこにいたのは普通の人間のカタチをした店員。

 無愛想だが、おかしなところはない。

 パウラは疑問に思いながらもケアを連れて店を出る。

 外へ出る直前、店員はもう一度狙いを定めて黒い腕を伸ばしたが、パウラがくしゃみをした反動で、尻で扉を勢いよく閉めたことが功を奏し、黒の腕の強襲は防がれた。

 べちゃり、と扉に黒い粘性の魔力が付着する。


「……ちっ」



     ○



「今日はなんだか気分がいいですわ~」


 街が不穏な雰囲気である一方、パウラは上機嫌に太陽に向けて伸びをした。

 今日はケアが挙動不審で、それを見るのが可愛らしくてたまらないのだ。


「あぅ……はやく、はやくかえる……!」

「そうですわね。でも今日はせっかくこんなにお天気がいいんですもの。たまには道草を頂くというのも一興ですわよ」

「だめー!」


 ケアが真剣に訴えても、子どもにありがちな不安感だろうとパウラは軽く流した。そして堪らず抱き締めて頭を撫でる。

 二人は商業区を抜け、街の大通りを歩いた。


「なんだか街行く人たちも賑やかではありませんこと?」


 パウラは街の様子を眺めながらにこやかに微笑んだ。

 賑やかどころではない。

 現在街中で暴動が起こっている。

 黒い魔力に汚染された市民が、まだ汚染されていない市民に無差別に襲いかかり、汚染を広めている。それに抵抗する市民との間で殴り合いの喧嘩が起きているのだ。

 それは問答無用でパウラにも襲いかかった――。


 街の雑踏の中から突然、暴漢が現われる。

 両腕を伸ばし、無心で襲いくるそれを見てパウラは咄嗟に『魔陣武装』を展開した。

 胴体を取り囲む魔法陣そのものを回転させるだけで暴漢を弾き飛ばした。


「痴漢かしらね……(わたくし)の美しさを見て思わず、というのなら許して差し上げますわ」


 パウラは肩にかかる巻き髪の房を払い、気を失った暴漢を見下す。

 しれっとした様子で大通りを進んだ。

 そこで、そうだ、と突然思い立ったように両手をぽんと重ねる。


「今晩はケアさんのファッションショーをしましょう! 新しいお召し物で」


 そう言ってケアのご機嫌を窺った。

 しかし、ケアは大通りの暴動の様子を見て震えている。


「ここに居ては目に毒ですわね。お洋服屋さんへ行きますわよ」

「こわい……」


 ケアは怯えていた。

 英雄信仰から英雄嫌悪へと変わっていく民衆の心を感じ取ったからだ。


 "――ありがとう、イザイア。私は貴方を信仰します"

 女神ケアの想いが残された少女には、信仰する英雄が否定されていく様子が堪らず怖かった。それをうまく言葉にしてパウラに説明できず、ケアはどうしていいか分からないままだ。



 それからも買い物は続いた。

 洋服店に入っては、これなんかいいんじゃないかしらとケアに服を合わせ、これでもないあれでもないと乱暴に店内を掻き回すごとに、パウラは運よく店主の黒い腕の攻撃を防いでいた。

 ケアはそれを見ながら青息吐息。

 はらはらどきどきしながら早く帰れることを願う。



 パウラが満足して外へ出る頃には店中に黒い魔力がこびり付いていた。

 外は快晴。喧騒もほぼ鎮静化し、先ほどの暴動が嘘のように静寂しきっている。

 この界隈で黒い魔力に汚染されていない者はとうとうパウラとケアの二人になった事を意味していた。そんな彼女が大通りを歩くと、黒い瘴気を纏う市民がぞろぞろと群れを成して彼女を取り囲む――。


「あぅ……!」


 ケアは怯えてパウラの裾を掴んだ。

 街の市民が徒党を組んで取り囲み、その様子にパウラも首を傾げる。


「今日の私はモテモテですのね~」


 パウラは不自然なほどに暢気だった。

 それは彼女が聖堂騎士団として一線で活躍してきた聖騎士だったからか、この程度の揉め事は差して気に留めるものではないと考えているのか、魔法大学の特任教授と認められるほどの魔術の実力があるからか、あるいは――。


「イザイアを……英雄を殺す……」

「殺す殺すコロスコロス」

「戦士なんて……戦士なんて……」


 パウラは人々の憎悪の対象を垣間見た。

 市民それぞれが同調するように、その存在をぶつぶつと呟き続けている。


「ふーん、ロストのお名前がこんなところで……」

「ぱうあ……」


 ケアが不安そうにパウラの顔を覗き込む。

 それに対して不敵に笑う聖堂騎士団パウラ・マウラ。

 彼女は今日、休暇を充実させるために暢気に商業区を訪れたわけではない。無関心を装い、あたかも偶然訪れた買い物客のようにして"調査"していた。

 教会から派遣された聖騎士の役目だ。


「――なるほど。街の異変はそういうことですの」


 言い放つと一度手を翳し、勢いよく下げる。

 彼女の周囲に虹色の魔陣武装が一つ、また一つと展開されて、合計三つの帯がゆっくりと取り囲んだ。

 『魔陣武装』――。

 それは魔法陣の力を極限まで引き延ばす高位魔法だった。

 地面に描くのではなく、自身の傍らに魔法陣を編む手法。これによりパウラの手元には即時発射可能な中級から上級魔法が一通り配備されたことになる。


「どうやら思考は正常でも、思想は真っ当なものではありませんわね」

「ぐ、ぐ……憎い……憎いぞ……メルペック教会……」

「救いはない……我々は救われなかった……」


 パウラを狙って大通りに押し寄せた市民らは口々に呟いた。彼女を聖堂騎士団所属と見るや否や、市民らは憎しみの対象を教会へと向けられていく。

 見るに、貧相な下級市民だった。

 彼らは信じていればいつかは救われると願い続けていたのかもしれない。

 だが現実はそうはならなかった。

 だから教会が憎い。


 黒い魔力は心の闇を沸き立たせ、それを原動力に人々を狂暴化させる。

 憎悪の矛先は人によって異なるが、しかし収まらない憎しみは必然的に大きな存在へと標的を変えていく。

 まず思い通りにいかない身近な存在、そして次には助けてもらえなかった力のある存在。

 力のある存在とは、王家だったり、教会だったり、英雄だったり……。

 つまりこれは特定の術者が扱う魔術ではない。

 自立型の、新種の魔力そのもの。

 闇に特化した意志を持つ魔力だった。

 そう判断したパウラは魔陣武装を拡張して射程範囲を広げた。


「厄介なものが舞い込んできましたわね……」


 彼らは善良な市民だ。

 狂暴化の原因は黒い魔力の汚染。

 魔術としての体を成していないこの現象は、大元の術者が存在するわけでもなく、発生源を絶ったところで彼らを元に戻すことは出来ないだろう。

 彼らにかけられた呪いは魔法ではなく、魔力そのものなのだから。

 ならば、魔力自体を取り除いてやることが彼らを正常に戻す唯一の方法。

 パウラは今一度構え、さて、ではどうすればいいかと思案する。

 大元の術者も存在せず、魔力を浄化させる方法は思いつく限り一つしかない。


「――――反魔力の剣……」


 大聖堂の地下で封印されていた魔剣ケアスレイブ。

 あるいは、ロストが造り出す『魔力剣』。

 せめてどちらかさえあれば―――。


 そうこう考えているうちに、市民たちは一斉に襲いかかった。

 詰め寄せる大群にパウラは低火力の魔力弾(バレット)を撃ち放って様子を見る。前列にいた者は吹き飛ばされて後方へ回るが、次から次へと押し寄せる波は留まる気配がない。


「ケアさん、失礼しますわっ」


 背後のケアの胸倉を掴み、そして空高くへと放り上げる。


「はぅ!」


 多勢に無勢なこの状態で後ろの少女を守りきれる自信がなかった。

 身軽になったパウラは心象抽出で軽い剣を二つ造りだし、魔陣武装との二弾構えで大群を迎える。三層構造の魔陣武装を極限まで拡張させ、その帯のエネルギーだけで一定範囲の敵は蹴散らした。

 その攻撃に漏れ、間合いまで詰めてきた敵は接近攻撃で応戦する。

 さらには回転する魔陣武装から魔力弾を放ち、遠方の敵まで排除するという器用な戦いを繰り広げた。


 敵からの攻撃として、黒い魔力の蔓が腕から伸びる。

 おそらくあれに掴まれば、パウラも黒の魔力に汚染されるだろう。

 それを避け、得物で受け流しながら、さらには相手を殺してしまわないように手加減を入れて魔術を放つ――並の魔法剣士には不可能とも云える戦術だ。

 それを可能とするほどにパウラの攻守は卓越していた。

 これが聖堂騎士団内で一、二位を争う聖騎士の実力、その本領である。


「わぅー!」


 上空へ放り投げたケアが落ちてくる。

 バーウィッチで翼が折られ、空を飛べなくなってしまったのが不利だった。

 この広範囲な攻撃手段に加え、空を翔けるという三次元の迎撃範囲も兼ね備えていた以前の聖騎士パウラだったら、これほどの勢力でも一騎当千を果たせただろう。


「悔やんでも仕方ありませんわね……!」


 叫び、バックステップで後ろへ高く跳び上がる。

 パウラは落ちてきたケアの服を掴んで引っ張り、正面に抱き上げてから駆け抜けた。

 少しケアの修道服を破いてしまったが今は緊急事態だ。

 そしてそのまま戦線離脱する――。


「大聖堂に向かいますわよ!」


 パウラはこの異変を鎮めるための唯一の道具を借りるため、教会の本拠地を目指した。これだけの勢力に対して、魔剣一つですべて対処できるかどうかは自信がない。

 しかし、今の彼女にはそれ以外の方法が思いつかなかった。


 ――魔力殺しの魔剣『ケアスレイブ』。

 封印を解いたところで、その本質を知らないパウラに扱える代物かどうか果たして謎だった。

 でも今はそれに縋るしかない。

 そんな状況に陥るまで、王都全域は変貌してしまっていた。



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