◆ 獣人族の恋Ⅱ
扉を閉める。
アリサを屋敷に住まわせてからしばらく経った。
食事はほとんど取っていないし、日に日に塞ぎ込んでいるような気がして心配だ。
彼女に宛がった部屋の扉に背を預けて溜め息が一つ。
両手には一切口に付けてもらえなかった菜食料理のトレイ。
父上が――いや、先祖のエンペド・リッジが転生の儀に我が家を巻き込んだあの事件から数か月。事後処理に忙殺され、新たな家族の形に困惑しながらも、ようやく落ち着きを取り戻した頃合いだ。
弟や女神も無事に王都へ送り出すことができた。
アリサの傷心も時間が解決してくれないだろうか、屋敷に住み慣れれば多少は心も開いてくれるだろう、と安易に考えていたのが失敗だった。
彼女の塞いだ心はどうにもならないまま時間ばかりが経つ。
正直に言えば、俺は彼女に一目惚れしていた。
誕生日式典で見かけたあの時から。
どこが好きかと問われれば明確に答えはない。
これが"運命"とも女々しく言おうものなら弟たちから馬鹿にされるだろう。だが、パーティーで目にしたあの刹那、それに似た何かを感じたのは事実だ。
故グレイス・グレイソン女史はあの式典の夜、魔法でその後押しをしてくれたのだ。
――グレイス女史とアリサの二人の経歴は調査済みだ。
厭らしい話ではあるが、アリサを屋敷に置いておく上で彼女らの必要最小限の身辺調査をさせてもらった。
演奏隊以前は何をしていたのかという事である。
彼女らは数年前に一時話題となった『光の雫演奏楽団』の構成員だったらしい。
俺がちょうど魔法大学在学中に起きた『集団子ども失踪事件』において主犯だった団体だ。当時、ソルテールの壊滅にオルドリッジ家からも援助金を送ったそうだからよく覚えている。
……何より、その事件を解決した「ジャック」という冒険者の少年が我が弟だったと知ったのはつい最近のこと。覚えていて当然だった。
また、メルペック教会所属の演奏隊として我が屋敷に招いた経緯もあり、教会側からも情報提供を依頼した。白々しくも「知らなかった」と突っ返されてしまったが……。
やはり調査してもまだ謎が多い。
もうあの事件から数年も経ち、彼女らがその間なにをしていたのかも不明だし、楽団として結成されたのがいつの話で、いつから活動していたのかも不明。
増してやアリサがそんな過激な団体の一味だったとは。
それにそれ以前の経歴も分からない。
この国でも獣人族は稀に見るが、遠征に出てきやすい犬系統や鳥系統は見かけるものの、羊系統の獣人族が単身でいることは珍しいとされている。
基本的に群れを成す種族だからだ。
身寄りのない彼女は果たしてどこから来たのか――。
「旦那様、そのトレイはお預かりします」
「あ……あぁ、頼む」
通りがかったメイドの一人に料理を取られる。
そのメイドが後ろの扉を眺めて一言。
「アリサ様ですか?」
「うむ。話をしようにも塞ぎ込んでしまってな」
「旦那様はお優しいのです。正妻としてお迎えされるのでしたら操を奪ってしまえば話が早いです」
言われ、動揺で一歩後ずさる。
強引な夜這いを勧めているということだ。
「そんな野蛮な……」
「北方の獣人族ではそのような慣わしがあるようですよ? アリサ様にとっても普通の貞操観念かもしれません」
「そ、そんな子には思えんっ」
顔を伏せて歩き去る。
メイドに背後からくすりと笑われて、からかわれたのだと気づいた。
実は、俺はこれまで誰かと肉体関係を持ったことがなかった。大学ではイザヤのようにうまく交友関係を広げることもなかったし、"典型的な魔術オタク"と揶揄されたくらいだ。
求婚以前に異性との交際の仕方から学ばなければ話にならないのでは……。
――――覚えていますか? あなたとの初めての出会い。
――――街灯が私たち二人を水面に映し出したの。
――――私が孤独の夜に彷徨っても、あなたはいつも傍にいてくれた。
刹那、一つの歌が耳に届く。
立ち去ったアリサの部屋の方からだ。
彼女はこうして時折、小さな声で歌い始める。部屋の周辺にしか響かないような微かな歌声だが、それでも彼女の愛らしい声は心地良く、部屋で聴こえたときには近くまで聴きに来るのだ。
歌声はとても悲しげで、故人を偲んだ歌であるのは明らかだった。
○
ストライド家へ向かう。
この一族とは近所ということもあって昔から親交が深い。俺自身も幼い頃から長男のチャーリーンとはよく遊んでいたものだ。
当主のパーシーン氏へ軽く挨拶を済ませ、友人のもとへ。
前当主のマーティーン老師は最近体調が優れないらしい。
もうかなりのご老体だから無理もないのだろう。
オルドリッジ家の庭園とは正反対な無造作な仕上がりの庭を跨ぎ、屋敷の別館に入れさせてもらった。靴を脱ぎ、木材の香り漂う室内を歩いて客間へ案内される。
この空間は独特の馴染みやすさがあって落ち着く。
子ども時代もこの別館で遊ばせてもらっていたものだ。
チャーリーンと向かい合ってタタミに座り、茶を頂いた。
最近、彼も父親に似てきた。
髪型も七三に整え、一貴族の嫡男としての自覚が高そうな居住まいを示している。
俺には気にせず足を伸ばせと促されたが、もうお互い良い歳だ。
礼儀作法はしっかり弁えたい。
「今日はどうしたんだい? もう屋敷のことは落ち着いたのか」
「おかげさまでな。お前も近頃忙しいと聞いたが――」
お互いの近況報告を交えつつ、俺はそれとなくあの話題を振ってみた。
「――ところでチャーリーンには縁談の話はあるのか?」
「ぶっ……なに、突然?」
チャーリーンとは似た者同士だ。
彼は闇討ちのストライドと呼ばれる名家の出だが、その血筋のせいか陰気な性格をしている。引っ込み思案とも言うのか、あまり目立ったことはしようとしない。
交友関係に関しても派手な印象はない。
「あの事件で俺も突然にオルドリッジを継いでしまって、その……順番がだな……」
「あぁ、なるほど」
チャーリーンは表情を緩めた。
「あるよ、縁談は……。会ったこともない人だけど。うちでは子を成すまで世継ぎは出来ないからね。早いうちから次の次まで生ませるために、すぐ縁組を持ちかける」
「そうか。つまり、お前自身はその手の話に相変わらず疎いのだな」
「その言われようは癪だけど、ぐうの音も出ないね……」
俺は彼にアリサのことを話し、屋敷内での様子について話を打ち明けた。俺が好意を寄せていて、結婚まで考えているということも。
しかし、チャーリーンも恋愛経験が乏しく、何の助言もできないということだ。
唯一、近くで相談できそうな友人がこれでは何の参考にもならない。
アリサへのアプローチのヒントを得たいと思って聞きに来たのだが、駄目だったようだ。
イザヤなら得意分野だろう。
でも手紙で聞くのも変な話であるし、弟にそんな相談を持ちかけるのも兄としての威厳が危ぶまれる。もう少し大学でそういったことも学んでおけば良かった。
「ハァ! せーいっ!」
ふと、別館の裏庭から威勢のいい女の声。
なんだ、と顔をあげて反応を示すと、チャーリーンは溜め息まじりに「アイリーンだ」と呟いた。
彼の妹である。
立ち上がり、縁側へと向かう。
土が敷かれた庭。奥には竹林が鬱蒼と茂っている。
そこに伐採された竹を相手に刀剣を振るう女がいた。
スカートのような長い丈の履き物を履いて、額には長布を巻いて髪を一束にまとめていた。
その女が何回か素振りをした後、低姿勢で踏込み、竹一本を一閃する。
スッパリと青竹が斬れて竹筒が地面に転がった。
「きみのところの弟くんのことが諦められずにあの状態で……」
背後にチャーリーンが立ち、声をかけてきた。
アイリーン・ストライドはうちの弟を追いかけ回し、貴族界では危険地帯とも囁かれるアザリーグラードにまで出向いたことがあるそうだ。
その彼女がどうして今こうして剣術の修練に励んでいるのか――。
「ん? なによ」
縁側から覗きこむ俺とチャーリーンに気づき、反抗的な目で睨んできた。
刀剣を片手で握りしめるその様子は見るからに凶暴そうである。実際にあの黒い犬が暴れた式典の夜でも凄まじい剣術を見せつけて、会に招いた客人を守ってくれた。
「うちの弟が世話になったそうだ。それにあの日の夜は助けられた。あらためて礼を言おう。ありがとう」
俺はストライド家流の作法に合わせ、深々と頭を下げた。
アイリーン嬢はつまらなさそうにそっぽを向き、また竹相手に剣を構え始めた。
「ふんっ」
「アイリーン、失礼だろう。それに彼はジャックくんのお兄さんだぞ」
「ジャック……」
はぁ、と嘆かわしい溜息をついて意気消沈するご令嬢。
恋する乙女の有様だった。
そこで閃いた。
彼女ならもしかして、アリサに近づくための良いアドバイスをくれるのではないか。
「手を止めてすまない。ところで、なぜ剣術の練習を?」
「……この青々とした寸胴を見てると忌々しい泥棒猫を思い出すからよ……」
「え、何だって?」
「なんでもないわっ!」
怖ろしい表情で何か呟いたが聞き取れなかった。
乙女は威勢を取戻し、再び剣を振るい始める。
「ジャックに似合う女になるためっ!」
そう宣言して気合い一閃。
またしてもスパーンと乾いた音とともに、竹が筒になって転がった。
剣を振り回す体裁はどうあれ、やはり恋する乙女なようだ。
少し意見を聞いてみるのも――。
「実は恥ずかしながら私も恋に悩んでいるんだ。もし構わないなら助言を貰えないか」
「……ええ?」
この際、下手なプライドは捨てよう。
そうして生きてきた結果がこれなのだから。
なりふり構っていられない。
旧来の友人であるストライド家を信用して、この兄妹にはすべてを打ち明けよう。
…
「そうね、それは諦めた方がいいわ」
「って、おいっ!」
ストライド家屋敷別館のタタミ。
事情をすべて打ち明けたところですっぱり言われた。
青竹も吃驚の斬り捨て様。
「だってその子も他に想い人がいるんでしょう。そんな心境で他から言い寄られても鬱陶しいだけよ」
「想い人と言っても既にこの世にいない。故人を偲んでいる状況だ」
「それなら尚更じゃない。恋愛がどうのって心境でもないわね」
アイリーン嬢の言い分は正論だ。
故グレイス女史との関係は不明だが、付け入る余地はなさそうだと感じている。
……まだ当面はそっとしておいてやるのが吉なのだろうか。
「まったく情けないわね。本当にジャックのお兄さんなの?」
「……」
その不甲斐なさは否定できない。
ジャック――我が弟は家から追い出されて兄弟の中でもズバ抜けて成長してしまったようだ。それは肉体面だけでなく、おそらく中身もだ。
五つも歳の離れた弟に叶わないなんて兄としての面目は丸つぶれだった。
「君は、うちの弟のどこに惚れ込んでいるんだ?」
ふとそんなことを尋ねてみる。
なぜ弟はモテるのか。王都へ発つときも副メイド長の青髪の女の子と仲良く出ていった。その理由が分かれば、少しは俺もアリサに振り向いてもらえる男になれるかもしれない。
「強いところ――」
やはりそうか。
弟はヒトが到達できる強さの限界をはるかに凌駕している。
さらには時間を止めるなぞという奇跡も使いこなす。
どんな女性も強い男に惹かれるのだな――。
「――って言ったらまだ三流よ。ジャックをよく知らない子の言い分ね」
「え……」
「ジャックはね、自分のことが見えてないのよ」
「それが……?」
「そこが好き」
自分のことが見えていない?
そこが好き?
一体どういう論理なのだろう。
「昔からジャックは自分のことが二の次だった。格好悪くても、ボロボロになっても人助けばっかり……自分の方が不幸になっても、それでも周りのことしか見ないんだから。救いようのない自己犠牲の塊よ。そんな人……私が守ってあげなきゃって思うじゃない。だから私も剣を握るのよ」
「そ、そうなのか」
自己犠牲の塊。
俺はアリサに何かしてあげていただろうか。
自分の気持ちばかり優先して、さらにはいつか元気になってくれればいいなと一方的に部屋と食事を提供していた。
それが本当にアリサのためになっていたのか。
「私が泥棒猫に負けたのは……きっと私自身の強さが足りなかったから。今度は私がジャックを助ける番なんだからっ」
そう言うとアイリーン嬢はまた庭へと飛び出して立て掛けてあった刀剣に手をかけた。一生懸命に剣を振るい、遠くへ行った想い人のために熱心に修業に励んでいる。
その姿勢が最上の愛情表現に見えた。
○
屋敷に戻って自室のソファで考え込む。
俺はアリサのことが好きだ。
その自身の気持ちを優先するばかりで、一体何をしてあげただろう。羊系統の獣人族なら菜食料理を好むに違いないと思い、料理人にそう依頼しただけだ。
部屋も不自由ないように大間を用意して、メイドを何人かつけて身の回りの世話をさせただけ。
それらは果たしてアリサのためになっていたのか?
――――感じていますか? 私の愛と温もりを。
――――臆病な私を、あなたは温かく包んでくれたの。
――――まだ満たされていないの。消えてしまうんじゃないかって不安。
また歌声が耳に届く。
窓を開けると、中庭越しにアリサの歌声が聞こえてきた。また窓辺で彼女は歌を歌っている。
同じ旋律だが、普段と歌詞が違った。
二番が存在する有節の歌詞だった?
――――これからもずっと一緒に生きていきたい。
――――嬉しいわ。こんな気持ちにさせてくれてありがとう。
――――今ならどんな世界も越えていけるの。
歌……。
そうだ、彼女は元々演奏隊の人間だ。
歌が好きで、歌を歌う。
ならば大きな演奏会を開いて――。
違う……。そうやって人任せにしては駄目なのだ。
俺自身が彼女に何かをしてあげたい。
そういえば、とそこで大事なことを思い出した。
それはグレイス女史の遺体を埋葬したときのこと。
彼女のドレスの懐にはフルートが忍ばせてあった。あのときは演奏隊の小道具かと気にせずに取り上げてしまっていたが、あれは彼女の形見に当たるものだろう。
メイドに告げ、何処かに保管されていないか尋ねると、倉庫にロストが持ち込んだ弦楽器と一緒に保管されていたという。
そういえばロストも楽器の練習を熱心にやっていた。
旅の荷物になるからと置いていったものがそのまま保管されている。
そこで閃いた。
彼女を元気づける唯一の方法は楽器を通じてしかないのではないか。
……ロスト、遠くへ送り出しても尚、また力を借りてしまうか。
不甲斐ない兄を許してくれ。
お前の残していったものに頼らせてもらう。
○
夜、ノックをしてアリサの部屋へ入る。
返事はない。
それはいつものことだった。会話のチャンスがあるのでは、とこうして直々に料理を運んでいるが、未だに何の進展もない。
だけど今日こそは。
「アリサ、夕食だ。あまり喉を通らないかもしれないが、少しは食べないと――」
「……はいなの」
虚ろな返事だった。
これも普段通り。窓辺の椅子に座り、只々移ろいゆく時の流れや季節に目を向けているだけ。でも部屋に引き籠り、外へ出ない彼女の時間は止まったままなのだ。
グレイス女史を失ったあの日から。
「少しは食べないと――その、私が困るからな」
「……?」
いつもだったらそこで席を外す。それでは平行線だ。
でも今日は一歩踏み出してみる。
今日はトレイじゃなくて移動式の料理台で運んできた。
上段には菜食料理を並べ、そして二段目に楽器を忍ばせてある。
「君がよく歌っている歌なんだが、実は」
「あっ、ごめんなさいなの……」
話の途中で彼女は小さく謝った。
俯いて癖のある髪が肩から垂れる。頭から生える二本の巻き角が露わになった。
怒られると思ったのだろうか。
それだったらとんでもない。
「いいんだ。それどころか実は私も歌に興味があって……その、もし君がよければ鞭撻を頂けないだろうか。歌声もせっかく素敵なのに、食事も取らなければ声も掠れてしまうよ」
「え……その……そんな……」
「教えるのは嫌かな?」
「嫌じゃないの……です……でも」
アリサはぎゅっと目を瞑って顔を伏せ続ける。
まだそんな気分になれない、と言いたいのだろうか。
楽器は故人を思い出してしまうから。
否、彼女はきっと想い続けたいんだ。でなければ、毎晩あのように歌をうたうわけがない。もう二度と会えない人を想い続け、そして傍に居たいと思っているはず。
あの歌詞の第一節・第二節ともども"ずっと一緒に生きていきたい"という願いが込められていた。
――それがアリサの願い。
だから、それを救えるとしたら、これを渡すこと。
ここに故人がいるのだから。
俺のことをどう思うかではない。彼女のために、彼女がグレイス女史とともに生きていける手段はここにしかない。
だから、敢えて知らないフリをして渡そう。
「楽器も持ってきたんだが、屋敷にあったのはこれくらいしかなくてね」
「……楽器が、あるの?」
「弟が置いていったこのマンドリンと――これはきっと君の演奏隊の誰かが置いていった」
そう言って料理台の二段目からマンドリンとフルートを取り出す。
その白い管楽器を見たとき、アリサは目を丸くした。
「ほら、弟のは私が。君はこのフルートでどうかな?」
震える手でアリサはその管を受け取った。
そこには裏面に文字が刻まれている。
一目見れば持ち主が誰だかわかるその文字を眺め、アリサはぼろぼろと涙を流した。
「あ……あぁ……」
きっといつかは渡す予定だったのかもしれない。
演奏楽団として、もし最後まで吟遊を遂げることができたのならこの獣人族の少女にすべてを譲って、身寄りのない彼女を救うつもりだったのだろう。
俺もその文字を見つけたとき、故人の意志を継ごうと決心した。
「う、歌うの……私の歌。これからも……」
「手伝おう。今後もこうして部屋に通ってもいいかな?」
「はいっ……はいなのっ……」
――まず第一歩。
寄り添うにはまだ程遠い。
でも俺自身が彼女の支えになり、元気づけるきっかけにはなろう。
もしこの恋が成就しなかったとしても、少しでもアリサを前向きにできたらそれで良い。
弟のように、すべての人を幸せになんて大きな事は出来なくても、少なくとも俺はこの子にとっての英雄になれるように努力したい。
はるか北東には魔術詠唱が歌唱と同義であるとする国がある。
想いを込めれば、歌は魔法にも変わるのだ、と。
何故か、弟が残した弦楽器にもそんな文言が刻まれていた。
――"想いを込めれば、歌は魔法へとかたちを変える"。
魔術の知識に乏しいロストがどこでそんな言葉を託されたか知らないが、俺はこの言葉に感謝したい。物にメッセージを刻むだけでそれが誰かの力になるなんて。
アリサに渡したフルートに刻まれた文字もまたそうだった。
――"あなたの歌をうたって"。
ただそれだけの言葉にどれほどの意味が含まれていたのか。
アリサの泣き崩れた反応からは想像もつかない。
でも素敵な言葉だと思った。
俺も彼女の声をもっと聴いていきたい。




