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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第3場 ―魔法大学―
195/322

Episode156 初めての経験 ※

※ 後半からの多少のエロ描写にご注意ください。R-15の範囲で描いてますので、二人がなにをしているかは読者さんのご想像にお任せします。


 兄貴(イザヤ)の処罰を聞いたのは寮の部屋の中だ。

 珍しくユースティンが昼過ぎに部屋に戻ってきて、あの蜘蛛男はティマイオスがしばらく停学処分と自宅謹慎にしたそうだ、と教えてくれた。


 エススは立ち直って既に授業に復帰している。

 それどころか、今回の件を王宮へと報告しないように取り計らってくれた。話だけ聞いた王宮ではきっと即座にイザヤを斬首刑に処すだろう、とのこと。

 黒い魔力の謎について詳しく聞いてこなかったというのに、イザヤの常軌を逸した態度に「魔術のせいで錯乱してただけだよね」と見逃してくれたのだ。

 強い子だ……。

 さすが器の大きいラトヴィーユ陛下の子。

 俺の方が傷心状態で学校なんか行けていない。

 シアとランスロットに護衛も任せきりだった。

 俺はまだまだ心が弱虫だ。



 あの後、気絶した兄貴をおぶって帰った。

 ランスロットも意識がなかったので、トニーの上に乗せ、仕方なく手綱を引いて徒歩で歩いた。エススの安全は第一にするため、シアには先に学園都市に帰るように告げて……。

 もうすぐロクリスの街が見えるかという所で兄貴が目を覚ました。

 そこで背中からこう告げられたのだ。

 ――あれが俺の本心だった、と。

 歯を食いしばっていた。

 もう黒い魔力の呪いからは解放されて素の状態だったというのに……。

 おそらく醜態を晒したことを恥じていたのだと思う。その中でイザヤがそう白状したのは、きっと懺悔のつもりだったのかもしれない。

 これでエンペドが遺したモノとも決別できたはずだ――と信じたい。

 いい加減に家族から恨まれるこの運命を変えられないだろうか。俺はぼんやりと天井を眺めては、そんな考えばかりに囚われていた。


「正義のカタチは人それぞれだろ」

「……?」

「ロストが手を掛けなかったのも一つの正義だ」


 ユースティンはそれだけ伝えて寮の部屋を出ていく。

 気を遣ってくれたようだ。

 頭が上がらない……。

 かつて同じ経験をしたこともあって共感してくれたのだろうな。



 ユースティンはあの日、雷鳴とともに黄昏(クレプスクロロ)の谷に舞い降りた。

 実はティマイオスの発明の恩恵である。

 ――その名も『ティマイオス雲海』。

 はるか上空に転移装置付きの人工的な雲海を造り出し、一旦"偽造雲"の上へとヒトを送り出す。偽造雲というのは雲と丸っきり同じものではなく、上空に造り出した擬似的な地盤だそうだ。

 その天空の地盤から地上へ雷とともに送る長距離転移システム。

 このシステムではヒトの転移だけでなく、魔力を染み込ませた雨や霧を人為的に降らすことで、地域的な魔力勾配を生み出そうという実験もたまに行っているとか。

 一度、天空に送ってからそれを落とす。

 この発明こそ、雷の賢者ティマイオスが『天空に住む』と云われる由縁だった。

 この『ティマイオス雲海』の長距離転移を見たのは初めてじゃない。

 俺が初めて"決戦"というものを経験した楽園シアンズの事件の際、ジョバンバッティスタが空から舞い降りたときにも『ティマイオス雲海』が使われたそうだ――。


 話を戻そう。

 ランスロットが大通りに駆けつけたとき、ティマイオスもすぐに動いてくれた。口が堅く、それでいてこの手の事件を器用に片付け、頭の回転が早い奴を援護として送ろう、と。

 そこでユースティンの名が挙がった。

 ――というか、ユースティンはイルケミーネ先生同様、理事長のお気に入りだそうだ。あれだけ学園中を騒がせておいて退学にならないのは単にそういう理由だった。

 事情を聞かされたユースティンは何らかの要求をつけて協力してくれた。

 どんな要求を提示したのかは聞いてない。

 日夜行っている猟奇的な実験に関するものらしいが、そもそもユースティンが日頃なんのために飛び降り実験をしているか分からないので想像がつかなかった。

 あらためてちゃんとお礼しておこう。



 一週間くらい経った。

 大概のことでは動じないと思っていたのに、やっぱり家族事には弱いらしい。

 もうこれ以上あの程度のことでいじけ続けるわけにはいかない。

 俺は英雄なんだから。

 世界を六回も覆い尽くす魔力があって。

 神を超えた時の支配者であって。

 最強の騎士という実力があって。

 そんな俺がこうやって寮の小さなベッドの上で、小さいこと気にして寝転がっているわけには――。


「ロストさん、大丈夫ですか」


 部屋にノックの音。

 男子寮のはずなのに、聞き慣れた恋人の声が耳に届いた。

 返事をせずともシアは入ってきてくれた。


「男子寮に入ってこれるのか」

「許可は取ってますし」

「そうか」


 シアはぼーっと天井を見上げている俺を真上から覗きこんできた。

 目線がばっちりぶつかる。


「エススさんが会いたがってます」

「ふむ。サボってて悪かったな」

「いえ」

「じゃあ後で向かうよ」

「……いえ、私と一緒に来てください」


 何となく、シアの雰囲気がいつもと違う。

 口調がわざとらしいというか。

 何か隠しているような印象。


「なんでだよ」

「ロストさん一人で女子寮に潜入するわけにはいかないので」

「女子寮!?」


 驚いて体を起こす。

 なぜ女子寮、と動揺でそれ以上何も言えなかった。

 視線だけで訴える。


「エススさんの部屋ですよ」

「なんで俺がそんな特別室に招待されるんだ」

「なんでなんでって、理由は別にいいです。いいから来てください」

「いや、だから――」

「いいから」


 シアの視線が強い。

 心なしか、頬も赤らめている気がした。



     ○



 入ってはいけない場所に入るというのは興奮するものだ。

 ましてや秘密の花園であるはずの女子寮である。

 といっても、他に女学生を見かけることはなかった。

 昼間だからだろうか。

 階段を上がり、最上階へ。

 そこが寮の特別室のある階だ。

 左右に二部屋しかない。

 他の階は十部屋くらいあるというのに……。

 どれだけ贅沢に間取りを使っているのだろう。


「こちらです」


 シアの案内に従って右の部屋に入る。

 開かれた極上の空間は俺の目を丸くさせた。

 ユースティンと過ごすあの狭い部屋とは雲泥の差。

 普通の寮の相部屋はベッド二台でほとんどスペースが埋まる。しかし、この部屋はまず入ってすぐのところがリビングになっていて、ソファがある。

 寮なのに部屋の中にソファがあるのだ。

 そしてその奥の二部屋目には、両脇に特大サイズのベッドが用意されていた。この広さはアイリーンが迷宮都市で寝泊りしていた最高級ロッジの部屋にも似ている。


「毎日が貴族気分じゃん」

「エススさんは王女様ですし」

「まぁそれもそうだった」


 そのエススはソファの椅子に座ってくつろいでいた。

 身軽そうな服装で、これから外に出ても不思議じゃないような格好。


「いらっしゃい、ロスト。大丈夫?」

「もう大丈夫だ。心配かけさせるなんて護衛失格だな」

「……本当に大丈夫?」


 何だか、エススの反応がいつにも増して甲斐甲斐しい。

 立ち上がり、俺を見る。

 青い瞳が俺を捉えた。

 しかし目が合った途端、エススはいきなり取り乱して視線が宙を仰いだ。


「あぁ~、いやっ……今日ここに呼んだのはさっ……ロストが最近……」

「最近?」

「う、ううんっ! なんか色々抱え込むのが好きだよね、ロストは」

「そういう星のもとに生まれたらしい」

「は、ははは……」


 何だろう、この雰囲気。

 明らかに異様だった。


「それで、俺に何か話が?」

「―――」


 エススは息が止まっている。

 その純白の髪がかかり、頬の赤みが強調される。

 どういうことだ?


「うん、ごめん。騙すつもりはなかったんだけど」


 そう言うとエススは駆け出して、俺の脇を通り抜けて扉の方へ。

 意味不明な動きに俺も首を傾げずにはいられなかった。

 でもその意味不明さに少し救われる。独りで部屋に引き籠っているよりかは、兄貴のことも考えずに気が紛れた。

 だから、もう十分気は晴れたというのに――。


「ごめんねっ! いつもボクを守ってくれてありがとう。じゃ、じゃあ、あとはお二人でゆっくりくつろいでっ」


 そう言って、俺とシアを残して部屋の外へ出ていってしまった。

 何かから逃げるように。

 顔も赤くなっていたし、一体何のつもりだったのだろう。というか、あんな事件があったばかりだというのに一人で出ていって大丈夫なのだろうか。


「はぁ……結局、何の用事も――っ!?」


 刹那、俺の体に背後からしがみつく小さな存在が。

 誰でもなく、シア以外にはこの部屋にはいないのだから、当然、彼女がそうしてきたんだろう。


「……」

「……」


 背中に顔を押し付けられる。

 別に普通のことだ。

 恋人だったら誰でもするようなこと。

 でも何か、今日は密着度が違う。

 "ゆっくりくつろいで"というのは、まさか……。


「少し、休みましょう」

「……ここ最近、十分休んでいたと思うんだけど」

「違くてー、ロストさんは色々と思い悩み過ぎている気がします」

「昔からそういう性分で」

「責任感が強すぎるんです」


 責任感が強かったら兄貴のことも自分自身でちゃんと対処していたと思う。

 ユースティンの力を借りなくても。


「今回のお兄さんの件は自分のせいだと思ってませんか」

「現にそうだろう」

「いいえ、それは気のせいというやつです」

「気のせいなわけない……」


 シアのいつもの口癖も素直に受け入れられなかった。

 エンペドの残した物がこうして襲ってきたのも、兄貴が怒りの矛先を俺に向けてきたのも、俺の配慮が足りなかったから。

 俺の考えが甘くて諸問題を放置していたから。


「俺が……俺がアレを連れてきた。イザイアだった頃から、ジャックだった頃から……俺は何も成長していないんだ。力が強くなったって、こんな体を手に入れたって、考えが甘い……警戒心も薄い。こうやって色んな人間を巻き込んで不幸にしてる」

「気のせい」

「俺はただ、誰も苦しまない……誰も悲しまずに済むように生きていきたいだけなのに……なんでこう、次から次へと……!」

「気のせいというやつです」


 シアが俺を宥めてくれている。

 後ろからしっかりと抱き留めて、そして胸のあたりに手を回して擦ってくれた。

 そこには俺の魂を繋ぎ止める"Presence Recirc(魂の内循環機)ular"。それを優しく包み込まれ、まるで俺の心臓ごと守られるような気がして安心する。


「またいつものように抱え込むんですね」

「……」

「"一人で抱え込むのはやめましょう"」


 もう何度言われた台詞だろう。

 俺がおかしくなったって、シアはいつだって傍に寄り添ってくれた。


「……ごめん。俺がずっとこんなだからシアも面倒臭いだろ」

「そんなこと。それが好きでこうしているんです」

「そうか。ありがとう」


 胸を撫でるシアの手が徐々に腹へ、そして下腹部へと移っていく。


「ロストさんがそうやって考え込むのが好き(・・・・・・・・)な人というのは知っています。それはロストさんが優しい人だから」

「シア、そこは……」

「今日くらいは優しさを忘れてもいいんですよ」


 耳元に吹きかかる吐息。

 甘い香りが漂う。

 いよいよシアの小さくも柔らかい手が、俺の下の方へと到達して撫で回してきた。

 思わず反応して身を少し屈めてしまう。

 さっきまで意識は罪悪感や責任感に囚われていたはずなのに、その手つきだけで完全に頭の中がそのことばかりで満たされた。

 俺が戸惑っている間にも、シアは俺の服を脱がし始めた。


「この部屋は専用の洗い場もあります。オルドリッジのお屋敷のときみたいに、また一緒に体を流しませんか」

「……うん」

「ふっふっふ」


 下の服をすべて降ろされて、そして上着も脱がされた。

 手を引かれて洗い場まで連れていかれる。

 専用の水場仕様の空間になっていて、部屋のふかふかの絨毯と相反して大理石のタイルが敷かれている。

 俺が真っ裸の状態でそこに入ると、後からシアも入ってきた。

 彼女も全裸だ。

 こうして全部包み隠さず見てしまうのは二度目だが、俺の下の方は完全に反応しきっている。


「……」

「えい」

「えい?」


 シアは手を翳した。

 すると俺に向けて水魔法がばしゃりとぶっかけられる。


「冷たいっ」

「ふっふっふ、ロストさんは魔法が使えませんから。私のやりたい放題ですね」


 何の遊びなのかよく分からないが、水魔法をぶっかけられた。

 よくよく眺めると、ここにはオルドリッジの時のような"風呂"の浴槽がない。大きな桶のようなものはあるため、もしかしたら魔術でお湯を作ってここに溜め、流すときに利用するという使い方なようだ。

 魔法学生仕様か。

 俺みたいな一般兵には不利な状況だった。


「お湯が欲しかったら私に跪いてください」

「どういうプレイだよ……」


 シアは舌をちろっと出すと、冗談ですと言って桶に湯を溜めてくれた。


「でも、これを使うのは私が先です。寒いですし。ロストさんが背中を流してください」

「わかった」


 桶に溜まったお湯を少しずつ流しながら、シアの背中を撫でる。

 きめ細かくて白い肌を、優しく優しく丁重擦った。

 俺の手のひらを感じる度、シアはぶるぶると体を震わせる。


「悪い。痛かったか?」

「いいえ、気持ちいいです」

「そうか」


 力加減を間違えないか、そればかりが心配だ。


「背中だけですか?」

「え?」

「全部……全部やってください。表も」

「あ、あぁ」


 シアと向かい合う。

 流したお湯の湯気が漂うが、この至近距離では全部見えた。

 小ぶりな二つの双丘も。

 俺は背中以上に丁重にそれらを撫でながらお湯をかける。

 柔らかい……。

 少し夢中になって触っていると、シアがびくりと反応した。


「う……痛かったか?」

「いいえ」


 いまいち力加減が難しい。

 シアも心なしか震えている気がする。

 寒いのだろうか、とふと思ってすぐ気づいた。

 緊張しているんだ。

 俺自身もそうだけど、これは……これからやることは二人揃って初めてのことだ。初めて大人の階段を昇るのだから、体が強張るのも無理はない。


「緊張してるのか?」

「……はい」

「俺もだ」


 いつものように正直な感想を告げると、シアはトロっとした目を向けて微笑んでくれた。俺も同じ心境であることが嬉しい、とでも言いたげに蕩けた表情をしている。

 そして俺の胸に体を預けてきた。

 シアの体の色んな部位と俺の体の色んなものが当たってしまっている。


「ちゅー」

「え……?!」


 突然、上を向いてシアらしくないことを呟いた。

 驚いて体が固まる。

 それに咋に不機嫌そうな顔を向けると、また同じことをシアは繰り返し呟いた。ちゅー、と……。唇を向けてくる。キスくらいよくしてきたけれど、この状況では刺激が強すぎる気もする。

 でもこれはシアが体を張ってやってくれていることだ。

 応えないのは男としてどうかと思う。

 俺は普段よりも深く唇を重ね合わせた。

 薄くて柔らかい唇に触れ、俺の下は余計に反応した。

 あぁ、もう無理だ。

 理性を抑えられるはずがない。



     …



 体を拭いて、お互いそのままの姿で特大サイズのベッドに倒れ込む。

 シアの方が体が小さいので、俺が下になって……。

 そのときにも「あぁ、そうか」と思った。

 俺をわざわざこの部屋に連れてきたのはベッドのサイズもちょうどいいからだ。

 ――なんて、意外と冷静なことを脳裡では考えている自分がいる。

 シアだけじゃなくて、エススも俺を労って部屋を貸してくれたんだろう。さっきのあの反応はこれからこの部屋で起こる恋人二人の出来事を想像して狼狽していたという事か。初心(うぶ)な子だな、と思って俺とシアも初めての事なんだから大差ないな、と反省する。


 唇にもう一度キスをする。 

 それは俺自身を奮い立たせるためだ。

 お互いの初めての体験を奪い合うため、これからやることは少し勇気の要ることだった。シアの吐息が間近にかかって、そしてその口の……そのさらに奥の舌に触れ、興奮する。

 さらにエルフ特有の長耳を摘まんだり、なぞったりしながら、シアが喜びそうなところを探る。

 他にも普段お目にかかれないような部分も舐めたりしてみた。


 俺は元気だった。

 驚くほどに、何の憂いもないほど元気だ。

 立派なものである。

 半魔造体(デミ・マギカ)なんて呼ばれて……さらには化け物だの、人間じゃないだの、人外に磨きがかかっただのと、様々な人間に言われ続けて、自信がなかった。

 もしかしてもうこっちの方は機能しないのでは、と。

 だが女神のサービスなのか、しっかり人間部分を残してくれていたようである。

 そんな不安を少し吐露すると、


「……化け物同士ですから」


 と、甘い吐息を漏らしながらシアは体を委ねてくれた。

 それは迷宮都市で誓い合った約束。

 ――化け物同士これからも仲良くしていきましょう、と。

 その通りになって俺は幸せ者である。

 その健気な仕草に、可憐さに、あどけなさに、彼女のすべてに対面して、あらためて全身全霊をかけてこの子を幸せにしようと決意した。


 あまりに元気すぎてそもそも納まるかどうかという事も心配だったが、難なく乗り越えられた。それだけシアが俺を受け入れる状態になってくれていたというのもあるが――。

 でもやっぱり体が華奢なシアなので、俺の怪力で挑んだら傷つけてしまうのではないかと色々心配だったし、そこは優しく優しく……。

 俺が動く度に、びくりとシアも反応した。

 たまに声を荒げながら、うっ、とか、あっ、とか色んな吐息が漏れてる。

 それでも強く、俺のことを抱きしめてくれていた。

 苦しいのか? それともこれが普通の反応なのか?

 色々と気遣ってしまう。

 アドバイス通りに「優しさを忘れろ」なんて無理がある。

 それだけシアが愛おしいし、大事にしたい。



     ○



 どれだけ時間が経っただろう。

 窓から見える景色はもう夕暮れ時だった。

 夢中になってしまって一回や二回じゃ満足できず、もう何度も繰り返した。

 昼間から何をやってるんだ。


 シアはすっかりくたびれて、安らかに眠っていた。

 可愛い……。

 一瞬申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、こんな寝顔が見れるのも俺だけなんだと思うと満たされた気持ちで一杯になる。

 ここに来るまで色んな憂いの中、一人で思い詰めていたのが馬鹿らしくなった。

 この行為自体に魔力があるな。


 急にまた愛おしくなって、もう一度シアの体をしっかりと抱きしめた。

 本当に重要なことは一人で思い詰めることじゃない。

 こうやって大事な人と一緒に過ごして、悩みも不安も共有して寄り添うこと。少し大胆な提案で最初は戸惑ったけど、シアには感謝しないといけない。


「うーん……」


 俺が頭を撫でて艶やかな青髪を堪能していると、シアも目を覚ました。

 慌てて起き上がり、窓の外を見やる。


「は……もう夕方ですか」

「みたいだ」

「……」


 シアは息を深く吸って短く吐き出して、また布団に体を預けた。


「エススさんに申し訳ないです」

「というか、あいつは大丈夫なのか? ずっと一人で――」

「隣の部屋で待機してますけど」

「あぁ、なんだ……って隣もエススの部屋なのかよ!」

「いえ、空き部屋だったので今日は特別にお借りしただけです」


 非常時にはすぐ駆けつけられるように配慮したようだ。

 そうか、と思って安心する。

 やっぱり俺は心配性なようだ。

 もう少し気楽に過ごせるように頑張ろう。

 その辺にぐちゃぐちゃに散らかった服を拾い、シアに着させてあげる。

 俺もそれと同時に自分の服を着込んだ。


「……?」


 そこで扉の奥から何かの気配を感じて、徐に部屋の扉を開けてみる。

 するとエススが態勢を崩すように部屋へと倒れ込んできた。


「あっ……えーと、えへへ……」

「エスス、まさかお前――」

「ち、違うよ。あまりに遅いから……って、ううん、ボクも隣で本を読んでいたら気づいたらこの時間になってて……! でも、そろそろかなっていうタイミングで今ちょうど来たばかりだからっ! ボクは何も聞いてないからっ」


 なるほど、全部聞いてたのか。

 初めての体験を王女様に盗聴される……。

 貴重な経験なので俺は良しとする。

 シアの方は、と思って振り返ると真っ赤になって毛布で顔半分隠していた。




※『ティマイオス雲海』

 Episode39 総力戦Ⅰにてジョバンバッティスタの召喚に使用。

 第4幕 Prologue 議会では、王宮議会で"王都の市民が頭を悩ませている"と議題に取り上げてます。


※ティマイオスが『天空に住む』と云われる由縁

 Episode46 ルクール大森林に登場する「アザリーグラードの歴史と文化」という本で紹介してます。

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【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
【魔力の系譜~第2幕登場人物~】
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【魔力の系譜~魔道具一覧~】
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