Episode154 陽だまりのツーショット
気晴らしが必要だった。
嫌なことを全部忘れて楽しむ一日が――。
「待たせたな!」
「……別に待ってないけどー」
大学の正門前でシアと待ち合わせをした。
今日は久しぶりのデートの日である。
こうしてお互いが別々の場所から待ち合わせ場所に集合して会う、というのも新鮮で良い。バーウィッチや王都では基本的に一緒に暮らしていたから、デートに出かけるとしても家から一緒に外へ向かうということばかりだった。
でも今回は別々――。
女子寮と男子寮からだからそんなに離れてはいない。
しかし、集合場所を遠いところにすることに意味があった。
その方が数倍、シアが可愛く見える……!
今日の彼女は白を基調としたワンピース姿だった。
見たことがないので、もしかしたらエススと外出したときに新しく手に入れた服なのかもしれない。少し派手なのでシア一人だけの服選びとは思えない。
もしかしたらエススが何か助言してくれたのか。
……まぁ、あの子も鎖帷子頭巾服をきて王都を歩くような子だから、ファッションセンスは未知数だ。
それでも王家直伝のやんごとなき服装を着る機会もあっただろう。そういう背景のもと、今回のシアの白ワンピースは選ばれた、と考えておこう。
髪には、宣言通り"Cold Sculpture"を装備してくれている。
待ち合わせして会う、というのは、こういうお披露目感があって楽しかった。
俺もバーウィッチでシアとデートしたときに買った服で身を固めている。
この姿を見て、シアも微笑んでくれた。
「さて、いきましょうか」
「……?」
シアが手を少し掲げる。
何か捕まる場所を探してるように上下させていた。
はっとなり、俺も肘を曲げて腕を差し出す。
それにシアは掴まって、寄り添ってくれた。
……なるほど。今日はデートスタイルもやんごとない。
これもエスス仕込みか?
侍女というより完全に友達みたいなものだな。
ちなみにそのエススだが、今日もランスロットと一緒だ。
大学の講義自体は休みなのだが、今度はエススが「乗馬したい」という要求を持ち出したため、ランスロットの愛馬に乗せて、西の黄昏の谷まで向かうと聞いている。
実質、向こうもデートなのだった。
純粋な本人たちはまったくそんな気はなさそうだったが――。
…
昼下がりの学園都市。
その大通りを二人でゆったり歩いた。
大通りといっても王都のように、馬車が何台も通れるような広さはない。
通れるとしたら馬車一台分くらいの幅だ。
この街は『魔法学園都市ロクリス』と呼ばれていて、立地的に王都の郊外に位置する。
だから一応、学生以外も暮らしていた。
しかし、我が子を魔法大学に通わせられるような貴族のぼんぼんの息子や娘ばかりが集まるので、必然的に学生重視の街づくりが始まり、学園都市と呼ばれるようになったと云う。
大通りにも食べ歩きが出来るような出店ばかりで、ここを歩くだけで立派なデートになってしまうという特典つきだ。
俺はオルドリッジ家と王家からの援助金で金には一切困っていない。
だからシアに大判振る舞いで出店の飯を奢るのだが、元々少食で摂生の精神が強いシアはすぐにお腹いっぱいになってしまった。
しばらく通りを眺めながら歩いた後、ベンチで休むことにした。
「なんだか安心したー」
「ん、何に?」
ふとシアが呟いた。
ちょうどベンチは日陰にあってシアの瞳の輝きが余計に綺麗に見える。
「ロストさんは最近忙しそうなので、またそのまま存在ごと消えてしまうんじゃないかと」
「あぁ……」
そういえば、俺がオルドリッジ家で消息を絶ったときと状況は似ているかもしれない。
あのときは演奏隊に紛れて実家に帰るという方法を取ったから、楽器の練習やらリナリーの送り迎えに忙殺されて、ゆっくり時間を取れなかった。
まさかそのまま死ぬとは思わなかったし。
「俺はもういなくならないよ。少なくともシアのもとからは」
「……」
本当に、とでも言いたげにシアは眉を顰めている。
失踪に関してはまったく信用されていない。
確かに、よくよく振り返ると俺の人生は失踪ばかりだ……。
ケアとかリピカとか人の運命論に詳しい系の人たちからは『無銘』という起源がそうさせるとか何とか聞いた気がする。
「……む」
考えに耽ると肩に軽い感触が……。
シアが何も言わずに俺の肩に頭を預けてきた。
それが暗に「もうどこにもいかないでくださいね」と伝えているような気がして、ちょっと照れくさい。
だが嬉しかった。
俺も肩の力を抜いて、それを受け入れた。
人通りは少ないが、その大通りを行き交う人たちを眺めながら思いつく。
ここは基本のデートコースだ。
でも俺には超人的な跳躍力があるし、シアも空が飛べるし……。
せっかくなら高いところから学園都市の全景を一望するという特別なデートコースのはどうだろうか。
「そうだ。ちょっとこれだけだと俺たちらしくないから、少し変わったところに行ってみないか?」
「えー」
「えー?」
「もう少しこのままでいいです」
シアは俺の肩に頭を預けたままだ。
まるでぴたりと張り付いたように離れない。
提案が通らなくてちょっと残念だったけれど、今日のデートの目的を思い返してみて俺もこのままでいいか、と納得した。
ベンチに深く背を預ける。
今日の目的は気晴らしをすることだ。
普段できないことをしてゆったりと過ごす。
それだったら普段やってる激しい動きじゃなくて、こうやってまったり過ごす時間を作った方がいいに決まっていた。
シアもそれが良いと分かっているのだ。
――やっぱりこの子を選んで良かった。
気づけば、陽だまりの中でうたた寝してしまっていた。
隣にはシアの頭がある。
彼女もこの陽気にやられて昼寝していたようだ。
可愛いなと思ってつむじの当たりに鼻を押し当てて匂いをかぐ。
良い匂いがした。
――パシャリ、ビー。
「ん?」
――パシャリ、ビー。
聞き覚えのある効果音がなって、はっとなる。
周囲を見渡す……までもなく、俺たちが座るベンチの真正面から写し絵の魔道具"マナグラフ"を向ける金髪ツインテールの少女がいた。
その少女は相変わらず派手な服を来て、腰には日傘を携えている。シアのちょっと頑張った服装が地味に見えるほどに黄色い派手な貴族風の衣装。
「おい」
――パシャリ、ビー。
俺の呼びかけにも応じず、もうこれで三枚目ともいえるマナグラフを撮影していた。
魔法大学の理事長ティマイオス。
この少女、勝手に俺たちを写し絵にして納めやがった。
「なにしてんだよ……」
「やぁやぁ! なかなかベ~ストマぁッチングなカップルを発見して、思わずティミーちゃんアルバムに残しておこうと思ってねっ」
そう言ってウィンクする少女ティマイオス。
こいつ、暇なのか……。
俺が呆れたように眺めていると、シアも気づいたようでうとうととした目を擦っている。
そこにすかさずティマイオスはまた一枚。
――パシャリ、ビー。
「いいねいいねぇ……きみ、すごく良いよぉ……その艶々の青い髪にあどけない顔……ふふ、ふふふ、ふへへへへ」
ティマイオスは執拗にシアの姿を写し絵に納めていた。
至近距離だったり、煽り構図だったり
生理的嫌悪感を感じた。
「やめろ、勝手にシアを撮るんじゃない!」
「なにさっ、いいじゃない! 被写体に『青』が少なくて中途半端に青い魔力粒子が余っちゃうんだからっ」
「そんな理由なら尚更やめろっ」
マナグラフは魔力の粒子を紙面に焼き付けて絵を写し取るらしい。
となると、普段見かけない色が余るのも必然か。
街中で『青い』って言ったら空と川くらいだ。
建物や人を撮影していたら確かに『青』なんて使う機会少なさそうだ。
しかし、それとこれとは話が別だ。
自分の彼女の姿を勝手に人の手元に残された状態が何とも不愉快に思う。
「取った写し絵をよこせ」
「嫌ですよーだっ! はぁ、嫌だ嫌だ。これを異界風に表現するなら"束縛彼氏"ってやつね。彼女のすべては俺のもんってか!? そんな態度じゃ、シアたんも窮屈で溜まったもんじゃないわよ、こんの若造っ」
べらべらとよく分からない御託を並べ、ティマイオスは俺の額にデコピンした。俺が苛立ちで睨みつけると、シアがそのやりとりに割って入ってくれた。
「私はそれで構いませんよ。いえ、というよりももっと束縛されたいくらいです」
「な、なん……だと……っ」
ティマイオスは目を丸くしていた。
ざまぁみろ。シアは俺のものだ。
「――むしろ、ロストさんにはすごく気を遣わせているような気がしています。学園では影で女の子たちからの評判が高いので、いくらでも浮気ができそうなものなのに、敢えてそういう方たちを無視して男友達やイルケミーネ先生とばかり過ごしているのも私のことを気にしてくれているのかなと思っています。しかも学園で私のことをそっとしておいてくれているのも、私の新しい交友を邪魔しないようにしてくれているように思いますし、束縛どころか放任も放任……もう少し構ってください、ね?」
シアはティマイオスの御託の倍以上の理由で俺を庇ってくれた。最後は本音が出ていたが、俺も久しぶりのシアの饒舌ぶりに圧巻されて、はいとしか返事できなかった。
ティマイオスは衝撃を受けたのか、その場で膝をつき、両手を地に着けてうな垂れる。
「完……敗……」
この女、本当に理事長なのか?
言ってしまえば、学園都市と呼ばれるこの街で一番偉い立場にあたる存在だ。それが今、大通りで人目も憚らず、膝をついている。
せっかくの派手な衣装も汚れてしまうだろう。
「シアたんはいずれあたしの配下にしようと思っていたというのに……! く、悔しいけど、ここはあたしの完敗ね! ロスト・オルドリッジ恐るべしっ!」
なんか今の発言に如何わしい部分があったような気がするぞ!?
「ふっふっふ。ティミー先生には私のロストさんを侮辱した罪状を言い渡します」
「……そ、そんなっ! ご堪忍を……! ご寛恕をくださいまし~!」
ティマイオスは跪いて両手を合わせ、みっともない姿勢でシアに許しを乞うた。
……何だろう、この賢者を手懐ける感じ。サラマンドの時と言い、シア・ランドールという存在は偉人を下す才能があるのだろうか。
「では一つお願いがあります」
「へい、何なりとっ」
「そのマナグラフで私とロストさんの写し絵を作って、ください」
「うっ……こ、これは世界に一つしかない最新鋭の文明の賜物よ。その恩恵を……ティミーちゃんの発明の栄華を、みすみす人類に明け渡すなんて……明け渡すなんて……」
「世界に一つしかないものを創れるなんて凄いですね」
「――――でしょう?! そうでしょう?! さすがシアたん、この発明の素晴らしさが分かるのねっ」
「はい。素晴らしいです。なので、欲しいです」
「むふふ~……仕方ないなぁ……そこまで言われちゃうと、あたしも撮ってあげずにはいられないじゃない~」
切り替わり早っ!
相変わらずチョロすぎだろ!
デレデレになりながらティマイオスはマナグラフを構えた。眼もキラキラと輝かせ、むしろ撮らせて頂いて至上の幸福ですっ、とでも言わんばかりに俺たちを捉えていた。
「――あ、いつものジャンアントGの振りは結構ですので」
シアはそれだけ伝えて俺の腕に引っ付き、肩に頭をおいて寄りかかってきた。ティマイオスに写し絵を二枚撮ってもらい、俺とシアでそれぞれ持つことにした。
そこには陽だまりの中で寄り添う恋人同士の姿。
シアの青くて長い髪が綺麗だった。
良く撮れてる。
こんな幸せな瞬間を手元に留めておけるなんて……。
これは家宝にしよう。
このツーショットの写し絵は肌身離さず持ち歩くことにした。
――突然、ぱかぱかと馬が遠くから駆けてくる。
平和なやりとりを打ち破るように、遠くから慌ただしい蹄の音がした。
学園都市を馬が駆け回るなんて珍しい。
学生ばかりの街で、馬を所有している魔術師は少ないからだ。
「ロストっ! ロストーっ!」
がしゃがしゃと激しい甲冑の音と馬蹄の音が響き渡るその中に、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
ランスロットの声だ。
その彼が酷く慌てて俺たちのもとに駆け寄った。
黄昏の谷に行っていたんじゃなかったか。
落馬するような勢いで大通りに降り立ち、ランスロットは呼吸を荒げてこう告げた。
「エスス様が! エスス様が……!」
そういえばランスロット一人しかいない。
お姫様の姿がなかった。
「落ち着け。どうしたんだ?」
よく見ると、ランスロットの鎧は所々に凹みがあったり黒い焦げ跡があったりと、何かしらの襲撃を受けたような痕跡があった。
「誘拐された……」
「……」
どくん、と鼓動が加速する。
それはあってはならない事態だ。
ラトヴィーユ陛下に何のために護衛として送られたのか……。
自分のことばかりで……研究やシアとのデートばかりで、エススのことをお座成りにしていたのは俺だ。
俺の責任だった。
「僕に……僕にちゃんと力があれば……」
ランスロットは嗚咽を漏らしている。
違う。
「一体、どこのどいつが?」
努めて冷静になる。
俺が取り乱すわけにはいかない。
「分からない……いきなり魔法で襲撃されて……」
相手は魔術師か。
歴代黒帯最強と謳われる俺が就いているなんて、周知の事実だろうに。
なかなか良い度胸じゃねーか……。
王女殿下の誘拐は国家反逆罪で重罪だぞ。
ランスロットが黄昏の谷からここまで馬で駆ける時間を考慮すると、犯人はまだ谷の方にいる可能性が高い。
俺は示し合わせるようにシアと目を合わせた。
シアは小さく頷き、風魔法を展開して浮き上がる。
腰からヒガサ・ボルガ弐式を抜き取って宙で低空待機している。
「ランスロット、こっちだ!」
ランスロットの腕を引っ張り、放り投げるように無理やり馬の上に乗せる。
そして、その後ろに俺も跨った。
「谷にいくぞ」
「今から行っても――」
シアに俺の肩を捕まらせる。
――止まれっ!
赤黒い魔力で空間が満たされる。
時間は静止した。
「急げ! 時間なら止められる。俺の魔力が持つまではな!」
少しはこれで時間も稼げるだろう。
戦いのために魔力を温存しておくことも考えると、それほど長くは止めていられない……。




