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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第3場 ―魔法大学―
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Episode153 光る魔力と黒い魔力


 それからイルケミーネ先生の個別指導が始まった。

 時間魔法の効率化を図る鍛錬だ。


 俺が約六回しか時間魔法を使えないのは、決して魔力が少ないという理由ではなかった。いちいち魔法を使う度に、"世界すべてを丸ごと飲み込む範囲"で魔法を展開していたからである。

 この範囲を狭めることができれば――。

 すなわち、"一定の領域だけ時間を止める"という使い方ができれば、もっと魔力消費を抑えることができるはずだ。

 しかもそれは、先生との共同研究にも役立つだろうとも言われた。

 俺の魔力の秘密を探る研究の役に――。


「もっと自分の腕をイメージして! 手の届く範囲を想像して、そこまでに魔力の放出を抑えるのっ!」

「はい……!」


 ぐぐぐ、と歯を食いしばる。

 静止した時間を共有するために先生には肩を掴まれているので、緊張感が半端ない。

 先生は魔力放出の範囲を狭められた指標として、校庭にいる人たちを目印にしようと言っている。

 校庭の隅で怪しげな魔術実験をしている学生の時間を止めず、近辺で肉体鍛錬のために準備運動している学生たちの時間だけを止められたら、"世界規模"から"学園規模"まで魔力放出を抑えられた指標になる、と。

 しかし今のところ、学園規模どころかまだ地平線の先まで時間を止めたままだ。


 先生の言ってることもさっぱり意味不明だった。

 この十六年間、魔法を操作するなんて芸当をしてこなかったので、そういう基本的なものを忘れてしまっている。

 多分、イザイアだった頃は息をするように熟していた。

 だからこそ、今更レッスンを受けても分からない。



 そんなこんなで二回だけしか鍛錬を積めなかった……。

 魔力効率が改善していくまではしばらくゆったりやっていくしかなさそうだ

 牛歩のような進捗である。

 日常的にも練習しよう……。


「……まぁ、気長にやっていこうね」


 先生も溜息混じりだったが、後ろ向きなことは決して言わない。

 長い長い初日の修練が終わり、一旦研究室に戻ることにした。

 戻る最中、ふと思い出す。


「そういえば、先生。俺に二つ話したいことがあったんですよね? もう一つは?」

「え……あぁ、そうだったわね!」


 先生もすっかり忘れていたようだ。

 これまでの徒労もあってか、そっちを先に話しておけば良かったわ、とぼやいている。


「――えーっとね、ロストくんは私と違ってエススの子守や授業で忙しいだろうから、代わりに彼らの培養結果を確認しておいたの」

「培養結果……あ、他の四人分のサンプルですか」

「そう。無詠唱術者(アリアフリー)の魔力の秘密」


 どんな結果が出てきたんだろう。

 リナリーの血液サンプルもあるから、兄として凄く結果が気になる。

 しかし、胸騒ぎが一つ。

 四人だけじゃない。

 今回俺が培養される予定だった魔力培地に、代わりに培養した魔力がある。

 そちらの方が実際は気になっていた。

 黒い粘ついた魔力。

 一体、あれは何だったのか……。



     …



 研究室に戻り、先生は魔道具の顕微鏡を出して机に並べた。

 そしてそれと一緒に取り出したのは小さな粒子が表面についた魔力培地(マナジウム)だ。持ち込んだ無詠唱術者(アリアフリー)の誰かの血を培養したものだろう。

 それを顕微鏡の台の上に乗せ、百聞は一見に如かずよ、と言って見るように促した。

 筒の穴を覗く。

 イルケミーネ先生の魔力粒子を見させてもらった時と明らかに違う。


 眩しい……!

 円筒系に切り取られた視野が全範囲輝いている。

 眩しすぎて直視できないほどだ。

 しかも、赤い。

 赤く、結晶自身が激しく発光している。

 赤は炎属性を表す魔力――。


「これはまさか、リナリーの魔力?」

「お、さすがだけど、分かったのね」

「結晶の色は『赤』ですけど……光ってますね、これ」

「そうなの――こっちは別の無詠唱術者(アリアフリー)の子」


 先生は別の机の上に案内した。

 そこには顕微鏡はなく、硝子皿だけが置かれていた。

 今度は肉眼で見ろということらしい。

 皿は四つある。

 培養した魔力培地の皿と、何も入ってない硝子皿が二つずつで合計四つ。

 先生は攝子(ピンセット)で二つの魔力培地の皿から粒を一つずつ摘みだし、別の硝子皿の上に乗せた。

 粒はどちらも青い。

 片方は薄ら輝いているように見える。

 結晶が小さすぎて、ちゃんと違いが分からないが――。


「左が私の血から分離した青い魔力結晶、右がアリアフリーの子の青い魔力結晶よ」


 俺が注視して見比べようとしていると、先生は照明を切ってカーテンを閉めて部屋を暗くしてくれた。

 アリアフリー由来の青い魔力粒子だけ光っている……。


「――もしかしてこれが観測できない魔力の秘密?」

「そう! 無詠唱術者(アリアフリー)の魔力は輝いてる(・・・・)!」

「何で……というか、魔力の粒子が輝いてるだけでマナグラムでは測定できなくなるものなんですか?」

「それは、ロストくんが顕微鏡を覗いたときに思ったことと同じ理由じゃないかな……」

「え……それってつまり……」

「"眩しいから認識しない"」


 思わず椅子から転げ落ちそうになった。

 観測できない魔力の秘密って、そんな単純なことかよっ!

 擬人的に考えるなら「あ、これ眩しくて魔力数えられない。数えるのやーめた」ってマナグラムが判断して計測不能になるということか。


「そんな理不尽なっ!」

「冷静になってロストくん……これが人の手による測定ならただの怠慢だけど、マナグラムはただの魔道具よ。設計上の初歩的なミスがこういう事態を招く……」


 イルケミーネ先生は言い終えた後、はっとなって口元に手を当てる。

 きょろきょろと周囲を見渡した。

 さらに研究室から出て廊下も覗き、誰もいないことを確認してから戻ってきた。

 ティマイオスがいないことを確認したんだろう。


「私もね、どう表現していいか分からないけど――その人の体を鑑定魔法の目を通して見たとき、頭に無数の記号の羅列が浮かぶの。白丸と黒丸のような二種類の記号が無数にね……それが組み合わさって、どういうわけか最後は数値が出てくる。それがこの人の魔力量なんだーって分かるのよ。でもたまに、その記号が光で弾けて消えるときがあって……もしかしたらそれが無詠唱術師(アリアフリー)の"光る魔力"だったのかもしれない」


 先生の鑑定魔法の見え方は言葉で聞いてもさっぱり理解できなかった。

 ただ、そんな見え方の鑑定魔法が『付与(エンチャント)』された魔道具であるマナグラムにも、間違いが生じても仕方ないということか。


「理屈が分かれば、マナグラムを改良するのも簡単ですか?」


 俺は本来の目的について触れた。


「それは――」

「……?」


 なぜか先生が言い淀む。

 何かばつの悪そうな感じでこちらを見ていた。


「――そうね。でも、まだロストくんの魔力の秘密は確認できてないから、そっちも進めないといけないでしょう?」

「あぁ……そうですよね」


 それにはあの魔力効率改善の修練が必要だ。

 途方もない道のりで頭が重い……。


「それに根本的なことだけど、この"光る魔力"ってものがいったい何なのか調べてみたいと思うの……。どうもこれ、属性としては従来の火や水と同じように思えるし……もしかしたらその違いが分かれば、彼らが詠唱なしで神級魔法を扱う理由が分かるかもしれない」


 確かに、無詠唱術者(アリアフリー)の魔力が測定できるようになればそれでいい、というのもまた違う。

 俺はリナリーの、通称『ぶれいずがすと』を間近で見たからこそ思う。

 ……指先一つで思いのままに魔法を操る様は、術者自身が魔法と一体化しているかのような、そんな秘術――――魔法を使うというより、術者自身が魔法そのものに成り代わったと云えるだろう。

 それだけの神秘性を感じた。


「私はこの"光る魔力"について調べてみるわ。ロストくんは魔力放出を抑える練習を積んでいこっか」


 しばらくは研究も分担作業だね、と先生は悪戯っぽく舌をぺろっと出した。

 その仕草にまたドキっとする。


「じゃあ、私は少し休憩してくるね――」


 まるで不意打ちを食らわせてその隙を見計らったかのように、先生が研究室を出ていこうとする。俺はそこで一番気にしていたことを聞き出すことにした。


「待ってください! もう一つ培養していたサンプルがありましたよね?」

「んっと……えへへ、ごめん。なんだっけ?」

「黒い魔力です!」

「あぁ……! ごめん。結果があまり芳しくなくて頭から完全に消えてたわ」


 先生は踵を返し、出口とは反対側の棚へ向かう。

 暗所にしてサンプルの保管場所に使っている棚だ。


「これなんだけど……うーん、まぁ顕微鏡で見てみれば分かる。もしかしたらこれ、魔力じゃなくて微少の魔物か何かかもしれない。蠢いてる(・・・・)からね」


 先生は真っ黒になった魔力培地を渡してくれた。

 無関心そうだ。 

 適当に確認していいよ、と言って部屋から出ていってしまった。すぐにでも休憩に入りたいようだ。もしかしたら俺の魔術指導で疲れたのかもしれない……。

 俺はその黒い魔力を見て、やはり悪寒のようなものを感じていた。



 残された研究室で独り、顕微鏡台にその魔力培地(マナジウム)を乗せる。

 手に汗握り、覗き込む。

 ――ぞわぞわ。


 黒い。

 漆黒の塊が蠢いている。

 ねばねばと……。

 これは確かに、魔力の結晶とは思えない。

 意志を持って魔力培地(マナジウム)の上を動き、それ自体を蝕んでいる。

 栄養素(まりょく)を啜るように……。


 俺は衝動的にその魔力培地を外し、咄嗟に魔力剣で硝子皿ごと突き刺した。

 蒸発するように黒い魔力は消えた。

 黒い魔力? 黒い魔物?

 どこからこんなものが発生したのだろう。

 無関係ではない気がしてならない。


「……はぁ」


 俺自身も魔力を消耗しきっていて疲労感が溜まっていた。

 これ以上は見たくない。

 消毒もしたし、今日はもう帰ろう……。



     ◆



 夜更け。

 誰もいない静けさの中、その男は研究室に忍び込む。

 そこはかつて『魔術詠唱時間学研究室』と呼ばれていた人気のない研究室だった。埃を被り、使われていなかったはずの研究室には、現在出入りしている二人がいた。

 男が以前から目をつけていた宮廷教師のイルケミーネ・シュヴァルツシルト。そして男の実の弟である王宮騎士団の黒帯騎士ロスト・オルドリッジ。

 二人は一体、日頃から何の研究をしていやがるんだ……と、男はその様子が気に入らずに苛立ちばかり溜めていた。


 ロストが入学してくるまでは校内でスターだった。

 廊下を歩けば女学生は皆、イザヤ様と呼びかけて、蕩けたようにこちらを熱い視線を送る。そんな日々が脆くも崩れたきっかけは、やはりあの日、弟が俺を追いかけたからだと男はそうやって怒りの矛先をすべて弟に向けていた。

 本当は彼自身の気の迷いによって、すれ違った取り巻きの女学生を突き飛ばしたことが原因なのだが……。

 そんなことは微塵も思っていない。

 現在はロストの評判は徐々に上がっているのをイザヤも知っていた。

 小耳に挟んだだけで「真面目で格好いい」「若さのわりに落ち着いていて謙虚」「力をひけらかさない」――そういった声が耳に届き、以前自分の取り巻きだった女学生たちもすっかりロストに夢中になっていた。

 今回、男が研究室に忍び込んだのも嫉妬からくる単なる嫌がらせのつもりだった。

 ――――つもりだったのである。


「くそがっ……」


 扉の前、手書きの綺麗な文字で『マナグラム未来研究所』と書かれた貼り紙が、『ペテン師揃いの偏屈研究室』という落書きの上に貼られていたことにイザヤは余計に苛立ちを覚えた。

 月明かりがその文字を照らす。

 ……イルケミーネの筆跡だろう。

 嫉妬感情が膨れ上がり、イザヤは苛つきのままに扉を開けた。

 ここの研究室の鍵が壊れていることは知っていた。

 ロストが初日に破壊して扉を片手で持ち上げていたのだ。

 思い出すだけでも胸糞が悪い。

 かつては自分より劣った存在だと思っていた人間が、あれだけの力と名誉を手に入れて目の前に現れたのだから。



 研究室の中に入る。

 想像していたよりも実験器材が充実しており、イザヤは一瞬立ち止まって驚いた。彼が現在所属している研究室よりも充実しているかもしれない。

 壁にはこれまでの研究考察がイルケミーネの筆跡でびっしり書かれている。


「赤黒い……虚数魔力……? 時間魔法の収斂による魔力剣の時間静止効果付与(エンチャント)……」


 まったく理解ができなかった。

 イザヤは魔法大学で主席の成績を収めている。

 その彼でも知らない分野の話である。

 イザヤは現実主義の人間だ。成績優秀で、常に高みを目指す向上心は強かったが、夢物語で世界を見ようとしない。次男として兄の背を追わされているときから、自分の現状からどこまでが手の届く範囲かばかりを考え、気づけばそんな人間になっていた。

 だから先鋭的な魔術というものに関心が無かった。

 ――否、どこかで穿った見方をしてしまうため、新規開拓の魔術研究や理想ばかりの先進的な魔法を小馬鹿にしていた。

 どうせ失敗して小さく収まるんだろ、と。

 もしイザヤがそんな新規開拓の分野について学び始めたとしたら、それは自身のステータスのため。「新しいことに挑戦する姿勢は格好いいよね」という風潮を感じたらそうするし、「こつこつと基礎を学ぶことって大事だよね」という評判があればそういう姿勢に変える。

 すべては自分のアクセサリーとするためで、何一つ挑戦的なことは取り組まない。

 だから父親や兄の『時間魔法の研究』を小馬鹿にしていた。

 まさかそれが、このような形で――。


「ちくしょう……」


 ――ぞわぞわ。

 彼の悪態に反応して、何かが蠢く。


 イザヤは奥の一室まで手を伸ばし、棚を漁ったり、色々と物色する。

 大量の魔石、魔力培地の硝子皿、液体魔力培地を保存した瓶……。

 そんなものばかりがあり、古臭い手技をここでこつこつやっていたのだろうということは理解した。


「これは……?」


 そこで一つ、なぜかイザヤはそれが気になった。

 月明かりだけでは何なのか分からない黒い何か……。

 それが収められた小瓶を一つ手に取った。


 ――……を殺す。

 負の感情が一つ、彼に伝播した。


 間近で確認し、それが黒い粘性のある物体であることは確認できた。

 小瓶の蓋を開け、臭いを嗅ぐ。

 本来であれば腐敗臭――採取した検体はコボルドの焼死体からだったため、そんな臭いが立ち込めるはずのものなのに、イザヤにはそれが甘美の香りに思えた。

 身の危険を感じなかったイザヤは手に少し取り出してみようと思い、小瓶を傾けた。

 それが大きな間違いだった。


「……っ!」


 手のひらに垂れた黒い粘性の物質はイザヤの手元でバシリと張り付いた。

 そのとき初めて嫌悪感を抱いたイザヤは、焦ってその物質を振り払おうとするが、一向に剥がれない。


「なんだこれはっ」


 手を無茶苦茶に振り回し続ける。

 汚いものを振り払うように。


 ――……イアを殺す。


 しかしその黒い粘性の物質は徐々に膨れ上がり、自分の手を喰い始めた。

 ぶくぶくと泡を立て、手、腕、そして肩まで這い上がってくる。


 ――イザイアを殺す。


「ひっ……!」


 同時に湧き起る負の感情。

 それは『イザイア・オルドリッジが憎い』という単純な憎悪の塊だった。エンペドが死の間際に遺した負の感情。その思念体。ラインガルドも、ペレディル・パインロックをも喰らい、エンペドの思念体が伝播していく。

 今日日、次男もその餌食となった。

 イザイアとは彼の父親のことではない。

 イザヤの頭には唯一、弟の憎い顔が脳裡に焼き付いた。

 その優秀な頭脳には復讐劇の計画ばかり沸き立つ。

 夜な夜な研究室に忍び込んで弱みを握ろうなどというそんな小物の嫌がらせではない。もっと過激で、もっと効果的な復讐劇を――。


「あぁ、そうか」


 男はそこでふと呟いた。

 直前まで悲痛に顔を歪ませていたとは思えないほど、落ち着き払った表情をしている。


「あいつを殺せばいいのか」


 虫でも思い浮かべるように。

 感情のない邪悪な嗤い。

 イザヤは直前まで心優しいオルドリッジ家の次男だった。嫉妬感情に掻き乱されても、それは弟のことを気にしているからこそのものだった。

 でも今は……。



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