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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第3場 ―魔法大学―
185/322

Episode146 始まりの問題児たち


「しまった、壁には転移魔法が―――」


 イザヤは俺に怯えて逃げ惑う。

 逃げ込んだ家屋が不運にも怪しげな魔術トラップだらけの如何わしい家だったようで、集中砲火を浴びていた。

 そしてサラセニアのミニチュア版みたいな植物に絡みつかれて壁に体を打ち付けた。

 魔法陣が淡い緑色の光を帯びて形を描く。俺には何の魔法陣か分からなかったが、イザヤはそれを見て転移魔法だと判断したようだ。

 考えるよりも先に体が動いた。

 助けないと!


 大地を踏みしめ、二歩で肉迫する。

 イザヤが転移してしまう前に体を抱きしめた。

 その体はがっしりと堅い。

 アイザイアよりかはちゃんと鍛え込んでいるようだ。

 よくよく見るとイザヤは親父寄りの容姿だから、俺とも似ている。

 そんなことを考えているうちに光に包まれ、一緒に転移した。

 ―――ばきばきと、枝が折れる音が突然耳に飛び込んできた。


「ん?」


 周囲には茶褐色の茨が犇いていた。

 鋭利に長々と育った荊棘の数々。

 それらが俺の服を見事に引き裂いたものの、突き刺さることはなく先端で折れていた。

 しかも四方八方から突き出している。

 凶悪な罠だ。

 もし俺じゃなくてイザヤが単身でここに転移させられていたら串刺しにされて死んでたんじゃないだろうか。

 罠を張った術師は相当の極悪人に違いない。

 それよりも――。


「ひっ……ひぃ……」

「だ、大丈夫か、兄貴。怪我はないか?」

「あ……あ……」


 さっきかかった罠のせいで兄貴も火傷してる。

 涎を垂らして今にも気絶寸前といった感じ。

 白目を剥いているし。

 これはすぐ治療してもらった方が良さそうだ。


 辺りを見回すが、延々と茨の茂りが続くだけでここが何処か分からない。

 でも天気とか太陽の位置とか風の強さから考えるに、直感的にそんなに学園都市から離れていなさそうに思えた。

 俺はイザヤの体を抱え、魔力剣を生成して茨を斬り払いながら出口を探す。

 少し進むと、すぐ開けた道に辿り着いた。運よく案内板があり、矢印とともに『魔法学園都市ロクリス』と書かれている。

 道が分かったなら急いで戻ろう。

 抱いていたイザヤを背中に回し、ぐっと踏み込んで駆け出す。


「ひょぁあああ!!」


 突然俺が高速で走り出したことに驚いたのか、イザヤはまたしても悲鳴を上げる。見た目は傷だらけだが、悲鳴を上げられるくらいには元気なようだ。

 それなら遠慮することはない。

 空中へ跳び上がり、岩や木々などの障害物を避けながら速度を上げる。

 駆け回るよりも跳躍した方が早い。


「お、おおおお、お前は一体なんなんだ……ば、化け物かっ!」

「………化け物……まぁそうなるよな」


 きっとエンペドと闘ってる時も上の兄貴(アイザイア)にはそう思われていたに違いない。

 こうなるのが嫌だから顔を会わせたくなかった。

 でもよくよく考えたら、俺の入学は学校中に知れ渡ってるんだ。イザヤには事前に手紙を送るって聞いていたし、入学した俺が気になって尾行していたんだろう。しかし、いざ会ってみると当時と今の俺では様子が変わり過ぎて化け物に見えた。

 そんな所かな。

 驚かせて申し訳ない。


「見た目はこんなだけど俺はサードジュニアだ。驚かせて悪かったな」

「な……」


 家族は大事にしなきゃいけない。

 トリスタンの最後の教えもちゃんと守りたい。

 母さんもあんなだし、兄弟三人しかいないんだから。


 三回目の跳躍で学園都市が見えてきた。

 王都に比べればこじんまりしているが、魔法大学自体が広い。

 街の三分の二くらいは大学が面積を占めていて、その周辺はほとんど学生寮と居住区のようだ。ギルドや教会のような大きな建物はないから、中央に巨大な棟がいくつも立ち並ぶ大学がどっしり構えているって感じ。

 跳躍から落下の最中、イザヤはぎゅっと目を瞑って恐怖に耐えていた。

 こうして見ると親父が若くなったような容姿だ。

 というか、自分がイザイアだった学生時代の面影を見てるような懐かしささえ感じる。


 街の近くまで到着する。

 ジャンプするのを止めて、徒歩で街に入っていった。

 すると、イザヤは背中でもがき出して、下ろせ下ろせと喚きだした。

 言う通りにすると、俺の背中を押して距離を取って対峙する。


「ふ、ふん……! お前に負ぶってもらわなくても自分で歩ける!」


 そして眉を顰めて睨んできた。

 まだ警戒心が抜けていないらしい。

 上の兄貴よりもまだまだ子供だな。

 しかも、さっきの傷を痩せ我慢しているようで、火傷した足をがたがたと震わせていた。俺がちらちらと足元に視線を送ると、慌てて治癒魔法をかけて治してみせた。

 さすがは魔術の腕前はしっかりしている。


「ま、まぁ、兄貴も元気そうで良かったよ。久しぶりすぎて兄弟の実感なんてないかもしれないけど、これからは――――」

「お前は………! 俺に復讐にきたんじゃないのか?!」


 うん? 復讐とは……?

 それはエンペドとケアに全部ぶつけてきた。

 いまさら次男坊に果たす復讐なんてあったかな。


「なんで俺が兄貴に?」

「そ、それは……俺はお前を散々虐めてきたんだからなっ」

「そうだっけ?」


 思い返してみる。

 しかし、魔法をぶつけられるとか蹴られる程度の、今からすると可愛いものだ。家を追い出されてから経験した世界ではもっと凄まじい暴力を目の当たりにしてきた。

 そんな兄弟喧嘩ごときで復讐とか言われても。


「………」


 なんでイザヤはそんな唖然としているのだろう。

 俺は別に気にしていないのに。

 戸惑いか、不快感か。

 怪訝そうに顔をしかめて俺をずっと睨んでいる。


「とにかく俺はもう気にしてないから。これからお互いしばらく大学にいるんだし、家族として―――」

「嫌だっ!!」

「……っ」


 握手しようと手を差し出したら、豪快に叩かれた。

 まさかこんなに拒絶されると思わず、俺もショックで身動きが止まる。


「……」

「お前が復讐に来たんじゃないなら、なんで俺がこんなに気に病まなきゃいけないんだよ!」

「そ、そんなの知るかよ……」


 俺の想像以上にイザヤは罪の意識に苛まれているようだ。


「それにたった五年だ! たった五年しか経ってないってのに、お前はもう何年も前のことのようにあっけらかんとしやがって!」

「それは色々と濃い経験が―――」

「俺がお前の立場だったら、まず家族全員八つ裂きにしようと考えるね!」

「え……」


 何言ってるんだ、こいつ。

 そんなこと考えるわけないだろう。

 唯一の家族だぞ。肉親だぞ。

 しかも、俺が不遇な目に遭ったのは仕組まれたものだった。俺たち家族のずーっと先祖のエンペドとかいう異界人と女神に因る―――。


 あ、そうか。

 イザヤはそれを知らないんだ。

 エンペドの事も、女神の事も。

 アイザイアがすんなり俺を受け入れられたのは、明確な"悪の根源"を共通認識してそれを打ち倒すことが出来たからだ。

 イザヤの場合、後から事実だけを突きつけられた。

 俺が捨てられた背景、"イザイア"が死んだ理由がちゃんと理解してないままなんだ。そんな中で突然、近くに罪業感を感じさせる存在(おれ)がやってきた。

 ――となれば、こんな反応でも不思議じゃない。


「やっぱりおかしい、異常だ。本当に弟なのか……?」


 イザヤが後ずさりする。

 久しぶりに全力で拒絶されているような感じ。

 そしてイザヤはくるりと振り返って、逃げるように立ち去ってしまった。

 去り際、強烈な暴言を残して。


「いいや、そもそもお前なんか弟じゃない! 化け物め!」

「……」


 既視感。

 王家のどこかの兄妹も似たような喧嘩をしていた気がする。

 "―――お前なんか妹じゃないっ!"

 ボドブ殿下か。

 俺もエススと似たような境遇なんだな。

 イザヤとはいきなり距離を詰め過ぎた。

 もう少し時間をかけて接していくべきだったかもしれない。

 今更だけど……。

 ちくりと何かが心を刺す。

 実家に帰る前の俺だったら何とも思わなかったかもしれないけど、家族の大切さを学んだ今だからこそけっこう傷ついた。



     ○



 俺にはエススの護衛とイルケミーネ先生との無詠唱術者(アリアフリー)の研究があるんだ。

 いまさら兄貴のことなんて気にする必要ない。


 ―――必要ないとは頭で分かっていても、気分が重たかった。

 こんなに引き摺ってしまうのはきっとイザヤが"家族"だからだろう。

 実家にはミーシャもアイザイアもいる。でも残り一人、イザヤとも打ち解けない限り、オルドリッジ家の家庭問題は解決したことにはならない気がする。

 できればみんな仲良くしたい。


 ……なんて、すぐには上手くいかないか。

 時間が解決してくれるといいな。

 悩みながら歩いているうちに大学まで戻ってこれた。

 気づけば夕方になっている。

 待ち合わせ場所だった大学の正門前に着くと、シアが一人で立っていた。長い青髪が風に棚引き、それを掻き分けている。

 気分が沈んでるときに支えてくれる彼女がいるってだけで十分俺は幸せだった。

 ちょっと心が晴れ渡る。


「あれ、他のみんなは?」

「ロストさん、入寮説明会の時間です」

「もう時間か? ごめん、遅くなって」

「………何かあったんですか?」


 俺の雰囲気を察したのか、シアが問いかける。

 無表情だけど声色から心配してくれているのを感じる。 

 せっかくの大学初日を台無しにするのは申し訳ない。


「いや、何もないよ」

「………」


 シアは疑いの目を向けてくる。

 いつもこの目つきが愛くるしいもんだ。


「ほら、早くいこうぜ」

「……まぁいいけどー」


 シアの手を引いて正門から大学の敷地内に入っていく。説明会は外れにある男子寮と女子寮の間の広間でやってるらしい。

 急がないと。

 いきなり付き人が遅刻でもしようものならエススの顔も立たない。



     …



 いくつかの棟の間を縫うように歩くと、敷地の端に向かい合う形で二つ聳え立つ建物があった。

 そこが男子寮と女子寮だ。

 建物と建物の間の広場に新入生が集まっている。

 既に説明会は始まっていて俺とシアはそこに忍び込んだ。

 後から入ったら注目されるかと思ったが、新入生らは整列もせずにぐちゃぐちゃに立っていて、中には胡坐をかいて座ったり、その辺で捕まえた鼠みたいな動物を喰ってる学生もいる。

 人間族だけじゃなくて、エルフや魔族、獣人族っぽい者もいる。

 少数派だけど、二、三人ほど巨人族みたいな大柄な奴もいた。

 人種のるつぼだ。

 そんな中で探しても、エススやランスロット、イルケミーネ先生の姿は見つからない。

 寮の入り口前に立つ寮長の魔族も手慣れているのか、流し読みするように適当に説明を終わらせて、後は入寮規則を読んでおいてくださいと言いながら冊子と部屋の割り付け票を配って回った。


 規則のほとんどは、他種族を尊重しましょうというもの。

 部屋は大半が相部屋。

 もちろんルームメイトは生活リズムを揃えるために同種族同士。規則を学ぶため、一個か二個上の先輩と相部屋になる決まりらしい。

 マジかよ。

 小うるさい先輩と一緒になったら嫌だな……。

 一方で、事前申し込みがあった者には特別入寮生として個室が用意されるそうだ。ちなみにシアに聞いたら、エススがその特別生で、シアもそこに一緒に入る予定らしい。

 羨ましい。


 あとは部屋の設備の説明があった。

 必要最小限のベッドと机があるくらい。

 飯は学食を利用しろとのこと。

 特別入寮生の個室には生活に必要なあらゆるものが完備されているそうだ。

 羨ましい。



 説明が終わっても、学生らは広場で留まって中々解散しなかった。

 早速もう友達作りが始まっているようだ。

 俺とシアは別に留まるつもりはなかったのだが、エススとランスロットと落ち合いたい。そんな感じできょろきょろと周囲を見回していると―――。


「みんな散れぇぇえ!! さっさとそこを退くんだっ!」


 上空から怒声とも着かない何かが聴こえてくる。

 周囲もざわついて空を見上げた。

 俺たちも見上げる。

 すると男子寮のはるか上の階。

 おそらく五階くらいの高さの窓から身を乗り出す少年がいた。


「早く退けっ! 僕の正義の邪魔をするなっ!」

「正義?」


 新入生たちは目を丸くして悲鳴を上げている者もいれば、入学早々変わり者を見つけて面白がっている者もいる。

 少年は背中に四角い箱みたいなものを背負い、腕を振り回して"退け"と手振りしていた。


「ユースティンさん!」


 シアは驚いている側だ。

 いや、正直俺もそうだ。

 そこにいたのはユースティン・シュヴァルツシルト。

 正義の大魔術師を夢見る少年。

 ―――だったのだが、久しぶりに見る彼は変人になっていた。

 黒い外套を目深に羽織っているのは相変わらず。

 見た目も迷宮都市の頃から何も変わっていない。でも、少なくともあの頃は人に「退け」なんて言い放つ過激な男ではなかった気がする。


「あぁっ! あの子はこないだ大規模魔法実習室を出禁になった子!」


 さっき入寮説明会で喋っていた寮長の女の人が隣にいた。

 口を押えて悲鳴を上げている。

 出禁って、ただの問題児じゃないか。

 父親の死が原因で、それを乗り越えるどころか頭おかしくなったのか。


「もういいっ! 行くぞ……僕は空に愛された男!」


 何やら叫んで、意を決するように窓から飛び下りた。

 投身自殺でもするように頭から落ちていく。

 それと同時にギャラリーからは悲鳴が上がった。

 しかし、俺はあいつがリバーダ大陸であんな風に身を投げ出す場面を何度も見てきたから慣れていた。

 彼はお得意の転移魔法ポータルサイトで空中に転移孔を開けることが出来る。転移先と転移孔の角度をうまく操作すれば、落下してもすぐ地上へ復帰できるだろう。

 心配するだけ損なのだ。

 今にもワンフレーズの魔法を言い放つに違いない。

 Eröffnu(開け)ng、と――。



「Fliege(浮かべ)n!」



 あれ、想像していた呪文と違う。

 すると、ぼふんとユースティンの体が突然、落下速度を弱めた。

 浮かんだ?

 ―――と思ったのも束の間、またしてもユースティンは普通の速度で落ち始める。


「まだ……まだ駄目なのか……! くそっ!」


 落ちながら何かと葛藤している。

 そのままどんどん地上へと落ちていく。

 何がしたいんだろう。

 真下にはまだ胡坐をかいて座ってる獣人族の学生がいた。


「退けって言ってるだろう!!」


 直下には新入生。

 その熊の耳が生えた獣人族の男は何かの余興かと楽しげにユースティンを眺めていた。


「くっ……! Eröffnu(開け)ng!」


 男とぶつかる直前、ユースティンは姿勢を変えて腕を振るった。

 獣人族の男と衝突する直前でポータルサイトがようやく開き、今度は男子寮の屋上くらいの高さからユースティンが現われる。

 「―――おぉぉお!」と歓声が上がる。完全に余興か何かだと思われているようだが、ユースティン本人の表情は真剣そのもの。

 というか、ただの迷惑行為だった。実習室を出禁になったのもあんな風に騒ぎを起こした事が原因に違いない。

 放っておけば、学生の身が危ない。


「シア、あいつを止めよう」

「はい」


 シアは分かってましたとばかりに大きく頷いた。

 そしてすぐに空へと飛び上がる。

 風魔法と体の軽さが成せる技だ。

 ユースティンは上空から落ちながら「Fliege(浮かべ)n」と叫んでいたが、空を飛びたいならこうやって地上から飛び上がればいいのに、一体何がしたいんだ。

 シアは空を飛び回り、落下するユースティンに近寄った。


「な、なんだお前―――シア!?」

「失礼します……!」


 すれ違いざまに外套の襟を掴み、風魔法でも使ったのか、ふわりとユースティンの体を持ち上げ、そしてぐるりと回って地上へと戻ってきた。

 ユースティンは空中で吊るされながらジタバタと暴れている。


「は、離せっ! 僕の実験を邪魔するな!」

「………」


 何が実験だ。

 派手に飛び降りただけじゃないか。

 シアはある程度の高さまで降り、乱暴にユースティンを落とした。

 尻餅をつくユースティンのもとへと俺も近寄る。

 皮肉を込めて声をかける。


「何をやってるんだね、正義の大魔術師」

「はっ……」


 俺を見て警備員か何かと勘違いしたのか反抗するように歯軋りしていたが、シアが俺の隣に立ち、二人並んでる姿を見て誰だか理解したようである。


「ろ、ロスト……?」


 あぁ、良かった。

 やっぱりちょっと色黒になった程度なら気づいてくれたか。

 反応も見知った友達そのものだった。

 俺は安心して手を差し出した。

 ユースティンはそれを握り返し、起き上がる。


「一年ぶりか? 久しぶり。元気そうだな」

「ふん……そういうお前は人外さに磨きをかけたな」


 お互い積もる話もあるだろう。

 しかし、それとこれとは話は別だ。魔法大学にいるのは知っていたが、こんな騒ぎを起こしてこいつは一体何がしたい。正義の道どころか問題児の道を突き進んでるような気がする。

 周囲の新入生はまだガヤガヤと騒ぎ散らして、俺たち三人を取り囲んで賑わっていた。

 ――これも王家から来た護衛の余興か!

 ――やれやれー、なかなか派手で面白いぞ!

 ――青髪の子、空飛べるんだ!

 そんな野次が飛んでくる。

 必要以上に目立ってしまった。

 これは王都のときの反省を活かしてそそくさ退散した方が良さそうだ。俺とシアが騒ぎを起こして気味悪がられたらエススのせっかくの魔法大学の生活が台無しになってしまう。


「ちょ……ちょっと皆さん、通してくださいっ!」


 取り囲んだ野次馬たちの間を掻き分けながら、聞き覚えのある澄んだ声が聞こえてくる。

 飛び込んできたのはユースティンと同じ銀髪の女性。

 こいつの姉、イルケミーネ先生だ。

 今まで一体どこで何をしていたんだろう。


「ユウ……またこんなところで騒ぎを起こしてっ!」

「ね、姉さま!」


 ユースティンの白い顔がさらに青ざめていく。

 お姉さんから正義の鉄槌を喰らうがいい。



     ○



 場所を移してだいたいの事は把握した。

 イルケミーネ先生も、エススやランスロットに連れ添って入寮説明会に来ていたらしいが、エススのような特別入寮生は個室の説明があるらしく、直接、部屋に向かって話を聞いていた。

 もちろんシアもこれに参加するはずだったが、一向に来ないので先に向かってしまったのだとか。

 それでイルケミーネ先生もエススに同行。

 ちなみにランスロットは連れ馬(トニー)の飼育のため厩舎が必要だった。そのため、入寮説明会より先に魔法大学の借り厩舎に向かっていて単独行動していたらしい。

 そんなわけであの場にいたのは俺とシアだけだった。


 先生はユースティンの身投げを対岸の女子寮から確認し、慌てて駆けつけたと云う。

 あいつが何をしたいのかは一向に口を割らず、イルケミーネ先生も分からないらしい。よく高い所から(・・・・・)飛び降りる(・・・・・)程度でしかなかったので、新しい遊びを始めたんだろうと思って、これまで放置していたそうだ。

 それが最近過激化し、大規模魔法実習室は出禁。

 実験をする場所を失ったユースティンは高さが確保できる男子寮に目を付けて実験を始めた、ということらしい。


 実験って何の実験だ、と俺が尋ねても一切喋らず。

 今回は幸いにも被害なく済んだから問題と見做されなかった。

 しかし、ユースティンも姉に激怒されてだいぶ落ち込んだはずだ。少しは懲りて謎の飛び降り実験も控えるだろう。

 俺も俺で、初日から急に二人の知人と再会して疲れた。 

 割り当てられた寮の部屋でゆっくり休みたい。

 明日はオリエンテーションの日だ。

 部屋の初めてのベッドで横になる。

 なかなか寝心地が良い。


「それで―――」


 机に向かってがりがり筆を奔らせるルームメイトの先輩に問いかけた。


「お前がなんで此処にいるんだよ」

「僕は元々ここで暮らしている」

「先生と暮らしているかと思ってた」

「姉さまは突然王都へ呼び出しがかかるからな。僕が一人暮らしになるより寮暮らしの方が安心するそうだ」

「あ、そう」


 何の因果か、ルームメイトは一学年上のユースティン先輩だった。

 なるほど、イルケミーネ先生が二人いるわけでもあるまいし、先生が王都にいる間はユースティン先輩は一人だったわけか。


「もう寝ていいかな?」

「好きにしろ」

「……さっきから何してる?」

「今日の実験結果をまとめて次に繋げるに決まっているだろう! 魔術師は日々の研究が大事なんだ! 邪魔をするなっ」

「………」


 振り向き様に怒られた。

 お姉さーん、この子まったく反省してない。




※次回更新は4月23日(土)~24日(日)です。

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