◆ 魔法学校の職場恋愛
カレン・リンステッドはバーウィッチに帰ってきた。
王都への遠征ではいつも公務のことばかりで頭が一杯だったが、今回は少し事情が違った。たまの休暇でも貰えたような、そんな安息の旅で終わった。
それもこれもロストやシアの子守が大方の役目だったからだ。
あの二人は良きパートナーだ。
お互いがお互いを理解し合っている。
一緒に居ても特に無理して会話を始めるでもなく、自然体のままで好き勝手に過ごしていた。
きっと、随分と長い時間をかけて信頼関係を築いたのだろう。
傍から眺めていても嫉妬するほどだった。
あの年代にありがちな意地の張り合いを見せることもあったが――。
王宮議会へロストの身元調査報告書を提出したのはカレン自身だ。
色々と調べてみて、あの少年の奇抜な人生に驚嘆したものだが、旅の道中での様子を振り返るに、情緒や性格は無垢な少年そのもの。
バーウィッチでは結果的に英雄視される活躍をした彼も、まだその力の責任の重さから目を背けたがっているような気さえした。
王宮騎士団の入団に曖昧な返事をしたのも、
道中、時間魔法を無闇やたらに使わなかったのも、
彼自身の経歴から察するに、まだ圧倒的な"力"が怖いのだろう。
カレンはそんなことを考えながら、官庁で遠征報告書をまとめて日常に戻った。
日常は変わらないけれども、カレン自身に変化があった。
王都で久しぶりに再会した友人イルケミーネの激励で決心したことだ。
―――勇気を持って想いを伝えてみよう。
年甲斐もなく若い世代に感化されたか……我ながら血迷ったものだな、とカレンは自嘲した。
○
春風が窓辺から迷い込む。
長閑な午後の時間だった。
「先生! ドウェイン先生がっ―――!」
魔法学校の医務室に飛び込んできたのは小柄な赤毛の少女。
リナリーだった。
その名前を聞いてどきりとする。
これまでもドウェインは職務以外のことで何かと大怪我を負って医務室に運ばれてくることがあった。その度にカレンは、まったくここは職員用の診療所じゃないぞ、と呆れ気味に治療にあたったものだ。
冒険者あがりという連中はどうしてこうも無茶な人間が多いんだ、と。
「あの男はまたか……。仕方のないやつだ」
しかし、そんな世話の焼ける男に惚れ込んでしまったのはカレンの過ちだ。
立ち上がり、医務室からゆっくりと出ていく。
きわめて冷静を装って。
こんな少女に勘付かれない努力までしてしまうとは、我ながら入念さの矛先さえ間違えている。リナリーの赤い髪をすれ違いざまに一撫でして、そんなことをふと思った。
辿り着いたのは実習棟の外側の一画。
ゴミ集積所のように斜めに開閉する鉄扉に男が挟まって俯せに倒れていた。
頭から出血して、くせのある毛に血が赤く染みついていた。
既に血は固まっている。
それが髪にこびりついた様子から、おそらく明け方未明からこの状態で寝そべっていたに違いない。首元に手を当てる。脈はある。しかし顔面は蒼白。呼吸状態は正常。
ふむ、とものの数秒で患者の状態を把握し、カレンはこの男が栄養失調と、それによる転倒で鉄扉に頭部を強打し、気絶したのだと判断した。
これでは治療師として出来ることはない。
自然回復を待って、食事を取れと指導してやるくらいしかない。
カレンは白衣を脱ぎ、身動きが取りやすいように腕まくりして、鉄扉を開放した。
とにかくどこか安静にできる場所へ運ぼう。――とはいえ、医務室は大のおとなを寝かせられるほど大きくない。学校に通う子ども向けのベッドだった。
ふと鉄扉の奥の地下階段に視線が移る。
その奥はドウェイン・アルバーティの私室だ。
普段は絶対に立ち入り禁止と言われている魔の一室―――子どもたちの間で七不思議の一つとして噂される開かずの間だった。
「……急患だ。許せ」
ドウェインを担ぎ、カレンはその地下階段の奥へと入った。
それは自分自身に対する言い訳だった。ひっそりと想いを寄せる相手のプライバシーに入り込む罪悪感を抑え込むための。
…
石階段を下る。
少し降りると広い一間の部屋に辿り着いた。
階下すぐのところにランプがあったので灯して部屋を明るくした。
ちゃんと通気口も用意されている。
空気も思ったほど籠っていない――おそらくドウェインが使いこなす風魔法の力で換気は入念にしているのかもしれない。
……石で出来た無味乾燥とした一室だった。
想像では本や文献で散らかり、変な薬品臭が鼻を刺す空間を予想していたカレンだったが、その伽藍とした殺風景に、思わず息を飲む。
心なしか空気が冷たい。
奥の方にベッドが一台用意されていた。
そこにここの家主を寝かせる。
隅に設置された机の上に手ぬぐいが投げられていたので、それを拾い上げて魔法で湿らし、顔を拭ってやった。もしかしたら台拭きだったかもしれないが、この際なんでも良かろう。
髪を払いのけ、額や頬についた血を拭い取る。
よく見ると首筋から胸元の方まで血が垂れていた。
相当激しく頭を打ったのだろう。
胸元の襟を捲り、入念に拭いてやる。
そこでカレンははっとなった。
―――彼の意外に厚い胸板や冒険者時代についたであろう傷痕が視界に映る。
少し鼓動が速くなる。
やはり意識してしまう。
「う……ナンシーさぁん……駄目ですよそこは……」
むにゃむにゃと寝言のように呟いたその一言で急速に胸のときめきも冷めていった。
馬鹿者が、どんな夢を見ているのだ、と怒りすら湧いてきて、乱暴に胸元を拭ったタオルを顔面に投げつけて、医務室に戻ることにした。
血生臭い夢でも見ておけという願いを込めて。
階段を昇ろうとしたとき、ふと違和感に気がついた。
床に何やら夥しく模様が描かれている……。
「これは……?」
しゃがみ込み、手でなぞる。
魔法陣だ。
ランプに灯されて光が乱反射している。この石床を魔石で引っ掻いて描いたようだ。幾度もの思考錯誤の痕が見られ、魔法陣の図形は複雑に入り組んでいた。
それをびっしりと石床に張り巡らされていた。
部屋は綺麗でも、魔法陣の陣形で散らかっている……?。
「うーん………ん――うわっ! カレン、なんで君がここに?」
「……目が覚めたか? 戸口付近でゴミが溢れ返ったように倒れていたところを私が運び入れてやったんだ。教えてくれたリナリーに感謝しておくんだな」
「あ……ん~~、そうかぁ……?」
ドウェインが目を覚ました。
ぼりぼりと頭を掻いて落ちてくる血粉に首を傾げている。
倒れていたことを覚えていないようだ。
食事をちゃんと取れと伝えてもどこか上の空で聞いていない。
栄養失調かと思えば、顔色はもう回復していた。
「しかし、すまない。看病のためとはいえこの禁断の部屋に入ってしまった」
「あぁ……別にいいよ。こちらこそありがとね」
間延びするような喋り方は相変わらず。
その彼がベッドを下りた。
「まぁ此処は素人が見ても理解はできないだろうし、かといって荒っぽい人に踏み荒らされるのもごめんだから立ち入り禁止にしていただけだよ。その点でいえば、生徒たちなんて一番入ってほしくない存在だからねぇ」
「七不思議の噂を流したのもお前か」
「ふっふっふ、それは内緒だよ」
手をふわりと投げ出して気取ったように言った。
やはり黙っていれば良い男なのに口調や仕草が残念な男だ、とあらためてカレンは思う。
「失礼だが、この魔法陣は一体なんだ?」
「君がそれを聞いてどうするのさ」
「……べ、別に疑っているわけではないが、私はここの生徒の健康を守る立場として敷地内に有害なものがないか把握しておく必要があるからな」
「なるほど、一理ある」
「一理どころかそれがすべてだ。さぁ正直に白状しろ」
普段だったらこんなこと、関心を向けるはずもなく忙しいのを理由に目を背けるところだ。それを問いただすなんて不自然だっただろうか。
カレンはいつにない自分自身に後から気がついて焦った。
しかしドウェインは特に気にする様子もない。
「これは僕の研究の成果さ」
「どんな研究をしている?」
「転移魔法の、もっと高度なバージョンって言えばわかりやすいかな」
「ほう。お得意のトランジットサークルを強化すると?」
「強化どころかもう別物だよ」
ドウェインは意気揚々と壁の方まで歩き、手を翳した。
カレンもヒーラーとして魔術の心得はある。
転移魔法といえば魔法陣から魔法陣へと空間を超えて移動するものだった。高度なものではそれを地平面だけでなく、空中に描く手法もあるそうだが、それ以上は専門外だ。
「例えば―――現行の転移魔法は限界がある。二次元展開のトランジットサークルも、三次元展開のポータルサイトも、どちらも行き先の指定がなければ使うことはできない」
そう言うと、ドウェインは先ほどカレンが血を拭くのに使った湿ったタオルを床に起き、壁の魔法陣に魔力を込めて陣形を薄緑に輝かせた。するとタオルは一瞬で消えて、入口付近にいるカレンの壁から吐き出されるようにタオルは転移した。
「これは手ぬぐいの行き先をあらかじめ魔法陣によって指定しているからこそできる転移だ。じゃあその隣の魔法陣の上に立って――」
カレンは二歩移動してドウェインが指差す小さなサークルの上に立つ。
ドウェインも近寄り、体を密着させてきた。
無遠慮なその立居振舞いにどきっとする。
「よっと――――」
「え……?」
ドウェインが床の魔法陣に魔力を込め、息が止まったような錯覚を覚える。
――その直後には何処か別の場所にいた。
強風が吹き付け、先ほどまで地下にいたはずなのに、風通しの良いところに転移したことはすぐにわかった。
「ば、馬鹿か……! 今私たちは仕事中なんだぞ!」
魔法学校の教師と勤務医だ。
それが非番でもない日の真っ昼間に学校の敷地外に出るなど、サボり以外の何物でもない。カレンがドウェインに叱りつけると、口元を押さえつけられて黙らされた。
冷静になって周囲を見渡す。
どうやらどこかの家の屋根の上にいた。
足元には小さい魔法陣。
屋根から見える景色は、バーウィッチの郊外のような平地ではなく、勾配の激しい丘や森が見通せる……ここはおそらくソルテールだろう。
不満の一つでも吐きつけようと思ったが、口を押えられていて、仕舞いには静かにするように人差し指を立てられた。
その彼の視線が屋根の下へと向く。
玄関から出てきたのは、金髪の髪を後ろで結わえた淑やかな女性。
ナンシー・コンランだった。
隣にいる彼が夢中になっている女性だ。
すなわち、ここはソルテールの宿屋コンラン亭の屋根の上。
「はぁ……ナンシーさん、今日も綺麗だなぁ」
ドウェインが感嘆の声を漏らす。
恋敵は今、洗濯を終えた客室のベッドシーツなどを手慣れた動作で庭先の竿に干している。物腰の柔らかそうな、それでいて強かさも兼ね備えた淑女の鏡のような人だった。
カレンはそれを眺めて自分では到底敵うまいと思った。
いや、それよりも―――。
「何をしにきたんだっ……! まさか覗きのルート確保が研究成果だとでも言いたいのか、おのれはっ」
「ん……あぁ、そうだった」
ドウェインは恍けた顔をして手をぽんと打った。
「あの洗濯籠のシーツを覚えておいてね。あれはナンシーさんが今日洗濯して、干すためにあそこに置いた。だから、あの下に事前に魔法陣を描いておいたなんてことは在り得ないし、そもそもあんな草むらに魔法陣は描けない」
「当然だな」
「よし、じゃあ戻ろう」
先ほどのように魔法陣の上に立ち、転移魔法によって二人は地下室に戻った。
しかしながら、ナンシー・コンランが今の時間帯に洗濯物を干していることをドウェインが知っているという所には、些かカレンも不気味さを感じていたのだった。
―――息が止まった直後に空間ががらりと変わる。
風通しの良い屋根の上から、陰鬱な地下室へ。
「じゃあ僕は今からさっきのシーツをここに転移させる」
ドウェインは部屋の中央にある一際複雑で、一際大きな魔法陣の前にしゃがみ、両手を翳した。魔力を込め、手先から微粒子が魔法陣へと移る。やがて魔法陣は線を辿るようにばちばちと紫電が走り、色鮮やかな輝きを放った直後、中央で光が弾けた。
そこには先ほどの洗濯籠。
その中にはシーツの山が盛られていた。
「よしっ、成功だねぇ」
洗濯籠の下には草が少し付着している。
つい直前まで草むらの上に置かれていたようだ。
「まさか……入口の確保なしでそれをここに喚び出したというのか」
「その通り。片道通行の強制転移さ」
「どうやってそんなことを――」
こちらに描いた魔法陣にとっては、術師が呼び出したい物が分かるはずがない。所在がわからないものを、魔法陣が狙って引き寄せるなんて在り得ない。
「召喚魔法について勉強したんだ」
「召喚と言えば、冥界と契約を結ぶ黒魔法だったな」
「うん。父さんが持っていた黒の魔導書には召喚魔法の秘術が記されていた。あれは詠唱を利用して冥界の扉を開ける魔法で、原理は転移魔法と変わらない。でも転移魔法と違うのは、指定しなくても思いのままに召喚する存在を変えられることかな……その違いに目をつけたってわけ………。で、自分なりに召喚魔法を色々と試して、思い思いに異形の怪物を召喚しているうちに分かったんだけど、どうやら消費する魔力の種類がそもそも詠唱によって変わるみたいで――――」
「待て」
「ん……?」
「ドウェイン、お前はまさかここで召喚を試していたのか?」
「そうだけど?」
七不思議で夜な夜な聞こえてくる魔物の呻き声とはこの男が召喚した冥界の魔物のことだったようだ。カレンはまたしても怒り心頭で声を張り上げた。
「寮住まいの生徒すらいるこの敷地内で危ない存在を喚ぶんじゃないっ」
「いや、だいたい召喚した直後には駆除していたよ。僕の場合、召喚そのものが目的で、使役や飼育がしたかったわけじゃないからねぇ」
「それでも危ないだろう、馬鹿っ!」
「もし僕が斃されてもこの地下室からは出られないから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃなかろうっ」
ほとほと愛想が尽きる。
カレンは、何故こんな無茶苦茶な男に惚れ込んでしまったのかと、それ自体に苛立ってきた。
「そんな怒らなくてもいいじゃないかぁ。この魔法は文明発展に大きく貢献するよ。例えば、欲しいと思ったときに欲しい物をその場で用意できるんだ。要人を長期間匿うときの物資の補給とかね。あともし研究が進んでヒトも召喚できるようになれば、災害が起きた直後でも患者をすぐ治療師の元へ運搬できる―――君の仕事は増えるかもしれないけどねぇ」
被災地に赴かなくても良くなるのは仕事は減ることに繋がるのでそれは良しとして、カレンが言いたいのはそういうことではなかった。
得意分野を饒舌に語るこの男の根暗なところ、そして周囲への危険も顧みない冒険者特有の傍若無人っぷりに腹が立ったのだ。
カレンは睨みつける。
ドウェインはそれを残念そうに迎えていた。
「……まぁいい。それよりそのシーツはどうするんだ?」
「そう、これはねぇ! 風魔法の力で僕が速乾して返してあげようと思ってさ!」
ドウェインはよくぞ聞いてくれましたとばかりに意気揚々と答えた。
こんなところでも想い人への献身的な姿勢を見せる。
人の気も知らないで、とカレンは呟いた。
ただの看病でここまで疲れさせるとは甚だこの男と居るのはうんざりするかもしれない。飽きもしないだろうが―――と、考えてまた自分自身に驚いてしまう。
なぜ自分はこうもドウェイン・アルバーティと一緒にいることばかり想定するのだろう。
その相手は今、両手で広げたシーツに風魔法をぶつけて乾かしている。
「教師じゃなくてクリーニング業者にでも成ればお似合いだろうな」
皮肉を込めて言ったつもりが、ドウェインは子どものように屈託のない笑顔を見せた。
「あ、ばれた? 僕がバーウィッチで仕事をしている傍ら、これでナンシーさんのお手伝いができちゃうっていう特典もついた研究なんだよ、これがまたっ」
誰が得する特典だというのだ、と頭を抱えた。
カレンは階段を上がって地下室を出ていく。
これ以上付き合っていては二十苦も三十苦も味わうことになる。
想いを告げるどころか戦意喪失した。
○
数日後。
長閑な午後の時間だった。
「先生! ドウェイン先生がっ―――!」
既視感を感じながらも医務室に飛び込んできた少女を見る。
リナリーだった。
今度はなんだと聞いてみれば、ドウェインがまた鉄扉に挟まれて倒れ伏していると教えてくれた。
「あの男はまたか……。今度は一体どうしたというのだ」
また飯も食わずにクリーニングサービスのための研究に精力注ぎ込んでいたのだろうか、と呆れて溜息が出る。しかし、倒れる者がいれば治療師として放置しておくわけにはいかない。
立ち上がり、医務室から出ていった。
「カレン先生っ」
「うむ? なんだ―――」
すれ違い様にリナリーに声を掛けられる。
振り向くと、赤髪の少女は無邪気に笑っていた
「―――ドウェイン先生はフラれたみたいですっ」
無邪気ではない。
リナリーは悪戯っぽく上目使いで笑っていた。
女の子は成長が早いというが、まさか勘付かれていたか、とカレンは頭が重たくなるのを感じた。何かと勘の良い夫婦の子だ。娘もその血を受け継いでいるのは毛色を見ても明らかだ。
やれやれ、と首を振って外へ出た。
実習棟の裏の一画。
斜めに開閉する鉄扉にドウェインが挟まっている。
今回は特に出血は見られない。
首元に手を当てようとしたところで、男がびくりと動いた。
どうやら外傷もなく、ふらつきで意識を失ったようだ。顔色も正常。ついさっき倒れたのだろう。直に目を覚ますに違いない。
「……あ、あぁ………」
と、言ってる端から目を覚ました。
カレンは白衣を後ろにばさり、払ってからしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。
「おい、食事はしっかり取れているのか?」
「……ぼ、僕の生きがい……が……」
「うむ?」
よく分からないが、彼は手を伸ばして這い蹲っていた。
カレンはその手を取って話を聞いてやることにした。
聞くに、リナリーの言っていた通り、ドウェインはナンシーにフラれたそうだ。
フラれた――というのも語弊がある。彼はずっと前から彼女に想いを伝え続けていたのだから。今回明確にショックを受けて倒れているのは先日聞いた魔法に原因があるようだ。
どうやら彼の今回の策は一概にまとめるとこうだ。
午後にシーツを干すナンシーをこっそりと手伝い、転移魔法によって入手したシーツを風魔法で風乾させ、返却。何日か不思議現象を経験させ、最後にはナンシーの前に颯爽と現れる。「今までシーツを乾かしていたのは僕です」と。それに対して「わぁ、すごい、ドウェインさんは不思議な魔法を使いこなす天才ですのね」とナンシーも感激。惚れさせてお手伝いを通じて関係に進展。晴れてハッピーエンドを迎える計画だった。
しかし実際には―――。
「今までシーツを乾かしていたのはこの僕です」
「え……そうだったのですね」
「そう! すごいでしょう!」
「突然、籠が消えるからびっくりしておりましたのよ」
「そういう魔法ですからねぇ! 瞬時にバーウィッチへ転移させて、そして僕のこの風魔法で乾かす……これでナンシーさんのお手伝いが出来ると思ってさ!」
「いえ、お手伝いは結構ですわ」
「……え?」
「いきなり物が消えるなんて気味が悪いですし……それが気がかりであの間、他にできる仕事も止まってしまってましたの。あの……お気持ちは嬉しいのですけれど、迷惑ですわ」
そのとき冷たい目を向けられて囁かれた「迷惑ですわ」が頭から離れずに飯が喉を通らなかったらしい。そして一晩塞ぎ込んで眠れもせず、睡眠不足で倒れてしまったそうだ。
一方的な想いの暴走が敗因だろう。
カレンもこの不器用な男を見て馬鹿馬鹿しく、笑えてきた。
「僕の……僕の魔法が……迷惑……」
泡でも吹くのではないかというほどだ。
微笑ましく、どうにも見過ごせない。
カレンはこの男に惚れ込んだ理由が何となく理解できた気がした。
「迷惑なんかではない」
「……う?」
「やれ、仕方ない。私がその魔法を有効活用してやろう」
ドウェインが恍けた顔でカレンを仰ぎ見た。
「医務室にもベッドは山ほどあるからな。洗濯もせねばならないんだ。暇なら同じようにシーツを風魔法で乾かしておいてくれ。あと調合用にハーブもいくつか欲しい。転移魔法があれば草の根ごと掘り返すこともできるんだろう?」
「あ~、まぁねぇ。それも一つ実験しなきゃだねぇ」
「よし、そうと決まれば頼む。………私はその、お前のそういう――」
「ん?」
少し勇気を出してみよう。
イルケミーネと約束した。今年こそはお互い朗報を言い渡すのだ、と。
「そういう――ところは、見習いたい」
「見習うって何の事?」
「だから……とにかく、お前は優秀な魔術師だっ! 私は凄いと思っているっ」
言えるわけがなかった。
しかし、カレンにしては頑張って言葉にしてみせた。
あとは時間の問題だ。
少しずつ寄り添っていけばいい。
ロストとシアだってお互い自然体のままだったではないか。
今一度決意を新たにカレン・リンステッドは仕事だけでなく、恋も頑張るのだった。




