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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第2場 ―入学準備―
180/322

Episode142 リアルタイム・ワンデイ


 サウスバレット家は王城近くにお屋敷がある。

 カイウスが昔の活躍のときに手に入れた報償で買ったとか。

 その家を選んだ理由は王城(仕事場)に近いから、という短絡的なもの。


 しかし、周辺は王侯貴族たちが暮らす一級の区域。

 元々、南レナンサイル山脈近くの高原で伸び伸び生きてきたサウスバレット家の肌に空気が合うわけもなく、これまでもよくご近所の貴族とぶつかってきたそうだ。

 そんな肩身の狭い物件、カイウスはもちろん、その娘にとっても我慢できるわけがない。アルバさんは王都出身だが、血筋なのか、王都の暮らしは性格的に受け付けなかった。

 だから家出は珍しいことじゃない。

 これまでもよく家出して何日も、何ヶ月も、何年も帰ってこないことがあったらしい。

 ずっと「最強を究めろ」と言い聞かせて育てたせいか、よく冒険に飛び出し、親もそれを引き留めはしていなかった。


 ―――問題なのは家出のタイミング。

 王宮騎士団の軍事パレードを開く直前というときになって、



 ―――――――――――――――

 アルバ


 しばらく男を追う。

 素行調査というらしい。

 浮気は許さんぞ。


           親父殿

 ―――――――――――――――



 という置き手紙が玄関に放置されていた。


「いや、あの……これ宛名と署名が逆じゃないですか?」

「ガハハ、馬鹿娘だからよいのだ」


 親父さんの方にも突っ込むべきだろうか……。

 しかし自由奔放は結構だが、王宮騎士団に所属している以上は突然の欠員はマズい。それにアルバさんはまだ新米騎士だ。軍事パレード本番になって、プライベートで休みました、は洒落にならない。

 厳重な処罰を喰らうかもしれない。


「まぁいいや……これって今日―――正確には昨日ですか、見つかったのって」


 時刻はもう日付を跨いだ時間。

 深夜に何故こんな人様の身勝手に付き合わされなければならないんだ。


「我輩が屋敷に帰るのは夜分遅いからのう! いつこんな置手紙なんぞ残しおったか知る由もないわっ、ガーハハハハッ!」


 駄目だ、この人。

 声もデカいし、歩くご近所迷惑だ。

 とにかく残りちょうど一日か。

 一日以内にアルバさんを連れ戻し、その翌日の軍事パレードに参列させないと。

 昔の(よしみ)だ。

 友人かつ同僚の面倒を見るのも、黒帯(仮)の一人として新人の逃亡を連れ戻すのも俺の役目だ。

 シアが置き手紙を受け取り、ぼんやりと眺めた。

 まぁ今回は深く推理するまでもない。


「素行調査………浮気は確かに許せません」


 シアの言葉が突き刺さる。

 その言葉は心に深く刻もう。

 浮気といえば―――。


 "―――あいつは絶対に浮気してるのだー!!"

 と、歓迎会のときに酔ったアルバさんは不満を垂れていた。

 なかなか乙女らしいところもあるな、と感心したものだ。


 タウラスの野郎……。

 しばらく会わないうちに随分偉くなったものじゃないか。

 この俺だってありとあらゆる誘惑の魔の手を振り切り、ハーレムだけは避け続けたというのに。それをアルバさんという恵体の女を放置して、余所の女に手を出す―――に留まらず、俺とシアのお楽しみまで奪うとは!

 俺も許せなくなってきた。



     ○



 しかし残念なことに、俺は王都に来て以来、一度もタウラスと会っていない。

 忙しかったからだ。

 だから彼が今どこにいて、どこで暮らしているのか分からない。それさえ分かっていれば、アルバさんの所在もすぐにわかったのだろう。

 あの男の迷宮都市の暮らしぶりを思い出そう。

 ダンジョンに潜る以外は、普段何をしていた……?

 思い出してもこれといった特徴がない。

 ある程度の人望があり、ある程度の冒険の心得があり、そして常に女の尻ばかり追いかけていた記憶がある。


「歓楽街はどうでしょう」


 シアがふと呟く。

 こんな夜更けでも眠らない区域――酒場や賭場(カジノ)で溢れかえるところなら、あるいはタウラスがふらついている可能性もあり、そしてそれを尾行するアルバさんも発見できるかもしれない。


「しっかしのう! あの女郎が男を追いかけて行方を晦ますとは……」


 残念そうにカイウスが溜息を吐き出す。

 このおっさんも親として複雑な気分なんだろうか。


「弛んでおるっ! 拳骨(ゲンコツ)で性根叩き直してくれよう!」


 頼もしいお父さんだ。



     ○



 シアには上空から歓楽街を見てもらうことにして、俺とカイウスの二人は歓楽街を走って回った。

 さすが眠らない華の都、その歓楽街。

 魔力で灯された派手な灯りが街を彩り、酒臭い男女が引っ切り無しに行き交っている。冒険者風の者も多いが、他にも商人や芸者などもいて、迷宮都市(アザリーグラード)の夜とは雰囲気も違う。

 カイウスは有名人だから走り回るだけで注目の的だった。

 酔っ払い達に絡まれもして面倒くさい。


「これだけ輩が多いと捜しきれんのう」

「これは聞き込んでいくしかないか……人が多かったら目撃者もいるかもしれません」

「ほうほぉう。お前さん、なかなか頭がキレるじゃのうて! オルドリッジは名ばかりと思っておうたよ! ガーハハハハッ!」

「………」


 それから俺とカイウスは適当な酒場に入って聞き込み調査をした。アルバさんとタウラスの特徴も伝えながら。

 どちらかの糸口が掴めれば、アルバさんに辿りつけるだろう。


 十軒くらい回っただろうか。

 とにかく酒場の数が多いから軒数を重ねるしかなかったが、有力な情報がない。街行く酔っ払いに声をかけてもまともに会話にならなかった。

 それどころか宵も更けてきて、歓楽街ですら雑踏が少なくなってきた。


「これじゃきりがない。一度、サウスバレットのお屋敷に戻って他に足取りが掴めそうなものが残っていないか調べるのはどうですか?」

「なんじゃい。玄関にはもう置き手紙はなかったぞ! お前さん、我輩を信用しておらんのかっ」

「いや、玄関じゃなくてアルバさんの部屋とか……」

「お前さん、我輩の娘の部屋に入りたいだとォ!」

「そういう意味じゃなくて、アルバさんの行き先がわかる手掛かりが残ってるかもしれないでしょうっ」

「ほぉう、自室に置き手紙かァ……斬新じゃのう! ガーハハハハッ!」

「いや、そうじゃなくて!」


 会話のテンポは親譲りか。



     …



 合図して、シアにも地上に降りてきてもらった。

 シアも特に有力な手掛かりはなし。

 とりあえず三人でサウスバレットのお屋敷に向かうことにした。王城の門前の通りを曲がり、真っ直ぐ歩いた所だ。騎士訓練場とは目と鼻の先くらいのところに屋敷がある。

 着く頃には薄ら夜の街に陽が差し、明るくなりつつあった。

 もうすぐ朝になるんだ……。

 正直、すごく眠い。


 入口は大きな鉄柵。

 カイウスが豪快に開き、大股開いて闊歩していく。

 夜明け前だというのに、玄関の前でメイドさんがカイウスの帰りを待っていた。なぜか落ち着きなく、おろおろとしている。


「あ、あの……旦那様……」

「なんじゃい、遅くなるやもしれんから寝ておけぃと言っておったろう!」

「それが、アルバお嬢様が深夜お戻りになられて―――」

「なにぃいい! あんの馬鹿娘がァ!!」


 カイウスは戸口を睨みつけて、ずいずい入ろうとする。

 そこにメイドさんが恐る恐るといった感じで続けて話した。


「―――で、ですが、すぐ出ていかれてしまったのです」

「な、なんじゃとォ!」


 完全にすれ違いだった。

 俺たちも呆れて天を仰ぐ。


「それで、どこへ出かけたのだッ!」

「騎士訓練場に行くと仰ってました」


 アルバさんは一体なにがしたいんだ。



     …



 すぐ近くの騎士訓練場へと向かう。

 敷地内に入り、宿舎を通り過ぎた。既に三人ほど白帯が訓練場に向かっていくのが目についた。門を開放し、整備用の道具を手に取り、三人で朝掃除をしている。

 勤勉なものだ。


「な、なんだ!? 訓練用のウロボロス像が無くなってるぞ!」


 一人の白帯が驚きの声を上げ、訓練場一帯に響き渡る。

 俺たちもその白帯に声をかけた。


「どうした?」

「はっ―――カイウス様!? それにロスト様まで!」

「なにがあったんだよ」

「はい、訓練用の魔弾発射装置がなくなっておりまして……」


 白帯の視線を追うと、竜を象った置物が四つともなくなっていた。確かここは、魔術戦を想定した訓練のために火球や氷粒が吹き荒れる広場だったのだが、それが綺麗さっぱり無くなり、更地と化していた。

 どうやら無理やり引っこ抜かれたようだ。

 そして地面には引き摺った後がある。

 それが延々と訓練場の外へと続き、持ち去られた痕が残っていた。


「あんな重たい石像を持ち出すなんて、盗んだ犯人はなんて怪力の持ち主なんでしょう」

「怪力……?」


 白帯の驚嘆の言葉を聴き、俺は怪力屋の異名を持つ男を見上げた。

 いや、この人じゃなくてその娘が犯人だということは分かりきっている。

 石像は四つとも引き摺った痕がある。

 一つ一つ往復して持ち運んだようだ。

 俺たちが深夜に歓楽街を駆け回ってる最中、アルバさんはせっせとこれを運び出していた……?



     …



 引き摺った痕は街の中央大通りを跨ぎ、外へと続いていた。

 街の門番に伺ったところ、白帯を着た女が「屋外訓練だぁあ」と叫びながら龍の石像を引き摺っているのを見た、という。

 当たりだ。

 俺たちもついにアルバさんを捕まえられると期待し、急いで外へ出た。

 もうすっかり日は高い。

 おそらく普段だったら朝飯を食べ終わるくらいの時間だ。


 線を辿り、しばらく平原を歩いていく。

 石像を引き摺った痕は、確実に大地を抉っていた。

 街から遠く離れた辺りで、ついにウロボロス像が四つ設置されているのが見つかった。適当な間隔で内側に向い合わせに置かれ、目分量で"フィールド"を模したことが分かる。

 しかしそれを作り上げた本人はどこにもいない。


「おぉう、これは―――」


 カイウスがその"フィールド"に入り、地面を見つめていた。

 俺もそれに合わせて、大地を俯瞰する。

 そこには大きく『アルバ』と汚い字が掘られていた。

 私が犯人です、と全力で主張したいらしい。

 でもアルバさんの思考回路で考えると、


「記名のつもりでしょうか?」


 シアが眠たそうな声で呟いた。

 俺も同感である。

 アルバさん本人はこれを窃盗だとは思っていまい。

 この"フィールド"は私が作ったものだからそっとしておいてくれ、という考えで名前を刻んだに違いない。本人不在でも、こんなに馬鹿を主張できる逸材はなかなかいないだろう……。


「ここで居座っておればいつかはあの馬鹿娘に会えるわけだなァ!」


 そう言うとカイウスさんがフィールドの中心で胡坐を掻いた。

 両腕を組んで、怒りの表情で街の方を睨んでいる。


「そこに堂々と座ってたらアルバさんは来ないかもしれませんよ!」

「ガハガハ、何故だ! 戻ってくるのならばここに居た方が手っ取り早い!」

「カイウスさんが先に見つかったら逃げられちゃうでしょう!」


 親子揃ってこの人らは……。

 重石のようになったカイウスさんを引き摺り、俺たちは張り込めそうな岩陰に身を潜めた。



     ○



 そして陽はどんどん昇る。

 昼過ぎ、限界を迎えた俺たちは交代しながら仮眠を取った。


 カイウスは一睡もしなかった。

 ただ胡坐を掻いて、ウロボロス像が内向きに置かれた"フィールド"を険しい表情でただただ見つめている。俺とシアはもう帰ってもいいんじゃないかな、と思ったが、ここまで来たらアルバさんが一体何をしたかったのか気になる。

 彼女は一向に来る気配がない。

 シアが食糧の調達に出かけては戻ってきたり、俺も平原に現れるダイアウルフを狩って戻ってきたりと、半ばピクニック的な感じになっていた。

 もう交代とかお構いなしで、俺とシアは二人で日向ぼっこしてうたた寝し、まったり過ごす。

 俺が爆睡した後、時刻は日が暮れ始めた夕方になった。

 ―――ついにアルバさんが姿を現した。


「ロストさん、アルバさんが来ましたよ」


 シアに起こされ、欠伸を掻く。

 寝起きで、何のことだと一瞬でも思った自分を反省した。岩陰から平原を見ると、アルバさんが重そうな歩みでゆっくりと現われた。

 何かを引き摺っている……?


「あんの馬鹿娘がァ……ガッ!」


 怒りのあまりに飛び出そうとするカイウスを無理やり押さえ込んだ。本気出せば怪力屋の馬鹿力を抑え込むくらいの力は俺にもある。

 シアと二人で凝視した。

 昼間の爆睡のおかげで二人ともすっきり爽快だ。

 アルバさんが引き摺っているのは縄で締め上げられた人だった。気絶しているようで、まったく抵抗する様子がない。

 徐々に近づいて輪郭がはっきりするうちに、引き摺られる人物が誰なのかが分かった。


 ―――タウラスだ。

 大口開けて、十字傷が刻まれた額を赤く腫らしていた。

 頭を強打した様子が窺える。

 アルバさんはウロボロス像が取り囲むフィールドにタウラスを投げ入れ、そして腰に提げていた木刀で尻を叩き、彼を起こした。


「……ん、なんだぁ、ここは? あっ――!」


 アルバさんがタウラスを見下ろしている。


「アルバ、あれは誤解だ」

「ほう、誤解……?」

「俺がこの一年、お前以外の女を愛したことがあったかよっ」


 突然の修羅場だーー!

 俺はあまりの事態に息を飲み込んだ。

 隣のシアは興味津々に眺めている。

 カイウスに至っては表情一つ変えずにアルバさんをずっと凝視していた。その当の本人はタウラスの弁明に応えもせず、静かに佇んでいる。

 まさかあの"フィールド"は彼女が作った処刑場……?

 現を抜かした男を屠るために昨晩運んだというのだろうか。


「………」

「な、なぁ……また北の大地を巡ろうぜ。あのとき見たオーロラは綺麗だったよなぁ?」

「……私が馬鹿な女だと思っているのか」

「え?」

「私は確かに馬鹿だ。誤解だと言われれば、そうか誤解かと今まで呑んできた。でもアレらは……本当は、誤解でもなんでもなく―――浮気をしていたということだな」


 アルバさんの声が普段より低い。

 修羅場とはこんなに怖ろしいものなのか。


「本当に誤解だ! あの女はたまたま酔ってた俺を介抱してくれていただけで―――」

「うるさいっ」

「……!」


 アルバさんは吠えると、腰に携えた木刀をタウラスに向けて投げた。

 そしてもう一本の木刀を引き抜いて静かに構える。


「何しようってんだ?」

「これは私なりの―――私自身との決別だ」

「あぁ……?」


 タウラスは体を起こし、木刀を拾い上げた。


「親父殿は言っていた。その程度で最強を目指すようでは不憫だ、と……」

「それが俺をここに連れてきたことと何か関係あるのかよ?」

「ある―――私は最強を目指している。だというのに、私は親父殿はおろか、ロストの足元にも及ばない……」


 アルバさんは俯き加減で、遠目からは表情を読み取れない。

 でも何だか声が震えているような気がした。


「仕舞いには男に(かま)けて修行も怠っていた……」


 夕焼けが二人を赤く染める。

 アルバさんは木刀を真っ直ぐ構え、タウラスを威嚇した。


「アレが誤解だろうと誤解じゃなかろうと関係ない……! 私は……甘えた私自身を振り払うために……お前とここで別れる!」

「無茶苦茶だ! 俺の気持ちは関係ないのかよっ!」

「うるさい! さぁ、私に倒されろ! 男なんて要らないのだ!」


 アルバさんは木刀を振り翳し、タウラスに襲いかかった。

 悲鳴をあげ、タウラスはフィールド内を逃げ惑う。

 独学の無茶苦茶な振りでタウラスを叩いていた。

 あの"フィールド"は彼女なりの舞台だった。自分自身の迷いを断ち切るために、半ば強引に闘技場のようなものを作りだしたということか。


「ヤァ!」

「いでぇ……っ!」

「ほら、軟弱者め! どうだっ!」

「やめっ……やめろ! なんで彼女と闘わなきゃなんねぇんだよ!」


 タウラスも抵抗を見せる。

 木刀同士が打ち合い、乾いた音が平原に鳴り響いた。

 カンカン、カン、と……。

 それが何とも物悲しい雰囲気を漂わせる。

 俺も、シアも、カイウスも黙ってその光景を見守っていた。

 ついにはアルバさんはタウラスの木刀を弾いた後に二歩のステップで背後に回り込み、背中に強く打ちこんだ。


「痛っ!」

「さぁ、一本取ったぞ……! 私はお前が……大嫌いだ! 邪魔なんだ……!」


 倒れるタウラスに、さらに木刀を振り下ろす。

 べしんべしんと何度も彼を叩いた。

 その度に悲鳴を上げ、タウラスは仕舞いには木刀を投げ出して逃げ惑う。でも、俺の耳には、悲鳴を上げているのはアルバさんの方に思えた……。


「わ、分かったっ……白状するよ。本当は浮気してた……三回くらいしてた!」

「やっぱりかァーーーーッ!」


 膝をついて両手をあげ、降参の姿勢を見せるタウラスに容赦なくアルバさんは最後の一撃を叩き込んだ。

 一太刀がタウラスの肩を強打する。

 ――バシン、と大きな音が赤い空に木霊した。


「わ、悪かった。もうお前とは別れる……! これっきりにする! じゃ、じゃあな!!」


 タウラスが泣きべそを掻きながら逃げた。

 肩を抑えながら街の中へと走り去る。

 それをアルバさんは追いもせず、ただ黙って見送っていた。

 呆然と立ち尽くすアルバさんを、夕暮れに吹く疾風が背中を押した。それに委ねるように彼女は力なく膝をつき、地面に手をついた。

 肩を震わせて嗚咽を漏らしている。


「う……うぅ……うぁぁあーーー! ああーー!」


 少女のように泣き叫ぶ。

 俺もシアも、そして父親であるカイウスも、言葉を失っていた。


「うぅ……すまない、タウラス……こんな私を嫌いになれ……私はお前が……大好きだった」


 アルバさんはしばらくうな垂れたままだった。

 暮れなずむ平原に、ただ力なくへたり込む。


 ……アルバさんの意図をようやく理解した。

 現を抜かしていたのはタウラスもだが、アルバさん自身もそうだった。これは彼女なりの決心だったんだろう。本当に強くなるために、障壁を乗り越えようとした―――。

 最強を目指す道は孤高なものだ。

 時として寄り添う誰かが障壁になる。

 心の迷いが生まれるだろう。

 俺とシアのようにはいかない恋路もあるということだ。


「カイウスさん……」


 カイウスは父親としてこの娘の決断をどう見ているのだろう。誇らしいと思うだろうか、馬鹿馬鹿しいと貶すだろうか。

 カイウスは重々しい腰を上げ、ひっそりと歩き出した。


「―――じゃじゃ馬も少しは成長したようだのう」


 それだけ言い放つ。

 嗚咽を漏らす娘の声が耳朶を叩いても、振り返ることはなかった。



     ○



 夜中、生活リズムがすっかり昼夜逆転してしまった俺は、翌日が軍事パレード当日だというのに一睡もできなかった。

 それにアルバさんの泣いている姿が目に焼きついて離れない。理想とする孤高の戦士たちも、あぁやって人との決別を乗り越えてきたのだろうか。

 そしていつかあんな選択を迫られる日が来るのか……。


 あまりに寝つけないので、街の外へと飛び出した。

 平原には訓練用のウロボロスの石像が放置されたままだった。

 俺はそれをせっせと運び、騎士訓練場の元の場所へと戻すという我ながら支離滅裂な事をし始めた。自分でもなぜ夜通しそんなことをしたのかよく分からない。

 アルバさんに対する敬意の表れだろうか。



 翌日の軍事パレードは徹夜で挑んだ。

 俺の役割は白帯たちが担ぐ輿の上で決め顔でいればいいだけだ。

 なんとか乗り切れるだろう―――と思っていた俺が馬鹿だった。


「ロ、ロスト……! ちゃんと前見て!」


 エススの声が脳内に響き、自分が立ちながら眠りかけている事に気がついた。はっとなって隣を見ると、王女様然としたエススが豪華な椅子に座り、俺を見上げている。


「わ、悪い……」


 街路を取り囲む王都の市民たちは訝しげに俺を見ている。

 昨晩こうなることは予想できていた。

 エススに申し訳ない。

 前の方の隊列を見ると、アルバさんは男連中に負けず、勇ましく輿を担いで行進しているのが見える。

 一皮剥けたようだ。

 やっぱり女は強いな……。

 俺も見習わないといけない。



※これにて第2場は終了です。

 第3場はいよいよ魔法大学へ。


その前に、以下の二つの余話(一方その頃……な話)を盛り込む予定です。

・カレン先生の三角関係の行方

・アイザイア(長男)とアリサの恋愛


※次回更新は4/9~10の土日です。よろしくお願いします。


※2016/4/10追記:アイザイアとアリサの恋愛話の挿入は延期します。

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◆ ―――――――――――――― ◆
【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
【魔力の系譜~第2幕登場人物~】
   ――――――――――――   
【魔力の系譜~魔道具一覧~】
◆ ―――――――――――――― ◆
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