Episode140 魔眼のモイラⅠ
魔法大学の入学日が近づいてきた。
もうあと十日も経てば、エスス、ランスロット、シアと俺の四人で学園都市へと向かう。
イルケミーネ先生が道案内してくれるらしい。
先生はというと、最近、学園都市と王都を行ったり来たりして忙しそうだった。
頼まれていた無詠唱術者の血液サンプルの鑑定もだいぶ後回しにされている。
……仕方ない。
向こうでは弟の面倒があり、こっちでは教え子の面倒があり……といった感じで、"教師"という職業を持つ人の宿縁なのか、何かと若輩の面倒を見る役回りばかりだ。
ここ何日か顔を合わせてないけど、やつれてないか心配だった。
俺はというと、しばらく王都で騎士団所属として経験を積ませてもらった。
彼らの普段の仕事は街の警備が主で、たまに外の平原で発生する魔物の討伐に出向くくらいだ。茶帯を着た小隊の隊長が統率し、白帯たちがコボルドやダイアウルフを狩るだけ。
同行させてもらったけど、遠足みたいだった。
対外的には平和な一方で、騎士団内は自己顕示欲が高い連中が多く、たまに荒れる。訓練場で決闘じみたことをして腕試しする輩もいる。六人の黒帯陣は優雅なものだが、茶帯・白帯の間では序列争いが熾烈を極めていた。
そんな荒々しい彼らにとって今が一番苦痛に違いない。
謁見の間の雰囲気は重々しくて俺も苦手だ。
入室すれば白帯を着た騎士団が壁沿いにずらりと並んでこちらを凝視する。入団してから内部の事情を聴いて知ったことなのだが、彼らは当番制でここに嫌々立たされているらしい。
俺も立ちっぱなしの仕事なんてやりたくない。
「軍事パレード、ですか」
目の前にはラトヴィーユ陛下が王座に座っている。
俺とエススの二人は陛下に呼び出されて謁見の間に来ていた。
「そうなのだ。お前たちが王都を離れる前に市民に示しをつけんといかんからのう」
王様の隠し子発覚から王女誘拐事件まで。
珍しく世間では事件らしい事件が起きた。
解決と鎮火までの顛末は報道されたらしいが、ほとぼりが冷めた今、あらためて王家や王宮騎士団の威信を示すために行事の一つでも行いたい、という意図があるらしい。
しかし、それは―――。
「ロストのお披露目もしなければならぬ」
「お披露目……と言いますと?」
「エススの専属騎士として叙任したことを知らしめねば、ということだ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
それは約束が違うだろう!
「どうしたのだ?」
「俺はまだ正式にエススの専属騎士になったつもりはありませんよっ」
約束では今は仮契約みたいなものだ。
エススが魔術を修学している間は、騎士というよりも実質ただの護衛役として過ごす予定だった。その証拠に俺は他の黒帯のように常に王家の人間に仕えて行動なんかしていない。
「うーむ……君の場合は特例だからのう。王都で暮らす市民や貴族が求めているのは安心だ。騎士団を翻弄してみせた君が、こちらに恭順したと示す必要がある。野放しの脅威は皆怖いものなのだよ」
俺自身、身体を乗っ取られでもしない限りは人畜無害でいるつもりだけど……。
でも、その姿勢をはっきり態度で示さなければならないのだろう。
「ボク知ってるよ。軍事パレードは新しく黒帯の騎士が叙任されたときに開かれるお祭りみたいなものだよね」
「そうだ。最後に開いたのは……ボドブの時以来だのう」
「ボドブ?」
「第六王子だ」
第六王子の時ってことは、魔眼のモイラが黒帯になったときか。
どんな感じだったんだろう。
「実に懐かしい。あのときは必殺の魔眼騎士が誕生した、と大騒ぎになったものだ。騎士団に対する畏敬もさらに増したからの」
「そんなに大々的にやるんですね……」
「ま、いいじゃない。ロストもお祭り好きでしょ?」
エススが笑顔を向けてくる。
青く澄んだ瞳が眩しい。
その瞳で見つめられると弱い。
俺をずるずると正式な専属騎士として引き込まんとせんばかりだ。エススにそんな意図はないんだろうが、こうやって建前で行事をやっていく過程で気づいたら専属騎士に、なんて事になっていそうな気がする。
もしかしたらラトヴィーユ陛下もそれが狙いか。
エススはそんな裏の事情もすっ飛ばして考えなしで決断するからな……。
それが良さでもあり、不安要素でもある。
「ね?」
「……はい」
まぁいいか。
王様の言う通り、騒ぎを起こした反省の意も込めて王都の人たちを安心させてあげないといけない。
○
騎士訓練場で演習が始まる。
小隊が隊列を組んで行進する。
白帯が輿―――華やかな移動舞台を担ぎ、そこに王家と見立てた白帯が座り、隣に黒帯が立つ。
これは軍事パレードの練習だ。
この小隊が王子王女七人分、すなわち七つ作られ、城下町を巡回するのだ。
「ロストさぁん! もう少し笑顔をお願いしまーす!」
俺は今回のお披露目の主役として、パレード用の輿の上に立つ。
隣には白帯が座っているが、本番ではここにエススが座るということだろう。
地上から注意を入れてきたのは、こないだ歓迎会のときにも俺を席まで案内してくれた、腰の低い猿系の獣人族の彼だった。
「こうかっ」
「全然駄目っす! なんでそんな表情硬いんすか!」
愛想笑いしろと言われても難しい。
今までの人生で笑ってる暇なんてなかったからな……。
元々表情が硬いんだろう。
俺と様相を分けた父親も客観的に見て強面だった。
「もっと目を細めて! 頬をあげるんです! うまい飯食ったときどんな顔します? そんな鷹みたいな目でモノ食うんすか! ただでさえ赤い入れ墨が恐ろしいんすから、もっと笑顔で!」
……ごちゃごちゃうるさい男だな、あの猿。
俺だって好きでこんな顔になったわけじゃない。
そんなこんなで俺が表情やら身振り手振りが堅すぎて、猿からNGばかりだったため、演習は数時間にも及んだ。輿を担ぐ白帯陣も体力の限界が見え始めた頃のことだ。
「おっといけねぇ! 王家の御成りだ」
猿含めた白帯たちが一斉に訓練場の入り口を注目した。
すぐさま輿も降ろされ、俺も台から飛び降りた。
訓練場に入ってきたのは、見慣れない小柄な男と魔眼のモイラだ。男は派手な赤い衣装を着ていて、後ろにひっそりと立つ白い肌のモイラさんとは対称的だった。
偉そうな――まぁ実際に偉いんだけど、顎を高くして手を後ろに回して入ってくる様子は、王族というより元帥でも現れたような雰囲気である。
「ふんっ……お前がロスト・オルドリッジか」
その男が俺の名前を呼ぶ。
「はい? なんでしょう」
「あー、待て待て! 気安く私に近寄るなっ」
「………」
大っぴらに嫌そうな顔をして俺を手で制してきた。
距離的には対人戦の間合いではあるけど、人と人とが会話するような距離ではない。
咄嗟に踏み止まる。
「私はボドブ・メング・ド・エリンドロワ―――第六王子だ」
「お初にお目にかかります、ボドブ殿下……それで、俺に何か用ですか?」
形式的な挨拶だけ入れておく。
後ろに立つ魔眼のモイラが呆れるように首を振った。両目が隠されていても口元で表情が分かる。俺に対して申し訳なさそうな雰囲気だ。
彼女が付き添ってる時点で予想はついたけど、やっぱりこいつが第六王子だったか。
「貴様に用などないっ!」
「……そうですか」
「いや、あるっ!」
「どっちですかっ」
ボドブ王子は落ち着きない様子で足をぱんぱんと地面につけて鳴らし、苛ついた表情を俺に向けた。あの温厚な陛下の息子とは思えない憎々しげな顔だ。
でも王族ってみんな髪が白いんだろうか。
エススもそうだけど、真っ白な髪をふわふわくるくるに纏めている。
見た感じ、俺と同い年くらいだろうか。
この王子、まだ若いな。
「貴様は父上に"最強の騎士"と認められたらしいな」
「はぁ……」
「聞くに、時間を操る魔法を使うとか?」
「まぁ、そうです。操るってほど操れてないですけど、確かにそういう力はありますね」
俺が控えめに返事をするとボドブがにやりと笑い、より高く顎を吊り上げた。
「それで―――それのど・こ・が、最強なのだ?」
ボドブが煽るように声を張り上げる。
ように、というか、完全に俺を煽ってきてる。
「時間を止めて何になる? その間に小細工でもして敵を倒すのか? そんな戦術じゃあ、姑息も姑息―――卑怯者でしかないと自分で認めているようなものだろう?」
なんで初対面の王子にこんなに煽られてるんだろう。
「なんだ、図星すぎてぐうの音も出ないか? んん?」
「ボドブ殿下……お言葉ですが、彼はボリスとガレシアの二人を同時に打ち倒しました。二人とも小細工程度で敗北するような者ではありません。彼の実力は証明されているものかと……」
背後にいる魔眼のモイラが口添えしてくれた。
確かにあの二人と戦ったときは力を使っていない。
逃げるときに使っただけだ。
だが、自らの従騎士に言われて余計に腹が立ったのか、ボドブは不機嫌そうに眉を顰めて歯ぎしりし始めた。
「うるさいっ! モイラ、黒帯最後にして最強の騎士は、お前なのだぞ!」
「………」
凄い剣幕で言われ、彼女も口を噤んだ。
……なんとなく読めてきた。
この王子、もしかしたら"力"に嫉妬しているのかもしれない。
「マ・ガ・ン……魔眼こそが最強! 見た者を確実に殺す眼が最強でないはずがない。モイラの魔眼の力が一番強いのだ!」
「殿下、私はただの非力な女です。魔眼は力ではなく単なる呪い―――生涯誰とも見つめ合うことさえ許されないという……そんな不条理な呪いなのです」
「うるさいぞ、モイラ。お前は何故そこまで自分を過小評価する。確実に相手を殺す手段を持つお前が、非力なはずがない。殺しの過程をすっ飛ばして死をもたらすなど、死神か厄災のような存在だ。そのお前が最強を豪語せずして何たるかっ」
「………」
常識的なモイラと失礼な小柄王子ボドブ。
二人の言い合いはどこかズレていて滑稽だった。
ボドブは魔眼だ魔眼だと取り憑かれたように吠え散らしている。思春期特有の言動のように。偉そうにはしていてもそのいきり立った様子が未熟さを感じさせた。
「よし、モイラ―――主君として命じる、この男を倒せ」
「は……?」
驚きの声をあげたのは俺の方だ。
魔眼のモイラはただ静かに立っている。
「そして最強を証明しろ! 私の所有するお前自身が一番強くないなんて許さないからな!」
モイラは一歩前に出て、訓練場の土を踏みしめた。主君の命令なら仕方ない、とでもいうかのように。
両目が塞がれ、その心情は読み取れない。
でも覇気がないのは歓迎会のときから変わりなかった。
「申し訳ありません。私は貴方と敵対する意志はないのですが、決闘を願えますか?」
騎士は騎士らしく、モイラは忠を尽くすしかないのだろう。
同じ黒帯でも主君が変わればこうも違う宿命なのか。
若い王子の子守りは大変そうだ。
…
お互い特異な能力を使えば、勝負は一瞬で決まる。
―――時間を止めるか、眼で殺すか。
決闘ともあらば、敗者必死の条件は封じた状態でやるのが筋ってもんだろう。
でも今回、それぞれの力を封じるといったルールは布いていない。ボドブは、魔眼の力も含めてモイラが最強だと主張したいようだ。
つまり、俺が負けた場合は間違いなく死ぬ……。
殺し合いを繰り広げてきた俺でも、結果として必殺が付いて回る相手と戦ったことはない。
絶体絶命のピンチだ。
「ロスト、マズいよ……相手は魔眼のモイラだよ」
事態を見守っていたランスロットが決闘用の土場に上がる俺に声をかけてきた。
この土場は以前、ランスロットと団長のアレクトゥスが戦った場所だ。
「あの魔眼を見たら死ぬんだ。目を瞑って戦えるの?」
「知ってるけど、やるしかないだろ。我がまま王子って言っても王族なんだからな。命令には従わないと―――」
今度は俺が土俵に上がる番。
相手は黒帯の一つ先輩、モイラ・クォーツか。
正直なところ、特異魔法『時の支配者』を使えば速攻で倒せる。でも、それが卑怯だというのは第六王子の言う通り。
例え、あの煽り文句に乗っかって時間魔法を使ったとしても、元々そんな方法で勝ちたくはない。身動きとれない女の子を斬りつける趣味もないし……。
壇上に上がり、モイラと対峙する。
黒い髪に白い肌はどこか幽霊のようでもある。
彼女は何も武器らしいものを持っていない。
俺もそうだけど。
「手ぶらで? 殴り合い専門なのか」
「いいえ……私の得物は既にこの手にあります」
そういうと、彼女の手元に魔力が寄り集まった。
霧のように集まったかと思うと、既に両手には一本の剣が握られていた。
大きな白い刀剣だ。ツーハンドソード程度の大きさはある。
「―――心象抽出」
「えぇ、そういえば貴方もそんな戦い方でしたね」
心象抽出とは魔法の一種。
魔術師が緊急時に使う武具を具現化する魔法だ。普通はあまり役に立たない魔法だが、剣術に長けたものが作り出せるとしたら大いに役に立つ。
「私はかつて、しがない魔術師でした。魔術師出身の戦士である貴方に通ずるところがあるかもしれません」
それだけ言うと、モイラは刀剣を構えた。
俺もそれに応じるように片手で『魔力剣』を生成する。
「では、いきますよ―――!」
合図はなし。
お互い用意が終わったらそれぞれの了見で開始する。
個人的な決闘とはそんなものだ。
モイラが走り迫る。
助走をつけて、三段目で飛び跳ねた。
隼でも飛んできたのかとばかりに駆けてくる。
「………ふっ!」
振るわれる剣技は正統な聖心流のものだ。
大きく振りかぶって重たい一撃を仕掛けてくる。
その縦斬りを横に避けて俺も魔力剣で応じることにした。
だが相手も黒帯の一人――そんな簡単に討ち取れるものではない。
彼女は大剣を流れるように捌くと、俺の剣戟を弾いた。
……というか、何処が非力な女なんだ。
魔眼がなくても一流の戦士以上だ。
こんな大剣を振り回しても剣筋はまったく鈍くない。
一振り一振りの太刀筋が鋭かった。
二手目で振るわれた横斬りを腰を落して躱し、下段の構えから振り上げる。剣が交差した瞬間、派手な金属音の後に相手の白い大剣はばらばらに砕けた。
「―――!」
「今だ……!」
その隙に二歩踏み込み、中段から振り抜く――!
しかしモイラも即座に剣戟を複製する。
再度あらわれた白い大剣を盾にして、俺の一撃を受け止めた。俺はそのまま力任せに振り抜くと、モイラは身体ごと後方へ吹き飛んでいく。
また相手の剣は瓦礫のように砕け散った。
モイラは尚も大剣を複製し、空中で体を捻って体勢を立て直すと、剣を支えに地上に華麗に着地してみせた。
小休止としてお互い睨み合う。
観衆として見守る騎士団の面々も、唖然として静かだった。
「魔眼なしでも十分強いじゃないか」
「貴方もです。そして心象抽出の精度―――いえ、それは魔力の性質ゆえですか」
「さすがは元魔術師。これがどんなものか分かるのか?」
「ランクS+の心象抽出を二度も破壊したのですからね。並大抵の魔力なら破壊などできるはずがない。魔相学からいえば、炎と闇の性質ですが………おそらくそれは神性のもの。魔力を相殺する"女神の奇跡"……違いますか?」
「……そんな目でも、何でもお見通しなんだな」
「視力は魔眼に奪われても、モノを視る方法には色んな手段がありますから」
モイラは今一度、両手で剣を高く掲げた。
戦う意志が感じ取れる。
ふと、周囲の観衆の中にボドブの白いくるくる頭が目に入る。わなわなと肩を震わせていた。モイラもそれが視界に入ったのだろう。
悠長に語らうことは許されていない。
早く勝ってみせよ、とボドブは目で訴えていた。
「大変だな?」
「ふ―――これも魔眼の呪いなのです」
モイラは自嘲するように口元を吊り上げる。
その直後――。
黒い影が肉迫していた。
背後にはモイラがいる。
黒髪を棚引かせて、今まさに剣を片手で振り被っているところだった。
不意打ち……?
俺が後ろ手に剣を弾こうと突き上げたところ、モイラは顔を覆う両眼帯をもう一方の手で剥ぎ取ろうとしていた。
―――マジで魔眼を使うってのか。
ひやっとして俺は回し蹴りし、モイラの体を突き飛ばした。
危ねぇ……。
こっちを見守る観客も死ぬんじゃないのか。
それとも直視しなければ発動しないものなのか?
吹き飛ばされた彼女は猛烈な勢いで地面に転がり、何度か体を滑らせると己が剣を投げ捨て、片手を着いて逆立ちするように起き上がる。
モイラはそのまま片手の力だけで高く跳び上がった。
身体を錐揉み状に回転させ、空中から何度も何度も剣を投擲してくる。
「くっ……! あんな動きで本当に魔術師かよ」
鋭く懐に飛び込んでくる短刀を切り落とす。
二撃、三撃と斬り伏せるうちに見上げるとモイラの姿を見失った。
―――……。
また背後にいる。
咄嗟に振り返って、魔力剣を振り回した。
だがそこにいたのは両眼帯を解放したモイラ・クォーツ……!
戦慄するような石英状の瞳孔。
瞳孔の奥は、夜に煌めく星々のような青白い光。
それらが俺を捉えた。
死んだ、と思ったその刹那――。
振り切った『魔力剣』の軌道が、彼女の瞳へと手繰り寄せられるように……。
いや、彼女自身が俺の剣筋に合わせて、眼を斬られようとしている……!
「え―――」
彼女の片目を魔力剣が横切る。
先端からでも感じる。
斬った……。
「こら、何をしておる!」
唖然とした空気の中、聞き慣れた渋い声が訓練場に響き渡った。
俺もはっとなってそちらを向くと、ラトヴィーユ陛下とエススが二人揃って訓練場に来ていた。身軽な服装で、ふらっと遊びに来ました、みたいな雰囲気だったが、陛下だけは眉を顰めて険しい顔をしていた。
「ち、父上……!」
それに反応したのはこの決闘を仕向けたボドブ殿下。
狼狽する殿下と相反して、その専属騎士のモイラは俺の目の前で気絶したように倒れた。
「なんだ、何の騒ぎだ!」
「あれ、ボドブ兄さんがなんでここに?」
ラトヴィーユ陛下が訓練場に入りながら近くの白帯に問いかけ、エススもそれに合わせて入ると、第六王子ボドブの姿を見かけて首を傾げた。
「う、うるさい……! お前なんか妹じゃないっ!」
ボドブは動揺を隠せないまま、その二人の脇を通り抜け、走り去った。
去り際。
「お前もだ、ロスト・オルドリッジ! お前なんか最強でも何でもないんだからな!」
そんな悪党の捨て台詞みたいな事を言ってのけて訓練場を後にした。騎士団の皆も唖然としている。彼は結局何がしたかったのか分からないまま、立ち去ってしまった。
―――己の騎士を置いてけぼりにして。
「そ、そうだ……モイラさん、大丈夫ですかっ?」
土場に俯せで倒れる彼女に声をかけた。
返事がない。
身体を抱き起こして確認する。
意識を失っているようだ。
閉じられた両目のうち、右目から血を垂れ流している。
俺は顔に付いた土と一緒に血を拭ってやった。
心なしか満足そうに笑っている気がする……?




