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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第2場 ―入学準備―
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Episode139 地獄耳のリムⅡ


 リムは頭のぼけた徘徊老人のようだった。何がしたいのかもよく分からず、ただ両刃斧を引き摺って王都中を徘徊し、俺たちもそれに振り回されていく。

 彼女が街の外へ行くのを見送り、その後を追おうとした時のことだ。

 俺たちも大通りに飛び出すと、出会い頭に誰かと衝突した。


「ぐ……!」


 俺は反動すら感じず、ぶつかった対象だけが盛大に石畳に投げ出された。

 身体が頑丈になりすぎて一歩間違えれば衝突の勢いで相手を殺しかねない。すっかり歩く凶器になってしまったものだ。


「あ――だ、大丈夫ですか?!」


 慌てて手を差し伸べる。

 深夜になると人気が少ないとはいえ、歓楽街から飛び出してきた酔っ払いがこの辺の大通りをふらついていることもあるだろう。

 そこに転がっていたのは小奇麗な外套を纏った男だった。

 しかしこの男、どこかで見たような。

 顔を覗くと同時にランスロットが反応を示す。


「ペレディル・パインロック!」


 ランスロットが悲鳴のような声を漏らした。

 その男は声に反応して意識を取り戻し、慌てて立ち上がった。挙動不審に周囲を見回し、俺たちを視認すると、目を丸くした。


「ルイス=エヴァンスが何故ここに……? それにロスト……様も」

「それはこっちの台詞だ。こんなところで何している?」

「私は街の見回りをしていたのですよ」


 ペレディルはランスロットと同じく入団したばかりの新米騎士だったか。

 つまり同期生ということだ。

 しかし違和感を覚える。

 騎士団の任務にしては服装も白帯胴着ではなく、私服のようだった。


「そんな格好で?」

「じ、自主的に見回りをしていたものですから」

「私服でふらついてたらお前自身が不審者に思われるんじゃないのか?」

「はは、言われてみればそうですね。次回からは気をつけますよ。それでは失礼します」


 ペレディルは捲し立てるように話を切り上げると足早に歩き去っていった。

 自主的に街の見回りとは仕事熱心だ。

 でもちょっと変わった男だな……。

 ランスロットやアルバさんの影に埋もれてあまり気にしてなかったけど、王宮騎士団に勧誘される輩は変人ばかりなんだろうか。



     ◆



 リムは暗い暗い森の中を彷徨った。

 初日は森から"声"が聞こえた。

 次の日はより近い所――騎士団の宿舎。

 また次の日も、また次の日も宿舎から"声"が聞こえた。

 でも今日は森から聴こえた……。


 普段は封印の魔道具である偽聖典で能力を封じているはずなのに、なぜこの"声"だけはいつまでも聞こえるのだろう、とリムは不思議に思っていた。

 それだけ強烈な"声"だという事か。

 あるいは聞こえてくる"声"があの日聴いた暴漢の声と似ているからか。

 いずれにせよ、この不協和音は不吉な兆しだ――。



 彼女は王国からずっと北東にある小国の森でひっそりと暮らしていた。そこには故郷の村があり、そこのエルフたちは木こりを生業としていた。

 生まれたばかりの頃から、リムは仲間が発するものとはまた別の"声"が聴こえる病に悩み続けた。

 総じて、その"声"の数々は悪意に満ちている。人と話していると、実際に声に出して喋ってるものとその"声"は一致しないことばかりだ。

 友に「その髪飾り、綺麗ね」と言われたかと思えば、後を追うように「本当に似合ってると思ってるのかしら」と―――。

 親に木工細工を自慢にいくと「よく出来たわね」と誉めてもらえたが、後を追うように「忙しいときに話しかけてこないで」と―――。

 時には耳を塞ぎたくなるような辛辣な"声"も聴こえ続けた。耳を塞いでも塞いでも聴こえるそれが嫌になり、いつしか誰とも話したくないと部屋に閉じ籠っていた。

 そんな中、父親はリムに人と関わらなくても出来る仕事を与えた。

 薪割りだ。



 薪に狙いを定めて斧を振り下ろす。


 細いものは斧に引っ掻け、切株に向けて振り下ろす。


 そんな簡単な作業だ。



 不思議とこの薪割りの乾いた音を聴いている間は周囲の雑音が聴こえない。

 リムは薪割りが好きになった。

 斧鉞が奏でる音が、リムにとっては福音だった。



 ある日、森に人間の男が訪ねてきた。

 目の細い卑しい笑みを浮かべる男だ。

 普段は滅多に他の種族を入れないのだが、その男は、この森の木は上質だから他業者の倍の額で木材を買い取りたいと申し出てきた。金は事前払いするが、大量の木材を運び出すため、一時的に仲間を森に連れてきてもいいかと尋ねてきたのだ。

 村人は快く、その男の申し出を受け入れてしまった。


 リムはその場にいなかったにも関わらず、その男の邪な感情が頭の中に入り込んできた。男の意識は木材に向けられることはなく、村にいるエルフの女を終始、値踏みしていた。

 ―――こいつらは高く売れる。ボスに貢ぐ女も用意できそうだ、と。

 その"声"に吐き気を催した。

 リムが後日、その男の企みを村中に言って回ったにも関わらず、適当に往なされ、終いには、追って聴こえる"声"に馬鹿にされた。



 何も出来ないまま、ついにその日はやってきた。

 最初に森に訪れた男が引き連れてきたのは、人身売買目的で侵略にきた暴漢たち。エルフという種族は人間族から見て理想の容姿をしていると評判だ。

 暴漢たちは村中を荒らし、力任せに金品や女子供を略奪しようと考えていた―――。

 事が始まる前には、リムは既に"声"として聞いていた。

 下賤な男どもの目的。

 欲情した体。

 いきり立つ悪意の塊……。

 そんな醜悪な音に、手先が震え、眩暈が襲い、何度も何度も嘔吐する。

 リムはあまりの怖ろしさに逃げ出そうと家を出た。

 だがその時、軒先で一本の斧が目に入る。


 "―――薪割り……薪割り……斧鉞の音……"


 リムは、この音から逃れるなら斧の音に耳を傾ければいい、とそう考えた。

 簡単な作業だ。難しいことはない。

 狙いを定めて斧を振り下ろす。

 まず最初に訪れた男の頭をかち割った。

 ―――がん、と薪とは違う音が頭に鳴り響く。


「消えた……」


 リムはぼそりと呟いた。

 一つ叩き割れば、混線する邪悪な"声"が一つ消える。

 "声"の消失は病に苦しむリムにとって快感だった。

 斧に引っかかった頭部(それ)を、もう一度地面に振り下ろすことで完全に真っ二つにした。今度はぐしゃりと音を奏でる。

 他は何一つ聞こえない。

 求め続けた無音の世界が、その福音が叩き割ることで得られた。

 素晴らしい、もっと音を奏でよう。


 彼らの目的や正体が明らかになる前だったため、村人はリムの凶行に悲鳴を上げ、逃げ惑う。しかし、暴漢たちは目的がバレたと気づき、戦いになった。

 リムはただの村の少女だ。

 荒事が日常茶飯事の暴漢たちに敵うはずがない。

 ―――敵うはずがないのに、彼女は斧一つで暴漢たちを退いた。快楽を求める欲求と執着し続けた"斧"という打楽器が彼女の肉体を変化させたと謂われているが、その勝因は分かっていない。



     …



 それが彼女の英雄的な伝説。

 そして今、静かな森で彼女はその暴漢たちの残党の一人と対峙した。

 月明かりが二人を照らす。


「………」

「国が抱える英雄の一人かと思えバ……クックック、その実ただの快楽主義の女か」


 リムはその男から、かつて退けた暴漢の臭いを感じていた。醜く、憎悪に満ちた存在。黒い泥のような魔力を垂れ流し、地面が沼のようになっている。


「斧か……僕も好キだった。音を奏でルならヴィオラが良い」


 男は片手を掲げ、手先に黒い泥を手繰りよせる。

 次第に泥が形を成し、漆黒の両刃斧へと変化した。


「これが内包するのは凶賊どもの残響だ。耳を傾ければ一溜まりもないぞ」


 この男が悪夢の元凶―――!

 リムは男が言い終わる前に己が得物を持ち上げて跳びあがった。重々しい武器を軽々と持ち上げて、一気に振り下ろす。その初手は、観客がいれば息を呑むほど迫力があった。

 強烈な打撃が地面を揺らす。

 捉えた―――と思ったが、黒い男は難なく躱したようだ。

 真横にいる。

 リムは地面をかち割った斧鉞を即座に抜き取り、そのまま横に一閃して凶器を振るう。空気を震わせ、大斧が凄まじい速度で回転した。

 大木すら一撃で切り裂く杣夫ゆずりの強烈な刃。

 だが、そこにも男はいない。


「良い振りだ。樵の末裔にしては雑な仕事だガな」


 背後から男の"声"。

 リムは振り終えた斧の柄を鮮やかに回し、地面に突き立てる。

 迫り来るのは男の凶器。

 黒い両刃斧が左から襲う。

 ―――ギン、と銀の鈎鋒でそれを受け止めた。

 その直後……。



 死……。

 死死死死死死死。

 殺せ、犯せ、殺せ、犯せ。

 イザイアを殺す。

 イザイアを殺す。

 イザイアを殺す。


 殺す。


 殺す。殺す。殺す。



 呪詛の言葉が『倶有の種子(アラヤ・ミソフォニア)』を通じて頭に飛び込んでくる。直感的に危険と判断したリムは、硬質化した黒い両刃斧を鈎鋒の部分で弾き返した。

 吐き気がする。

 あの凶器に触れるわけにはいかない。受け止めず、回避しながら男の肉を断たなければ闇に呑みこまれてしまうだろう。


「……はっ……はぁっ……」

「言っタだろう? 触れれば最後、耳から脳髄にかけて貴様を染め上げる」


 リムは後ろに跳び、一度間合いを取った。

 幸いにも同じ種類の武器だ。

 どちらが斧鉞の扱いに長けているか、それが勝敗を決める。この男は王家を脅かす存在だ。ここで自身が討ち破らなければ、確実に第五王女に被害が及ぶ。


 男が両刃斧を掲げて四つん這いで駆け抜けてくる。

 その姿勢はまるで獣人のそれだ。

 犬のように、一直線に迫ってくる。

 この勝負は耐久戦に持ち込むわけにはいかない。長引けば長引くほど、あの黒い凶器がこちらの精神を侵してくるだろう。リムはそう悟り、この一閃に賭けることにした。

 大斧の鉾先を地面に下げ、駆け抜ける黒い犬を迎え討つ。


 敵影が大地を踏みしめ、跳び上がる。

 刹那、リムは一歩踏み出した。

 得物を垂直に斬り上げ―――。



     ◆



 夜の森は迷いやすい。

 ペレディルの相手をしていて一瞬見逃したと思ったが、黎明(ディルクロロ)の森に辿り着くとリム・ブロワールはすぐに見つかった。

 剣戟が弾き合う音が聞こえた気がした。

 そちらに向かったところ、まさにリムが何か(・・)を一刀両断した瞬間に立ち会った。


「ひぃ!」


 ランスロットがその怖ろしい光景に悲鳴を上げる。

 斧によって斬り伏せられたそれは真っ黒な粘土のようなもの。

 俺たちが注目する前に爆散して弾け飛んだ。


「はぁ……はぁ……」


 リムは突き立てた鉾に体を預け、冷や汗を大量に流していた。

 何と戦っていたのかはよく分からない。俺とシアは駆け寄り、その細い身体の女性を支える。

 こんな体でよく大斧を振り回せるものだ。


「………」


 リムは喉に溜まったものを飲みこみ、息を整えると、俺たちの介抱を拒絶するように手で払った。背筋を伸ばし、平然としていた。


「あの、何があったんですか?」


 恐る恐る伺ってみる。

 無口な人って何考えてるか分からないから怖い。

 俺の言葉に反応もせず、リムは周囲をきょろきょろと見回した。そして爆散した黒い粘土の残骸をしばし見つめて、長く息を吐きだした。

 そして俺の方に向き直り、


「大丈夫……終わった……」


 それだけ告げて、またずるずると大斧を引き摺りながら街の方へと歩いていく。

 俺とシアはその様子を首を傾げて見守った。

 何だったんだろう。

 終わったって、そもそも何があったのかも教えてもらってない。色々腑に落ちない事はあるけど、標的ももう居なくなってしまったし、一旦引き返そうか。

 それにしてもリムの声って結構可愛いな。



 翌日以降、リム・ブロワールが深夜に徘徊することはなくなった。

 様子見で俺とシアの二人で二、三日張り込み調査をしてみたが、まったく動きはなし。リム本人が何も語らないので真相はよく分からなかった。

 でも、森で何かと戦っていたのは間違いない。

 危険因子がいたけど倒したから気にするな、という事なんだろうか。



     ◆



 森の奥、地面に黒い泥が蠢いていた。

 その泥を誰かが堂々と踏み、泥を汲み上げていく――。


「リム・ブロワールか……ペレディルの報告通リ、個々ノ能力は厄介だな」


 男は全部吸い上げると、またゆっくりと森の奥へと入っていった。

 襤褸の外套を引き摺って、だらだらと歩いていく。


「こちらに引き込ム順番を考えてオいた方が良さソうだ……不死鳥、怪力屋、魔眼は不要だ。番犬、カメレオン、盗聴器は早いうちに支配してしまオう」


 男が闇夜に消えていく。

 自然と湧き起る嗤いを噛み殺し、気配を消し去った。

 ひたひたと、粘ついた泥を垂らしながら。



※次回更新は4/2~3の土日です。

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