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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第2場 ―入学準備―
172/322

Episode134 歓迎の儀


 こっちから誘うまでもなく、お祝いの席は用意されていた。

 王宮騎士団では毎回、新人が入ると歓迎会を開催してくれるようだ。

 今回歓迎される新人は俺も含めると四人。

 ランスロット、アルバさん、俺の三人と、あとペレディルとかいう二十歳くらいの男だとか。俺は黒帯候補だし、ランスロットは仮採用のようなものだし、正式に入団したのは他の二人だけだ。

 入れ替わりが頻繁にあるわけでもない。

 王宮騎士団の入団は狭き門なのだった。



 歓迎会の場所は、つい先日に俺が一暴れした宿屋の裏手の通り沿い。

 夕暮れの差す歓楽街では一日を終えゆく人々で賑わい始める。俺はその光景を眺めながら、彼らに逆恨みされていないかビクビクしつつ会場を目指した。

 まだエススたちと一緒に魔法大学へいくまで一ヶ月ほどある。

 それまでは王宮騎士団の面々と折り合いつけて仲良くしていかなければならないからな……。

 陰湿ないじめにでも遭ったら心折れる。


 そんなことを考えながら歓迎会のお店に着いた。

 外観はしっかりしている。木造の四角い店だが、塗装もちゃんとしてあるし、戸口も大きくて小奇麗な店だ。一目でここだ、というのが分かる店構え。

 その正面には白帯の一人が立っている。

 そいつと目が合うと、あっ、という顔をして低い腰で近寄ってきた。


「ロストさーん、お待ちしておりました!」

「え……は、はい」

「ささっ、外は冷えますから! こちらです」


 やけに腰が低い。

 案内してくれた白帯は明らかに三十代くらいの大人だった。


「いや、あの……自分で行くから大丈夫です」

「そんなそんな! 案内します!」

「……もしかして外が寒いんですか?」

「自分はクダヴェルの最北、シミアの村出身ですよ。寒さなんて平気です!」


 シミアの村って確か、猿系の獣人族の村だったか。

 よく見るとこの白帯の男は獣人のようだ。


「そもそもなんで外で待ってるのかなーと思って……」

「それは黒帯の方々をお出迎えするからに決まってるじゃないですかぁ~! ロストさんは黒帯枠ですから! 目上の方のご案内は下っ端の役目です」

「………」


 なるほど、俺は騎士団の中でそういう立場なのか。

 自分の中ではエススの付き人程度の感覚だけど、他に候補もいなければ黒帯になったも同然ということ。彼らからしたら目上の立場なんだ。

 騎士団って強さ勝負なところあるし、俺の想像以上に上下関係厳しいのかもしれない。

 逆恨みされてないか心配だったから、ちょっと安心した。


「どうされたんです?」

「いや、なんでもない……です」


 でもまぁ、やりづらい。

 慣れてないし。



     ○



 店に入り、二階に通された。

 二階の戸を開けると大広間が用意されている。

 ざっと見て席の八割は埋まってるから、だいたいの団員はもう着いていたのだろう。

 まだ十五分前だと言うのに……。


「ロストさん、お疲れ様です!」

「「お疲れ様です!」」


 俺の顔を見るなり、白帯の面々が立ち上がって挨拶してきた。

 なに、この雰囲気……。

 慣れない雰囲気に気圧される。

 王宮騎士団ってこんな感じだったのか。

 わざわざ挨拶してくる面々を手で制しながら、一番奥の円卓テーブルに座った。円卓には七人分の椅子がある。一際大きな椅子はおそらくカイウス専用だろう。まだ本人は来ていない。

 既に着席していたのは犬耳のボリス。その彼がすぐ隣に。円卓を挟んで真向いには、虚ろな目をしたエルフの女一人、両目を眼帯で覆った人間の女が一人だ。

 この二人は初めて見る。

 二人とも物言わぬ陰鬱な雰囲気を纏っていた。


「はじめまして、ロスト・オルドリッジです。よろしく……お願いします……?」


 初対面だから新顔の俺が挨拶する。

 さっきの猿系の男の雰囲気から察するに、ここは上下関係が厳しい。突っ慳貪な態度を取って先輩たちから嫌われるよりも、無難に立ち回った方が良さそうだ。

 しかし―――。


「………」

「……よろしくお願いします」


 虚ろな目をしたエルフの女は黙ったまま。

 眼帯で両目を覆った女の方は静かに返事をくれた。

 覇気がない……。

 エルフの女は薄い緑色の髪をしている。目は濁った灰色の目をしており、視線を交えてもどこか遠くを見てるようだった。

 返事をくれた眼帯の女は、そもそも目が覆われていて目配せできない。明暗のはっきり分かれた黒い髪と幽霊のような白い肌が特徴的だった。

 黒帯衣装に袖を通しているから王宮騎士団の黒帯であることには違いないんだろう。でも、隣にいるボリスのような大物のオーラがない。

 俺が困惑していると―――。


「まぁ、座れや」


 と、ボリスが俺に声をかけてくれた。

 俺は大人しく座ることにする。


「アイツらはちょっと特殊なんだ。無闇に関わらんでもいい」

「は、はぁ……」


 ボリスは獣のような鋭い眼で見ながら、小声で耳打ちしてきた。

 こうして見るとけっこう彼も大柄だ。

 線の細そうな顔立ちはどこか実家の兄貴に似ているような気がするけど、体格はけっこう大きい。いつものように衣装を着崩して胸元を曝け出していた。

 ボリスは椅子の後ろに腕を回して横柄な態度を取った。


「俺が代わりに紹介しておくけどな……あのエルフの女はリム・ブロワール。あぁ見えて意外とばいんばいんだ」

「ばいんばいん?」

「脱ぐとすげぇってこと」


 面食らってボリスを見返す。

 同じタイミングで眼帯の女が大袈裟に咳払いし、ボリスを睨む。

 この男、もしかして抱いたのか。


「いや、今のは忘れろ。あいつは能力が能力だけに普段から耳栓をつけてるからな。人の会話はあまり聴こえてない……いや、聴こうとしてない(・・・・・・・・)


 よく見ると、リムさんという女性はエルフ特有の長い耳に魔族言語が刻まれた布をぐるぐるに巻きつけていた。


「どういうこと?」

「そういう能力だ。聴きたくもないものを聴いちまう。だから耳栓が要る」


 ボリスは耳を指差して突き刺すような動作をした。

 リムさんの耳を覆う布はアーカーシャの系譜に似ていた。かつて俺の右腕を封印していたように、能力を封印する聖典のようなものかもしれない。

 ―――王宮騎士団の黒帯は何かしら特殊な能力を持ってる。

 しかし、単に耳が良いだけってわけでもなさそうだ。長耳に巻かれた封印の布がそんな危うさを感じさせた。

 きっと一般の聴覚の域を超えた能力があるに違いない。


「そんでその隣の眼帯の女がモイラ・クォーツ。間違っても眼は見るな。魔眼持ちだから」

「魔眼?」

「見たら魔法を発動させる眼」

「………」

「それが誘惑とか洗脳とかってレベルならまだ可愛いもんだが、確実に"死ぬ"からな。そういう呪いだ。不死身の団長すらこいつの眼を見たら死ぬぜ」


 魔眼か。

 昔、本で読んだことがある。

 そういえばイルケミーネ先生も鑑定魔法のときに目の色を変えるけど、あれも魔眼の類いなんだろうか。メドナさんも魔法を使う時に眼の色が赤く輝いていたような―――?

 魔法の世界はまだまだ奥が深い。

 大学にいったら色々と勉強し直そう。

 イザイア時代は時間魔法ばっかり追いかけてせっかくの授業を不意にしていた気がする。


「……俺はボリス・クライスウィフト。まぁ、第一印象は最悪だったが、これからは仲間だ。気兼ねなく声かけてくれ」


 ボリスは不作法に右手をひらっと差し出してきた。

 俺はそれを握り返して応える。


「ロスト・オルドリッジだ」

「………」


 淡泊な握手だけで、ボリスは手を放した。

 敢えて詳しく自己紹介する必要はないと思ったんだろう。俺もボリスの能力は知っている。『悪魔の証明クォト・エラド・インヴィニエ』―――魔力探知を強化させたような能力だ。犬系らしいし、嗅覚が優れてるんだろう。

 嗅覚のボリス、地獄耳のリム、魔眼のモイラと覚えておこう。

 それぞれ鼻と耳と目だ。

 リム・ブロワールが第五王女の専属騎士。

 モイラ・クォーツが第六王子の専属騎士だ。

 王都に来てから知り合いが増えすぎて混乱しそう……。

 鼻のボリスは涼しげな目でしばし俺を見つめ、溜息を吐くように呟いた。


「お前、ミーシャさんの息子だろ?」

「母さんを知ってるのか」

「俺もクライスウィフトの人間だからな。ミーシャさんは俺の叔母さんだ」


 名前を聞いたときからなんとなく感じていた。

 顔立ちが兄貴(アイザイア)にもよく似てるし。

 従兄弟ってことになるのか。

 あんまり親近感は湧かない。



     ○



 ボリスと親戚間の話で花を咲かせていると、すぐに騎士団長のアレクトゥス、擬態のガレシア、怪力屋のサウスバレットが到着した。

 騎士団の連中は俺の来店のとき以上に仰々しく立ち上がり、一同統率のとれた動きで挨拶をしていた。俺もその気迫に圧されて一緒に立ち上がり、合わせて挨拶をしていたが、俺以外の黒帯はまったく反応することもなく、扉の方をちらりと見るだけ。

 騎士団長が直近の上役じゃないんだろうか。

 なんか(はぐ)れ者が多いな、黒帯……。


「では、歓迎の儀を始めよう」


 着席したアレクトゥスが口火を切った。

 あらかじめ用意されていたかのように、その声の直後、給仕服を着た可愛い女の子たちが酒を持ってきて各テーブルに運ぶ。気づけば、黒帯の円卓テーブルの近くにランスロットやアルバさんの姿があった。

 新人ってことで歓迎席でも用意されていたようだ。


「さて、新人の諸君らはあまり慣れないかもしれないが、新顔が入れば"歓迎の儀"で杯を交わすのが王宮騎士団の伝統だ。ましてや今回は新人が四人もいるからな」


 ―――おぉぉ!

 騎士団員たちが各々、掛け声とともに酒の入った樽ジョッキを持ち上げた。やはり女騎士が少ないだけに雄々しい雰囲気だった。


「我々王宮騎士団は最強の騎士が集う国家の象徴だ。その一員にこうして加わったことを、心から誇りに思ってほしい。また後ほど紹介の場は設けるが、新人の君たちには期待しているぞ」


 アレクトゥスが俺の方に目配せしてきた。

 自己紹介とかしなきゃいけないんだろうか。


「者共、準備はよいか!」


 ―――おぉ!

 またしても騎士団員たちは高々と樽ジョッキを掲げる。


「では王国の繁栄と我が騎士団の栄光を願って、乾杯!」


 アレクトゥスの発声に合わせて、茶帯や白帯の面々は声を張り上げて杯を掲げた。そして皆一気に飲み干す。すごい光景だ。こういう席に慣れてない俺は面食らって何も言えずにいた。

 すぐ追加の酒がどんどん運ばれてきて、一気に会場が酒臭くなっていく。

 俺自身、あんまり酒を嗜んでるわけじゃない。

 控えめに酒を飲んで、料理に手をつけようと円卓に手を伸ばした。


「そんじゃ」


 隣のボリスは背中を大きく預けていた椅子から離れ、立ち上がった。澄まし顔で、周りが早速顔を真っ赤にしている中、一人だけ色白のままだ。


「……?」

「俺は王女様のところに戻るんでね」


 王女様ってのは、ボリスが専属で就く第二王女のことだろう。

 まだ歓迎会始まったばっかりなんだけど……。

 アレクトゥスもそれをつまらなさげに眺めると、軽く声をかけた。


「そうか。ご苦労」

「………」


 ボリスは俺の肩に手をぽんと置くと、ひらひらと手を振って去ってしまった。彼が横切るたびに白帯たちは腰を上げて「お疲れ様です!」と挨拶をしているが、見送る者は一人もいなかった。

 なんか冷めてるな。


「………」


 と思ったら続いて地獄耳と噂のリムさんもゆらりと立ち上がり、椅子にかけてあった大斧(バトルアクス)を取ると、ボリスと同じように席を外してしまった。

 ごりごりと大斧を引きずり、床に傷が付いていく……。

 今度は本人が何も喋らないので、団長も気にも留めずに食事を口に運んでいた。

 円卓テーブルに残ったのは団長アレクトゥスと擬態のガレシア、怪力屋のカイウス、魔眼のモイラ、そして俺の五人だけだった。俺が不思議そうに目をきょろきょろさせていると、カイウスがまた強烈な張り手を背中に食らわせてきた。


「ガーハハハ! まぁまぁ! そう不安がるでない。我らは専属騎士。それぞれ王家の任務もあるから多用の身なのだ」


 そうやって大仰に振る舞ってみせた後、また耳元に口を近づけて大声で囁き始めた。


「正直なところ、黒帯はまとまりがないのだがのう! ガーッハッハッハ!」


 カイウスは大笑いして流し込むように酒を飲み干し、高々と掲げて追加の酒を持って来いと手振りで示していた。絶対に騎士団長も聞こえている


「あら、私はこの淡泊さが好きよ?」


 とはガレシアの言葉だった。

 上品に銀製食器(シルバー)で肉を切りながら口に運んでいく。赤い肌に白い唇をしていて独特な雰囲気を漂わせる。


「それにもし配役が足りないなら私が何にでも成るわ」


 そう言うとガレシアはぶわりと表皮から魔力の塵を舞い上がらせて、ボリスに擬態しては横柄に肉を掻き込んでぶっきらぼうに喋ったり、リムさんに擬態しては無口になって静かに肉を食べたりと、忙しなくいろんな者に成り代わっていった。

 黒帯衣装を着ているから同じ黒帯に擬態してもまったく見分けが付かない。その光景は奇術でも見せられてるんじゃないかというほどに鮮やかだった。


「気色悪いのう! ガーッハッハ!」


 怪力屋のサウスバレットは底抜けに明るい。

 言葉に配慮が足りないが、まぁすべて本音で語っているというところに信頼がおける。そんな騎士団の様子を見てアレクトゥスもちょっと眉を顰めていた。



     …



 俺は頃合いを見て、ランスロットやアルバさんの座るテーブルに向かった。

 彼らのことを知ってる分、余計に様子が心配だ。


「おい、大丈夫か」


 俺が声をかけるとアルバさんは顔を真っ赤にして机に突っ伏し、ランスロットは困惑するようにアルバさんを宥めていた。確か、新顔はもう一人―――ペレディルとかいう男がいたと思うのだが、離席しているのか、その場にはいなかった。


「……むうう、ロストか。こっちへ来い」


 怪力屋譲りの豪腕で引っ張られ、空いた席に座らせられる。

 アルバさんは目がとろんとして顔が赤い。明らかに酔っている。意外と酒に弱いようだ。カイウスさんは強いようだったが――。


「くっ……くぅ……!」


 と思ったらいきなり泣き始めた。

 なんだなんだと思ってランスロットを見ると、その童顔も童顔で困惑している様子。ぶるぶると震え、僕は何もしてないよ、と言いたげだ。


「なんだ、どうしたアルバさん」

「……タウラスだ」

「タウラス? そういえば、あいつもこっちに来てるはずだよな」

「あんの……馬鹿男がーっ!」


 アルバさんは俺の顔面をぶん殴ってきた。

 すごい音がして俺の頬がぱちんと音がしたが、俺自身にはあまりダメージはない。全身魔改造されてて良かった……。

 馬鹿男って……確かにタウラスは迷宮都市にいる頃から馬鹿だった。

 懐かしくて暇を見つけて会いにいこうと思ってた。


「………浮気してる」

「え?」

「あいつは絶対に浮気してるのだーあーあー!!」


 今度は首を凄い勢いで絞められ、ぐいぐいと振り回された。

 その反動でアルバさんの声も振動する。

 それがぴたりと止まると、凄い睨みつけられた。

 アルバさん、酒癖悪すぎる……。

 詳しく事情を聴くに、アルバさんが最近王宮騎士団の訓練場に行ったり、今晩みたいに外出の用事があるとタウラスはご機嫌な様子で見送るそうだ。それがなんだと思うが、今まではむしろ男絡みを心配するかのように付き纏ってきたというのに、王都に二人で来てからは真逆になってしまったと云う。

 さすがのアルバさんでも、そんな様子を見せられたら女として気づくのだとか。


 ―――ロスト、王都の女には気をつけろよ。

 ―――都会には誘惑の色香が多いからなっ。


 バーウィッチから王都へ向かう前、グノーメ様からそんな事を言われたのを思い出した。長年生きるグノーメ様には何となく上京する恋人たちの末路を予感していたのかもしれない。

 確かに王都には綺麗な女の人が多い。

 貴族みたいな高貴な身分も多いし、それ以上に人が多い。田舎では知り得なかった世界に心ときめかして現を抜かすこともあるんだろう。

 タウラスもそんな都会の罠に嵌ってしまったのだろうか。

 そしてアルバさんがこうして泣いているのなら可哀想ではある。とりあえず、気のせいかもしれないだろ、と励まして背中を擦ってやった。


「おい、新顔! お前らは歓迎されてる側なんだから先輩たちに酌して回れ!」


 少し離れたところから先輩騎士からお声がかかる。その先輩騎士は近づいてきて、酒瓶や空のグラスをわざわざ持ってきた。

 はっとなって声のする方を見た。

 そうだ、挨拶回りしないと態度悪いよな。


「はい、すみませんっ!」


 俺がアルバさんから離れてその先輩騎士のところへ向かっていくと、その彼は俺を見てぎょっとした顔を浮かべた。

 目を丸くしている。


「え!? いえいえ、ロストさんは座っててください! 僕らが挨拶に行きますから!」


 そういえば俺の方が立場上だってことを忘れていた。

 やっぱり慣れない。ずっと下っ端で生きてきたから尊敬される立場がよく分からない。こういう場合、どんと構えていた方がいいのか。

 その先輩騎士が俺の脇を通り抜けると、ランスロットやアルバさんに近寄って声をかけていた。


「おい、お前たち―――特にそこの女、お前はこっちだっ」


 先輩騎士がイヤらしそうな目をしてアルバさんの腕を引っ張った。正直、アルバさんをイヤらしい目で見てしまうのは分かる。露出が激しかったときもそうだが、服越しに見てもセクシーだ。

 だけど今、その娘はご乱心だ。

 近寄るとヤバい。


「む……?」

「ほら、来るんだ」

「……やはり男は浮気するものなのかぁああ!!」


 先輩騎士にも構わず首を絞めるアルバさん。

 普段から身の程知らずだが、今はそれがさらに加速して暴走している。


「ぐぇ! なっ、なんだこの女!!」

「どうした?!」


 他の白帯がその騒ぎを聞きつけて近づいてくる。

 そして暴れる褐色肌の女を見て、冷や汗をかいた。

 その先輩が最初の先輩に耳打ちした。


「おい、この女、カイウスさんの娘だぞ……手を出すな」

「……ま、まじかよ。目星つけてたってのに」


 そういうと先輩騎士たちはすごすごと下がっていってしまった。

 親の七光りって凄い。アルバさん自身、カイウス以上の凄みがあるけれど、騎士団の間ではそれ以前に、騎士団一の腕っぷしを誇る男の一人娘だ。

 さすがに手はつけられまい。

 アルバさんはそのまま愚痴を溢しながらスヤスヤと机に突っ伏して眠ってしまった。

 一方でランスロットは酒瓶とグラスを手に取って立ち上がる。右手を見ると、手の甲に包帯がぐるぐると巻かれており、こないだの傷が痛々しく曝け出されていた。包帯には血が滲んでいて、まだ完全には治っていないように窺える。


「ランスロット……その手、大丈夫か?」

「うん……僕はちょっと先輩たちに挨拶してくるよ」


 そう言うとランスロットは、賑わう男たちの輪の中に入っていってしまった。せっかく個人的にお祝いの言葉でも伝えようと思ったんだけど……まぁ戻ってきてからでいいか。

 そんな調子で新顔用のテーブルに残された飯を掻き込んだ。黒帯用の円卓はカイウスが全部喰ってしまうから全然食事にありつけなかったのだ。

 食べながら遠目にランスロットの様子を見守る。


「あ、あのっ……ランスロットです……! 今日はありがとうございます」


 健気に酒を注いで回っていた。

 貧弱そうな体で、遠くから見るとボーイッシュな女の子にすら見える。


「おぉう、大層な名前じゃないか。さぁ、お前も飲め!」

「あ……僕はその、手の傷が……」


 酒瓶を取る先輩に対して手の包帯を撫でて遠慮がちに言い淀むランスロット。


「おい、俺たちの酒が飲めねぇってのか。そんなんで騎士団が務まるか! いいから飲め!」

「は、はい……!」


 無理やり酒を飲まされていた。

 必死に飲み切ろうとするが、げほげほと咳き込んでいる。ランスロットは俺と同じく酒がそんなに得意じゃないらしい。


「おーい、お前雑用だろ!? こっちにも酒が足りてねぇよっ! はやく酒持って来い!」

「はいっ」


 また別のテーブルから呼ばれてランスロットは駆けつけた。

 そこでも先輩騎士たちに酒を注ぐと、酒を飲まされていく。見る見るランスロットの顔が赤くなり、ふらふらし始めていた。


「ほら、だらしないな! これでも食って酔いを覚ませ!」

「むぐっ……!」


 その様子を見た別の白帯がランスロットの口に特大の肉をぶち込んだ。ランスロットは酔いで苦しいのと、手の甲の傷が痛むのと、口に詰め込まれた肉とで三重苦を浴びせられ、苦しそうな表情をしている。


「なんだ、覇気がねぇなぁ、お前。大英雄らしくもっとしゃんとしろっ!」


 そこに別の白帯からの張り手が背中に食い込み、ばんと大きな音がした。

 ランスロットは限界を迎えたのか、床に手をついて倒れ、口に含んでいた肉だか酒だかわからないものを盛大に吐き出した。確信犯だったようで、そのランスロットの無様な様子を見て白帯たちは大声で笑い、罵っていた。


「……げほっ……げほげほ……」

「ははっ、汚ねぇなぁ。さっさと掃除しやがれ、この間抜けがっ」


 誰かがどこかから持ってきた襤褸布をランスロットに掛ける。襤褸布が床でもぞもぞする様子を見て、さらに白帯や茶帯たちから笑い声が起きた。


「これじゃ雑用どころかただのボロ雑巾だぜぇ!」

「はっはっは! こりゃいいや」


 ―――こいつら……!

 俺はついに我慢ができなくなって、テーブルを叩いた。


「おいっ!!」


 俺が大声を上げたのを聞いて、ランスロットを取り囲んで虐めていた白帯や茶帯の連中がびくりと体を震わせた。目を見開いて俺を見ている。



「いい加減にしろよ! 酒の席だからって騎士団として恥ずかしくねぇのかよっ!」



 ―――しん、と場が静まり返った。

 和やかな空気が一変し、緊張感が走る。

 だけど俺の怒りは収まらない。

 その構図だけは……。


 昔の無力な自分を見ているようだ。

 兄たちに虐められてきた自分と重なる。

 力が弱いからってこんな目に遭わせられる不遇が許せない。

 何なら今ここで、もう一度ここにいる全員を倒してしまってもいい。

 それで解雇されるなら、騎士団なんてこっちから願い下げだ。


「す、すみません……」

「ちょっと調子に乗りすぎたな」


 騎士団の面々は恐々として各々の席に戻っていった。

 怒りは収まらないけど、騒ぎを起こしたら店の人にも迷惑だ。とりあえず堪えて、ランスロットの元へと駆け寄った。

 ランスロットは、被せられた襤褸布を取っ払って床を拭き始めていた。

 せっかく気合いと根性でしがみ付いた王宮騎士団の歓迎会でこんな目に遭わせられたらあまりにも不憫すぎる……。


「ランスロット、大丈夫か……俺も手伝うよ」

「いいんだ。僕が吐いたから悪いんだ」


 彼は泣くでもなく、ただ真剣に床を拭いていた。

 たまに手の甲の疼きを抑える様子さえ見せている。俺はなんだか居た堪れなくなって、拒絶されても黙って床を拭くのを手伝った。

 俺が膝をついている様子に、他の白帯たちも近寄ってきて、手伝いましょうかと声をかけてきたが、睨むだけ睨んで追っ払った。

 王宮騎士団は、関われば関わるほど幻滅していく。

 こんなの理想とする戦士の姿とは程遠い。

 その腐った性根を叩き直したいとさえ思えてきた。


「痛っ……!」


 そんなことを考えながら床を拭いていると、ランスロットの小さな悲鳴が聞こえた。見ると、手の甲を抑えて目の前を見ている。

 その先には癖のある栗色の毛を横分けにした男が、今そこを通り過ぎたような状態で立ち止まっていた。


「おっと失礼」


 それだけ言うと男は歩き去った。

 表情は無機質な印象だ。

 察するに、床を拭くランスロットの手を誤って踏んでしまったといったところか。


「ペレディル・パインロック……」

「どうした?」

「あ、ロスト―――ううん、なんでもない」

「なんか嫌な感じの奴だな?」

「あぁ、彼は僕と同じ新米騎士だよ」

「ふーん……」


 ってことはあれがペレディルか。

 もう後ろ姿しか見えないが、嫌な印象を覚えた。

 少し影がある、というか―――。

 なんだか黒い陽炎が揺らめくようにも見えた。

 俺も少し酔ってるのかな。



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