Episode15 カードゲーム:ウォーリアⅠ
翌日、いつもの朝の基礎トレーニングをした。
トリスタンがいないから今日はアルフレッドに稽古をつけてもらう事になったが、アルフレッドは剣を振るっても剣術らしい戦い方は知らない。
結局、拳闘術を教えてもらえることになった。
「いいか。剣と拳の違いはリーチの差だけじゃねえ。拳の方が乱暴なイメージがあるかもしれねえが、実際はとても繊細だってことを忘れるんじゃねえぞ」
「……どういうこと?」
「剣は相手に当たれば多少のダメージは与えられる。だが、拳は相手の急所に確実に当てないとむしろ危険だ。その時点で敵の懐に飛び込んでんだからな」
「そうか」
剣術のときは適当だったが、こっちの方ではアルフレッドも師匠のような態度で整然としていた。
「まずは基本稽古と型を覚える。それからイメージトレーニング。あとは組み手で実戦トレーニングだ」
アルフレッドの拳による戦術指南は3時間も続いた。
いつぞやアルフレッドの右ストレートを受けたこともあって、若干のトラウマが呼び起されたが、そんな事気にしていられないほど、アルフレッドの指導は過酷だった。
アルフレッドが教える格闘術は、アルフレッドの母方の祖先が教え伝えていたものらしく、はるか遠い国から伝わったものらしい。
しかしその"型"なるものはとても実戦的とは思えず、何の意味があるか分からなかった。
変なところで力を込めたり、呼吸を挟んだり、リズムを崩されるようで難しかった。
それが疲労となって俺の体を攻め続ける。
「フレッド……これって実戦で意味あるのっ?」
息も絶え絶えに問いかけた。
「お前が欠かさずにやっていれば、いつかその意味も見いだせるさ」
何度も息切れを起こして倒れそうになった。
…
昼前、リズとリンジーが踊り子の稽古に向かうというので見送り、またしても俺とアルフレッド2人だけになった。
ドウェインは俺が稽古を受けている間にいつのまにかいなくなっていた。
「それじゃあ俺らも行くか」
「行くってどこに?」
「いちいちうるさい奴だなぁ。黙ってついてくればいいんだ」
「まさか本当にビジネスを……」
「そうさ。ジャックも気づいたか」
あんな買い込んだガラクタで?
転売ってことなのか?
いや、売れないだろう! どれだけ楽観的なんだ。
「お前にも手伝ってほしい」
「売り子なんて嫌だよ」
「売り子? 何か勘違いしているようだが俺はお前を一人前の戦士として見込んで言ってるんだぜ?」
「戦士として?」
その言葉に嬉々として反応した。アルフレッドが俺を認めてくれた。それだけでも俺は今日アルフレッドについていく理由になった。
そしてダリ・アモール商会に到着し、アルフレッドは黙々と露店商の許可依頼書を書き込み、販売種目を"刀剣類"などと適当なことを書いて商会受付に提出した。商会から正式な許可を受けて、露店商を始められるようになった。
許可を受けた商人たちが、ダリ・アモールのメインストリートや大広場の空き地に敷物を敷いて商品を並べて道行く人たちに声をかけている。
そんな傍らにアルフレッドもわざわざ小型の屋台テントを立て始めた。
入口は宿泊用のテントほど狭く、中には何があるのか分かりにくくなっている。
「フレッド、やっぱり商売じゃん!」
「ふふ、ただの商売じゃねえぜ」
「なに?」
「こいつだ」
取り出したるは、昨日武器屋の主人から200Gで買った装飾刀のバスタードソードだった。
しかもそのバスタードソードを、自ら塗料で染色したと思われる布で包み、"いかにも"感を演出していた。
幾何学的な魔法陣が描かれた神秘的な布に包まれた刀剣は、うまい具合に華美装飾な柄や鍔が飛び出していて、名剣と言われても子どもだったら信じてしまいそう。
「俺はこいつを名剣エクスカリバーと称して賭けの対象にする!」
「えぇ!」
「俺らの間では偽・エクスカリバーと呼ぶことにしよう」
「いやいや、それってこないだフレッドを騙してきたペテン師たちとやってること同じじゃんか!」
「そうだ」
「そうだ、じゃねえよ! 詐欺じゃん!」
「ジャック、分かってねえな。目には目を、歯には歯を。詐欺には詐欺を、だぜ」
「最低だな、フレッド!」
悪そうな笑みを浮かべてゆっくりと屋台テント設置作業を再開し出した。新しいビジネスを始めるとかリズには言っておいて、実際やっていることは詐欺。
しかも自分が騙されたペテン師のやり方の丸パクリ。
我らがリベルタのリーダーと言えど、呆れたもんだった。
しかし俺にそれを止めるほどの実力も腕力もないから、騙される人を少なくするために妨害するしかない。
…
テントの設置が終わり、店先には立て看板を置いた。
この立て看板は露店商からの借り物だった。「良い物あります」と書かれた看板が、フレッドの詐欺行為に加担している……。
しかもフレッドはその「良い物あります」の下に「名剣エクスカリバー!」と書かれた紙を貼り足していた。
明らかに怪しい!
誰も気にする者はおらず、たまに目を向けて"エクスカリバー"の文字を見てはすぐ去っていく人が大半だった。テントの裏から中を覗き込んだが、アルフレッドは敷物の上に胡坐をかきながら、イライラしているようにカードを切っていた。
いや、売れるわけないだろ。
「フレッド、それなに?」
「これか? これはゲームに使うカード "インクライズ" だ」
「インクライズ?」
「こないだ俺をはめた奴らが使ってたカードもこれだ。賭け事なんかでよく使われるんだ」
「カードゲームってこと? 面白そう! 俺にも教えてよ」
「ふふん、いいだろう。客がくるまでの暇つぶしにやってやるぜ」
そうして俺はテントの中に入って、アルフレッドからインクライズを使ったゲームと、そのルールについて教えてもらった。
カードには、剣・弓・光・闇の4種類の属性と、それぞれGからSまでの8つのランクに分かれていて計32枚のカードがある。
今回アルフレッドが教えてくれたゲームは基本的に1対1で対戦する"ウォーリア"だ。
ウォーリアで使うカードは、剣と弓属性のGからSまでの16枚と、光・闇のSランク2枚の、合わせて18枚。
この18枚のカードを、それぞれ手札に5枚ずつ配る。
その5枚の手札の中から1枚選び、お互い提示して勝負する。
提示する5回中、1回でもどちらかの手札の優劣が決まり次第、勝敗が決定する。
勝ち負けの判定だが、これがちょっとややこしい。
ウォーリアでは、剣と弓のAからGランクのカードには優劣がない。
真価を発揮するのはSランクの4枚のみだ。
Sランクの優劣に関して。
・光S > 闇S > 剣S = 弓S の順に強い。
剣と弓のS同士ではおあいこになる。
これだと光カードを出せば最強ではないかと思うが、そうではない。
光カードは剣と弓のGからAカードには負ける、という性質がある。
・剣弓G~A > 光S > 剣弓闇S
さらに闇カードは剣と弓のGからAカードに対して、おあいことなる。
・闇S = 剣弓G~A
もちろん、剣弓Sは剣と弓のGからAカードには勝つ。
・剣弓S > 剣弓G~A
こういうルールだ。
シャッフルで配られた5枚の手札が気に入らなければ、3枚まで引き直せる。
また、どちらかが5枚中4枚ともSランクであれば自己申告して仕切り直ししなければならない。
「なんかよく分からないなぁ」
「やってみればそのうち慣れるぜ。ルール表はあそこに掲示しておくから分からなくなったらあれを見ろ」
「フレッド、もしかしてイカサマする?」
「まさか。初心者ごときにイカサマするほど落ちぶれちゃいねえよ。それにこのウォーリアはカード枚数が少ないから、イカサマでカードを足してたら相手にばれちまう。イカサマしにくいゲームなんだぜ」
イカサマしにくい?
でもアルフレッドはこのゲームにペテン師連中からイカサマで負けたんじゃなかったのか?
まぁいい。とにかく練習あるのみ。そうして戦いが始まった。
―――――――――――――――
俺の手札
光S 剣S 弓S 剣C 剣F
いきなりSが3枚もきた!
これは勝ち確定じゃないのか?
でもルールでは4枚Sが揃わなければ申告しなくていいんだ。これでフレッドが強いカードを持っているとしても、闇Sカードだけだ。
闇Sカードに勝てるのは、光S!
「……ジャック、引き直さなくていいのか?」
「あぁ!」
「じゃあ俺は3枚引き直させてもらうぜ」
フレッドも慌てて引き直している。
フレッドの手札は良くて闇Sと雑魚4枚だ。
「よし!」
フレッドがガッツポーズをしていた。
きっと闇Sを引いたのだ。
だが俺はSが3枚。勝てる!
「じゃあまず第一手いくか?」
「うん………いや、待って!」
もう一度ルールを見る。闇Sに勝てるのは光Sだが、光Sは、剣と弓のG~Aの雑魚カードに負ける。
早まるんじゃない。
フレッドが出せるのは闇Sか雑魚の2択しかない。
雑魚に対しては剣と弓のSで勝てる。
だが、こちらの剣か弓のSカードを出して、向こうが闇Sだったら負けてしまうのか。優性だと思ってたが、向こうのカードの出し方次第では俺が負ける可能性だって十分あるんだ。
「おい、ジャック、ものは試しだ。どーんとこいや!」
フレッドが挑発している。
光を誘って雑魚で叩くつもりなんだ。
それなれば、出すのは剣か弓のSカードか?
いや、待てよ。ここは敢えて雑魚カードだ。雑魚カードを出せば引き分けにしかならない。
「いいよ」
「いくぜ? せーのっ」
俺 剣C vs フレッド 弓E
「お、引き分けか」
「……」
くそ、S出しておけば―――。
「じゃあどんどんいこうぜ」
フレッドの手札であと残っているのは、闇1枚、雑魚3のはずだ。
待て、確率的に考えちゃだめだ。
盤上をひっくり返せ。フレッドの立場で考えるんだ。
フレッドだって俺の手札は分からないはずだ。
俺が光Sも、剣弓のSを持っていることは分からない。
もし俺のSに期待して闇Sを出してきても、最初にそれを封殺してしまえば。
すなわち次の一手で、俺が雑魚カードでフレッドの闇Sを封じこめてしまえば……。
「決まったか? せーのっ」
俺 剣F vs フレッド 弓B
だめだ!
結局またあいこで流れてしまった。
これで俺の手札には光Sか剣と弓のSカードの"2択"しか残っていない。
フレッドはまだ闇Sと雑魚の2択を残している。
次だ。次の一手で決まる。
「よし、そろそろ決めにいくか!」
フレッドはきっと次に闇をしかけてくる。
俺が2択しかない状況で選ぶとしたら剣と弓のS二つにかけてくるはずだ。
分からないが、もう光Sを選ぼう!
「せーのっ」
俺 光S vs フレッド 剣G
「ふ……勝負あったな」
―――――勝者 アルフレッド―――――
「……ちくしょう!」
「ジャック、お前最初のカードでもうSを3つ持っていただろう?」
「やっぱり分かってたのか」
「最初に引き直さなかったしな。だから俺の―――この雑魚どもに負けたんだ」
アルフレッドが見せてきたのは全部、剣と弓のGからAランクのカードだった。
「え……闇は?!」
「俺は闇なんか引かなかった。おそらくまだそこにある」
「3枚引き直して、よし、とか言ってたじゃないか!」
「それは演技だ」
「なっ………」
そうだ。俺はアルフレッドが「よし」と言った瞬間に、こっちの手札から逆算して闇を引いたと思い込んでいた。俺は居もしない闇カードを怖れていつまでもSカードを出せなかった臆病者だったんだ。
「このゲームは心理戦だ。お前みたいに分かりやすいやつには余裕で勝てるぜ」
「くそー! もう一回だ」
「いいねぇ。だがお前は俺には勝てねえ」
俺はインクライズを使ったウォーリアに夢中になっていった。
…
「ちくしょおおお! また負けた!」
あまりに熱中しすぎて時間を忘れていた。正直、ここが露店の屋台テントの中だということも忘れている。
俺はあれから10戦くらい繰り返したが、まったくアルフレッドに勝てないでいた。
最後の戦いでは俺の手札は、闇Sと光Sと剣Sの3枚に雑魚2枚という4択も選べる手札だった。
これならば勝てると思った。しかし、アルフレッドの「最初の一手で勝つ」という言葉に惑わされて、Sカードがくると直感で感じた。
そこに闇Sカードを出したが、雑魚カードで相殺されてしまったのだ。あとは光Sか剣Sか雑魚の3択が残っていたが、臆病にも光Sは出せず、雑魚を出したところを弓Sカードで叩かれた。
呆気なく、2手でやられてしまったのだ。
「お前はまだ頭も足りなければ、ポーカーフェイスも足りてねえ」
「む……」
「顔に出るんだ」
そうか、表情か。
そこはあまり読んでいなかった。
俺は直感スキルがちょっと優れているせいでそれに頼りすぎなんだ。
しかしこのカードゲーム、勝敗が決まるまで短いゆえに熱中しやすい。
だから賭けでよく使われるのか。
「おい、あんたら」
いきなり後ろから声をかけられた。びっくりして後ろへ振り返ると、怖そうなスキンヘッドのおじさんとやたらと出っ歯で目が細い男が、2人でテントを覗き込んでいた。
「なんだ? ちゃんと商会からの許可は得てんだぜ」
「――――む、お前は」
「お」
アルフレッドが2人の姿を見た瞬間、目の色を変えた。
「かかったか」
アルフレッドはテントを組み立てているときと同じような、とても悪そうな笑みを浮かべていた。
「おい、お前こないだの野郎じゃねえか」
「そうとも。俺はシュヴァリエ・ド・リベルタのリーダー、アルフレッドだ」
「うるせえ。だからなんだってんだよ。この表の看板はどういうことだ」
ガラの悪そうなスキンヘッドのおじさん(略してスキン)が表を指差して苛ついた表情を浮かべていた。俺はその様子にちょっと恐怖心を覚えて、アルフレッドの後ろに隠れた。
「名剣エクスカリバー、ご覧の通りここにあるが?」
アルフレッドは偽エクスカリバーを掴み取り、ガラの悪そうな客人の前に見せつける。
「そうじゃねえよ! テメェ、俺らの商売ぱくりやがって!」
「ぱくった? 何のことかな。生憎こんな怪しい商売、客なんか一人も寄りつきゃしねえぜ。同業のお前ら以外はな!」
「……あ?」
アルフレッドはまるでこの2人を待ってました、と言わんばかりに声を張り上げた。
「んだ、テメェ、俺らになんか用があるってんのかよ」
後ろの出っ歯の男(略して出っ歯)が身を乗り出して醜悪な顔を向けてきた。
「こないだの腹いせでもするつもりじゃねぇだろうな」
「そうだ。お前らのお縄はこの自由を愛する正義の戦士アルフレッド様が頂戴してやるぜ」
「調子に乗りやがって……! 表に出ろや。こないだはネズミみてぇに逃げ出しやがって。ちょうどいいからシバいてやる」
俺はなんとなく事態が読めた。この2人は、こないだガラダンジョンへ行く前にアルフレッドがイカサマで身ぐるみ剥がされたときのペテン師だ!
アルフレッドはこんなあからさまな怪しい店を出していたのは、偽・エクスカリバーで客を釣って、本気で金を巻き上げようとしていたわけではないのだ。
こいつらへ復讐するために、似たような店を出して待っていたんだ。
「待てよ。街の住人は今良い気分で、大事な祭り事の準備をしてるんだ。お前らも大人なら気利かせろや」
「なんだと……」
スキンは今にもその太々と鍛え上げた二の腕から強烈なパンチをアルフレッドにお見舞いしそうなほどの気迫があった。
「お前らみたいな悪党が、祭り前に"騒いで"もらっちゃ迷惑なんだよ。せっかく楽しみに来ている善良な人たちを食い物にしやがってっ!」
「……テメェ、ごちゃごちゃと。ぶっ殺す!!」
スキンがいよいよ強烈なパンチを炸裂した。
―――――パシンッ!
それをアルフレッドは何の造作もなく片手で受け止めた。
そしてもう一度睨みを利かせて、左手にインクライズのカードを見せる。
「俺は余計な労力を使うつもりなんざ、これっぽっちもねぇんだ―――これで勝負決めようや」
スキンと出っ歯は一瞬、時間が止まったようだったが、しかし少しして不敵な笑みを浮かべはじめた。
「へっへっへ……お前まじでバカだぜ。いいじゃねぇか。受けて立つ」
「クックック。俺らが勝ったらお前らの全財産に加えて、そこのガキとリベルタにいるっていう女2人も貰うぜ?」
えええ。
そうか、リベルタが有名であるってのは、そのメンバーも有名なんだ。しかもリンジーとリズのあの美貌だったら、存在くらいは知られていても不自然ではない。
でもそんな勝負で負けでもしたら大変なことだ。
「いいぜ!」
それに対して自信満々にアルフレッドは答えた。アルフレッドがいくらこのゲームが得意とはいえ、確実に勝てるなんて保障はないんだ。
これで引き受けて、またイカサマでハメられたら終わりじゃないか!
どうするんだ……。
「だが俺が勝ったら、お前らが一般人から巻き上げた金は全部返してもらう! そして詐欺だったことを認めて官庁に自首しろ!」
「いいぜぇ。ま、俺らが負けることはねぇがな」
ガラの悪い3人の大人たちの賭け事が始まった。
俺はただ見ている事しかできなかった。