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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第1場 ―王宮騎士団―
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Episode129 王の願い


 今回の珍騒動も収束に向かった。

 まず、エスこそ噂の渦中にある人物――。

 王の隠し子こと『エスス・タルトゥナ・ド・エリンドロワ王女殿下』だった。

 なんと俺が昨晩、婦女暴行を働いて上裸姿にした女の子は王女様だったのである。本来なら王族への不敬罪と破廉恥罪で極刑ものだ。

 この時点で俺の人生は終わったも同然だ。

 だが俺の余罪はまだまだそんなものじゃない。

 オルドリッジの底力を侮ってもらっては困る。


 なんと、王女様を誘拐した犯人も俺だったのだ。

 エスス王女殿下は城下町へ視察に来ていた。闘技場を観覧中、その隙を見計らって誘拐したのは、何を隠そうこの俺だ。そして宿の一室へ監禁、身ぐるみを剥がすという暴挙。

 これで俺の人生は来世分も終わったようなもの。

 しかし、まだ余罪はある。

 オルドリッジの底力はこんなものではない。


 俺が全員戦闘不能にしてみせた胴着姿の怪しい集団。

 あれこそまさに国が抱えるエリート騎士団『エリンドロワ王宮騎士団』だった。

 王女様を城へ連れ戻そうとお迎えに来た騎士団を往なし、王女様を連れ去った。そして包囲されて警告されたにも関わらず、投降もせずに朝から大乱闘。黒い胴着姿の二人組、通称"黒帯"の犬耳男ボリス・クライスウィフトと赤肌女ガレシアを翻弄。部下の茶帯・白帯共々返り討ちにしてしまった。

 立派な国家反逆罪である。

 これで俺の魂は未来永劫、封印指定となること必至だった。


「さて、これらの罪でロスト・オルドリッジを死刑とするべきところであるが――」


 議長が俺に一瞥くれてから再度、罪状に目を通す。

 今は緊急招集された貴族院議会の場。

 円卓状に段々と組まれた議員席から、中央に立つ俺へと厳しい視線が向けられている。俺はその突き刺さるような視線を一身に受けて耐え忍んでいた。


「当の被害者本人である、エスス王女殿下が自らの意志で逃亡を図ったと証言していること。尚、それら証言に魔力による干渉や洗脳の痕跡がないことからも信頼性しうる証言であることは精査されており――」


 議長はぺらりとぶ厚い紙の束をめくる。

 その後ろには一際高い位置から俺をニコやかに見下ろす、国王陛下の姿があった。威圧感のある議員連中とは違い、常に表情は朗らかだった。

 あれが国王ラトヴィーユ・ダグザ・ド・エリンドロワ。

 想像していたよりも優しそうなおっさんだった。

 真っ白な髪や綺麗な青い瞳にエスの面影がある。


「また、国王陛下直々の斡旋を受け、貴族院議会一同、ロスト・オルドリッジの一連の行動や諸事情を勘案した結果、無罪とすることを全会一致とした」


 あぁ、良かった。

 死刑から無罪ってかなり緩められたな。

 王様の一声で助けられたってことなんだろう。

 最悪、禁錮十年くらいかと覚悟していたところだった。

 肩の力が抜け、ほっと胸を撫で下ろす。


「では被告人は速やかに退場を――」

「ええい、待て待て」


 国王陛下が木槌を打って、カンカンと響かせた。


「ここからが重要なのだ。ロスト・オルドリッジよ」

「しかし、陛下。今は緊急議会の場。議題はまた別の日に……」


 議長がラトヴィーユ陛下を見上げ、オロオロとした態度で言葉を返していた。わりとせっかちな王様のようだ。ラトヴィーユ陛下は議長の言葉も無視し、周囲がどよめく声も気にせず、俺と会話を続けようとした。

 この茶番みたいな裁判も俺と何かを話す口実かな。


「ロスト・オルドリッジ。エススを闘技場から連れ去ったときに特殊な魔法を披露してみせたと、君と一戦交えた騎士が証言している。―――それがまさか《時間を操る魔法》ではないかね?」


 陛下は期待するような目で俺を真っ直ぐ見据えていた。その瞳は老いぼれた王のものではなく、まるで心をときめかせる少年のようなあどけなささえ感じさせた。

 だから、俺も正直に答えたくなった。


「そうです」

「おぉ……」


 国王陛下だけでなく、俺を取り囲むように着席する議員たちも驚きの声をあげた。「やはり報告書は本当だったのか」と呟いてる者もいた。

 何の報告書の事なんだろう。


「ぜひ……ぜひ一度、我らに見せてはくれぬか。この場で披露しても問題はないのだろう?」


 見せてはくれぬかって。

 見せるとしたら一人ずつになってしまう。

 それとも、みんなで肩組んで歌でも歌うか?

 それじゃあ時間を止めてる意味がない。とりあえず今回、俺の罪を掻き消してくれた国王陛下には、感謝の意を示してちゃんと披露してみせるべきか。


 ――止まれと軽く念じ、世界に赤黒い膜を張る。

 これは時間を切り取った俺専用の個室だ。すべての人間が彫刻のように凍りつき、ここで何をしていようが誰も確認できる者はいない。完全に孤立した時間の結界だ。

 俺はひょいと跳びあがり、国王陛下の着座する席に近寄った。

 割腹の良い王様だった。

 これ、王様に触ってもいいのかな……。

 王に気安く触った罪でまた不敬罪として訴えられないよな。

 そんな不安を抱きながら触れてみる。


「――……む。なんだ、何が起きてるのだ?」

「王様、気安く触ってすみません。こうしてないと静止した時間を共有できないんです」

「おぉ……これが時間を操る魔法か?」

「はい。今は世界中の時間が止まってます。その止まった時間の中を過ごしている状態です」

「素晴らしい。これが噂に聞く究極の魔法……」


 王様は興味深く固まった議員たちを見渡していた。


「どれほど時間を止めていられるのだ? いや、どのようにしてこの力を手に入れた? 詠唱は要るのか?」

「………」

「すまぬ。年甲斐もなく舞い上がってしまってな」


 俺が口を噤んだのを感じ取り、陛下もハッとなって自粛した。


「いや、実はな。他の議員たちが聞こえない今だからこそ言うが、私はエススの専属騎士にぜひ君を迎え入れたい、と思っていたのだ」

「え!?」

「王宮騎士団の黒帯たちはそれぞれ特異魔法を持っているが―――こう言っては何だが、どれもパッとしない。私はエススに就かせる騎士には神の所業をも感じさせる魔法を扱い、誰にも負けぬ最強の騎士を、と考えていたのだ」


 王様の視線は真っ直ぐだった。それが議会を照らすシャンデリアの光に照らされ、青く燃え盛るように輝いている。

 それだけ真剣なのだろう。


「でも俺なんかまだ子どもみたいなもんですよ」

「年齢など関係ない。それに君のこれまでの功績は目覚ましいものだ。噂には聞いているぞ。吟遊詩人の一団から子どもたちを救い、迷宮都市ではアザレア城の復活を阻止した。さらにはエンペドの陰謀も―――」

「……」


 聞いていて頭が痛い。人が語れば簡単なものだが、直に経験してきた俺にとっては一つ一つが辛い経験だったんだ。

 肉体的にも、精神的にも。

 それをこうして、ただの事件として人に気安く語られたくない。例え、一国を治める王様であっても。


「それに君は王宮騎士団のNo.2とNo.3を同時に打ち負かした。君は紛れもなく、この世界で最強の戦士だ」

「……」

「頼む。エススの騎士となり、あの子を守ってあげてほしい。代わりに王家の特権でどんな贅沢も与えよう」


 ラトヴィーユ陛下は捲し立てるように俺に懇願してきていた。

 この人は世界最大の国の王様だ。

 要するに、世界で一番権力を持った人であることは間違いない。でもこうして必死に訴えかけてくる様子は、ただ娘のために奔走する老いぼれた親の一人に過ぎなかった。

 少なくとも俺はそう感じた。


「考えさせてください」

「待ってくれ。まだ話をしよう。明日にでもまた宮殿を訪ねてきてくれ」

「分かりました……魔力が枯れそうなので、すみません。そろそろ――」


 俺は言い終わる前に王様から手を離した。

 それと共にまた独り、この赤黒い空間に孤立する。


 人を救うのは難しい。

 王様の願いは国民のそれよりも重たいことであるに違いない。でも、王女の専属騎士になるのは誰の救いになるだろう。


 "――ボクはこんな形で連れ戻されたくない……自分のことは自分で決めたい!"

 少なくともエスス本人の救いにはならなさそうだ。そして俺自身の夢も、この王宮騎士団にあるのだろうか。


 ――戦士になりたい。

 遠い日の理想を思い出す。



     ○



 緊急議会から開放され、俺は寄木張りの古めかしい廊下を歩いていた。

 等間隔に王宮騎士団の白帯の連中が配置され、警備を行っている。丈の長い胴着を羽織っている。想像していた厳つい王宮騎士団のイメージとは違い過ぎていて違和感を感じる。

 やはり聖職者のようにしか見えない。

 腰や背には各々の得物を携えて、俺が歩いていく様をじっと眺めていた。

 もう噂は広まっているだろう。

 俺が黒帯二人と白帯五十人余りを一人で倒したという事も――。

 怯えるような目をしていたり、警戒するように睨んでいたり、騎士団員たちはそれぞれ好き勝手に俺を吟味していた。

 しばらくその廊下を歩いていくと、見知った顔が壁に寄り掛かって待っていた。

 カレン先生と長い銀色の髪と濃紺の瞳の女性。銀髪(シルバーブロンド)の女性は大きな魔術師帽子を被り、茶色い革製鞄を持ち歩いていた。


「一段落ついたようだな。一時はどうなるかと思ったぞ?」


 カレン先生は珍しく朗らかに微笑んできた。

 短く切りそろえられた髪に、いつもきりっとした表情をしているから想像もしていなかったけど、意外と笑顔が似合う。

 そしてその隣のイルケミーネさん。

 彼女は困ったように眉を顰めていた。


「……まったく、アルバーティ先生の手紙とは人物像が違い過ぎててびっくりしたよ、わたしは」

「ははは。間が悪かっただけで普段の彼はこんな感じだ。人畜無害そのものだよ」


 イルケミーネさんは腰に手をつき溜息を漏らした。

 第一印象は最悪だっただろう。

 その証拠にイルケミーネさんはあの闘いの後も俺をちらちらと見ながら警戒の視線を投げかけているのは感じ取っていた。


「じゃあ、あらためまして」


 イルケミーネさんは俺に手を差し出して握手を求めてきた。


「わたしが鑑定魔法専門のイルケミーネよ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします。ロスト・オルドリッジです」


 実はこのイルケミーネさんには見覚えがある。

 それもつい最近に見たような気がする。

 それは一体どこだったか。少し考えれば思い出せそうな気がするんだが、それを思い出す以上にこの容姿のことも引っかかっていた。

 銀髪に紺の瞳。美人だった。カレン先生も美人なのだが、それとはまた別の次元だ。真面目そうな表情の中にも悪戯っぽい愛くるしさがあるような―――典型的な"姉"の雰囲気だ。

 リンジーと似たものを感じる。

 そういえば魔法大学にいる弟の面倒を見ているとか。

 この容姿がそのまま弟も同じなのだとしたら……。


 うん、シュヴァルツシルトの血筋に違いない。

 多分、魔法大学にいる弟も『ユースティン』のことなんだろう。アイツに姉がいるなんて聞いたことないけど、こんな目立つ容姿を見間違うはずがない。

 でも、姓を名乗らないから聞き出しにくい。それに亡くなったアンファンの事もある。ユースティンの話とか迷宮都市での話とかは慎重にした方がいいだろう。

 向こうも何か俺に感じることがあったのか、怪訝そうな顔をしていた。


「ロスト……オルドリッジ?」

「はい」

「オルドリッジ家の子なの?」

「そうですよ」

「……」


 さらに眉を顰めた。

 その後、咳払いをして俺を注意深く観察し始めた。


「コホン。失礼」


 そう言うとイルケミーネさんは目を見開き、パチンと左目に電撃を走らせた。いきなりのことで驚きの声をあげてしまった。その後、彼女の左目は濃紺から"緑"に一気に染まり、片碧眼(オッドアイ)となった。

 おそらくこれが鑑定魔法発動の合図だ。

 鑑定するために視力に魔法をかける。今、俺の体はイルケミーネさんの鑑定魔法の前に曝け出されているのだろう。

 その瞳にどう映っているかは想像もつかないが――。


「ん~……ロストくんは十六歳?」

「はい」

「ってことは……」


 しばらくその片碧眼(オッドアイ)で目の奥を見つめられてドキドキする。俺の肉体の隅々まで鑑評されているような気分だ。しばらくして彼女は「やっぱり」と言いながら目の前でぽんと手の平を合わせた。

 

「あなた、あの時の魔力無しの男の子だ!」


 明るく言い放った後、鑑定魔法を解除したようだ。

 左目の緑色の光は消え、元の濃紺の瞳に戻った。

 俺もそれを聞いて「ああああ!」となる。

 この女性もまた俺の"始まり"に居た人物!

 ―――カテイ・キョーシ氏だ!



     …



 色々と思い出した。

 エンペドに一度倒された後、黒の魔導書(グリモワール)の中でメドナさんとともに見た過去の映像。そこに俺の不透明になっていた幼少期にイルケミーネさんは登場していた。

 だから"最近"見た覚えがあったんだ。


 詳しく話を聞くと、イルケミーネさん……いや、先生と呼んでおこう。

 イルケミーネ先生は普段『宮廷教師』という仕事をしているそうだ。

 『宮廷教師』とは王宮専従の教師のことだ。魔術の知識はもちろん、計算術や地政学、生命学、魔法自然学などの様々な学問を教える教師のエキスパートらしい。

 つまり超絶、頭が良いってことだ。

 さすがユースティンの姉……!

 ユースティンも確かに頭は良かった。

 性格は残念だったけど。

 『宮廷教師』は非常に稀な職業であるため、地方の有数貴族たちも我が子に王侯貴族と同じ学識を身に着けさせるようと『家庭教師』として雇い、一定期間、高額報酬を出して勉強させる。

 カテイ・キョーシ氏の正体、ここにあり。

 そしてそれを聞き、エススと顔を合わせたときの反応も納得した。エススはイルケミーネ先生を見かけたときに飛びつき、慕っている様子を覗わせた。

 教師と生徒という親しい間柄だったようだ。

 すべての謎が繋がり、疑問が氷解した。

 おまけに俺の往年の謎だったカテイキョーシ氏も、どういう人物なのか理解できた。


「そっか~、ロストくんがあのときの男の子だったのね。……ちょっと心配だったからよく覚えてるよ。もう十年も前かな?」


 イルケミーネ先生もそんな俺のことを気にかけていた。

 貴族に呼ばれて魔法教育を施そうとしたら才能がなかったという例はよくあるらしいが、俺のときは父親(エンペド)が異常に怒り散らしたというのもあって心配してくれていたらしい。


「立派に育って良かったわね」

「まぁ、おかげさまで……」


 逆に考えると、この人が「この子には魔力がないですね」と発言した事が引導を渡す一つの切っ掛けになったとも考えられるけど……まぁ今となってはむしろありがたかった。

 カレン先生が俺たちの会話の頃合いを見計らって間に割ってきた。


「それにしても十年で何があってそんな―――」

「ミーネ、積もる話は後だ。そろそろ行くぞ」

「あはは、ごめーん。カレンは忙しいもんね」


 今はお茶しているわけではない。

 白帯が監視する宮殿の廊下のど真ん中なのだ。

 俺たちは目的の場所へ向かうことにした。

 ――当事者のエスス第七王女のところへ。


 無事に家に帰ってきたエススだが、まだ運命と向き合う決心が着いていないらしい。これから行なうのは心理療法(カウンセリング)だ。



 ついにユースティンの姉が登場です。

 『宮廷教師』の職業については第2幕第4場「◆正義の大魔術師」にて既に説明が入っていますが、振り返りで解説しております。


※次回更新は2月27日(土)

第4幕第1場が次の土日の更新で終わる予定です。


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