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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第1場 ―王宮騎士団―
163/322

Episode127 予定変更


 寒気がした。

 魔力が枯渇し始めたようだ。

 時間魔法を解除する。

 雑踏から逃れた路地裏。西日の時間だというのに涼しげな日陰。少し湿気すら感じる細い道。疲れはてた俺は、膝に手をついて項垂れた。

 相当、遠くまで来てしまった気がする。

 王都はだだっ広い。

 さっきまで居た冒険者や旅人が多い商業エリアとは雰囲気が違う。

 ここは中流階級の人が住む住宅街といったところか。

 待ち合わせ場所まで戻れるかな。


「お兄さん、すごく足が速いんだね」


 隣には日除け帽子を二枚重ねて被る鎖帷子頭巾服の少年エス。

 肩で息をしていた。


「お兄さんは要らない。ロストでいい」

「ロスト……」

「というか、エスは何でそんな厚手の格好してるんだ?」


 今は冬でもなければ夏でもない。

 そんな全身包み込むような防寒対策も要らないし、日差し除けの鍔広帽子も要らない。どう考えても季節感もないし、統一感もない。

 流行を先取りしすぎだ。


「ボクなりの変装のつもりだったんだ。さっきの奴らが追いかけてくるからさ。この格好なら闘技場の観客に紛れ込めるって思って」

「いや、紛れ込めるわけないだろっ!」

「おかしいな……。この服が今の流行りなはずなんだ。それに闘技場の入口にいたおじさんは闘技場に入るには帽子が"必須"だって言い張ってたんだよ? 観客もみんな帽子被ってるって思うじゃない。しかも、二枚も被れば完璧だなんて言われたら買わざるをえないよ。それがまさか誰一人としてロリカも帽子も装備してないなんて……」

「………」


 思考回路が明後日の方向だ。

 どこか抜けている……というか、常識感がないのか。

 しかも帽子売りにカモにされてるし。

 やっぱり関わったのは失敗だったか。早いとこ親御さんのところに無事に送り届けてあげて、任務完了といこう。


「これからどうするの?」

「とりあえず、エスを家に帰す」

「え………だ、ダメだよ!」

「どうして? やっぱり何か後ろめたいことでもあるのか?」

「ち、違……えーと、ほら、今怪しい奴らに追われてるでしょ? こんな状態で家に帰ったらボクのお父さんも危ないと思うんだ」


 なるほど、お父さんはちゃんといるようだ。

 良かった良かった。

 身寄りがなかったらどうしようかと思ってたところだ。

 しかし、エスの言うことにも一理ある。さっきの連中はわりと強い。黒い胴着を着たリーダー格二人とそれぞれ一戦交えてみて、だいたいの戦力は分かった。どちらも戦闘力はアルフレッド並か、それ以上くらい……。この強化された肉体や時間魔法がなければ危なかったからな。かなりの手練れだろう。

 そんな輩が一般市民に乱暴したらと思うと。

 ――となれば、少しの間は匿った方がいいか。

   でも親も心配してるかも。


「困ったときはシアに相談だな」

「シア?」

「あぁ、俺の彼女だ」

「あ……お兄さん、彼女いるんだ」

「こう見えてもな。すごい子だよ。強いし、頭も良いし、交渉ごとも上手いし、何でもできる」

「へ、へぇ~……」


 ちょっと優越感に浸る。

 ふっふっふ、少年にはまだ早かろうよ。

 良い女を手に入れるというのは勝者の特権なのだ。


「エス、ここから王都の中央通りに行く道は分かるか?」

「うん……なんとなくなら分かるよ」


 今から向かえばちょうど日没前には中央通りに辿り着けるだろう。

 もう時間魔法は使えないだろうから慎重に行かないと。



     ◆



 <一方その頃。宮殿にて>


 ラトヴィーユ国王陛下は不測の事態続きで頭を抱えていた。

 王座に座っていても落ち着かず、"王の間"を端から端まで行ったり来たりしながら考え事をしていた。


 まず、彼の第一の失態は隠し子の公表を早まったことだ。

 ロスト・オルドリッジという十六の少年が素晴らしい人格者であることは経歴を調べただけでよく分かる。我が子の専属の騎士として迎え入れたいという気持ちが早まり、どうしても臣下へと打ち明けておきたかった。

 実は私には七番目の子がおるのだ、と言えば、臣下たちも「ならばその黒帯にはロストという規格外の能力を持つ少年がぴったりですね」と勝手に声が上がると思って先走ってしまった。

 そんなものは老いぼれのせっかちな妄想に過ぎない。

 冷静に考えれば、「では早くにも黒帯候補を募らねば」と臣下が勝手に動き出し、選抜戦を開催し始めてしまうことなど予見出来たはずだ。議会を振り返ってみれば、≪転生≫や≪時間を操る魔法≫に注目が集まり、ロスト・オルドリッジ自身のことなど話題にあげる貴族院の議員は一人もいなかった。

 やはり老いはあなどれない。

 王座から退く日も近かろう。


 第二の失態は、その子自身に騎士選抜戦が始まると伝えたことだ。

 もし勝ち上がってきた黒帯候補が王侯貴族と謁見を果たして気に入られてしまえば、黒帯が決まってしまうことはほぼ確実だ。

 だが、発言権の序列が高いのは王の血を引く直近の子。

 七番目の子が拒否すれば、選抜戦を勝ち抜き、その特異魔法が認められた黒帯候補であろうとも専属騎士になることは出来ない。

 だから陛下は子に打ち明けてしまった。

 "ロスト"という人物のことも話をした。

 もし勝ち上がってくる騎士がいても、絶対に拒否するようにしたかったからだ。それだけラトヴィーユ陛下はロストという男に固執していた。≪時間を操る魔法≫など、お伽噺の現象。そんな無敵とも言える魔法を使いこなし、それを悪用するのではなく、正義のために使う――。

 会ってもいないのにラトヴィーユ陛下はその人物を気に入ってしまったのだ。


 だが、七番目の子はまだ世の中を何も知らない世間知らずだ。

 ましてや思春期真っ盛り。

 父親であるラトヴィーユ陛下が「こうしなさい」と言えば反感を買うこともある。現に、その子は選抜戦開催の日に合わせて、城から脱走した。

 しかも用意周到なことに、商工会ギルドへの≪魔力電信≫を利用した痕跡もある。


 ―――「ロリカスタイルが流行」と。


 脱走当日、城内に飾ってあった古い鎖帷子の兵装が一着無くなっていた。その子が事前に王都内の流行をでっち上げて、同じ服装をして外出すれば擬装も完璧だと思ったのだろう。

 昔から王家発信で服装の流行を吹き込む風土がここにきて仇となった。

 なかなか頭のキレる子だ。


 そして最後に、七番目の子が闘技場にて怪しげな男に誘拐されてしまったと報告を受けた。王宮騎士団のNo.2とNo.3の力を以てしても、その魔族は押さえられなかったらしい。

 これはもう騎士選抜戦どころではない。

 守ろうとしていた子の命が危ないのだ。


「選抜戦は中止しろ。エススの確保を最優先にな」

「ハッ―――」

「一般市民には誘拐された事は秘密にするように。王都内で混乱が発生するのは避けなければならん」


 王国最強と謳われる英雄二人でも太刀打ちできなかったその男は一体、何者なのだろう。その一人のボリス・クライスウィフトによると「遺跡などに残る古い魔力の匂いがした」ということだ。

 怪しさは見た目だけでなく、扱う魔法も同様とのこと。

 国内にはまだ未知の能力者が山ほどいるようだ。

 いつかの議会で、無詠唱能力者(アリア・フリー)は年々増えていると王家専属の宮廷教師も進言していたくらいだ。能力者連中がロストのように正義の味方になることもあれば、悪の組織になることもあるのだろう。

 ラトヴィーユ陛下は指示を出しても尚、王の間を右往左往していた。



     ◆



 周囲に気を配りながら、慎重に進んだ。

 エスは声を出さず、指を差しながらあっちだこっちだと俺に道筋を案内してくれた。その指の方向には迷いらしきものを感じたが、信じて大丈夫なんだろうな……。

 夕陽が正面から俺たちを照りつける。

 前から歩いてくる人々も逆光で黒い影となっていた。

 まだ大きな通りには人影が多い。

 昼間と同じくらいに居る。

 バーウィッチではだいたい日が暮れてくると皆、家に帰っていくので、さすがは都会だと感じさせた。

 ―――馬の蹄の音が正面からゆっくり近づいてきた。

 見上げると、馬に跨る誰かの影。


「み、見つけた……! これで僕も騎士団に!」


 まだ若そうな青年の声だ。

 俺たちの前に立ちふさがると、馬から降りて背中の鞘から剣を抜く。

 そのまま男は剣と盾を構えた。


「見つけたぞ! 僕はラン―――うっ」


 すかさず、後ろから首筋を手刀で叩く。

 大禍斬りドップラーアイの原理を手刀に応用させた。

 兜を被っているのに(うなじ)は丸出しだ。

 これでは装甲の意味がない。

 幻覚を見せて背後に回り、気絶させた。


「誰なの?」

「知らないけど。でも剣を抜いたってことは敵だろ」

「そ、そういうものなんだ」

「戦場で生き抜くためには速攻を勝負をかける……これが影真流だ」


 と、トリスタンも言っていた。

 影真流は暗殺に特化した最速の剣技。気づかれずに音もなく斬りつける《影斬り ソナーアイ》という技もあるくらいだ。

 鎧の男が乗っていた馬も、同意するようにブルブルと鼻を震わせた。

 よしよし、お前は分かってくれるか。

 主人も少ししたら目が覚めるだろうから、あとはよろしく頼む。



     ○



 それらしい妨害もなく、なんとか王都の中央通りに辿り着いた。

 自分の見知ったところにまで辿り着いて安心した。日がかなり暮れているというのに、雑踏もまだまだ多い。その中に鮮やかな青い髪の女の子が立っているのを見つけた。

 シア・ランドールだ。

 その隣にはカレン先生も立っていた。

 知らない土地で顔見知りを見つけるとこんなに安心するものなのか。

 あぁ、良かった……。


「おーい」


 俺が声をかけるとすぐシアは反応してこちらに向いた。

 ジャケットスーツを着たカレン先生も両腕を組んで指先をとんとんとさせていた。どうやら苛々しているらしい。ちょっと時間が遅かったようだ。二人は俺が連れている鎖帷子の少年を見た瞬間、怪訝そうな表情に変わっていった。 

 シアはいつものようにジトっとした目を向けてくる。

 カレン先生は鋭い目つきがさらに鋭くなっている。


「ロストさん。なんですか、その子は」

「それがまた色々と面倒なことがあってな」

「色々と……? よく面倒事に巻き込まれる人ですね」


 痛い所をつかれる。

 そういう星のもとに生まれたんだから仕方ないだろう。

 元々は神が仕組んだ人生だったんだからな。

 そう自分に言い聞かせても、これから相談しようと思っていた人間に言われると余計心に響いた。


「一体なにがあったんだ。その子の格好もかなり奇抜だぞ?」


 カレン先生に尋ねられ、とりあえずこれまで起きたことを簡潔に伝えておいた。商業区を観光していた事。王宮騎士団の選抜戦が行われてると知り、闘技場に足を運んだ事。隣にいたこの少年が怪しい修道士軍団に追われていた事。それを助けようとして連れてきた事。


「まったく、キミという男は……とんだ救済体質だな」

「それで親元へ帰してあげるまで匿えということですか?」


 シアの威圧的な指摘に俺もたじろぐ。

 エスは呆然と俺たち三人のやりとりを聞いていた。

 この場面は俺の冒険者の始まりを思い出す。


 ――行く宛てのない俺。夕焼けに染まる冒険者五人。反発するリーダー。

 立場は違うけど、状況は同じだ。

 今、エスが感じているのは果たして匿ってもらえるかどうかの不安感だろう。見知らぬグループやパーティーに加えてもらうとき、不安に思うのは誰だって一緒なはずだ。


「父親がいることは分かっているんだ。でも追っ手が引くまではこの子も家に帰りたくないって言ってる。俺たちも時間には余裕があるんだし、せめて予定が入るくらいまでは匿ってあげてもいいんじゃないかな?」


 予定が入るまで。

 一応、一週間後には聖堂騎士団のパウラさんとケアと一緒に、メルペック教会本部に同行する予定が入っている。それ以外はどうなったんだろう。

 王宮の議会に伺う日は決まったんだろうか。

 あとイルケミーネ氏と会う日も……。


「カレン先生は王宮には行ったんですか?」

「一応な」

「一応?」

「それが今、王家も大混乱なようだ」

「というと……?」

「実は、私も予定が狂って苛々していたところなんだが―――キミが見に行ったその選抜戦で話題の王の隠し子が、城から脱走したらしい」

「えぇ!?」


 俺の驚きの声に合わせ、エスも肩をびくりとさせた。

 さっきまで闘技場で観戦していただけに、中々に衝撃的な事件だ。

 どうやら内々の事情があったようだ。

 王家から隠し子が脱走。

 選抜戦も中止する騒ぎになったとか。

 差し詰め、隠し子自身も一気に事が運んで動揺したってところだろうか。闘技場観戦中もエスが言っていたけど、子どもも勝手に専属の騎士を決められて反発したくなったのかもしれない。


「王宮騎士団の中には人探しが得意な騎士もいてな。そいつらを派遣しても見つからなかったとか……。だから私たちと会っている暇はないとあしらわれた」


 カレン先生は組んだ腕を指先でとんとんする仕草をどんどん速めていく。

 相当苛々している。


「私は早いところバーウィッチへ帰らねばならないんだ。これでも官庁の仕事を山ほど抱えているし、魔法学校の子どもたちの健康状態も心配だからな」


 カレン先生は優秀な公務の人間であり、優秀な治療師(ヒーラー)でもある。予定が狂えば、それだけ不在期間も伸び、仕事も後々に押し寄せると云う。

 なんか随行してもらったのが申し訳なくなってくる。


「だからミーネを先に呼んでおいた。彼女も私以上に王家の人間と顔があるからな。……すまないが、君たちはミーネと同行して王宮の議会に向かってくれ。アルバーティ校長からの依頼も済んで一石二鳥だろう?」

「おおー」

「私は君たちを彼女に託したら何日か後にはバーウィッチへ戻る」


 当初は王宮議会へカレン先生と一緒に向かい、その後にイルケミーネ氏と会う予定だった。それを、イルケミーネ氏との面会を先にしてそのままイルケミーネ氏と王宮議会に同行という予定に変更といった感じか。

 さすがカレン先生。

 不測の事態が起こってもすぐ臨機応変に予定も組んでくれた。

 

「ミーネは今、弟の面倒を見るために魔法大学の学園都市で暮らしているそうなんだ。おそらく明日の昼にはこちらに着けるだろう」

「わかりました!」


 そういう事なら一晩はエスのことも匿ってもいいだろうか。

 俺は隣に立つ小柄な少年に視線を投げかけた。

 まだ怯えるように目を震わせている。


「シア、この子も……いいよな?」

「仕方ないです。ロストさんは子ども好きですもんね。ご自由に」


 子ども好きのつもりはない。

 守ってあげたくなる存在がこういう弱そうな存在というだけで。

 俺が予想している以上に、シアは拗ねていた。



 明日の昼に宿の前で待ち合わせし、カレン先生とも別れた。

 イルケミーネ氏を直接連れてきてくれるらしい。

 カレン先生はいつも遠征時に泊まる公務用の宿舎があるらしく、そこで寝泊りしているようだ。仕事で来ているのに個人で宿代を出していたら費用も馬鹿にならないらしい。

 シアは俺と二人で泊まる用の宿を見つけてくれていた。

 でも一人増えたというのもあって、もう一部屋借りることになってしまった。しかも機嫌を損ねたシアは、俺とエスで寝泊りしろと部屋割りを指示してきた。

 一人で寝るから、俺とエスの二人で共同の部屋を使え、と―――。


 なんか凄く怒ってる気がするのは気のせいというやつですか。



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