Episode125 騎馬戦ジョスト
※時系列変更なく、視点が変わります。
(とある挑戦者の話)
エリンドロワ王宮騎士団。
その中の"黒帯"と呼ばれる幹部たちは、戦士たちの憧れの的だった。
戦闘力、魔力、精神力、知性、人格。
どれを取っても非の打ち所がない理想の権化。英雄の象徴。
その選抜に偏りはない。人種や身分、性別、宗教に差別されることはなく、誰でもその手に栄光を掴むチャンスがある。さらに騎士身分となれば、王領内でも優遇される。
騎士団の構成員の中にはそのまま貴族としての身分を手に入れた者もいた。
マグリール家、パインロック家、ルイス=エヴァンス家。
それぞれ、東方、西方、北方に分かれて領土を与えられ、各地方の地主として君臨している。その御三家は騎士家系として名高い。
代々、御三家の子孫は先祖の栄光に憧れ、王宮騎士団を目指す者ばかりだ。実際に現・王宮騎士団団長アレクトゥス・マグリールも御三家の出自である。彼は先祖譲りの特異魔法≪不死鳥の冥加≫を武器に、騎士団長にまで昇り詰めた。
今、七人目の騎士の選抜に挑むため、選手入場口前で待機する青年がいる。
―――彼もまた、そんな先祖の後を追う一人なのだった。
「それでは次戦、出場者一同、整列せよ!」
審判の張り上げた声。
緊張の面持ちで愛馬を引き、闘技場へと歩く。
「よしよし、トニー。僕を勝利へ導いてくれよ……」
青年は闘技場に並べられた奥から二番目の柵で立ち止まった。
愛馬のトニーは父親から十五歳の誕生日にプレゼントされ、三年間連れ添った仲だ。トニーの愛称は昔、稽古をつけてくれた憧れの騎士の頭文字から取って命名した。
愛馬は緊張でがちがちになった主人を励ましたかったのか、鼻を鳴らして首を振った。青年はプレートアーマーに身を包み、仰々しくフルフェイスの鉄兜まで被ってこの選抜戦に挑んでいる。
彼は、その決意だけは人一倍強かった。
"王宮騎士団の幹部になる"。
それは没落家系を再建するための、一縷の望みなのだ。
王様の隠し子が発覚し、七人目の"黒帯"を募集している今だからこそ……。
「武器のチェックに入る! 君、背中の刀剣を見せなさい!」
近くに立つ副審に声をかけられた。
振り向き、背中に背負った鞘から剣を引き抜き、手渡す。
副審は慎重にその刀剣を吟味し始めた。剣は鋭利すぎないか、鈍らせているか、実剣の機能はないか、魔力の痕跡はないか。
「ふむ。殺傷能力なし。許可する」
刀剣を返され、青年はそのまま剣柄を握りしめた。
「待て。記録によると君の名前は……」
愛馬に乗ろうと鞍に手をかけたとき、再び名前を呼び止められた。青年は再度、副審の方を向き、フルフェイスの鉄兜の先端を向けた。
「初代王宮騎士団団長と同姓同名じゃないか。本名なのか?」
「はい」
「そうか。では、君は北方クダヴェルの地主家系か」
「はい! ――――僕はランスロット」
青年は名乗り、自分自身でもはっとなった。
この名前には誇りがある。この名に賭けても、この試合は勝利しなければならないのだ。己を鼓舞させ、先祖の力を今一度その身に宿そうと、その名を喚んだ。
「ランスロット・ルイス=エヴァンスです!」
愛馬に跨る。
先祖の名前も、恩師の頭文字を借りたこの騎馬も、勇気をくれる気がした。その名に恥じぬ試合がしたい。何としてでも"黒帯"になるのだ。
直線上に対峙する対戦相手を兜のバイザー越しに見定めた。
なんと対戦相手は、重装備のランスロットとは相反して全裸同然の女戦士だった。防具としては鎖帷子を羽織り、鉄の腰当てや篭手なぞは装備しているようだが、女戦士は惜しげもなくその恵体を晒け出していた。
ランスロットの目から見ればふざけているように見えた。
だが油断は禁物だ。
ここは鎬を削る選抜戦の予選。
形振り構わず勝利を手にしようと、女であればあのような幻惑作戦に出る者もいるだろう。加えて、この騎馬戦は英雄としてのカリスマ性が在るか否かの評点も付けられている、と事前の情報屋から教えてもらった。
人々の歓声を集めるかどうかも評価されるという事だ。
現に、今観客席の視線は彼女に集中している。彼女が汚い手を使っていると批判する物もいるかもしれないが、人気を集めているのは事実なのだ。
乙女が恥じらいを忘れることはない。
自分とさほど年も変わらぬ若き女戦士であれば、あれは、勝利を手にするために恥を忍んで切り出した捨て身の作戦なのかもしれない。ともすれば、その至誠、全力で応えなければ無礼というもの。
ランスロットは誠意を持って、その女戦士と対峙することにした。
愛馬を位置につかせ、今一度深呼吸した。
初試合だ。緊張は拭えない。
しかし、これは相手も同様。
初戦であることは間違いないのだ。
ランスロットは今一度、女戦士を見定める。
―――彼女の騎馬は、へんてこな金属板だった。
ランスロットは動揺した。装備が装備だけにというのもあるが、通常の騎馬ではなく魔道具を用いるという所に抜け目のなさを感じたからだ。
ここでの騎馬戦は、必ずしも馬に乗る必要はない。
相手と向かい合い、同程度の速度で迫り合えれば、どんな乗り物でも構わないのだ。
負けの判定は"騎乗物から落下する"ことである。そのため、騎乗物に自身が固定されなければ何でもいい。しかし、まさか初戦から対戦相手が馬ではなく、見た事もない新種の魔道具に乗ってくるとは思いもよらなかった。
しかも、女戦士はそんな金属板の上に両足で立っているだけだ。
跨る以上に落下しやすいのは間違いない。
どういう意図で挑んでいるのか理解できず、ランスロットは混乱した。
「それでは、第一陣!」
しかし無情にも試合は始まってしまう。
ランスロットは心を落ち着かせようと必死だった。
―――早朝。邸宅の庭。突き出た鉄柵。そこに刺さる人の生首。
「はぁ……はぁ……」
心が乱れる度に、過去のトラウマが想起される。
幼少期に屋敷の庭で発見してしまった人の生首の歪んだ顔面が。
警衛として屋敷に住みこみで来ていた憧れの戦士。養子となって兄貴分となった彼が失踪した日、その生首は手紙とともに鉄柵に突き刺さっていた。
第一発見者がランスロットだった。
それ以来、ランスロットは人の血や凶器の先端を見ることができなくなったのだ。
それももう十数年前の話―――。
今ではある程度、恐怖症も克服し、なんとか騎士として武器を扱えるまでにはなった。
しかし生首だけは未だに駄目だった。
―――パンっと空砲が鳴り、副審の掛け声が耳に届いた。
ランスロットは無意識に愛馬を蹴り、走らせる。
直線状にはしる柵が、次々と流れていく。
その柵の数々に、過去の情景が当てはまる。まるで生首が刺さっていても不思議ではないほどに、柵が尖っているように見えた。
「くっ………」
手の甲で冷や汗をぬぐい、ランスロットは頭を振った。
こんな初戦で負けては父親に合わせる顔がない。
迫り来るは直立した全裸同様の女戦士。
その女戦士が腰のバスタードソードを抜き、水平に構えた。
応戦するように、ランスロットも高々と剣を掲げる。
交錯する刹那―――。
ランスロットは力任せに相手の振るう剣を弾いた。
動揺の胸中でその剣筋を見極められたのは奇跡だったかもしれない。
……カキンと、甲高い金属音が耳に響いた。その直後。
「な、なにぃぃいい!!」
悲鳴は駆け抜けた背後から聞こえてきた。
後ろを見やると、女戦士はハスキーな声で悲鳴をあげ、立ち乗りする機動兵器ごと高速回転している。
「どんな衝撃にも耐えうる最強の機動兵器じゃないのかぁぁぁっ! ―――うっ」
制御不能なままコース外へと飛び出て、壁に激突した。
そのまま女戦士は意識を失った。剣が弾け合うときの衝撃が足から金属板に伝わり、それが機動兵器の安定性を崩す要因になったようだ。
文字通り地に足の付いてない状態で剣を振るえば当然の反応だった。
「……って、すぐ考えれば分かるよね」
ランスロットは対戦相手の失態を見て、あらためて馬の利点をしみじみ感じた。トニーの首を撫で、初戦の勝利を分かち合う。
―――それと同時に、自分でも勝ち抜ける、とランスロットは少し自惚れた。
◇
王宮騎士団のNo.3 ガレシアは騎馬戦の初戦の様子を見に来ていた。
彼女は王家の次女に就く騎士だ。
種族は魔族。赤みを帯びた肌に色素の薄い象牙色の髪色をしているのだが、今の様相は真逆だった。色白の肌に褐色の髪色に変化させ、人間族に擬態している。それは化粧や髪染めによる変装とはまるで別物で、彼女の特異魔法≪磨礪の幻影≫の力による正真正銘の擬態だった。
もちろん王宮騎士団幹部の制服"黒帯"姿でもない。
傍から見れば一般女性が観戦しているようにしか見えない。
「………」
そんな彼女の元に、別の"黒帯"が現われた。
黒帯衣装を着崩して胸元を肌蹴させている。
王宮騎士団No.2 ボリス・クライスウィフトだ。犬系統の半獣人族の男性。痩身で、身軽そうな様相。彼の特技は"嗅ぎ分け"である。
魔力探知スキルの域を超え、どんな変装・擬態をしている相手でも見破ることが出来る。また、五感に優れ、人探し・読心術といった"嗅ぎ分け"もお手のもの。彼の特異魔法≪悪魔の証明≫の力だった。
擬態のガレシアにとっては天敵のような男で、苦手意識が強い。
しかし煙たがるガレシアとは相反して、街中の女性たちからの支持は厚い。相手の心を手玉のように取り、さらには半血統に特有の甘いマスクがその要因の一つだった。現にこの闘技場の見物指定席にボリスが訪れたときには、周辺の女性陣から黄色い歓声が上がっている。
「ガレシア、こんなところにいやがったか」
「なによ、犬ころ……また餌を探しているのかしら?」
皮肉を返したところでボリスが動じることはない。
彼は自信家だ。多少の憎まれ口を叩かれようが、取るに足らないものは受け流してしまう。
「奴さん、脱走したってよ」
「……本当に?」
奴さんと聞いただけで誰のことかは察しが付いた。
しかし不思議である。ボリスの手にかかれば、逃亡者など簡単に探してしまうはずだ。それをわざわざ擬態中のガレシア自身の所へ来るという事はどういうことだろう。
ガレシアが眉をひそめてボリスを見返すと、すぐ察して事情を説明してくれた。
「や、もう場所は分かってんだ。この闘技場に来てる。ついでにアンタの臭いも感じたから挨拶がてら声かけたってーわけよ」
「あらそう。お気遣いなく」
「アンタの力も貸してはくんねーか? 俺じゃあ、どうやっても力づくになっちまうから」
「野獣だものね」
「うるせぇーな」
ガレシアは仕方ないとばかりに腰を上げ、ボリスに付いていくことにした。二人の後ろをぞろぞろと大勢の"白帯"が付いて回る。彼らは騎士団。個々の騎士ではなく、一つの組織なのだ。
ガレシアは擬態を解き、本来の姿に戻ると同時に黒帯の胴衣を羽織った。
「まぁ自分の専属騎士が決まるかもしれないんだもの。様子を見に来たくなるのも当然よね」
「そんなもんかぁ?」
赤い魔族と色白の獣人族が歩く様は何とも物々しい。周囲の観戦者も普段お目にかかれないような英雄二人が並んで歩く姿を見て騒然としていた。
◇
ランスロット・ルイス=エヴァンスは次の対戦に挑んでいた。
今日の対戦はこれが最後だ。ここで順調に勝ち進めば、二日後にまた試合がある。
先ほどと同様、馬を一直線に敷かれた柵の両端に並べ、対戦相手と対峙する。
先ほどと同じ要領でやればいい。
それに今回の敵は、普通の馬に跨っている。
変な魔道具に乗っているわけではないし、動揺もしていない。
心は至って平常だった。
闘技場の観客席から湧き起る歓声には二戦目でも緊張するものだ。しかし、初戦の勝利が彼に自信を付けさせた。ランスロットはもはや幹部候補入りも夢じゃないと舞い上がっている。
「失礼! 貴君はルイス=エヴァンス家の跡取り息子と伺った! 間違いはないか?」
対戦前、突然にも対峙する相手が声を張り上げた。ランスロットは一瞬、びくりと反応したが兜のバイザーを上げて顔を出し、誠実に返事をした。
この名前にも家柄にも誇りがある。
「そうだ、僕がランスロット・ルイス=エヴァンスだ!」
「ふっ……やはりそうか」
嘲笑を見せた後、対戦相手も兜のバイザーを上げて顔を見せた。
「私はペレディル・パインロック。今回の七人目の黒帯になる男だ」
ペレディルと名乗る男は堂々と宣言した。
周りの観客席からの野次も諸共せず、ペレディルは両手を広げて挑発している。観客席から顰蹙を買っている一方で、ランスロットはその名を聞いて唖然としていた。
パインロック家―――魔術師貴族のクライスウィフト家に並び、西方エマグリッジでは有数の貴族だ。さらに、パインロック家も騎士貴族の御三家の一つ。代々自尊心が強く、父親ヴァンデロイ曰く、あまり関わらない方がいい名家の一つだそうだ。
「黒帯になるのはこの僕だ……!」
「ふん、没落貴族が……!」
ペレディルの得物は槍。
リーチの長さには優れるが、機動性は低い。
対して、ランスロットの得物はロングソードだ。
槍は威力が高いので一度受ければ落馬の危険性は高い。しかし馬上試合においては命中率が芳しくないのが難点だった。それに比べ、ロングソードであれば確実に相手の懐を突くことが出来る。
見るに、ペレディルの防具はほとんどが革鎧だった。
防具は身軽にし、槍で劣る機動性を少しでも確保したようだ。ランスロットはフルアーマーの防具のため、防具で比較すれば機動力は低い。しかし、ロングソード一本振るうには十分だった。
「覚悟はいいか、ルイス=エヴァンス! 君は随分と甘やかされて育ったと聞いているぞ」
「関係ない! 僕も必死に修行したんだ」
「そんな簡単に強くなれると思うな! 英雄譚の主人公にでもなったつもりか」
ペレディルの声の直後、空砲が鳴る。
試合開始の合図だ。
馬を蹴り、大地を駆る。
ランスロットは相対する宿敵を前にして、血統の誇り、背負った家柄の重みを感じていた。
剣を水平に構え、一手でも早く相手の隙を突こうと前傾姿勢となる。槍を相手にするならば、まずは初手で決める。突きに特化した槍では、どうしても走りながら攻撃の手を加えることは難しい。剣や鈍器の攻撃に一手遅れを取るのだ。
―――ならば、手を下される前に落馬させ、勝敗を決めるのが最善策。
「ハァ!」
ランスロットの極める剣技は"聖心流"。
マナグラム分類上ランクCだった。まだまだ駆け出しであることは否めないが、かつて弱虫だった彼にしては立派に成長したものだ。
聖心流は横斬り、縦斬りといった渾身の一振りを前傾姿勢で相手に叩き込む。
影真流のように連撃や速撃を繰り広げるのとはまた違う。
一刀に賭けるのだ。
だからこそ、騎馬戦では聖心流が優れている―――!
だが……。
―――ヒヒィン!
愛馬が嘶きの声を上げる。
三年間連れ添った相棒が制御不能になった。
馬は上体を上げて、ランスロットを振り落としにかかった。
「なっ……どうした!?」
ランスロットは馬にしがみつき、なんとか落馬しないように持ちこたえた。しかし、そこに迫り来るのは槍を水平に構えたペレディル・パインロック。
態勢が建て直せないランスロットに長い槍を一振りした。
「ふっ、獲った……!」
ランスロットは長槍の一打を喰らい、そのまま振り落とされた。
背中を地面に打ち付けた瞬間、ランスロットは敗北の痛みを感じていた。
「くっ、なんで……」
体を起こし、蹈鞴を踏む愛馬に駆け寄る。
様子を見ると、トニーの胸のあたりに小さなナイフが突き刺さっていた。食事用の銀ナイフのようである。それほど深々とは突き刺さっていなかったが、馬の進行を妨害するにはちょうどいいサイズだろう。
―――ペレディルが騎乗で迫る最中、このナイフを投擲したのだろうか。
しかし、殺傷力のある武器の持ち込みは禁止である。それにランスロットは真っ直ぐ彼だけを見ていた。投擲をする素振りなど見せてはいなかったはずだ。
何故こんなものが愛馬の胸に突き刺さっているのか理解が出来ない。
ランスロットはその銀ナイフを引き抜き、治癒魔法ヒーリングを施してやった。
「君では黒帯に相応しくない。脇役は大人しく田舎暮らしでもしていろ」
振り返ると、そこには兜を脇に抱えてランスロットへ近づくペレディル・パインロック卿の姿があった。癖のある長い黄土色の髪を両頬に垂らし、皮肉めいた言葉を駆けにきたようだ。
どちらにしろ、ランスロットは負けてしまった。
もう王宮騎士団の幹部"黒帯"になるチャンスは失われてしまったのだ。
失意のどん底に立たされ、目の前が真っ暗になるのを感じた。
…
ランスロットは愛馬を引き、とぼとぼと選手入場口から控え室へ。
そして退場の手続きを済ませ、闘技場から出た。
北方クダヴェルから遠路はるばる旅に出て、ようやくたどり着いた王都。そして期待に胸を膨らませ、万全の状態で挑んだ選抜戦だった。
悔しい。
これまでの長い道のりが頭に浮かんでは消えた。
魔法学校に通い詰めて魔法の勉強も必死にした。騎士となるための作法も学び、礼節も学び、そして一番のトラウマだった剣技も、聖心流の道場に通って鍛えた。
剣は無理だと思っていたのに、マナグラムでランクCにまで成り得たのだ。
その期間、丸々含めて十二年。
もう十八歳となっていた。
どの場へ行っても模範生となれるように必死だった。
しかし、魔法の腕前も剣術の腕前もとりわけ秀でるものはなく、優等生の域を出なかったのだ。
"黒帯"選抜戦で勝利すれば王宮騎士団の幹部候補……あるいは、それが駄目でも王宮騎士団の一員(茶帯や白帯)くらいには成れるかと期待していたのだが、その夢も潰えた。
予選落ちでは騎士団勧誘の声はかからないだろう。
さてどうしようか。
と、闘技場前で馬の手綱を引いていた時。
―――ヒヒィン!
後ろにいたはずの愛馬が、突如目の前で嘶いて、蹈鞴を踏み始めた。
―――と思ったのも束の間、
世界が赤黒い魔力に満たされた。
そして行き交う人々が静止している。
背中には追突の衝撃。
「っと、ごめんよ!」
白いフード付きのマントを目深に被った浅黒い顔の男に謝られた。
その男が手を引いているのは、鎖帷子に頭巾を被った少年。
―――しかし、その二人組も謝罪の直後に忽然と消えてしまった。
赤黒い魔力も一瞬で消え、何事もなかったかのように世界は再び動きだした。
「なんだ……?」
疲れているのだろうか。
幻覚が見えたり、幻聴も聞こえてしまうほどに。
だがその後ろから走る騎士団を見て、先ほどの二人組が見間違いではないことは分かった。
「何処へいきやがった!?」
「犬ころでも追えないって、どういうことなの?」
追走するように現われたのは、ランスロットが目指した理想の英雄たち。
王宮騎士団No.2 ボリス・クライスウィフト。
王宮騎士団No.3 ガレシア。
―――初めて生で見る"黒帯"だった。
黒帯二人の後ろには王宮騎士団の従騎士"白帯"たちも大勢やってきた。
その日、ランスロット・ルイス=エヴァンスの運命もまた動き出したのである。
※次回更新は2月20日(土)の予定です。




