Episode14 魔力の女神ケア
リンジーたちと分かれ、俺とアルフレッドはサン・アモレナ大聖堂の正面の広場を横切っていた。
「フレッド、また俺を置いていくんじゃあ……」
「なに不安がってんだよ。今日はまず下準備から始めるから、お前にも手伝ってもらう」
「下準備?」
そう言ってフレッドは少し早歩きで大広場を闊歩した。
向かう方向も、こないだの露店商が立ち並ぶの大通り方面。
本気でビジネスでも始めるのか?
無謀のアルフレッドが?
街を眺めていると、着々とお祭りの準備も進んでいるように見えた。
大工たちが屋台骨を作り上げたり、街灯にリボンの飾りつけをしている若い女性もいる。
飲食店の前では、お祭りの際に売り歩くつもりなのか、ふくよかな女性が外売り用キャビンを綺麗に磨いている姿も目に付いた。
「本当にお祭りが始まるんだ」
俺はあまり経験したことがない街中の活気ある雰囲気に浮き浮きしていた。
それに反して俺の少し前を歩くアルフレッドは、あまりそんな浮ついた気分に浸るつもりもないようにさくさくとマーケット方面へと歩いていった。
「ジャック、祭りってのは騒ぐためにあるが、誰しもが思い通り騒いでたら、嫌な思いをする奴もいるもんだ」
浮かれた俺にフレッドが水を差した。
「どういうこと? 俺は他の人に迷惑かけたりはしないよ」
「お前のことじゃねぇさ。ガキは騒いでれば周りも楽しい。人に気遣わないで素直でいりゃいいんだ」
…
そうしてアルフレッドは露店商が立ち並ぶ通りに到着すると、何か物色するわけでもなく、ある方向へ向かって歩いた。
少し薄暗い武器屋に到着した。あまり人の出入りも少なく、寂れている。
中に入ると、外の快晴と対照的に暗さが目立って、ちょっと陰鬱な雰囲気だった。
「よぉ大将! 調子はどうだ?」
「ん? なんだあんちゃん。あんま見ねえ顔だな。冒険者かい?」
アルフレッドはそこで明るく気さくに武器屋の主人に話しかけた。武器屋の主人はいかにも海の街の男という感じの、色黒の坊主頭だった。
「俺はシュヴァリエ・ド・リベルタのリーダー、アルフレッドだ」
「リベルタって、もしかしてあの……」
「おうよ。あのリベルタだ」
「まじかよ。そんな大物がこんなシケた店に何の用だい?」
「シケた店? 俺には宝物庫に見えるぜ」
「またまたぁ」
そんなやりとりをして武器屋の主人との距離を一気に詰める。
「大将、ちょっとした相談なんだが、俺たちは今少し資金不足なんだ」
「おいおい、値切りなら諦めてくれ。こっちもぎりぎりでやってるんでな」
「ちげーって。この店にある刀剣で一番安いやつをくれ」
「安いやつ? 天下のリベルタのリーダーがなんだか景気悪いじゃねえか」
「まぁな。売れ残りでいい。安くて、でも見栄えのいいやつがいい」
武器屋の主人が、なんだよ冷やかしかよ、みたいな顔して奥へ引っ込んでいった。
戻ってきたときにはとても細い古いレイピアと、オモチャのようなダガーを持ってきた。
その2本をカウンターにがちゃりと粗末に置いた。
「うちで一番安いのはこんなもんだ。ガキのおもちゃだぜ。そこのチビにでもプレゼントするのかい?」
「こいつはいっぱしのリベルタのメンバーだ。バカにすんじゃねえ」
「え、まじかよ……」
アルフレッドは珍しく俺を庇い立てして主人に睨みを利かせた。
「これらでいくらだ?」
「それぞれ160Gだ。安いだろ?」
「そうか―――んじゃあ、あっちのお飾りはいくらだ?」
アルフレッドは店の入り口の梁に飾られた、装飾華美な刀剣を指差して問うた。重圧感のあるバスタードソードだったが、実用性は低そうである。
「あれ、は……売りものじゃねえからな」
「じゃああれを200Gで譲ってくれ」
「200Gだぁ? はっはっは! バカにすんのもよしてくれ」
「……2日後」
「ん? なんだ」
「2日後にこの店で一番高い剣を買ってやる。だからあれを200Gで売ってくれ」
「なんだよそれ」
「一番高いのはいくらだ?」
主人は不満そうだったがその気迫ある問いに思わず答えた。
「……うちは格安店だからそんなに種類はねえが、まぁあそこのツーハンデッドソードで25,000Gだな」
「じゃあそれを2日後に買うぜ」
「おいおい、そんな保障もなしに―――」
「じゃあ大将、俺の愛剣を預ける。リベルタのアルフレッドの剣だ。これを2日後まで預かっててくれ」
「待て、こいつは……! ボルガ・シリーズじゃねぇか!」
武器屋の主人も困惑し始めた。
アルフレッドの愛剣ボルカニック・ボルガ。
かなりの焼入れが入った、黒々とした鋼鉄の重圧の剣だ。グリップ部は赤い布で雁字搦めにして、年季を思わせる。鞘も特注なのか、赤い刺繍が入って炎を演出している。
武器屋の主人の反応から察するに、巷では有名な名剣なのか?
まさかの預け物に目を白黒させていた。
しかしアルフレッドの真剣さに気圧されたのか、主人も渋々承諾してくれて、刀剣を預かり、代わりに装飾刀のバスタードソードを200Gで売ってくれた。
そして店の軒先に出た。
「フレッド、いいのか? 大事な剣じゃないのかよ」
「……これで2日は戦ねえな」
「駄目じゃんか! やっぱり返してもらおうよ」
「いや、いい。おかげで"良い"のが手に入った」
「2日で25,000Gも払う余裕あるかな?」
「ふ、余裕だぜ」
不敵な笑みを浮かべて武器屋を後にした。
…
それから何件かマーケット付近の店を回って、アルフレッドは塗料やら雑貨品を買いあさっていた。お金を稼ぐどころか浪費しているようにしか見えない。
「そんなに買いこんだらリズとリンジーに怒られるんじゃないの?」
「いいんだ! 俺には考えがある」
いつも考えなしのくせに……。
いつしか日も傾いて海沿いの街に赤い夕陽が差し込んできていた。最後に辿り着いたのは装飾感のない、大きな四角い建物の前。どうやら官庁らしい。
果たしてアルフレッドが何を考えているのかさっぱり分からない。
この街の官庁には、監獄や裁判所も併設されているためかなり広大な敷地を有していた。
「お前はここで待ってろ」
官庁前の小さな公園で俺に待つように促したアルフレッド。買い込んだ荷物も俺に渡して、官庁へ一人で正面から入っていく。
先日兵士に追いかけられていたけど大丈夫なのか?
入った瞬間、即刻御用って展開はないよな……。
それとも血迷って自分から逮捕されに来ました、とか。
いろいろと心配だ。
建物や街灯が作り出す影を渡り歩いたりして時間をつぶした。
この影からはみ出て日照ゾーンを踏んだら俺は死ぬ、という設定で1人遊びをし始めた。
"~~~したら俺は死ぬ"シリーズの遊びは一人でも遊びやすい。
徐々に飛び渡る影が少なくなってきて絶体絶命。
ここから次の影まで俺の跳躍力ではかなり厳しい。助走をつける影もない。しかし俺は意を決して立ち幅跳びをした。
半分も届くことはなく、容赦のない夕陽が差し込み、俺は死んだ。
「おい、ジャック、なにやってんだ」
そこにちょうどよく官庁から出てきたアルフレッドが声をかけてきた。なぜか隣にはドウェインも一緒だ。
「ドウェイン、どうしたの?」
「僕もたまたまここに来てたんだよ。ちょうどいいから3人で帰ろう」
ドウェインは朝から姿を見なかったが、いつもと対して変わらない風貌でアルフレッドと並んで立っていた。
それから3人で歩いて宿屋まで帰ったが、ドウェインはこの地に伝わる女神の伝承について歩きながら夢中で語っていた。
アルフレッドは興味なさそうだったが、俺はその女神の伝承にとても興味がある。
――――というのも、ガラ遺跡内で見かけたあの少女。
この話をしても他のメンバーからは気持ち悪がられるだけだった。きっと訳あって俺にしかその姿もその声も感じ取れないようだ。
あの子が女神かどうかは分からないけど、何か関係がある気がする。トリスタンは邪神と言ってたが、そんな風には見えない。
純粋に助けを求めているようにしか……。
「この土地では昔、牛の所有量で財力を比べ合ってたみたいなんだ。ここの女神はケア・トゥル・デ・ダウというらしいんだけど、牝牛の神であると同時に魔力の神だ」
「それでガラ遺跡にはあんなに牛の魔物がいて、魔石もたくさんあったの?」
「多分ね」
魔力の神か。
魔力0の俺には微笑んでくれなさそうな女神だな。
「なんで雌牛と魔力の神なの? 変な組み合わせだね」
「ここの古代文明人は牛との共生が必須だった。それで日頃の魔力源が牛にあるという感覚だったようだねぇ」
ドウェインのレクチャーは続いていた。
アルフレッドは退屈そうな様子だったが、ドウェインの語りが止まったタイミングで口を開いた。
「ケアだかガラだか知らねえが、魔石がある以上は全部頂いてやるぜ」
「フレッド……あそこの魔石には手を出さないほうがいいかも」
「なんでだよ? まさか神の祟りがなんとか言い出すんじゃねぇだろうな。みんな繊細すぎんだよ」
ドウェインはアルフレッドの挑発にも特にどう反応するわけではなく、表情を変えずに固まっていた。何か意見がまとまったのか、ゆっくりと語りだした。
ドウェインは一度頭で整理してから喋りだす性格で、普段からこういう仕草だ。
「ケアは魔力の神だけど、その力を人間に与えたのは彼女にとっては不本意な事だったらしいんだ。つまり魔石を狙う人間たちの事も快く思ってない。彼女からしたら僕らは敵みたいなもんだよ」
「なるほどな。だが、そんな話はどこにも似たような話があるじゃねぇか。魔石を食い荒らす輩には罰が当たるみてえな話がよ」
いまさらだぜ、と呟いてアルフレッドはそっぽを向いた。
冒険者たちは世間一般的な道徳やモラルがない。
「ケアは冒険者が嫌いなら、戦いも嫌いってことかな?」
ふとした疑問を口にしてみる。
「さぁね。ま、僕はリーダーの決定には従うし、戦えと言われたら戦うけどね」
「それでこそリベルタ。俺は祟りなんかにびびったりはしねえぜ」
「はいはい」
暮れなずむ水の都を歩く3人。夕闇は続いていた。
〇
その日の夜、リズやリンジーは慣れない踊り子の練習に疲れていたのか、夕食を食べたらすぐ2人の相部屋に戻っていった。
夕食中は魔法演舞について2人で語り合って楽しそうにしていた。
今度、ぜひともあの2人のあの姿での踊りを拝見したい。
アルフレッド、ドウェイン、俺の3人も相部屋なのだが、深夜、アルフレッドは買い込んだ雑貨で何やらごそごそとしていつまでもベッドに入らない。
そういえば昼間に剣や塗料を買いこんでいたが、何するつもりなんだろう。
俺も気になってなかなか眠れないでいた。