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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第4幕 第1場 ―王宮騎士団―
159/322

Episode123 快適道中


 約一週間ほど経った。

 黒コボルド軍団に遭遇して以降はずっと異変らしき異変もない。山を右手に眺めながら、進み続けるのは王都へ至る街道だ。この街道は山脈の裾野を沿っていることからレナンサイル街道と名づけられている。

 俺はというと、特にやることもなく馬車の荷の一つとなっていた。

 手を頭の後ろに回し、脚を組んで仰向けに寝転がる。澄み渡った青空。少し脇を見れば白い霊峰、南レナンサイル山脈。ゆっくりゆっくりと雲が流れていく光景をぼんやり眺める。

 その馬車の車輪が、ふと止まった。

 俺の頭上―――進行方向の方で誰かの話す声。


「ここからは湿地帯ですか」

「そうだ。そういえばシアは、王国中央地域(セントラル)にも土地勘があるのだったな」

「両親に引っ切り無しに連れ回されたので」


 どうやらシアとカレン先生が雑談しているようだ。


「カレン先生、これはなんでしょうか」

「あぁ、これはな―――」


 シアは頭がいい。俺と知り合う十歳以前、両親に連れ回されたというだけで色んな土地を知っている。そういえば語学も流暢で、魔族語も喋れるんだった。

 一方でカレン・リンステッド先生も、普段はバーウィッチの官庁で働きながら、遠方の災害が起こったときは救命治療師として派遣されたり、宮廷の議会に呼び出されたりと、いろんな方面へ旅しているという。

 そんな旅のガイド二人もいれば、今回の旅は安心だ。

 俺は身を委ねて気楽に過ごせばいい。


「ロスト、こっちへ来てみろ」

「うん?」


 突然のお呼び出し。

 俺は頭を起こして呼びかけに応じた。そしてそのまま馬車を下り、停まってる馬の脇で立ち話してる二人に近づいた。


「何かあったんですか?」


 二人の視線の先には、石碑らしきものが地面に埋め込まれている。

 石碑には何やら文字が刻まれている。普通にこの国で使われている人間語の文字なので、魔族文字ではなかった。人工的に造られたもののようだが、苔も薄ら生えて年季を感じさせた。

 こう刻まれている。



『 ―― 怪力屋のサウスバレット ――

       "マグリール著"


 人の歴史はまだ浅い。

 如何なる魔法が使えども、

  我々は魔物の脅威には怯え続ける。

 しかし希望はいつの時代も残されている。

 メルペック暦956年、此処で魔物の進攻から

  第二防衛線を守り抜いた英雄がいる。

 彼は徒手空拳で大地を抉り、

  丸太一振りで数多の魔物を倒した。

  "怪力屋カイウス・サウスバレット"

        彼の英名をここに刻まん 』



 石碑の文字を読んで、なんとなくイメージがついた。

 詩碑のようなものだろうか。

 視線を上げて、その先に続く平原の奥をのぞくと、深々と地面が抉り取られ、そこに這うように苔がびっしり生えていた。他の草地と見分けがつかなかったが、何かしらの戦いの爪痕は感じ取れた。

 暦でいえば、四十年前の話のようだ。

 俺がまだ前世のイザイアとしても生まれたばかりの頃だろうか。

 知る由もない話だった。

 しかし―――。


「怪力屋のサウスバレット……?」

「そうだ。四、五十年前まではこの辺りもまだ荒れ果てていたらしくてな。魔物も今以上に山ほどいたそうだ。人間と魔物の大規模な争いがここでも起こっていたようだな」


 そんな争いを鎮めた英雄的な人物の名がこうして石碑として残されている。ダリ・アモールの『名も無き英雄像』とは格が違う。刻まれている文字の重みも年月も全然違った。この石碑は特殊な素材で出来ているのか、黒々とした光沢があり、刻まれた文字も魔法の力で薄ら青く光っている……。

 怪力屋のサウスバレットか。

 何処かでその二つ名を聞いたことがある気がする。


「シア?」


 俺と同じ引っかかりを感じたのか、シアも口元に手を当てて何やら考え込んでいた。だが、少しして考えるのもやめたようで、首を振ってからは平然としていた。

 俺も思い出そうとしても全然思い出せない。

 ここ数年の記憶が濃すぎて、引き出しもいっぱいいっぱいだった。

 そこにカレン先生がぼそりと呟いた。


「カイウス・サウスバレットは王宮騎士団の幹部の一人だ」

「え!?」


 王宮騎士団と聞いて体がびくりと反応する。

 カレン先生は俺の様子が期待通りだったのか、ふふと少しだけ笑ってみせた。王宮騎士団は俺も興味を持っていた存在だ。確かバーウィッチ魔法学校の図書館で読んだ情報では、王宮騎士団は国のエリート中のエリート。誰もが憧れるスターのような存在だ。俺もそんなスターに憧れるうちの一人なのだった。


「私もたまに宮殿で見かけたことがある。色黒で大柄な男だったよ。確か彼は、四番目の子の騎士だったかな」

「四番目の子の騎士……?」

「王には六人の子がいるんだ。その子らにはそれぞれ一人、直属の騎士が叙任される。その六人こそが王宮騎士団の幹部さ」


 つまり、実質的に王家を守っている騎士はその六人ということか。王宮騎士団にも幹部から下っ端までいるのだろうが、やはり憧れの的はその幹部層なんだろう。というか、この石碑に刻まれるようにカイウス・サウスバレットが凄まじい怪力の持ち主なのだとしたら、それと同等の強さを持つ騎士が他に五人もいる、ということになる。

 すわ怖ろしい。

 大国エリンドロワの王家を守るエリート集団ってことは相当の実力派揃いなんだろう。

 想像しただけで体が震えた。

 それは恐怖心か武者震いか……。


「あらあら、ロスト……貴方、これから王都で戦士として雇われに行こうというわりには少々勉強不足ではなくて?」


 ふと、後ろからパウラさんの甲高い声が耳に届いた。

 馬鹿にするような口調だ。いつもの事だからもう慣れたけど。


「王宮騎士団を目指すかどうかも漠然としてますからね」

「あら嫌ですわ。そんな心づもりじゃ、何処へいっても雇ってもらえませんことよ? 第一に、王宮騎士団の幹部構成、組織くらいは王都に暮らすものなら誰でも知っていて当然でしてよ」


 ペラペラペラペラ。

 俺の怒りを買いたいのか、煽るような口調だ。

 だけど、俺はここ数週間、パウラさんと話をしていて気づいたことがある。それはパウラさんが決して人の事を馬鹿にしたいわけではなく、単にお節介で口添えしているだけである事。そして住む世界の違いで彼女の"知っていて当然"が、一般人は"知らなくてもいい"ことだった。

 現に、王宮騎士団の組織なんてバーウィッチの住人のほとんどが知りもしないだろう。

 だから俺も悪意のない発言に一々、腹を立てるつもりもなかった。


「役立たず騎士団所属のパウラさんには、とやかく言われたくないと思いますけどー」


 俺が反論せずともこうして怒りを買う人間がいる。

 傍らで聴いていたシアがパウラさんに聞こえるように呟いた。


「なんですって! メルペック教会聖堂騎士団はとても歴史が古い崇高な騎士団なんですのよっ」

「つまり、ただの旧式騎士団」

「解説を挟むように呟かないでくださいましっ! 聞き捨てなりませんわ……貴方また私に焼き殺されたいのかしら!」

「いいですけど、もう片方の翼も失うことになりますよ」


 両手を前に突き出して臨戦態勢に入るパウラさん。

 背中に携えていたヒガサ・ボルガ弐式を両手に抱えるシア。

 一触即発状態だ。

 まずいまずいと思って俺が止めに入ろうと思ったところ、カレン先生が先に割って入ってくれた。


「どちらにしろ、怪我人が増えたら私の魔力を消費せねばならないんだ。もしいがみ合うようなら私が先に()()を入れるが―――?」


 カレン先生の低めの声に対して、二人はすぐ身を引き、一瞥くれ合うとそれぞれの馬車の幌の中へと戻っていってしまった。

 さすがカレン先生だ。

 先生自身も怖ろしい戦い方をするらしい。治癒魔法で相手を回復させながらじわじわと傷つけて戦うとか……。聞いただけでもえげつない。俺もカレン先生だけは敵に回したくなかった。



     ○



 湿地帯を抜けた先は、鬱蒼と茂った深い森となっている。

 「黎明(ディルクロロ)の森」というらしい。

 王都から見ればこの森は東に位置し、明け方には朝日がこの森から顔を出す。それに因んで"黎明"だそうだ。

 逆に王都よりも西、エマグリッジ地方との境には渓谷がある。そちらは逆に夕陽が拝めるので「黄昏(クレプスクロロ)の谷」という地名で親しまれていた。


 森を抜けるのには、約一週間程度。

 そこを超えれば、いよいよ王都にそびえたつ建物が目に飛び込んでくる。

 俺も逸る気持ちを抑えきれず、カレン先生に早く早くとせがんだ。もうバーウィッチを出て三週間くらい経過したし、一週間程度ならあっという間だろうと思ったからだ。しかし、森を抜けるのには万全の準備が必要になるため、その入口に位置する冒険者ご用達の宿場町に一度泊まることになった。

 中継点用の小さな町だ。

 宿屋と酒場、最低限の道具屋が数件ある程度。

 町に入り、とりあえず宿屋へ。

 異様に混んでおり、三軒くらい回ってようやく三部屋確保できた。馬車のときと同様の二チームに分かれ、馭者用にも一部屋用意し、分かれて泊まることになった。

 荷を下ろし、馬車も預け、宿屋で食事も取ってからそれぞれ一晩過ごす。シアとケアの二人も相当疲れていたらしく、部屋のベッドで横になるとすぐに寝入ってしまった。

 二人っきりならいちゃいちゃ出来たのかな……。


 シアとはキスもした。

 お互いの体も触れ合った。

 という事は、次に進む段階としては―――。


 夜ということもあり、妄想が加速する。

 俺の体は異様に元気だ。

 体力があり余り、いろんな方面に発散したくなるほど。

 俺はもちろん現世での"経験"はない。

 そして前世のイザイアの時はどうだったかと聞かれると、実はあった……気がする。その辺りの記憶はぼんやりとしているが、何となくどういうものか識っているから、きっと経験済みなんだろう。

 しかし、あくまでそれは前世の話だ。

 未経験と同じようなもので、今の身体での貞操観念はちゃんとある。


「………」


 ベッドサイドからシアの顔を覗きこんだ。

 とても安らかに眠っている。

 そしてまた別のベッドにはケアも眠っている。

 ……手を出せるわけがない。

 なかなか眠れず、部屋を出て酒場へ向かうことにした。

 まだ寝るには早い時間だ。



     …



 酒場の喧騒はどこも一緒だった。

 とりわけ今日は混んでいるようで、両隣におっさんが座るカウンター席を割り当てられた。俺はそこで適当な飲み物を頼もうと思ったのだが、置いてあるのが全部酒だった。

 醸造酒とか葡萄酒ばかり。

 俺がどうしようかとメニューを眺めながら決めあぐねていると、隣のおっさんに声をかけられた。軽装備だが、捲った袖から太々とした腕を惜しげもなく曝け出す肥満気味のおっさんだ。

 顔も赤く、見るからに酔っ払い。

 酒臭ぇ……。


「おう、お前さんも王都に行くのかい?」

「そうだけど。おじさんも?」

「あぁ、今日ここにいる奴らのほとんどがそうだろうよ」


 酔っ払いのおっさんは然も当然といった具合に、店内を見回して俺に目で合図を送ってきた。


「みんなここぞとばかりに集まってやがるからなぁ」

「王都で何かあるのか?」

「あ……? お前さんは王宮騎士団の募集を知って来たんじゃねーのか?」

「どういうこと?」

「なんでい、ライバルかと思って損したぜ」


 意味がよく分からない。

 俺が訝しんだ目を向けていると、逆隣のおっさんが解説を挟んでくれた。甲冑(ロリカ)スタイルまがいの鎧に身を包んだ口髭のおっさんだった。紳士っぽい。

 冒険者というよりも兵士あがりな印象だ。


「王都では今、王宮騎士団の新たな幹部の募集をしているのさ」

「幹部? 幹部って確か王家の王子王女六人に専属で就くっていう……?」

「そうそう。でも六人じゃない。王は最近になって隠し子がいるって公表したんだ。それで宮殿も慌てて幹部候補を探してるんだよ」

「はぁ……。でも王宮騎士団の中に幹部候補がいるんじゃないの?」


 騎士団は幹部の六人だけじゃなく、その下っ端として多数の騎士――従騎士と言うそうだが――がいると聞いている。普通で考えたら、その組織から出世した者が幹部になっていくものと考えるのは当然だろう。

 俺の疑問に対して口髭兵士のおっさんは、チッチッチッと口元で指を振った。

 どうやら違うらしい。


「田舎者だねぇ。見た限り、隣の大陸から来た魔族の子って感じかな?」

「いや、違うけど」

「まぁ目的は違うみたいだから特別に教えてあげるよ」


 魔族認定に不満はあったが、口髭兵士のおっさんは親切に解説してくれた。

 王宮騎士団という組織全体がエリート部隊であることは間違いない。

 王家が抱える諸問題を解決するエキスパートだからだ。

 つまり下っ端の従騎士も、戦闘能力は当然高い。

 だが、それは単純に"強い"というだけの話だ。幹部になるためには、それとはまた別に"特別な力"を持っていることが大前提なのだという。

 例えば、"どんな攻撃を喰らっても死なない"人間だとか。

 例えば、"ほんの僅かな臭いや魔力も嗅ぎ分ける"獣人だとか。

 例えば、"姿形に留まらず、雰囲気や仕草まで丸っきり物真似ができる"魔族だとか。


 今の例は長男・長女・次女に就く専属騎士の三人らしい。

 そして先日、カレン先生から四番目の騎士を教えてもらった。

 『怪力屋のサウスバレット』。

 その彼も"超怪力"という特別な力を持っている。


 曰く、彼らのその特異能力も一種の魔法の力であるとされている。無詠唱(アリア・フリー)恒常的(パッシブ)に超人的な力を使いこなしているのでは、と……。

 リナリーが見せた"炎"の力と同類ということだ

 そんな特異能力者はいつどこで生まれているかは分からない。

 だから王宮騎士団の幹部は外部から候補を募るのだ。

 特別な力を持つものを側近として控えさせるために。

 そのため、下っ端の従騎士たちは決して幹部候補ではない。幹部になれないけれど、才能溢れる強い騎士が従騎士になる。

 従騎士たちも序列階級が低いとはいえ、王領内では立場が優遇されているそうだ。


「じゃあ、おじさん達も何か特殊能力があるのか」


 当然、目指す存在を意気揚々と語るんだから、何か自慢はあるのだろう。

 俺がそんな疑問を口にした所、「当然だ」と言ってそれぞれ披露してみせた。


「俺の自慢はこの腕っぷしよぉ!!」

「僕の得意分野は情報さ。物覚えの良さと情報収集能力は負けないね」


 酔っ払いのおっさんは太い腕で力こぶを作ってみせた。

 口髭のおっさんは指先で頭をとんとんと叩いている。


「………」


 それって特別でも何でもないよな……。



     ○



 一泊した後、物資を補給して「黎明(ディルクロロ)の森」を抜けた。

 森にも街道は続いていたのだが、魔物の数が平原時の比じゃない。確かに並の冒険者だったら宿場町も必要なんだろう。

 魔物と言っても、ディルクロロディアとかディルクロロボアとか呼ばれる鹿や猪の魔物で、それほど脅威ではない。数が多いだけで。

 なぜこれだけ数が多いのか、カレン先生やパウラさんに聞いたところ、なんでもこの森の奥地には迷宮(ダンジョン)があり、そこから発生した魔物が街道の方まで現われるのだそうだ。

 何日かかけて街道を進み、魔物を狩り、夜は焚火でキャンプをした。

 問題なく、森も抜けることが出来た。


 ―――森を抜けた先の光景。

 いよいよエリンドロワ王都だ。

 そこには噂通りの壮大な光景が広がっていた。



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