Episode122 いざ王都へ
ガウェイン先生からおつかいを頼まれて数日後。
いよいよ王都へ向けた出発も近づいてきたのだが、一つ問題が起きた。
女神が残した抜け殻こと、ケアの件である。
その日はメルペック教会のパウラさんがオルドリッジ家に訪れ、我が家に挙って募った聖遺物の数々を回収してもらう予定だった。
家に保管されている聖遺物は三つある。
・神の羅針盤リゾーマタ・ボルガ(の成れの果て)。
・黒の魔導書
・原聖典アーカーシャの系譜
上二つは無事に引き取ってもらったが、聖典だけはケアが手放そうとしない。パウラさんもあまり触れたくない遺物であるため、力任せに……というのも抵抗があるようだ。
「嫌ぁ!」
「ワガママな子ですこと! 親の顔が見てみたいですわっ」
玄関ホールでいがみ合う二人。
聖堂騎士団第二位階のパウラさんでも手こずっていた。
親の顔って、教会が崇拝する女神そのものだと思うんだけど……。
元・神の化身とそれを崇拝する教会の人が立場逆転している姿は滑稽だ。
聖典は、俺の腕から引き剥がされてからずっとケアが持ち続けている。
それは"女神"としての彼女が居なくなってからもだ。
ケアがなんで聖典だけは拘るのかは分からない。
まだ女神の意識が残っているのかと疑いもした。しかし、あいつがそんな往生際の悪いことをしそうには思えなかった。今頃はこの現世とはまた違うところで俺たちのことを見守っているんだと思う。
「きぃい! ロストっ、元聖典の持ち主であるあなたが何とかしなさいなっ」
「えぇ……」
パウラさんは指を差して俺を指名した。
そんなこと言われてもな。
「ケア、その人に聖典を渡しなさい」
「だめ!」
「……だそうです」
「諦めが早すぎましてよっ?!」
パウラさんは黒い片翼をばさばさとバタつかせて文句を言いつけた。
ケア、ついに反抗期である。
うーん……。この子は色々と謎が多いからな。
記憶はどうなっているのか。女神だった自覚はあるのか。
何か理由があって聖典に固執しているのか……。
「仕方ありませんわね……。もうこの子ごと連れていきましょう」
「連れていく?」
「王都の教会本部ですわ」
「教会本部………回収した聖遺物の数々って本部で封印してるんですか?」
そもそも聖遺物って我が家にある三つ以外に何があるんだろう。
そして聖遺物を封印する意味もよく知らないし、どうやって"封印"としているのかよく分からない。《リゾーマタ・ボルガ》のように迷宮の地下に封印されていれば、それは"封印"と扱っているんだろうか……。
もしそうだったら杜撰すぎる。
現にこうしてオルドリッジ家に三つも集まってしまってる。俺のそんな訝しんだ目に気づき、パウラさんも先ほどの威勢が少し弱まった。
「……まぁ、例外もありますわよ」
「例外?」
「それこそ、この子が大事そうに抱えるこのアーカーシャの系譜がその例外ですわっ」
パウラさんが憎々しげにケアを睨んだ。
さっさと渡せとその眼が訴えかけている。
そういえば《アーカーシャの系譜》を初めて手に入れたとき、ダリ・アモールの観光協会のアルマンドさんから譲り受けたんだった。あのときは確かケアと二人でおっさんの女装癖の一場面を見せられてトラウマを植え付けられたものだ。
―――だから俺は絶対女装だけはしないぞ。
リオナさんにどれだけ煽てられようが女装だけは絶対に!
目の前にいるケアもあのときの一場面覚えてるんだろうか。
「アーカーシャの系譜は発見されて以来、ずっとバロッコ家が個人的に保管してましたわ。それはご存じですわよね?」
「はい」
そもそも第一発見者は前世の俺自身だったか。
その直後には魂を引き抜かれたから知らないけど、当時アルマンド・バロッコさんから聞いた話はちゃんと覚えてる。推理するに、イザイアの肉体がエンペドに乗っ取られた後はガウェイン先生が聖典を魔法大学へ持ち帰って研究したのかな。
そこで何か厄災があってメルペック教会へ。
教会でも厄災があって死人が出たとか。
呪いのアイテムすぎて誰も触れたがらないわけだ。
「なんか呪いの被害が出てアルマンドさんが管理してたとか……」
「そうですわ」
「なら、メルペック教会も再び持ってこられて嫌なんじゃないですか?」
「本来ならバロッコ家に―――と言いたいところですけど、今回貴方の手に渡ったことからも、教会側も一般市民に任せるわけにいかないと判断したのですわ」
何人も死人を出してるのに凄い覚悟だ。
ちょっと見直したぞ、メルペック教会。
「それに、過去と比べても呪いも浄化されたのでは、と本部も判断しているようですの。これだけ色んな人の手に渡ってても二十年前と比べても特に害はございませんし」
「へぇ……。そういえばパウラさんも前より平気そうにしてますね」
「しっ、失礼ですわねっ! 今は教会の使命を受けてこうしているのですわ。あの時は単純に驚いただけですのっ」
パウラさんは顔を赤面させて否定した。
あの時っていうのは演奏隊として俺がオルドリッジ家に潜入した初日のことだ。
この人はプライドが高いから弄りがいがあって楽しい。
シアは毛嫌いしているものの、こうして会話してみるとけっこう良い人なんだけどな。
そんなわけでケア本人に「王都へ行くか?」と尋ねたら「いくー」と同意してもらえたので連れていくことになった。いや、なってしまった。
これは俺にとって不本意なことだ。
ケアを王都の教会本部へ連れていくのはいい。
でもその後は……。
パウラさんか教会側がこの少女を引き取ってくれたら嬉しいけれど、お目当ては"聖典"であって"ケア"ではない。もし「聖典が無事に封印できたのでこの子はよろしく」と任せられても―――。
王都ではシアと二人っきりで充実した日々を送ろうと思っていたんだ。面倒は見切れない。一応、女神の化身ということで面倒見て貰えないか交渉はすべきだろう……。
俺はその後、いつもの如くアイザイアに相談したのだが、反対してくれるわけもなく、シアのとき以上にあっさり了承。兄貴もまた厄介な案件が一個減るのが嬉しいようだ。
それに加えて、また一つ問題が―――。
「―――ですので、私も貴方たちに同行させて頂きますわ」
「え……なんで!?」
「私も王都までは単独で帰ろうと思っていたのですけれど、この子がいたら話は別ですわ。女神様の残した少女に一番慣れているのは貴方ですもの」
「帰る? そうか、パウラさん、元々王都の人だったのか」
「そうですわよ」
「王都では甲冑スタイルが流行ってるって本当ですか?」
「……なんですの、それ?」
……あの店員、やっぱり嘘ついてたんじゃないか?
まぁいい。そんなわけで結局パウラさんも一緒に向かうことになり、斯くして王都出発組のパーティーが決まった。
俺、シア、カレン先生、ケア、パウラさんの五人組だ。
シアとパウラさんの二人が長旅で一緒か。
犬猿の仲なのに大丈夫かな。
頭悩ます事案が発生した瞬間だった。
○
出発の前日には方々への挨拶を済ませ、いざ出発となった。
リベルタの面々からは土産話でも期待してると軽く言われて、ちょっと寂しかった。しばらく帰ってこないかもしれないと伝えても、「王都くらいならすぐ会いにいけるだろう」とのこと。実際、バーウィッチから王都までは馬車を使っても一、二ヶ月くらいの距離である。
そんな気楽な旅ではない。
だが冒険者上がりの彼らにとっては、一ヶ月程度なら近いのだろう。実際、俺もリバーダ大陸で冒険者をやっている頃には移動だけで何ヶ月も……というのは経験済みだった。
旅は五人という大所帯のため、二頭引きの大型馬車を二台用意することになった。
荷も五人分だから相当多い。
とりあえず乗り分けの仕方は、俺とシアとケアの三人と、パウラさんとカレン先生の二人という乗り合わせで出発することにした。
それぞれの馬車に馭者一人を付けている。
甲斐甲斐しく、オルドリッジ家からはまた追加の軍資金を貰えた。
結局、こないだ貰った三千万ゴールドの銀行小切手に加えて、金貨も三百枚弱くらい溜まってる。いい加減、金銭感覚も狂う。
早朝に出発することになり、見送りはバーウィッチに住む面々がわざわざ来てくれた。オルドリッジの面々以外でいえば、アルバーティ家の二人、土の賢者グノーメ様、ストライド家だ。
「ロスト、王都の女には気をつけろよ」
とはグノーメ様。
何が言いたいのかよく分からないと言った顔で黙っていると、
「都会には誘惑の色香が多いからなっ。シアを泣かせたらあたしが承知しねぇからな」
ということだった。
そんなこと余計なお世話である。
「ロストくん、くれぐれも魔法大学の件は頼んだぞ」
「魔法大学の学園都市には面白い魔道具がいっぱいあるからねぇ。暇があったら遊びにいくのもいいかもしれないよ」
と、ガウェイン先生とドウェインの助言だった。
魔道具コレクターの俺としてはとても気になる情報だった。手渡されたショルダー鞄に治められた血液サンプルを魔法大学に届けたら少し観光してもいいかもしれない。
「………」
「ほら、アイリーンも何か言わなきゃ」
チャーリーン・アイリーン兄妹もわざわざお見送りに来てくれたのだが、アイリーンは兄の影に隠れて何も言わない。
気まずい。
振って以来、アイリーンとはろくに顔も合わせていなかった。誕生日祝典で言われた「わたしの初恋を返して」発言がまだ耳に残っている。
結局アイリーンは黙ったままで言葉は交わさなかった。
「ジャック、王都では様々な剣の達人と手合せする機会もあるだろう。武運を祈っている」
「ありがとう、トリスタン。影真流の力、見せつけてくるよ」
トリスタンとも握手とハグを交わした。
冷たそうに見えてトリスタンがリベルタ内で一番情の厚い男だと思う。
そうして王都へ向かう俺たち五人は馬車に乗り込み、出発することになった。
「イザヤに会ったらよろしく頼む! 手紙は先に出しているからもう事情は伝わっているだろう」
兄貴も元気よく手を振って見送ってくれた。
相変わらずオールバックの髪型が格好良かった。
横にいる母さんもにこにことした顔で手を振ってくれている。そんな二人を見ると、短い日々だったけれど家族として過ごした屋敷の日々がちょっと恋しくなった。
「みんなー! 元気で!」
俺も馬車の幌の隙間から身を乗り出して手を振った。
この家を追い出されてからちょうど六年間。
本当にいろんな出会いがあり、たくさんの仲間と出会えた。
そして俺は自分の目標に向けて新天地に赴く。
俺が手を振るのをやめ、馬車の中に引っ込もうとしたときだった。
「………ジャーーーック!!」
聞き覚えのある張り上げた声が屋敷の庭園に響き渡る。
早朝だというのに鳥もびっくりして何羽か飛び立つほどだ。
もう一度、屋敷の方を見るとさっきまで黙って俺に何も言わなかったアイリーン本人が少し駆け出して、叫んでいた。
「わたし……! 諦めてないからっ!」
大きな声で恥ずかしげもなく……。
「もっと良い女になって! ジャックに認めてもらう女になるから……っ! そしたら会いに―――」
自分でも顔が赤くなっていくのを感じた。
アイリーンとの思い出もたくさんある。
楽園シアンズで出会ってから迷宮都市での事件のときも。
―――なんとも複雑な気分になる。
アイリーンの言葉を最後まで聞く前に馬車は庭園を駆け抜けて、あっという間に正門を超えてしまった。アイリーンの影も見えなくなり、どんどんバーウィッチの郊外へ離れてしまう。
火照った顔が早朝の風に当たっても冷めない。
「ふ、モテる男はつらいな」
並走する隣の馬車からカレン先生に感想を漏らされる。
ははは、と頭を掻くと隣にいるシアが腕を抓ってきた。
はい、すみません。でもアイリーンの気持ちもなんだか踏みにじりたくないなって思ってしまう甲斐性の無さなのであって……。
○
南レナンサイル山脈。
エリンドロワ王国の北部は、標高の高いレナンサイルという山脈が連なり、他国との国境を作り上げている。しかし、東方バーウィッチ地方内でその山脈は折れ曲がり、国内にもその山の連なりは続いている。東方バーウィッチと北方クダヴェルでは、この山脈が境にもなっているほどだ。
バーウィッチから王国中央へ至る街道は、その山の斜面を沿う形で続いていた。
高々と連なる山々は街道から見ても、荘厳で美しい光景が拝める。
実はあの山々はそんな美しい景色とは相反して自殺の名所らしい。
その昔、あの山々には美しい妖精が住んでおり、人間の男を誘惑しては魔力を吸うという行為を繰り返していた。
その妖精の名前がレナンシー。
レナンシーは吸魔行為を繰り返す中、ついに心の底から愛する男が現われたという。誘惑ならお手の物なレナンシーは、いつものようにその男のことも誘惑しようと試みたが、その男は誘惑に耐性のある男で、ついぞ振り向いてもらえなかった。そうしてレナンシーは悲恋の中で、あの山々に降り注ぐ雪と成り代わり、その生涯を終えた。
―――という伝承があるそうだ。
だからレナンサイル山脈は年中、雪が降り積もっている。
ただ単に高低差がありすぎて、標高の高い山頂では雪が解けず、街道から見ればそれが珍しく見えるということらしいが、昔の人ならそういう伝承も思いつきそうだ。
そんな失恋のエピソードのある山だから、失恋の胸中でレナンシーに共感して身を投げ出す者も後を絶たないらしい。
……なんか、水の賢者のアンダイン様を思い出したんだけど関係ないよな。
「キミも"失恋者"を作らないようにしないとな」
夜間のキャンプ中、その話を教えてくれたカレン先生が冷やかすようにそう言ってきた。
焚火がぱちぱちと冷たい空気に響き渡る。
今は俺とカレン先生の二人で焚火の番をしている最中だった。
「だから朝のあれはですね……」
「尤も、気持ちをはっきり伝えていれば問題はない」
「どういうことですか?」
「キミもあの子との恋を決めたのだろう?」
カレン先生が目配せしたのはシアが眠る幌馬車の方だ。
改めて他人に言われると気恥ずかしくなる。
「……はい」
「あのストライドのご令嬢はそれを知っても尚、キミを諦めないと言ったんだからな。そこまでいけばもう彼女の自己責任だ。キミが後ろめたく思う必要もないし、しっかり決めた相手を愛せばいい」
「……」
でも朝、あんなことを言われて少しアイリーンのことを意識し返してしまった自分もいる。そんな状況でシアに申し訳なく思うのも無理はない。
シアとは信頼しきった深い仲だ。
それに安心しきって、俺の心が浮ついているのだろうか。
恋愛は難しいな。
「まぁ、安心しろ。あの手の子は自分磨きをするうちに他の男をすんなり見つけてしまうものだ。キミが大事にする女は一人でいい。むしろ一人だけを守れれば立派な男だ」
自己嫌悪に陥る俺を励ましてくれた。
カレン先生、かっこいいな。
男にはない男らしさというものがある。
…
しばらく山脈が左手に見える光景が続く。
何日か馬車で進み、キャンプしながら、時には魔物も狩りながら王都へ向かっていた。
この山脈付近には小人魔族がたまに人に襲い掛かるそうだ。知能が高く、魔法を使う個体もいる。あるいは、盗賊めいたこともしているレプラコーンもいる。
しかしほとんどが単独行動で、あまり脅威にはならないとか。
あとたまに犬顔のコボルドの集団が旅人を襲うことがあるそうで、大きな集団で20匹近くが徒党を組むこともあるから、注意するならそっちの方だ。
「ひゃぅ……」
ケアが馬車の中で怯えた声をあげる。
それについで馬四頭が一斉に、ひひんと蹈鞴を踏む。
「なんですの?」
パウラさんの声が隣の馬車から聴こえてくる。
俺も顔を出し、外の様子を眺めた。
昼間だというのに、街道の先の方が薄暗く見える。
「ふむ。あれはマズいな」
カレン先生が苦そうな顔をしてその黒々とした道を眺めていた。
俺も目を凝らしてよく確認すると、そこにいたのは噂通りのコボルド集団が目についた。しかし、カレン先生がマズいと言っているのは、別にコボルド集団に出くわしたからではない。
どう見ても数がおかしい。
多くても20匹近くと聞いていたのに、どう見ても100匹……いや、200匹くらいがまるで軍隊のように隊列を組んでこちらに歩いてきているのだ。
「なんだ、あの数は……」
「おかしい。あそこまでの群れは普通のコボルドではないな」
「でも見た目は丸っきりコボルドですわよ」
俺たちは外に出て、黒々と蠢くその集団を遠くから眺めた。
強い魔物ではないけど、それが寄り集まると気味が悪い。
「仕方あるまい。やるか」
「カレン先生、さすがに数が多すぎませんか」
「こちらの戦力なら十分だろう。キミもいることだしな」
「俺!?」
「最強の力を見せてくれ」
そう背中を押されて俺が前面に出る。
魔物を狩るのは久しぶりだけど、どうしよう。
時間を止める意味はなさそうだな。それほど俊敏に動く敵ではない。
となれば―――。
俺は意識を集中させて、無数の剣をイメージした。
体の全身が反応し、赤黒い魔力が宙に凝集されていく。
そして出来上がったのは30本ほどの魔力剣だ。それが空中で静止して、ぴたりと止まり、標的に剣先が向けられる。
「じゃあ……いきます!」
そう言ってから宙に浮かぶ魔力剣を全弾放射した。
想定したよりも凄い速度で放たれ、黒々と寄り集まったコボルド集団めがけて剣が放出された。剣が何十匹ものコボルドに突き刺さり、いとも簡単に絶命させていく。
初めて使ってみたけれど、なかなか実用性が高そうだった。
だが、数が多い。
200匹ほどの敵に対して、生成した魔力剣は30本だ。
コボルド集団は死んだ仲間のことをお構いなしで、どんどん突き進んでくる。
「む……コボルドは思いの外、仲間意識が強いと聞いているのだがな」
カレン先生はそんな感想を漏らす。
そこに、後ろから走ってきて前に躍り出たのは、他でもないパウラさんだった。
「まったく……オルドリッジの真打ちと言っても大したことありませんわねっ!」
パウラさんは右手を払うと、宙に虹色の魔法陣を描き上げた。
あれは≪魔陣武装≫―――魔法陣を地に描くのではなく、自分の周囲に展開することで複数に何度も上位の魔法を放つ特殊な技だ。
「ヒート・アンビエント!」
その魔法陣の円を砲口として、赤い熱線が水平に照射された。隊列を組んだコボルド軍団は、意図も容易く熱照射を浴びて黒焦げになり、すぐ全滅した。
「ひぇ……」
恐ろしい。さすがメルペック教会第二位階。そして魔法大学の特任教授。パウラさん、少し馬鹿にしていたけどやはり実力は間違いない。
それに打ち勝って、片翼をもぎ取ったシアの方が恐ろしいが……。
そんなシアは馬車の近くからその光景をじとーっと見つめているだけだった。
パウラさんの魔法で簡単に斃してしまったのでそんな脅威にはならなかったが、普通の冒険者パーティーだったら負けていたかもしれない。カレン先生やパウラさんは気になってその黒焦げになったコボルドの死骸を確認していた。
「うーむ……遠くからではよく確認できなかったが、どうやらコイツら、"黒い粘性の魔力"が体中にこべりついているぞ」
カレン先生が革手袋を嵌めた手で現場を確認していた。
黒墨になったコボルドたちと焼け爛れた街道から独特の臭気が漂う。
あまり近寄りたくなかった。
「焼け焦げて溶けた死骸の一部じゃありませんこと?」
「いや、微弱ながら魔力を感じる。魔物の皮膚からこんな粘性物質が出来るとは思えんしな………それに焼け焦げる前もコボルドは異様に"黒かった"」
「コボルドは元々黒い皮膚じゃないんですか」
「いや、だいたいの個体は濃い目の茶色い表皮だ」
黒いコボルド軍団……?
全滅させてしまったから今更なんだったのか考えるのは難しい。
その後も現場検証は続いたが、よく分からないままだ。
カレン先生はとりあえずその"黒い粘性物"だけ小瓶に採取して、持っていくことにした。
―――"黒い粘性の魔力"。
何か不穏な気配を感じる。
それが何かを知る由は、今の俺たちにはまだなかった。




