Episode121 日常Ⅲ(デート)
※デートします
今日はバーウィッチ西区の中央広場にてお買いものデート。
そう、念願の"お買いもの"だ。
貴族たちが居を構える東区と比べ、西区は旅人、商人、冒険者たちが挙って集まる一番賑やかな商業エリアである。もう何度も来ているからお店の場所もよく知っているし、露天商たちとも少しは顔なじみになっていた。
もちろんデートの相手はシア。
以前プレゼントした"Cold Sculpture"も装備して可愛さ満点だった。
シアとはこないだの裸の語らいで―――まぁ、語らいにはなってなかったけど、王都には一緒に行こうと約束している。
翌日にはアイザイアに返事をし、王宮のお招きに応えると結論を出した。
そのとき「シアも連れていく」と伝えたら「当たり前だ」と返されたのだ。
シアはあまりの仕事ぶりに副メイド長的な立場を任されていて、てっきり使用人不足だから往かせるわけにはいかないと言ってくるかと思ったけど、あっさり了承された。
それどころか「これは路銀だ」と言って金を手渡された。
三千万ゴールド分の銀行小切手と麻袋に詰め込んだゴールド金貨二百枚。
ちなみに金貨一枚で一万ゴールドだ。
つまり、計32,000,000ゴールド。
為替で考えると、迷宮都市のソリド通貨はゴールド通貨と十倍の差があるから、俺の親しみのある金銭感覚で言えば、ソリド換算で三億二千万ソリド。
退魔シールド二十枚分以上。
魔力ポーション六万本以上。
ダガーナイフ三十万個以上。
もっと身近なものでは、一泊三千ソリドの安宿で十万回―――いや、もう考えるのはやめよう。
やっぱりお金持ちって凄い。
こんな馬鹿みたいな金をぽんと渡せるんだから。
そんなわけで今、シアと二人でデートも兼ねて旅支度のためにお店を見て回っていた。とにかくお金に余裕はある。「店ごと買おう」とか言っても余裕なくらい軍資金はある。というか言ってみたい。「店ごと買おう」と人生で一度は言ってみたい。
歩いて向かう最中にそんな話をしたらシアに腕を抓られた。
今は服屋に来ていた。
冒険者ご用達の一般的な店だ。向かいの一級装備品を取り揃えた高級服飾店に入れないあたり、俺たちはまだ子どもだった。
「これなんかいいですね」
シアが一着手に取ったのはおそらく俺用の旅装だ。
胸元が開いた青地のシンプルな半袖の上着に、下はポケットが幾つも付いた黒地のズボンがセットになっているもの。革製ベルトで固定するようだ。ブーツが似合いそう。
「確かに身動き取りやすそうだけど……」
「けど?」
俺が気になるのは露出である。
胸元や腕が丸見えで、俺の浅黒い肌と赤黒い線が剥き出しになってしまう。
俺の尻込みする様子に対して、シアは無理やり俺の体に服を合わせた。
「その模様は隠す必要はないです。すごくカッコいいですから」
「そうか?」
「多分……」
「そこで多分を使うなっ」
ただでさえ今も他の客たちにチラチラ見られている。
周りの視線が怖い。
俺がそれにおどおどするからもっと奇異の目を向けられるんだろうけど……。
「お客様、なにかお探しですか?」
俺たちに気づいて店員も声をかけてきた。栗色の毛をぼさぼさにしたお兄さんだ。流行を先取りしすぎているのか、単にズボラなのかはよく分からない。それにシアが受け答えした。
「はい、王都へ行くのに服を新調します」
「おや、長旅ですね~」
「はい」
「王都での流行は今、古着ファッションらしいんですよ」
「古着?」
そう言って意気揚々と店員が持ってきたのは鎖帷子と頭巾がついた防御力の高そうな服である。昔の兵士のような格好だ。頭巾から垂れさがるように口元から首元、袖も全部鎖帷子で覆っている。だというのに、下はスカート状になっていて、すかすかだ。しかもタイツがセットになり、着るときはタイツは必須らしい。
「な、なんだこれは?!」
「こちらが今王都で流行している甲冑スタイルです」
「ロリカ? だ、だせぇ……」
昔の兵士が着ていたような鎧をイメージした服が、王都の男たちの間で流行しているらしい。なぜこんな奇抜な服が流行っているんだ。
鎖帷子は分かる。
だが頭巾、お前はだめだ。
しかもスカートにタイツってなんだよ。
本当にこんなのを王都の男たちが着ているのか?
「ロストさん、これなら顔まで露出が抑えられるので視線も集まりませんよ!」
「逆に集まりまくるわ!」
シアに関してはまた面白半分で囃し立ててくる。その証拠にまたあのニヤニヤと口元を歪めて笑っている。この小悪魔め。意中の男にこんなダサい格好させていいのか。
店員もそこに乗って煽ってきた。
「どうです? ご試着もできますよ」
「絶対着たくない……」
「そうですか~、残念です。せっかく都心の流行を先取りして仕入れた服なのに、中々売れなくて困ってるんですよ」
いや、そんな事情知るかよ。
というか、なかなか売れない服を客に押し付けるなよ。
こんなものバーウィッチでは絶対に流行らないし、オルドリッジ家の威信にかけて流行らせないぞ。俺がぶんぶんと首を振っていると残念そうに店員も引き下がっていった。
「これならさっきシアが選んでくれたやつの方が良い……ローブとかマントの重ね着もしやすそうだし」
「ではそうしましょう」
俺がそう言うとシアはすんなり返事をしてくれた。最初からあんな鎖帷子頭巾服よりも自分が選んだ服を着させたかったようだ。
結局、さっきの身軽そうな服と、外套として白地のフード付きマントも買った。ちょうど良いサイズがあったので試着してみて鏡で見たところ、わりと色黒の肌に合う。視線が気になるときはフードと口元のネックカバーで覆うことにした。
「じゃあ、今度はシアの服装は~……」
「私は自分で選びます」
「なんで?」
「似合う服は自分で分かってるので」
そう言うとシアは女性用の衣装の中から、いつも着ている服とよく似たチュニック衣装とハーフパンツを持ってきた。それを体に押し当てて吟味していた。
「いつもと同じじゃん!」
「これくらいしか似合わないので……」
「いやいや、そんなわけないだろ」
彼氏としては露出控え目な服装の方が周囲の男の視線を集めないから良いというのもあるが……。それではシアの可愛さが引き立たない。もっと小洒落た服を着させてあげたいというのが真の愛情である。そんなこんなで俺は店内中を隈なく探し込み、いくつか服を見繕った。
まずこの子に足りないのはスカート要素だ!
ヒラヒラ感がない。
俺はペチコートとレーススカートがセットになった衣装とか、フリルワンピース系のふわふわした印象を与える衣装をいくつか持ってきた。
「こ、こんな……これを着ろと?」
「うむ」
「無理」
「いいから一回着てみてくれ!」
「そもそもスカートが……」
「普段メイド服でもスカート履いてるだろ」
「あれは制服みたいなもので……。私は弓使いですよ」
シアの主張としては、街で着るような服と冒険者が着る旅装とはまた別だと言う。狩りの最中に下半身の視線が気になっていては弓もうまく扱えなくなるとか。
なるほど、確かにその通りだ。
今日は旅支度のための買い物をしているんだから、という事か。
でもそれだとシアの服のレパートリーが増えない。
俺としてはこの機に何かお出かけ用の服を買ってあげたいというもの。
「うーん、それなら~……」
そして俺が追加で持ってきたのは、旅人用のシャツがセットになったベストとスカート。スカートは厚い生地のもので、店員に聞いたらベストの内側に胸当てもついてるから弓術師の方でもおすすめです、と言っていた。
それと、胸元を紐で結ぶジャンパースカートも一緒に持ってきた。ふわふわな印象はないが、小柄で幼く見えるシアにはぴったりだと思って持ってきた。
「なんで二つも持ってくるんですか」
「旅装と街のお出かけ用に、二着!」
「いくらお金持ちだからってそんなに無駄遣いはよくないです」
「無駄じゃないって。それに大都会にいくなら服も何着かあった方がいい」
「……しかも全部スカート」
「そこは譲らないぞ」
シアは渋々ながらもベスト付スカートとジャンパースカートの二着を試着してくれることになった。フリルやレースは絶対に嫌らしい。
俺は期待を込めてシアが試着室から出てくるのを待っていた。この感じは、昔リンジーとリズベスがダリ・アモールで踊り子衣裳を着せられていたときを思い出す。
踊り子衣裳か……。
思い出せばアレはとても色気のある衣装だった。
絶対シアには着させたくないな。
シアの裸は俺だけのものだ。
少ししてシアが出てきた。
まずはじめに着たのは旅装。白いシャツと茶色のベスト、黒のスカート。色合いは地味だが、清潔感がある。そしてお腹で留められた釦がシアの小さな胸元を控え目にも程よく強調していて可愛らしさがある。さらにスカートは身動きが取りやすいように短い。白くて程よい肉付きの太ももがよく見える。一言でいえば最高だった。
シアはもじもじしてジト目を浮かべていた。
その光景は先日の風呂場での出来事を思い出してしまう。
「良い! すごく!」
「……そ、そうですか」
「間違いなく可愛い! はい、お買い上げ!」
「……汚さないようにもっと"狙撃銃"の方を練習しないといけませんね」
そして試着室に戻り、もう一着の方に着替え始めた。
シアはあんな可愛い見た目をしているのに勿体ない。
何故これまで少年のような服装でずっと過ごしてきたんだ。
それが良さでもあったけど、あんな格好してもらえるのも最高だな。
そして次に着て出てきたのは、ジャンパースカート姿のシアだ。
両肩に提げるような形で青いロングスカートが支えられ、丈が広がっている。中には白い布地の服を着ていて胸元には大きなリボンが結ばれている。
幼く見えるシアにはこれ以上ないってほど似合っている。
「こ・れ・だ!」
「………」
「これほど可憐にジャンパースカートを着こなす人材はいない! まさにこの服はシアのために用意されたと言っても過言ではないくらいに最高だ!」
「……そ、そんな……気のせいというやつ……です」
「これはもうこのまま着ていこう!」
「え……えぇ……」
シアが顔面真っ赤になって狼狽している。
強がる余裕もないのか、目を丸くさせていた。
珍しい。いつも冷静な彼女が戸惑う姿……これは堪らん。
というわけで服選びは終わった。
眼福だ。
調子に乗った俺は、服だけだと素っ気ないなと思い、シア用に鍔の広い、紺色の魔術師用の帽子まで買ってしまった。シアは魔術師ではないけど、買った二つの服との相性が良いので日除けにもなるだろうということで―――。
完全に着せ替え人形のようにしてしまっている。
お支払いの合計額は62,000ゴールド……。
いやいや、オルドリッジ家からしたらはした金。余裕余裕。
…
シアは魔術師の帽子に直接"Cold Sculpture"を留めて、それを被っていた。帽子、髪色、ジャンパースカート、全部青系で身を包み、可愛さ満点だ。
そんな可愛い彼女を連れてバーウィッチの中央を練り歩く。
人生勝ち組。これが勝者に与えられた特権だ。
それから、装備品も整えた。
武器屋に行ったが、弓と剣はもう間に合ってるし、特に買うものはなかった。シアの矢筒を服装に合わせて買い換えたくらいだ。あとは野外キャンプ用の道具を一式買い揃えてお買いものも終わりだ。他のものは出発日に買うことにして、最後に昼ご飯でも食べてデートを締めたい。
シアも新しい服を着て上機嫌なのか、時折、俺に腕を絡めてきてくれた。
良い雰囲気である。
そんな良い雰囲気をぶち壊さんと、背後から誰かに声をかけられた。
「もし、キミたちは――――」
「はい?」
「おぉ、やっぱりキミたちか。ちょうど良かった。会いに行こうと思っていた所でな」
そこにいたのはバーウィッチ魔法学校の校長先生。
白いクロワッサンのような髪のおじさん。
ガウェイン・アルバーティ先生だった。
俺たちの良さげな雰囲気に意も介さず、水を差してきた。
いや、俺にとってはちょうど良くないんですが……。
○
校長先生に呼び出され、場所を移した。
大通りに位置する喫茶店である。明るく、テラスも設備されて行き交う人々の賑やかな雰囲気をぼんやり眺めながら食事を楽しむこともできる人気の喫茶だ。
俺とシアはガウェイン先生の向かいに座って、話を聞くことにした。まぁこれからシアとは山ほど二人でデートが出来るんだし、ガウェイン先生にも色々とお世話になってるから邪見には扱いたくない。
前世では、死ぬ間際にも魔法大学からガラ遺跡まで旅した仲だ。
この人もドウェイン経由で諸々の事情は知っている。
俺がこんな姿になった理由や"イザイア・オルドリッジ"という正体も。
「うちの学校のカレンくんから聞いたのだが、王都へ出向くそうだな」
「まぁ、はい」
カレン先生はバーウィッチ魔法学校の医務として在籍してる。
ガウェイン先生とも顔なじみなんだろう。
ちなみに彼女は俺たちと一緒に王都へ随行してくれることになっていた。俺とシアの二人だけで出向いても王城の門は潜れないだろうから、身元保証人のようなものだ。
俺たちを送り届けた後はすぐバーウィッチに引き返すらしい。
あとの暮らしは俺たち次第。
騎士や兵士として生きてくならそのまま王都にしばらく残ることにもなるだろう。
「魔法大学へは行くのかね?」
「大学ですか?」
大学と言われてもう一人の兄貴"イザヤ・オルドリッジ"のことを思い出す。アイザイアには宛てがなくなったら次男を当たれと言われたが、あえて会う必要もないかなと思っていた。
「いえ、特に予定はないです。王都で戦士としての―――」
「少しお願いがあるんだ」
ガウェイン先生は俺の返事を待たずして言葉を被せてきた。
少し警戒する。その素振りに切羽詰ったような印象を受けたからだ。
もしかして、黒の魔導書のことだろうか。
確か黒の魔導書はガウェイン先生が魔法大学から持ち去ったものだとパウラさんが言っていた。今は我が家に保管されている。どういう意図で持ち去ったのかは知らないけど、俺の出立前に帰してほしいというつもりかな。
メルペック教会では魔導書は封印指定だから教会本部に持っていくとパウラさんに言付けされているからそれは難しい。
「―――アリア・フリーに関することだ」
「アリア・フリー?」
見当が外れ、惚けた声をあげてしまう。
なんだっけ、それ。聞いた覚えはある。
「確かリナリーさんのように無詠唱で神級・準神級の魔法を放つ人たちのことですよね?」
俺が理解していない様子に気づき、シアがそっと口添えしてくれた。
それを聞いて思い出した。基本の結晶化魔法と比べ、中級・上級、そして神級魔法を扱うには詠唱の力が必要だ。それらの魔法を無詠唱で使う連中のことをアリア・フリーと呼んでいると。
「そう。そもそも我々が大学で学ぶ詠唱術式は、古代のアリア・フリーが生み出した魔術を詠唱化したものに過ぎない。火属性で云えばファイアボールやブレイズガスト、聖属性で云えばインテンスレイといった魔法の数々だ」
ガウェイン先生は神妙な顔でテーブルに肘をついた。
リナリーの入学のときにも見せた顔つきだ。ドウェインも言っていたけど、生徒の中にはおそらくアリア・フリーの一人ではないかと思われる魔力の持ち主がいるものの、魔力測定器マナグラムの観測値と違いすぎていて、才能が埋もれてしまう子がいるとかなんとか――。
「私はこれまで魔術師を目指そうという子どもたちを沢山見てきた。その中に"マナグラム"のせいで人より魔力が劣っていると誤認されてしまう子がいる。それは子どもたちの人生を台無しにしてしまうことにもなる……」
それは俺自身のことでもある。
マナグラムでは虚数魔力は観測できない。
そのため、測定値はゼロだ。
俺の場合、エンペドの陰謀によって実家から追い出されたものの、マナグラムを理由に色々不便な思いをしてきたのも事実である。他にも似たような経験をしている子がいるってことか。
「実は魔法大学にいる知り合いの教師に、鑑定魔法を究めている者がいる。彼女もマナグラムの欠陥については認めていて、今流通しているマナグラムの改正をしたいと、志を共にしているんだ」
「鑑定魔法?」
「あぁ。基本属性には分類されない特殊魔法だが、マナグラムはその魔法の効果が付与されている魔道具でもあるからな。改正するには専門家の力が必要だ」
「そうですか……。それで俺は何をすれば?」
「これまで私が学校で集めた生徒たちの血液サンプルが四本ある。もちろんリナリーの分もだ。それを彼女に届けて欲しいと思ってね」
一見ややこしそうな話だと思ったけれど、要は王都へ向かうついでに魔法大学に寄って、届け物を頼まれてくれないかという話だった。その程度だったら引き受けてもいい。
でも、ガウェイン先生が自分で行けばいいんじゃないのか。
「ガウェイン先生は王都へ向かうことはないんですか?」
「不甲斐ない話だが、私は大学に敵が多いからな……」
ガウェイン先生は目を伏せて言葉を濁した。
……色々と大人の事情があるらしい。
でもマナグラムが変わって俺みたいな不遇な子どもが減るのは良い事だ。それくらいの労力は払ってもいい。むしろ喜んで、という所だ。
「血液サンプルは四本、小瓶に入れて魔法で冷気保存してある。それとキミ自身の血液で合計五つの検体があるからそれを渡して、ぜひ研究に貢献してほしい」
「ん?! 俺の血もですか?」
「当然だ。虚数魔力もこれまで観測されていない未知の魔力だからな」
俺以外に虚数魔力を持つ子が生まれることは今後あるのだろうか。
生まれる可能性があるとしたら俺の子どもくらいかな。
「それで、それを誰に渡せばいいんですか? 土地勘のない所で人探しなんて出来ないですよ」
「それなら随行するカレンくんがよく知っている。彼女と親しい友人らしいからな―――イルケミーネという女性だよ」
イルケミーネ?
エリンドロワ圏内ではあまり聞き慣れない名前だった。




