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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第3幕 第5場 ―時の支配者―
150/322

◆ 暗殺者Ⅳ


 レプラコーン狩りの同行から数日も経たずして、ヴァンデロイに呼び出された。

 住人も寝静まった夜更けのことだ。ヴァンデロイは俺が不眠体質であることを知っていたため、個別の相談ごとはこうして夜更けにしてくることが多い。

 屋敷の最上階にヴァンデロイの書斎はある。

 蝋燭に灯されたぶ厚い書物の数々と、本特有の紙の匂いが印象的だった。


「実は今日ばかりは、キミにお願いがあって呼んだんだが」


 普段は柔らかい表情の似合う男なのだが、時折ヴァンデロイは真剣になり、鋭い視線で訴えかけてくることがある。斯様な雰囲気は、ランスロットの将来について話すときは決まってこうだ。日頃、あの少年の世話役を任されている俺に話すのだから、彼に関する事というのは当然と云えば当然だろう。

 だが、今回ばかりは違った。


「ランスロットでは、王家の騎士には成れない……」


 その躊躇いがちな言葉には、挫折にも似た意味が込められていた。

 期待する我が子には才能がなかった―――そう判断したときの親は皆一様にしてこんな表情を浮かべるのもかもしれしない。室内の蝋燭に照らし出される横顔には悲愴感が漂っている。


「それに……こないだの遠征で気づいたんだ。僕は獅子にはなれなかった。あの子を千尋の谷へ突き落とすなんて真似は出来っこない。そこで、キミにお願いというのは……」


 意を決したように口を開き、一瞬の間。

 それから次いで言い放った言葉が、俺の人生をまた一変させてしまった。


「うちの……ルイス=エヴァンス家の養子に来てほしい、というものなんだ」

 

 嫡男では力量不足と判断した貴族が養子縁組をすることはよくあることだと云う。だが、それはあくまで親類から……。何の血縁関係もないものを養子に取るというのは、血縁関係を重視するような貴族界ではあまり聞かない。ましてや、ルイス=エヴァンス家は古くからこのクダヴェル地方に鎮座する歴史ある家系。

 その血筋を絶やすことにならないのか。

 ヴァンデロイは(なり)振り構っているほどの余裕がないようで、このときの依頼は押しが強かった。だが、暗殺者としてこの屋敷に紛れ込んだ俺なぞが養子になろうなんて事は在り得ない。二つ返事で断るべきだと思った。

 だが、ヴァンデロイの続いての提案で、返事も押し黙った。


「キミにも故郷には家族がいるんだろう? なんなら、この屋敷でまとめて面倒をみよう。没落寸前とはいえ、そこそこ裕福な暮らしができると思う」


 ヴァンデロイには、俺が月に一度は帰郷して家族と会っていると話を通している……。

 それで俺が家族思いの少年だと勘違いをしているようだ。

 家族と言われて思い出すのは、トーマの事だった。


 トーマは死んだマルクと似ている。

 兄弟なのだから似ていても不思議はない。でも似ているからこそ、予知してしまうのだ。マルクと同じように暗殺者の道を全うできず、何処かで野垂れ死んでしまうのではないかと。

 だから、もしトーマに別の道を与えてやることが出来るのなら……。


「……少し"家族"と相談したい」



     …



 集落へ帰郷したとき、(おさ)に相談した。

 厭くまで俺は潜入任務中なのだ。影の刺客としてあの屋敷に潜んでいる以上、本気で養子となり、ルイス=エヴァンス家の再興の手伝いをするなど馬鹿げている。


 馬鹿げているのだが……。

 やはりトーマの事がある。

 "暗殺者"として己が道を極めるならば、依頼人から受けたこの仕事を全うすべきだ。しかし、それではトーマに別の道を歩ませる選択肢は(つい)える。

 ルイス=エヴァンス家の養子となって貴族の再興に加担するのならば、集落を裏切り、暗殺者の道も捨てなければならない。

 その二つを天秤にかけながらも、自己決断はできなかった。

 暗殺業の歯車として生きてきたこの俺だ。現場での判断力はあっても、自己決定能力というものは皆無なのだとそのとき気づいた。

 そうなるように集落での教育も徹底していたのかもしれない。

 俺の相談に対して、長は当然のように「養子となれ」と命じた。いずれは父子のどちらかを暗殺するのなら、より近しい関係となってしまった方が都合が良いと長は判断した。

 斯くして、俺は新たな名前を手に入れた。



 ―――トリスタン・ルイス=エヴァンス。

 養子だが、実質は当家の没落のために暗殺の機を伺う暗殺者。

 こんな歪な存在が許されるのだろうか。

 ましてや、俺にこの一族の血を絶やす覚悟があるのだろうか。

 時が経てば経つほど葛藤は膨らみ、どうにも気持ちが揺らいだ。



 そして何より、友が遺した弟をどうすればいいのか定まらなかった。

 長には「ルイス=エヴァンス家にトーマも連れていきたい」と話をしたが、当然却下された。必要がないのと、トーマにはトーマの課程(プログラム)がある。暗殺者集落で暗殺者として醸成されるための教育だ。俺にとってトーマは弟だが、集落にとって俺たちは兄弟でもなんでもない。

 個々の仕事道具でしかなかったのだ。



     ○



 俺はとりあえず養子になることに同意したが、家族を連れてくるかどうかは保留ということで返事をした。それを聞いた当主ヴァンデロイは喜んだが、俺の気持ちは複雑だった。ずるずると判断を先延ばしにしただけであり、この葛藤はいつまでも胸に残った。

 マルクであれば、迷わず集落を裏切って、貴族側に付くことを選んだかもしれない。

 あるいは、もっと思い切った判断をできたかもしれない。


 ―――あぁ、信念が強いということは羨ましい。

 俺のように殺人兵器として、ただ在るだけの未来ではないからだ。

 できればもう一度、マルクに会いたい。



     …



 ルイス=エヴァンス家では、俺を騎士に育てる教育がすぐに始まった。

 対人戦術の各種は申し分ないと判断され、教えられたのは乗馬から騎乗戦、騎士道精神、礼儀作法など。精神や作法といったものはどの世界でも自己を律する点で共通していたため、覚えることに抵抗はなかった。しかし、それらはあくまで覚えるだけ。

 《暗殺の心得》のように徹頭から徹尾までを習熟したとは到底思っていない。

 形だけの騎士というものだった。



 そして十一歳を迎えた日。

 王宮騎士団の入団資格である"魔法"を学ばなければならないと判断したヴァンデロイは、いよいよ俺を魔法学校へ入学させることを決意した。

 北方クダヴェル地方には十分な魔法教育を施せる施設はない。

 隣の地域の東方バーウィッチ地方の貿易中心街バーウィッチまで向かってほしいと告げたのだ。

 俺はこれには大反対だった。ただでさえ故郷の集落から離れてルイス・エヴァンス家に通っている。それをさらに離れ、地方領土を超えて魔法学校に行けというのは些か風来坊的すぎる。

 しかも魔法学校の在学期間は五年だという。

 暗殺者であるはずの俺が、気づけば形だけの騎士道を歩み、そして魔法学校にて魔術を学ぶ。そんな流れ者のような生き方をしていれば、暗殺者(アサシン)にも、騎士(ナイト)にも、魔術師(マジシャン)にも成り得ない。

 半端者の人生が待っているような気がして焦りを覚えた。

 これは集落の(おさ)が失敗続きの俺に与えた試練のようなものなのかと考えるようにした。

 二年前にはランスロット暗殺に失敗した。

 一年前には同胞を四人も死なせるような損害を出した。

 それらの罰と思えば、多少はやり過ごせるような気がした。



     ○



 バーウィッチ魔法学校への入学は、人生の分岐点といっても過言ではなかった。

 ここの学校では最年少で七歳、最年長で十五、六歳の生徒がいた。入学年齢は七歳から十歳程度。十一歳になって入学してきた俺は遅い方だったようだ。

 それにしても幼い。

 住む世界が違うからだろうか。

 割り当てられたクラスには十歳前後の生徒が多いのだが、情緒が不安定で突然喚きだしたり、突然授業から逃亡を果たしたりと、まるで以前仕事で暗殺をかけたことがある魔獣使いの飼育小屋のようだった。

 しかし魔族は少なく、九割方が人間族なのだが、俺の知る同世代の同胞と違い、律格を重んじる風土がない。集落で同世代との暮らしに慣れていた俺だったが、斯様な狂喜乱舞の子らとともに魔法の授業を受けるのは苦痛で仕方なかった。


「おい」


 校舎の廊下を歩いているとき、声をかけてきたのは赤毛の少年だった。目が尋常じゃないほど闘志に満ちていた。俺の心眼に写し取るのは異常なほどの赤い魔力と、眼光から輝く炎の揺らめき。

 ―――それが、無謀のアルフレッドとの初めての出会いだった。


「……?」

「お前、生意気なんだよ」

「ほう……」


 生意気とは半人前が偉そうな態度を取ることを指す事だ。俺は確かに半人前だが、それをこんな半人前が集う学び舎で言われるとは思いもよらなかった。


「俺が偉そうに見えるのか?」

「そうだ! その目を見てると虫唾が走るぜ……あの腑抜けたちと同じ目だ……」

「俺はお前の眼を見てると、眩しくて視界を覆いたくなる」

「……けっ……意味がわかんねぇ! 何よりその澄ました態度が気に入らねえ……表に出ろよ」


 そう言って連れ出されたのは校庭の脇に位置する雑木林が生えた空間だった。

 これは最近騎士道で学んだが、"決闘"というものだろうか。魔術師を目指す若者が多いここの生徒でも、俺と同様に魔法に精通した"騎士"を志す同輩がいても不思議ではない。

 アルフレッドは俺の足元に木の棒を投げつけてきた。

 彼も手元に同様の棒を持っている。


「なんだこれは」

「俺はお前みたいな奴が気に入らねえ! 大人ぶってスカしてる奴ほど偽物ばっかりだ! 俺がこの学校で一番強いってことを教えてやるよ!」


 それを聞いて理解した。

 アルフレッドは騎士を志す生徒ではなかった。

 ただ単に猿山の(ボス)を気取りたいだけだったということだ。

 なんと器の小さい少年か。


「くだらん。俺は卒業を急いでいる。力を誇示したいのなら余所でやれ」


 俺は踵を返して校舎の方へと戻ろうとした。


「逃げんのかよ!」

「逃亡とは一度は相まみえた者が去る行為だ。俺はお前と対峙した覚えはない」

「いいから、俺と戦いやがれぇええ! ああああああ!!」


 背後には燃え盛る炎の気配が充満した。

 しかし焦げ臭さなどはなく、俺はそれが魔力の塊なのだと察知した。振り返ると、赤毛の少年は全身から炎を具現化させていた。猛々しく燃え盛る炎の旋風は周囲の雑木林の背を軽く越すほど高く燃え上っていた。


「………」


 唖然としたのは一瞬だけだった。

 これまで色んな非道な連中に暗殺をしかけ、失敗すれば対峙して魔法を見る機会もあった。しかし、これほどまでに激しい魔法というのは初めて見た。強いては、十歳程度の少年の放つものにしては破格なものであることは一目でわかった。

 力を誇示するほど自信に満ち溢れても仕方ないと思えるほどに。

 俺は振り返り様に、少し力比べでもしてみようと思った。

 先ほど放り投げられた木の棒を蹴り上げ、片手で握りしめる。影真流の剣技の基盤である空を断つ一振りは難しそうだが、手合せ程度なら剣筋が鈍くなっても多少は問題ないだろう。


「――――大禍斬り……ドップラーアイ」


 ドップラーアイは正面から斬るように見せて背後から迫る剣技。幻術に似せたようなものだが、その実、虚仮威(こけおど)しの類いだ。俊足の動きを残像で見せて、より先に相手の背後を取る。

 俺の動きに面食らったアルフレッドは、俺が既に後ろに回っていることも気づかず、正面から迫る俺の残像を目で追っていた。その首筋に一突き、木の棒を叩き込んでやった。


「……うっ!」


 情けない悲鳴とともに、アルフレッドはその場で気を失い、倒れた。

 同時に舞い上がった火災旋風も消え去った。


「虚仮威しは互い同様だったか」



     ○



 幸先の良い始まりとは言えず、俺の魔法学校での生活は平穏にはいかなかった。

 とくに無謀のアルフレッドに目を付けられたのは失敗だった。アルフレッドは隙を見つけては俺に騙し討ちを仕掛けてくる。それは椅子のねじを取り払って俺の着席と同時に椅子が壊れるように仕掛けを施したり、机の中の魔術書を事前に隠しておいたりと、取るに足らない嫌がらせが多かったが、たまに真っ向から木の棒を振るってくることもあった。

 その度に俺が軽く往なしてしまうので、アルフレッドは地団駄を踏んで悔しさを露見させていた。



 そんな日々が続いて一年、俺は数少ない帰省の度に現実に戻されていた。


 魔法学校では寮暮らしをしているのだが、月に一度は帰省する。

 俺の帰省先は二つあり、隔月で帰る先を変えていた。

 ある月はルイス=エヴァンス家に戻り、ヴァンデロイやランスロットと会う。

 その翌月では集落へ戻り、(おさ)やトーマ、グレイスと会う。


 俺の板挟みの状況は一向に進展していなかった。ヴァンデロイからは「故郷の家族もこちらの屋敷に連れてきてしまえばいいのに」と囃され、トーマからは別れ際に「次はいつ帰ってこれるの~?」と尋ねられるばかり。

 いよいよ俺も精神的に追いやられていた。

 そもそも自分が何者で、何処へ向かおうとしているのか、あらゆる岐路に立ち過ぎたがために進むべき道を見失いそうになっていた。



 そんな(しがらみ)の中にいて、俺は油断していた。アルフレッドが仕掛けた解体椅子の罠に嵌り、盛大に教室で尻餅をついてしまったのは魔法学校生活の中でもかなり印象に残った事件だった。その様子を教室で見たアルフレッドは高らかに笑い、したり顔でご満悦だったことも覚えている。

 この赤毛の男は本当にくだらない。

 だが、くだらないからこそ癒されていたというのも事実だった―――。


「おい、トリスタン! 表に出ろ! 決闘だ!!」


 俺の煩悶の様子など気にも留めず、アルフレッドは放課後にそう声かけてきた。普段よりも上機嫌だった。先日、俺が罠に初めてかかったことがそれほど愉快だったのだろう。


「今のお前にならぜってー勝つ!」

「……その手には乗らん。喧嘩ならリズベスを当たってくれ」

「あぁん?」


 俺の素っ気ない態度が気に入らなかったのか、無視して寮へ戻る俺を、アルフレッドは執拗に追いかけ回した。人を鬱陶しいと思ったのはこれが初めてだった。


「なぁ、トリスタン、お前はなんでそんな無茶苦茶に強ぇんだよ?」

「……」

「ルイス=エヴァンスってのは貴族なんだろ? 実家じゃ美味い飯が食えんのか?」

「……」

「お前はさ……将来、何になりたいんだ?」

「……」


 ……俺が知りたいくらいだ。

 当初目指したのは暗殺者の極み。

 暗殺者(アサシン) トリスタン。

 だが、近頃は人を殺していない。

 貴族の養子になり、お次は騎士を目指す人間を装っている。

 騎士トリスタン・ルイス=エヴァンス。

 そして今では、こうして魔法学校で魔術を学び、低俗な輩の挑戦を受け続けている。

 ただのトリスタンだ。

 いろんな役割を与えられ、いつしか俺自身、己を見失っていた。否、そもそも自分なんてなかったのだ。憎悪の後始末を任せられる単なる道具でしか……。

 最近の葛藤は自我の芽生えだ。俺という人間が、何者であるかを、何者になりたいのかを見定めたがっている。

 俺は、何になりたいのか。

 本当に暗殺者になりたかったのか……?

 

「フレッド、お前はどうなんだ」


 ただの鸚鵡返しだ。

 鬱陶しい男を振り払うための、ふと漏れた言葉のあやのようなものだ。

 でも、俺はその答えに救われた。


「俺か? 俺はな、冒険者になろうと思うんだ!」



 ―――冒険者になろうと思うんだ。

 

 それはいつ、誰の言葉だったか……。

 かつて俺には憧れの友がいた。絡繰り人形のように意志を持たず、後始末の道具として仕事に駆り出されるだけの同胞たちの中、最も信念を強く持っていた男。

 亡き友の影がアルフレッドの背後に映る。

 ……マルクはこんなところにいたのか。

 俺はその言葉を聞いて立ち止まった。


「俺は……」

「トリスタン、教えてやるぜ。お前は将来、冒険者になる。この俺と一緒になっ」

「は……」


 あまりに突拍子なことを言われて開いた口が塞がらなかった。何を勝手にと文句の一つでもつけようかと思ったが、アルフレッドの瞳を見て本気なのだと悟り、言いあぐねた。


「だから決闘しろ。俺が勝ったら、俺と一緒に冒険者になれ」

「………」


 ふざけた決闘だ。そもそもこれまでの戦歴でも十中八九、俺が勝ち続けた決闘だ。敗北は先日の解体椅子事件くらいだ。突然相手が勝ったときの条件を提示されたところで現実味がない。

 でも、なぜかな……。


「いいだろう」


 俺はその言葉に縋っていた。



     …



「俺との決闘というのなら、当然これを使うのだろう」


 俺は校庭脇の雑木林でアルフレッドと対峙した。

 投げ捨てたのは適当に見繕った木の棒だ。初めて因縁をつけられた時と同様、木の棒同士で競り合う子どもの喧嘩だ。俺がこれまで極めてきた真剣同士の競り合いではない。その間の抜けた決闘がどこかこの男との決闘には似合っていた。


「あぁ、当然だぜ。勝負は一本勝負といこうや」


 アルフレッドの自信はどこから来るのか。 

 俺は気を患っていたところで勝負事に手を抜いてやるつもりはない。

 剣術に見立てた試合なら尚更だ。


「じゃあ、いこうぜ……!」

「………!」


 一閃の内に勝敗を決してやるつもりだった。

 なにせアルフレッドは剣術のけの字も知らない。俺は暗殺者が得意とする影真流の秘奥義まで極めた。そんな雲泥の差のある戦いで敗北しよう者なら集落、ましてや歩むべき暗殺の道に傷がつく。

 しかも勝負は一本勝負。

 体の一か所にでも当てれば勝ちだ。

 負傷させる必要がないのなら、早業の剣技が最も有効。


 俺が駆けだしたその刹那―――。

 なにか焦げ臭い。どうせまたお得意の炎魔法で虚仮威しでも図るつもりなのだろう。だが無駄だ。俺の早業には付いてこれるはずがないのだから。

 振り抜いた一閃。

 確かにアルフレッドの脳天に、横一文字に剣を振るったつもりだった。

 だが、空振った。


「………!?」

「チェックメイト――」


 目の前のアルフレッドが不敵に笑った。

 その後、頭に激しい衝撃が走る。

 力任せに振り下ろされた木の棒が、俺の脳天に直撃して軽く眩暈がした。

 続いて聞こえたのはアルフレッドの高笑いだった。


「はっはっはーーー! トリスタン、討ち取ったりー!」

「くっ……なぜだ……」


 俺は頭を抱えながら己が得物を見た。

 握りしめていた木の棒は、その大半が燃え落ちていた……。


「直前に俺の得物を燃やしたのか……」

「へっへっへ、最近覚えた≪魔力纏着≫。武器に魔法を纏わせて攻撃力を高める魔法だ。お前の木の棒も、火力を高めといてやったぜ。ちょっと加減ができずに木が燃え尽きたみてぇだがな」

「なんと卑怯な……」


 真剣勝負ではなかったからこそ、負けてしまった。普段使いなれていた得物なら燃やされることはない。木の棒なら当然、炎に当てれば燃えるだろう。そんなことは幼稚な戦士でもすぐに気づく。

 俺がそれに気づけなかったのは、あまりに鋼の凶器に慣れ親しんでしまっていたからか。あるいは、周囲の異変に気づけないほど気に病んでしまっているからだろうか。


「さぁ約束だ。俺と一緒に冒険者になってもらうぜ」

「待て。これは反則だ。仕切り直しだ」


 アルフレッドは俺の不満に受け答えもしなかった。

 代わりに言い放った言葉が俺の決意を固めた。


「トリスタン、お前には自由の騎士が何たるかを教えてやるよ」

「自由の騎士……?」

「お前だって気づいてんだろ? こんな世界……アホみたいなしきたりやら伝統やらがありすぎる。俺はそんな(しがらみ)だらけの世界でも自分を曲げない"自由の騎士(シュヴァリエ)"を目指してぇ」

「柵だらけの世界……か……」


 確かにその通りだ。

 俺も生まれながらに狂っていたが、それ以上に世界は狂ってる。暗殺者の世界は特にそんな柵ばかりで俺はもう疲れてしまった。


「自由な冒険に連れてってやるよ。この俺が、()()をな」


 そうしてアルフレッドは俺に手を差し伸べた。

 夕日が背後に映り、彼の赤毛の髪が明るく反射してここからは逆光だった。その黒い影にマルクの影が重なる。眩しい存在だった。仕事道具のような意志のない俺に信念というものを見せつけてくれた。

 誰かが冒険者になるのではない。

 俺自身が、なるべき者になるのだ。

 かつてその少年も冒険者に憧れた。



 ―――自由な冒険がしたかった。



 そうか、マルク……。

 俺がお前の代わりに、見に行こう。

 その先に、何があるのかを。

 俺はアルフレッドの手を握り返した。

 握手……。

 グレイス曰く、よろしくという意味だ。


 決意は固まった。

 であれば、けじめをつけに行かねばならない。




(「◆ 暗殺者Ⅴ」に続く)


※今年も一年お世話になりました。

(次回更新は2016/1/3日です。)


 ⇒トリスタン回、当初は三部構成の予定でしたが、肉付けにより五部構成となりました。

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◆ ―――――――――――――― ◆
【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
【魔力の系譜~第2幕登場人物~】
   ――――――――――――   
【魔力の系譜~魔道具一覧~】
◆ ―――――――――――――― ◆
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