◆ 暗殺者Ⅰ
トリスタンの過去や裏話を数回に分けてお送りします。
(当初は四部構成で予定してましたが、長くなってしまいました)
七歳。
まず始めに伝授されたのは、"寝るな"ということだった。
ほんの数時間で睡眠を終わらせ、非常事態にもすぐに対応できるようにしなければならない。
―――それが、これから歩む暗殺者への道の第一歩だった。
エリンドロワ王国の北側は山脈が連なり、そこが国境となっている。
俺たちが生まれた集落はその国境付近の山林にあった。王都からは距離にして、馬車で三日三晩といったところだ。鬱蒼と茂った木々が行く手を阻み、俺たちは隠遁者のような暮らしをしていた。
山林の奥地に、切り取られたように存在する集落。
そこの大きな茅葺き屋根の家が長の住む屋敷だった。
呼び出しを受け、俺と相方のマルクという少年の二人が並んで正座していた。
「――――ということだ。よいか、トリスタン」
「……」
「トリスタン」
「……はい? なんですか、老師」
"寝るな"という教えを忠実に守り抜いたがために、夕暮れ時には睡魔が襲い、必然的に微睡みの中にいた。この長の長い話も修行の一環であることは幼いながらも理解していた。それに耐え抜こうという意志もあったが、体の甘えはまだ制御できる年頃でもないようだ。
ましてや、昼間には苛酷な戦術指南が施されたばかりだ。
これは肉体を極限まで追い込む英才教育というものなのだろう。
俺の微睡む様子を察してか、マルクは肘で俺を突いた。
「バカっ、トリスタン! ……老師様っ、こいつ、緊張しやすいんです! 今も突然の呼び出しで緊張しててっ……来る前も、二人で震えあがってたとこなんですよっ」
「ほう……」
マルクは長の怒りに触れないよう、必死に助け舟を出してくれた。
思い返してみれば、"マルク"という少年がいなければ俺の人生はまったく別のものになっていただろう。暗殺者の道を貫くことも、暗殺者の道から逸れることもできず、半端者のまま、短い生涯を徒爾に散らしていたのかもしれない。この世界に酔いしれた者はそれを"儚い"と評し、さも栄誉なことであると謳って止まなかった。
だから、マルク――――俺の最初の記憶は、お前との日々でありたい。
俺が確かに覚えているのは、マルクという同郷の少年が情に溢れ、家族想いで、"暗殺者集落"というふざけた世界の唯一の温もりだったことだ。
そんな良き友がいた始まりを心から感謝している。
「な、なぁ、トリスタンっ! 俺たちにも魔法の才能があるなんて、よ、良かったよなぁ……楽しみだなぁ、魔術指南。お前もそう思うだろっ?」
俺の顔色を伺いながら必死に目に訴えかけてくる。
その純粋な瞳が、俺に「相槌を打て」と伝えていた。マルクは俺に《心眼》という特殊能力がある事を知っていた。顔色に出せば多少のことは伝わると信じてやっているのだ。
「………あぁ」
「だ、だよなぁ? というわけなので老師様! トリスタンも、この僕も、その才を無駄にしないよう、これからも精進します!」
だが、マルクも俺と同じく七歳の子どもだった。
長年の経験のある長には俺が居眠りをしていた事もお見通しだっただろうし、それにマルクが必死にフォローしている様子も手に取るように分かっただろう。
「まぁよい……ストライドの御仁は次の新月の日に訪れる。慎んで修行に励め」
「はい!」
「………はい」
何かと思えば、魔法などという不可思議な力の修練が始まるという事だった。
あまり興味はない。
しかし、近代の暗殺術は魔術の知識や技能も不可欠だそうだ。依頼人自体が魔術師であったり、対象や対象の護衛さえも魔術師であることが多い。今まさに魔法の発展と普及が過渡期を迎え出したという事だ。
どうやら、十年以上前に魔法大学を主席で卒業したイザイア・オルドリッジなる人物が、次から次へと新規の魔術を編み出したことを皮切りに、今では"魔法至上主義"が浸透した時代になってしまった。
だからこうして俺たちの集落でも、魔法の才能がある者を選出し、特別指導を受けさせ始めた。
…
長の屋敷を離れて、俺たちは稽古場まで戻った。
集落の中央あたりに位置する広い土場だ。そこでは同じ世代の子どもから、まだ十五にも満たない者が丸太で組んだ競技場で修練を積んでいた。高い位置にある細い丸太の上を渡り歩いたり、宙で揺れる標的の丸太を斬りつけたりと、軽業の練習をしていた。
それを横目に眺めながら、俺とマルクは家路を目指した。家と言っても、俺たちのような孤児はこの集落に山ほどいる。あそこで修練している者の大半とは一緒に暮らしていた。
親は既に死んでいるか、元々出生不明な子どもばかりで、むしろそれが普通だった。
俺ももちろん孤児だ。だが、両親はここの集落が出来る前から暗殺業を生業にしていたそうで、長も俺の両親のことはよく知っていた。その二人も俺が生まれて間もなく死んだようだが―――。
長屋に帰り着き、ふっと意識を失いそうになる。
飯もまだだが、このまま一度寝てしまいたい。俺とマルクはその長屋の縁側で座って、飯の時間になるまで待つことにした。
暮れなずむ夕闇と徐々に煌めき出す星々を二人で眺めた。
「マルク……お前は眠くないのか?」
俺はふとした疑問を投げかけた。
なぜ俺ばかりこんなに眠気が襲うのか。
自分だけが異常体質なのだろうか。
この修行が一番慣れるのに時間がかかるのだ。
「バカだなぁ、トリスタン。そんな教え、本気で守ってんのかよ」
「……なに」
「お前は本当に生真面目なやつだからなぁ。適当でいいんだよ、そんなの。みんなこっそり寝てんだ」
「そうだったのか」
しばらく疑問だったことが一問一答のやりとりだけで氷解してしまった。俺もマルクを見習ってもう少し人と言葉を交わさなければ、そのうち唖になってしまうかもしれん。
しかし、そんな為体な姿勢で暗殺者として生きていけるのか。
「だが、これは暗殺者としての心得の一つだ。日々鍛錬を積んでなければ実戦で破滅する」
「へっ―――俺はいつか冒険者になるんだ。暗殺者なんて興味ねぇ」
「冒険者……? とは、何だ」
「俺も向かいの長屋のアニキから聞いたんだけどさ、なんでも世界中にはダンジョンっていう怪物だらけの洞窟があるらしいんだ。そこには神秘のお宝がたっくさん眠ってて、剣士や魔法使いの仲間たちと一緒に一攫千金を求めて旅して回る――――それが冒険者ってやつらしい!」
マルクは意気揚々と"冒険者"なる者たちの物語を語り始めた。
魔物を狩り、仲間たちと冒険を繰り広げ、"お宝"で遊び回る。
そんな日々を送って過ごすのが、この少年の夢だという。
俺はいまいちその話に現実味を感じなかった。
「いいよなぁ……! 俺も連れてってほしいんだ、そんな自由な冒険に!」
そんな夢を持てることが、どこか羨ましかった。
俺はこの集落で、暗殺を生業に生きていくしか道はないと考えていたからだ。教えでは、暗殺術ほど殺しに特化した戦術はないと訊く。剣や槍、棒術、体術、投擲といった、ありとあらゆる戦術に長け、隠密のもとに静かに標的を仕留める。
―――"殺める"という行為は美しい。
死を最も美しく捧げられるものこそが暗殺なのだと、俺の父親が言っていたそうだ。それを究めた者はきっと"世界一の強さ"を名乗っていいはずだ。
「兄ちゃん! おかえりなさーいっ」
縁側でそんな夢語りに付き合う中、後ろから小さい存在が駆け寄った。
まだ三歳になったばかりの、マルクの弟のトーマだった。兄弟とも、確かに暗殺の道を歩むには明るすぎる。それは内面も、外見もだ。俺は闇夜に紛れやすい黒髪をしている一方、この兄弟はどちらも明るい茶色の髪をしていた。
マルクとトーマの兄弟二人は、元々この集落の出身ではない。
底抜けに明るい二人には、こんな倫理も道徳も破綻した世界は似合わないのかもしれない。
……だから、この二人がこの里を離れて、冒険者を目指そうというのなら、俺は止めはしない。その道の方がお似合いだ。集落の掟がそれを許しはしないだろうが、俺はこの兄弟二人を見ていると、不思議と応援したくなっていた。
「おぉー! トーマぁぁああ!」
マルクは小さな体を抱き留めると、弟の体中を捏ね繰り回してじゃれ合い始めた。トーマもそれに対してキャッキャと無邪気に笑っている。薄暗い世界に観劇のような光景が舞い降りる。俺はそんな光景を眺めては、自分に足りない何かを見せつけられているような気がした。
胸の奥がむず痒くなるのを感じていた。
それが何なのかを気づくまで、まだ何年もかかることは露知らず―――。
「………」
こんな小さな光に魅せられた七歳の記憶。
それが生まれて初めて感じた"情"だった。
親は、死が美しいと説いていた。
長は、殺しを商売に扱っていた。
そんな戦闘狂の集団に生まれついた俺の方が、きっと狂っていたんだ。
それを知るきっかけを作ったマルクとトーマのことを生涯忘れはしない。
○
マルクから「寝ろ」と言われても、俺は結局のところほんの数時間だけの睡眠に慣れてしまった。一ヶ月もすれば、体とは慣れてしまうものらしい。今では寝ようにも寝られず、よく寝たと満足して起きてみれば、まだ夜明け前で皆寝静まっていたということが多々あった。
俺は晴れて、不眠体質を手に入れてしまったようだ。
夜明けまでの暇な時間は鍛錬に明け暮れた。
宵闇の中、無心に剣を振り、投擲を極めた。
―――今日からストライドという人物による魔術指南も始まるらしい。
昼間、その御仁はようやく到着された。
現役時代は俺の父とよく現場で共闘していたという噂を聞いている。誰よりも隠密に長けた人物で、その家系は古い。一代目は『闇討ちのストライド』の異名を裏の世界に轟かせ、独立して得た財と人脈で貴族にまで成り上がったそうだ。その後も後世まで暗殺業を続けていたという―――。
何やら黒い噂の絶えない曰くつきの家系だ。
代々それが続き、この御仁は八代目だそうだ。
まさかとは思ったが、この山間の集落にも小さな馬車で現われた。
「ふぉっふぉ……わしがマーティーン・ストライドじゃ」
土場に馬車から降り立ったのは、白い髭に白い髪をしたご老人だった。
想像よりもだいぶ年老いている。
だが、只者成らぬ気配を感じたことは間違いない。
ここの集落の長よりも「老師」と呼ぶに相応しいと感じていた。
「よくぞいらした、ストライドの御仁」
「うむ、この子らが闇討ちの魔術を学ぶ候補生か」
「既に魔力は測定済み。いつでも開始させましょうぞ」
「ほうほう……なかなか見込みがありそうな子が多いのう」
俺とマルク、それ以外にも何人かの候補生が、稽古場である土場の上で整列して品評にかけられていた。老師は俺の前でぴたりと足を止め、俺の眼をよく覗きこんできた。
「ほぉう、ふむふむ……この眼は……」
「………」
「おぬしは、勿体ないことをしておる。父親はその眼の使い方を教えなかったか」
「………?」
俺が返答に困っていたところに、長が口をはさんだ。
「もう死んでおりますな」
「そうかそうか。彼奴もくたばったか」
とくに珍しいことではない。
この集落では同胞の死を悼む者はいないし、両親の死を嘆く者も一人としていなかった。それが暗殺者の宿命だ。そもそも死を嘆いていては殺しなど遂行できない。
俺たちにとって、命は尊ぶに足らなかった。
「では、おぬしらに魔術の世界を教えてやろう。まぁ、殺し専門の魔術など、呪術と呼んだ方が的確かもしれぬが―――」
その日から俺と魔法の関わりが始まった。
…
殺人を極めることはそれほど難しいことではなかった。完成したカタチを壊してしまえばいいだけのことだ。その破壊をいかに綺麗に捧げるかが暗殺の極み。
しかし、魔法とはその逆をゆく。
無から有へ、カタチを創る行為だった。手先に意識を集中し、全身から精神をなぞるようにして創り上げる。魔力を集中させなければ、魔法の結晶は創り出せないそうだ。素人には非常に理解しがたい方法だった。創造とはこれほどまでに難しいのかと苦戦した。
俺がまだ初級魔法さえもカタチにできないことを見兼ね、ストライドの御仁が声をかけてきた。
「トリスタン、おぬしにはどこか現実感というものが足りないようじゃ。己が怖いものを想像してみよ」
「……」
「おぬしが怖いものはなんだ―――火炙りか? 氷漬けか?」
「どちらも怖くありません」
「なんじゃ……そんな些細なものではないぞ。火刑で死ぬか、簀巻きで溺死するか、どちらか選べ」
「死は特に怖いものではありません」
「……ほう、そうか」
詰まらなげに返事をすると、ご老師は別の者の監督に向かってしまった。
俺は変わらず、その精神を集中させる作業を継続した。
―――次の日の目覚め、まだ外は暗闇だった。
同胞たちも眠り続けている。俺はいつものように誰よりも早くに目覚め、剣と投擲の練習に庭へと出た。そこで気づいたのだが、今宵は新月だった。いつもならば月明かりに照らし出され、自分の姿が確認できるが今日は別だ。剣の素振りは出来ようとも、投擲はできない。体力付けのための走り込みもできそうになかった。
今夜に限っては修練など積めるはずがない。
そう諦めて、長屋へ引き返そうと踵を返したときだった。
「七歳にしてもう《耐睡の心得》を会得したか。さすが生粋の暗殺者の子じゃ」
闇の奥から声だけが聞こえてきた。おそらく庭先にある林の奥に、その声の主は潜んでいるようだった。その先は暗闇で何も見えない。だが、声の主がマーティーン・ストライド氏であることはすぐに分かった。
「はい―――俺は暗殺者の息子としてその生涯を全うします」
「良い心がけじゃ……しかしな、おぬしはまだ何も知らぬ。なにより恐怖に無頓着……"生"も"死"も現実味がないようじゃ。そんな者が軽々しく暗殺者を名乗るでない」
「生と死に固執することは暗殺業に反することでは?」
「ほうほう、勉強熱心じゃな。もちろんそれも教えの一つ……じゃがな、そんなもの所詮は暗殺"業"の教えに過ぎん。ただの里の掟じゃ。教えのみで生きていけるほど世界は甘くない」
気づけば、虫の音一つ聞こえなくなっていた。当初から聞こえていなかったのか、あるいは聞こえなくなってしまったのか……。どちらにせよ、何かしらの異変が起きたことは間違いなかった。
周囲を静けさ以上の静止が支配したような錯覚。
「トリスタン、おぬしが真に暗殺を極めたいというのなら、わしが特別にその極意を教えてやろう」
「是非にもお願いしたいです」
「よいぞ……じゃが、まず始めに死んでみい」
「……?」
切っ先が脇を穿っている。
それは、元々そこにあったかのように、音もなく俺の脇を通り抜けていた。
己の血を見るのはそれが初めてだった。
「……う………」
「どうしたのじゃ? 暗殺とは気づかれぬうちに殺すこと。もしこれがお前の心の臓を貫いておれば、もう死んでおったな?」
「………」
血の気が引いた。
血流が脈を打ち、体は自然と生きようと足掻いている。意識は闇の中に溶けそうだ。致命傷は避けてもらったようだが、胴には確実に異物が肉片を裂いた感触が生々しく伝わってくる。動こうと思えば、刀身が肉体に架かり、抵抗は出来ない。
「よいか、トリスタン。それが"生"じゃ」
七歳の俺は何も知らなかった。
生きるという事も、死ぬという事も。
「……っ!」
剣を無惨に引き抜かれ、痛みが全身を駆け巡る。
容赦なく鮮血が滲み出てくる。脇を抑えても手を押し付ける感覚はない。噴き出る血の熱だけが手先を伝って俺に"生"を訴えかけていた。鋭い痛みの後に、徐々に重たい痛みが胴体を汚染していく。それが次第に全身を支配すると、頭を支えることが億劫になり、やがて態勢を保つことも難しくなっていく。
そしてついには膝をつき、地面に無様に倒れた。
「さぁ、次は"死"を学べ」
暗闇の中―――。
その光景が闇夜の黒なのか、視界が暗転した黒なのか、境界は判らなかった。ただ冷たい地面の感触も薄れ、泥沼に沈んでいく感覚。体が重かった。その重みと"死"という言葉が重なって、「死は重たいものなのだ」と理解した。
◆
意識は異様に重たく、寒気を感じた。
だが、それに反して穿たれた脇にだけ、確かな感触が残される。
これが生きているということ。
自我とは己を世界に留めるための活力だ。そのような本能失くして生きようとは、甚だ隠微な存在だった。
生きていようが死んでいようが変わりない状態。
おそらく暗殺業に身を染めるには都合良かったのだろう。
いつ死んでも代わりはいくらでもいる。養成された子どもたちは、ただの商売道具ということだ。
里の掟も、仕組まれた要項に過ぎなかった。
その事実に気がついたとき、恐怖に触れた。このまま歩めば、暗殺業という有象無象の悪意が取り巻く世界の、一つの歯車にしか成れないのだと気づいた。
―――俺はただの道具……か……。
ぱちりと目が覚めて、座敷に敷かれた布団で寝ている事に気がついた。
外は暗い。起き上がっても脇に抵抗はなかった。包帯を巻かれているが、古傷のように傷口は塞がっている。あれからどれくらい経ったのか分からないが、俺はふと外に出てみたくなった。
新月ではなかった。
見上げれば白雲が舞い込む朧月夜。
異変があるとすれば、虫の音ひとつなく、空気が張り詰めていたことくらいだ。
――――………。
切り裂く者の姿が見えた。
背後には音もなく、気配もなく、気流を乱すこともなく、ただ迫り来る何かがいた。
「………っ」
暗闇で視えない中、俺はそれを避けた。避けたいと思った。老師に脇を穿たれる前には湧くこともなかった衝動のようなものがあった。
生きたい。
歯車になるのではなく、俺は……俺自身が望む姿のものに成りたい。
そう願ったとき、不思議と敵影の姿が闇に浮かび上がった。
「それじゃよ。どうやら"生"と"死"を学んできたようじゃな」
目の前にはマーティーン・ストライド氏がいた。
剣先を横一閃に振るった状態のまま静止し、低い姿勢で俺を見ていた。
「おかえり、トリスタン。おぬしは一ヶ月ほど生死の境を彷徨っておった」
「一ヶ月……」
それほど長く眠っていた覚えはない。
直前まで新月の夜だったような錯覚を感じている。
俺の戸惑いに満足そうに頷くと、老師は話を続けた。
「さて、魔術指南の続きといこうかのう。他の者に遅れを取ってしまったが……。なに、おぬしが今、誰よりも"死"を識り、"生"の尊さを学んだ。良き暗殺者になれるだろう」
「……ご老師、ありがとうございます」
「うむ。魔術など所詮は"ただの補助具"でしかないからの。大事なのは心得よ」
こうして俺の暗殺者への道が始まった。
マーティーン・ストライド氏に出会い、商売道具としての殺し屋ではなく、死を美しく捧げる暗殺者を目指す道を歩み始めた。今なら父親が遺した言葉の意味もほんの少し理解できた。
魔法は死の瀬戸際に至って以来、すぐに扱えるようになった。
恐怖が魔力をカタチにする。自然の驚異などを想像すれば分かり易い。俺は雷属性や氷属性の魔法が得意だったようだ。山奥で見かける自然の脅威に、たまたまそういった物が多かっただけだが。
―――修行に明け暮れ、二年の歳月が流れた。
九歳になる頃には、俺やマルクにも少しずつ仕事が与えられるようになっていた。
(「◆ 暗殺者Ⅱ」に続く)




