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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第3幕 第4場 ―英雄の不在―
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Episode113 ある家族への憧憬


 屋敷に突入できたとはいえ、ここからも問題です。

 まずどこから探せばいいのか検討もつきません。

 空中から俯瞰したとき、この建物の広さは庭園ほどではないにしても相当の敷地であることは確認してます。そんな中からリゾーマタ・ボルガ―――ましてや"彼"一人を探すのはかなり難しいことなのではないでしょうか。

 例えば、空中戦で戦ったパウラさんのように《魔力探知》のスキルでもあれば、リゾーマタ・ボルガから漂う魔力でも探知してその場所を探し当てることも出来たのかもしれません。

 ……惜しくも私はそんな才能、持ち合わせていない。

 リナリーさんの顔を覗く。

 この赤髪の女の子も、どうやらその手の才能はないようです。

 それよりも綺麗な翠色の眼を丸くして、気が動転しているご様子。

 オルドリッジ家を訪れてから信じられない光景の連続ばかりできっと混乱しているのでしょう。私もこんな大きな家は初めて入りましたが、貴族の家とはこんな感じなんだろうなと想像はついていました。でもリナリーさんにとっては庭園からこの屋敷までが初めての光景。そして奇襲や乱闘、黒い怪物も初めて感じる戦地です。

 恐怖心は私なんかよりも数倍感じていた事でしょう。

 ―――なので、この反応も無理はないです。


 しかし、どうしましょう。

 このままでは徒労に終わってしまいます。



「―――――きゃぁ……!」


 耳がぴくぴくと反応する。

 何か悲鳴のようなものが聞こえました。

 二階からです。

 今は何であっても手掛かりがあれば調べた方がよさそうです。私はリナリーさんの手を引き、正面の扇状の階段を登った。そして登りきった所を右に曲がり、壁伝いに伸びる廊下の先を見ました。

 先の方にメイドさんが倒れてます。

 この屋敷の使用人の方でしょうか。

 その女性に駆け寄る。

 やけにスカート丈が短いです。私がコンラン亭で働くときに着ている給仕係の服と似てますけど、丈はかなり短くしているようです。


「………」


 メイドさんの口元に手を当て、呼吸をしている事が確認できました。

 どうやら意識を失って倒れてるだけのようです。

 何があったのでしょう。


「――――ぐぇ……!」


 と、またしても女性の悲鳴が。

 立ち上がり、声のする方へ様子を見に行く。

 通路の奥を左に曲がった所でした。同じようにメイドさんが倒れてます。リナリーさんの手を引いて、また近づいてみます。

 やはり意識を失っているだけの様………先ほどから一体何なんでしょう。


 そして再び立ち上がったとき、さらに通路の奥にメイドさんが倒れていることに気づく。視線を奥へと移すと、まだまだ気絶したメイドさんがいました。

 その先も、その先も……。

 まるで道順を示すかのように転がるメイドさんの死屍累々―――いえ、死んではいませんけれど。なんでしょう、意味がわかりません。あるいは術中に嵌めるための罠でしょうか。

 その倒れる方々を注意深く観察すると、首筋に打撲の痕がありました。

 峰打ちですか――オルドリッジ側の人間が仕組んだ罠であればこんなことはしないような?



     …



 メイドさんの目印(?)を追っていると、なんと隠し扉を発見しました。

 その扉の先が上階へと向かう階段になっているようです。

 この隠し扉を発見できたのも、気絶メイドさんのおかげです。

 メイドさんが背中を預けていた壁が半開きになっていたのです。

 なんですか、このあからさまな目印は……。

 間違いなく誰かが私たちを誘因していると見ていいでしょう。

 もう少し警戒した方が良いでしょうか。


「―――けほっ……けほっ……うっ………うぅ……」


 と、油断していた拍子にリナリーさんが咳き込み始めた。

 そして肩を抱いて震え出す。


「リナリーさん、大丈夫ですか?」

「………う……ん……」

「悪寒がするのですか」

「……うん……寒い……」


 大変です。また症状が出ています。

 これは警戒して慎重に進んでいる時間はなさそう。私は震えるリナリーさんの両手に被せるように手を当てて温めてあげました。

 両手とも恐ろしいほど冷たい。


「……!」


 しかもその手先を見ると、なんとリナリーさんの両手が()()()いた。

 文字通り、消えかかっています。

 透けた手先からはまるで魔力が蒸発するかのように、赤い魔力の粒子を漂わせている―――。

 その赤い魔力は陽炎のように揺らめいて……。

 眺めていると、私の意識も朦朧としてきます。



 これはどうにかしなければいけません。

 早く、早く先に……。

 先に……?

 えっと、先に何があるんでしたっけ。

 あれ、私は確か迷宮都市で………。

 いえ、違います……!

 首を振って気を取り直す。


 私は何か……誰かを救うためにここまで来ました。

 いろんな人に支えられて……。

 いろんな人……?

 いろんな人って誰でしたか。

 あらゆるものが忘却の彼方に葬られていく。

 おかしいです。冷静にゆっくり思い出しましょう。


 私はシア・ランドール。

 両親は……もういません。

 迷宮都市でしばらく過ごしていた……。

 それから―――。


 それから―――。



 いえ、なぜ私はここに……?

 なぜ私はこんな知らないお屋敷の通路を歩いているのでしょう。



 と、とにかくこの子を救うために―――。



 あれ……"この子"って誰ですか。

 目の前には……見知らぬ赤毛の女の子が影のように薄くなっている。

 誰ですか、この女の子は……!

 私はいつのまにこんな子どもと二人で……!?

 影のように薄くなっていく女の子……これは魔物……ですか……?


 いえ、そんな女の子なんて存在しない。


 すべては幻覚です。


 気のせいというやつです。



 気のせい、気のせい、気のせい……。


 そうだ……。

 そもそも、私はどこかのお屋敷の通路なんて、歩いていない。

 ただ両親の帰りを待って、迷宮都市に差し込む赤い夕陽を眺めて黄昏れているだけです。

 ―――だから、今ふと見た白昼夢も妄想のようなものでした。


 ここは迷宮都市の安宿ですが、夕焼けの眺めだけは最高です。

 それが日常の象徴。

 そろそろ迷宮調査にいった両親が帰ってくるはずです。

 私は宿の階段を駆け下り、外へと迎えに出た。

 今日はどんな土産話を聞かせてもらえるんでしょう。

 両親と一緒にお夕飯を食べながら聞く話が毎日楽しみです。


 土埃舞う道に、黒い影が伸びる。

 二つ並んだ影に安心した。今日もとくに喧嘩することもなく帰ってきてくれたようです。父と母が仲良く肩を並べて帰ってきてくれた日は、ご飯が美味しいです。

 赤い夕陽が差し込んで、逆光で両親二人の姿が黒く映ります。


「なさいませっ」

「シアちゃん、ただいまー」


 母だ。

 もう彼此、家族三人でずっと暮らしている。宿暮らしですが、私はそれでも満足していた。いつかは家族で家に住みたいと思いながらも、両親がこうして毎日帰ってきてくれることが何より幸せでした。


 ―――そう、こんな日々は本当に幸せで……。


 ―――こんな日々がずっと続けばいいなと思って……。



「お母さん、今日はどんな冒険を―――」

「あら……? これは……」


 ふと、母が私の青い髪を撫でてくれた。

 この母譲りの海色の青は、私のお気に入りの髪です。

 母の撫でる手が止まり、私の髪に付けられた何かに触れる。


「可愛い髪飾りね。シアちゃんによく似合ってるよ」


 髪飾り?

 そんなもの装備してましたか。

 私は慌てて髪に触れ、それを外しました。


「冷たいっ……」


 あまりの冷たさに驚き、私はそれを投げ捨てた。

 見ると、薔薇の形を模した氷の彫刻でした。青い魔力の粒子が揺らめき、氷魔法の力を宿した魔道具であることが分かります。それが地面に落ちた事で少し汚れた。

 綺麗な氷の彫刻に、砂埃が付着して小汚くなる。

 なんですか、これ……。

 異様に冷たいですし。

 気味が悪いです!

 いつの間にか身に着けていた氷の薔薇に恐怖心を感じて私は後ずさりした。こんな髪飾り、付けた覚えもなければ、そもそも買った覚えもありません。変です。


 それを母が拾い上げて砂を払ってくれました。

 元通り綺麗にされて、私へと差し出される。


「あら、ダメでしょう、汚しちゃ……」

「ですが、気味が悪いです。なんですか、これは――――」


 それを私は拒絶した。

 誰かに悪戯でつけられたとしか思えません。


 誰かに……。


 そう、誰かに……。



「シアちゃん、これはね―――」


 逆光で黒く映る母は、真面目な口調で私を諭した。



「大切な人がくれたものでしょ」



 大切な人―――そんな人は生まれてこの方いたことはない。いるとしたら、それは妄想に描いた別世界の私の話。孤独に打ちひしがれた私のもとに王子様が訪れて、怖い魔物から守ってくれるのだ。

 そんな別世界の私は、さぞ幸せ者だったのだろう。

 両親がいなくても、ずっと一緒にいてくれると約束してくれる王子様。

 夢に見るような理想の人だ。

 そんな人は居ないし、これからも現れないでしょう。

 もう十五にもなればそれくらい分かってます。

 手を伸ばしても、届かない"夢"があることくらい……。


「………っ!」


 ふと母が、私の目尻に指先で触れた。

 拭われたのは大粒の涙。

 あれ、なんで泣いているのですか、私は。

 それを見て母は優しく微笑んでくれた。


「……あれ……なぜでしょう。別に悲しくないです……埃が目に入ったんです、多分」


 私は腕で両目を擦り、とめどなく流れてくる涙を隠した。

 でも、それはいつまでも止まらない。

 拭っても拭っても溢れ出る涙。

 母はそんな私の頭を優しく撫でて続けた。


「シアちゃんは頑張り屋さんです。お母さんの自慢の娘」

「……うん………うん………」


 私は涙を拭い続けて、何回も頷いた。

 母は私の手元にその氷の薔薇を置いてくれた。

 私は、これが何かを知っている。


 ――――魔道具"Cold Sculpt(氷の薔薇)ure"。

 漂う青い魔力の一粒一粒が氷の結晶となって、その"思い出"の断片を映し出している。

 これは私と"彼"を繋ぐ絆の欠片だ。

 投げ落としてしまってごめんなさい。


「でもね……シアちゃんがもう疲れちゃったなら、それでもいいんだよ」


 疲れたなら、ここで両親と過ごしていく未来も―――。

 それもそれで幸せな日々だ。


「………」


 私は踵を返して、夕陽に背を向けた。 

 後ろには私を見守る両親がいる。

 でも、前に進まないといけません。


「シア、いくんだね」


 父が最後の声をかけた。


「はい……。私は"彼"に……私をたくさん救ってくれた英雄に、恩返ししないといけないから」


 私は振り向かない。

 今、振り返ったら嘘になってしまうから。

 この憧憬がただの虚像で終わってしまうから。

 私はその《氷の薔薇》を再び、髪に装着した。


「それでいい。僕たちはシアのことをいつまでも愛してる」

「……はい……」

「シアちゃん、幸せになってね」

「………はい……!」


 それは木彫りのドワーフ人形に刻まれた両親からの遺言(メッセージ)だった。

 ほろりほろりと、涙は止まらない。

 父と母と過ごす未来もあったのでしょう。

 今、それを望めば叶えることだって出来る。

 でも……でも………。


 歯を食いしばり、その夕闇に向けて歩き出した。

 髪飾りから漏れる青い粒子が煌めく――これは"彼"が残した光の道標だ。

 やがて日が完全に沈み、辺り一帯が真っ暗闇となった。

 それと同時に両親の黒い影も消えてしまう。

 もう二度と会えないと知っても、振り切るしかない。

 お父さん、お母さん………ありがとう……さよならです……。



     ◆



 ―――はっとなる。

 髪を撫で、その氷の彫刻に触れた。

 良かった。"彼"はまだ消えていない。


 オルドリッジの屋敷は静まり返っている。

 目の前にいるリナリーさんは、全身透けていました。

 呼吸を乱して、苦しそうに壁に寄り掛かっています。


「……急ぎましょう!」


 私はその体を抱きかかえて、隠し扉の先の階段を駆け上がった。

 倒れるメイドさんの目印を頼りに、今は進むしかない。

 あの風景は、私に訪れたかもしれないもう一つの可能性。

 英雄のいない世界の、もう一人の私だ。

 その影を振り払う。



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