Episode112 突入戦
オルドリッジの屋敷に戻るまでそれほど時間はかかりません。
ただ、パウラさんとの無駄な戦いのせいで魔力も切らしてしまいました。それに腕や足も火傷してしまい、けっこう痛いです。空を駆け抜けて風が吹き付けるたびに、痺れるような灼熱痛を感じさせます。
痛みに耐えながら、その屋敷を上空から俯瞰する。
バーウィッチという貿易の中心街として栄えた都会。
その少し外れに位置するオルドリッジ家。
それが先ほどまでと姿を変えていた。
鮮やかな庭園は同心円状に抉り取られて、黒々としています。
まるで庭の中心で何かが爆発したかのようです。所々では土壌が掘り返されていて、草木も一部未だに燃え上っている。激しい戦いが起こったことがよく分かります。
そして、正面玄関付近では未だに複数の人たちが交戦しているようでした。
その光景に不穏な空気を感じ、私は早いところ地上へ降り立つことにしました。
ヒガサ・ボルガの露先から伸びるブースターの出力を調整しながら、高度を下げていく。
降り立つ途中、庭園を二分する道を覚束ない足取りで進む赤い姿が目に留まりました。気になってそちらの近くに舞い降りた。
アルフレッドさんでした。サラちゃんに肩を抱えられてゆっくり進んでいるようです。それに、片腕で脇腹を押さえつけています。何か重傷でも負ったのでしょうか。その傍らにリナリーさんも寄り添っています。
炎の三人組ですね。
近づくだけで熱気さえ感じます。
「シアじゃねぇか……無事だったんだな―――って、その傷は大丈夫か……?」
「はい、何とか。大きな鳥に襲われました」
そういうアルフレッドさんも無事じゃなさそうですが、ご存命で何よりです。
あの黒騎士に勝ったということでしょうか。
「鳥……? まぁなんだっていいが……」
アルフレッドさんはどうも視線が俯きがちです。
いつものように自信に満ち満ちた顔つきではありません。
悔しさ……? そんな感情が表情から見て取れる。サラちゃんも、いつになく真面目な顔で黙っていました。不思議に思い、素朴な疑問を投げかけてみます。
「勝ったのですか」
「………」
お返事がない。
アルフレッドさんは私の言葉を聞いて、より深く顔を伏せた。
何やら複雑な心境の様子。
「俺のことはいい……はやくリンジーたちのところへいけ」
「……」
寄り添うリナリーさんも父親の顔を心配そうに見上げていた。
その視線に気づき、アルフレッドさんが小さな背中を押し出した。
背中を押されて、たたらを踏むリナリーさん。
その子が困惑して後ろを振り返った。
「パパっ……」
「こいつの事も連れてってやってくれ。今の俺じゃ………この通り、心配なもんでな」
差し示す赤い服に黒い染みが滲んでいる。無理にでも笑顔を作って余裕のある振りをしている様子でした。心配なのは傷口ではなく、精神状況のような気がしますけど……。
私の戸惑いを見て取ったのか、サラちゃんが乱暴に言い放った。
「シア、二の足踏んでる場合じゃねーだろ! その子も急に倒れる可能性だってある。早くいけ!」
「はいっ……」
その剣幕にやられて、私はリナリーさんの手を引いて駆け出しました。リナリーさんは振り向きながら手に握りしめる赤い剣柄を示して、アルフレッドさんに叫んだ。
「パパ、この剣は……!」
「持っていけよ! それとシアがお前を守ってくれる」
この筒は、火剣ボルカニック・ボルガ?
刀身がない点、黒騎士との戦いの壮絶さを感じさせます。
それにしても、私はリナリーさんを守れるかどうか自信がないです。
私もそれほど万全な状態じゃないので。
手足が風を切る度に火傷が疼きますし。
私たちが遠ざかる背後で、少しだけアルフレッドさんとサラちゃんの会話が耳に届きました。
「すまねぇな、サラマンド」
「………竜族だって仲間を悼む気持ちは理解できる。死地を共にした戦友なら尚更な」
その会話で察した。
黒い騎士が現われたとき、アルフレッドさんは愛称で呼ばれていた。その敵とはかつて、ご友人……いえ、友人以上の絆で結ばれた関係だったのかもしれません。その二人が勝敗を分けたとき、勝利を手にした側の感情はあまり想像しにくいものがあります。
それが、あのような複雑な表情に現れていたのでしょう。
…
屋敷の本館へと至る石段まで辿り着いた。
正面入口前です。
どうやらそこも戦いの大詰めのようでした。
私とリナリーさんが到着したことにも気づかず、リンジーさんはその戦いを固唾を飲んで見守っています。声をかけると「ひゃうっ」という可愛らしい声をあげて振り向いた。
青ざめた顔からリンジーさんも魔力を枯らしたのだと気づいた。
そして私に手を引かれる娘さんの姿を見て「あれ、リニィ……!? あれ?」と混乱して周囲を見渡して慌てている。どうやら私がリナリーさんを連れて歩いていることに違和感を感じるらしい。
……お母さん、しっかりしてください。
リンジーさんは私の火傷を見るや否や、すぐヒーリングで回復してくれました。
傷口の腫れや創傷は塞げましたが、やはり腕や足に傷痕が残ったままになってしまってます。
ショックです。
その背後ではドウェインさんやカレン先生が石段を駆け上がりながら、押し寄せる軍勢を格闘で往なしている最中だった。
「……一体なにが起こってるのですか?」
「執事長の人が、あの人たちを操ってるみたいだよ」
見上げると、玄関前のテラスから顔を覗かせるお爺さんの姿が目に入った。執事長オーブリーと名乗っていましたか。少し前に見た時よりやけに年老いたように見えます。
気のせいというやつ、ですか……?
その老人に辿り着くまでにいくつもの障壁があった。
それは、防具を身に着けた使用人たちだ。
意思のない屍のように体を起こし、格闘業で突き飛ばされても何度でも立ち上がる。生ける屍のような振る舞いで、彼ら二人の身体に付き纏う。その光景はヒトとヒトの戦いではなく、魔物の群れと二人の格闘家戦いに見えました。目を凝らしてよく見ると、使用人の方々からは黒い魔力が湯気のように立ち込めている。
おそらくその魔力の発生源があそこの老輩オーブリーさん。
「そうですか。私も応戦します」
「……あ、シアちゃん、無理しないでも―――――」
「魔力がなくても、傷さえ治れば弓は引けますので」
逸る気持ちを抑えられず、心配するリンジーさんを振り切って駆け出した。時間がないだろと、サラちゃんに叱咤激励されたばかりだ。まだ屋敷の内部にすら入れていないのだから焦るのも無理はない。
父の形見はさっきの空中戦で落としてしまったが、まだ背中にはショートボウがある。腰の矢筒にも十分量の矢が残されていた。支援や近接射撃なら出来るでしょう。
……形見の方は戦いが終わったら探しに行くことにします。
私は階段付近で戦うカレン先生の近くまで駆け寄った。
しかし、その壮絶な戦いぶりに圧巻されました。近寄って気づいたのですが、これはどうやら私が乱入したら足を引っ張ってしまいそう。リンジーさんはもしかして私が邪魔しないように引きとめようとしていた……?
もしそうでしたら、私が無粋だっただけですか。
それほど黒い背広姿の女性の戦い方は綺麗だった。
その後ろ姿は凛々しさのあまりに細身の男性かと見間違えるくらいだ。しかし、機敏で繊細な動きは雄々しさよりも、麗々しさを感じさせる。
階段を駆け上がり、よろめく三体の敵―――それら一体一体に滑るように接近すると、片手で四肢を押さえつけ、もう一方の手刀で四肢を根元から切り落としている。
両腕には黄金色の魔力を宿し、見たこともない魔法で徒手を強化している。
「Stump、確認――――Schnitt! Schnitt! Schnitt!」
掛け声とともに彼らの四肢は、体幹から切り離される。
体の支えを失った彼ら使用人たちはその場で倒れ、まるで線形魔物のように這うような動きしかできなくなっていた。身動きが封じられ、さすがにもう起き上がることはできないようです。一見してとても醜悪なことをしているようですが、それを感じさせないくらいに綺麗に四肢を切断していました。
なぜか、切断面からは血も噴き出ません。
胴体と四肢は元々別に存在していたかのように、切り離された途端に別の生き物として、ただそこにある。腕や足はまだ生きているようです。
しかも、カレン先生はその切り離した手足を丁寧に持ち主のもとに置いている。
乱暴に斬り捨てたのではなく、"処置を施した"という表現が正しい。
でも、恐ろしいことをしている事には違いない。
あんなことをしてしまったらもう彼らは長くは生きられないでしょうし。
私はカレン先生の冷徹な攻撃手段を見て身震いした。最後の一人の四肢をすっぱりと手刀で切り離した後、カレン先生がこちらに振り返った。その鋭い瞳と改めて目が合うと、ヒーラーという職業の人のはずなのに戦慄を感じてしまいます。
「なんだ、シア・ランドールか。誤って切断してしまうところだった」
「…………か、カレン先生、その人たちの手足は……」
「心配するな。一時的な人体切除だ。肢体は治癒魔法を掛けて保存状態にしてあるから腐ることもない」
「でも手足がなかったら………」
私が石段を這う使用人たちに目を向けた。
その混乱を察してくれたのか、カレン先生はそのうちの一人の腕を元の付け根に添えると、何かしらの魔法を加えた。
「ゲーボの力を以て是を鎖せ――――Naht」
そういうと、その使用人の肩と腕は元通りにくっついた。その人もオウオウと唸りながら自由に片腕を動かしているので、本当に元通りになったということでしょう。
これは治癒魔法の応用技だそうです。
侵襲的な外科手術を非侵襲で行う。
治癒魔法を使って傷口を塞ぎながら切断すると、そういうことも出来るのだとか。
本来なら移植や膿んだ臓器を切り取るときに使う治療師独自の魔法ということです。
ですが、それを戦場で使えば敵を殺さずして戦闘不能にすることができる―――戦争国では敵国の情報を聞き出すために殺さず捕えるのに使ったり、拷問の一つとして使ったりもしてるみたいです。
カレン先生、けっこう惨憺たる世界を見てきたんですね……。
「すべてが終われば元通りにしてやろう」
一通りの解説を終えると、カレン先生は再び石段を駆け上がり始めた。兵士に扮した使用人たちを先ほどの要領で次々と戦闘不能に貶め、起き上がる敵勢の数を減らしていく。体の一部を失った彼らは精神汚染が行き届きすぎた事もあるのか、特に苦痛を感じている様子でもない。
そうしてカレン先生が通過する度、分離される四肢と胴体の数々。
あまりリナリーさんには見せたくない光景でした。特に切断面が見えるわけでもないのですが、私も自然と目を瞑りたくなります……。
…
カレン先生の後ろを付いて進むと、既に屋敷の玄関前でドウェインさんと執事長のオーブリーさんが対峙している最中でした。見るからに老体の姿をした敵と比べると、明らかにドウェインさんが有利でした。どちらも魔法を心得た魔術師であるなら間違いありません。
カレン先生もそう信じて戦闘に介入しようというつもりはないらしい。
支援に徹するために、後衛から見守っていた。追い詰められたオーブリーさんはじりじりと後方へ下がり、屋敷の壁に背をつける。
既に勝敗は決しているかに見えました。
「さーて、どういう意図があって僕たちを襲ったのか聞かせてもらおうかねぇ」
「………ふむふむ、それを語る必要はありませぬ」
「へぇー?」
ドウェインさんは拳を鳴らしながら、さらにオーブリーさんに近づいていく。
この状況に陥ってもまだ真意を語らない老人に苛ついているようです。
「……それじゃあ、少し痛い目に遭ってもらおうかね」
「くっはっは、私めが痛い目に遭う? ご冗談を。片腹の方が痛いですな」
「あぁ、そうかい……。まずは腹がいいってことねっ……!」
ドウェインさんが拳を振り被った。
拳には赤い魔力を宿している。あれは炎属性の魔力の塊。破壊力重視に強化された拳だった。あれでお腹を殴られようものなら、ご老体に穴が開く可能性すらあります。
その報復の一撃が届く前に―――。
「―――リーヴレの血錆びを銀杯へと注がん」
老人が一言だけ口ずさむ。
それと同時に老人の身体に闇の魔力が纏わりついた。
「……!?」
ドウェインさんの一打が腹部を抉ろうとしかけたその時。
その殴打は、壁でも殴ったかのような鈍い音を立てて止められた。
老体の腹部を殴ったはずなのに、頑健な肉体に塞き止められる。困惑したのはドウェインさんだけじゃない。私もカレン先生もです。不測の事態にどうしていいか分からなくなる。
オーブリーさんの身体には黒い闇の魔力が蜷局を巻いて揺らめいていた。その闇魔力は先ほどまでカレン先生が捌いていた使用人の身体から漂い、その老体に集まっていた。
「血錆びを銀杯に……そうか、アレらは操っていただけでなく、魔力を蒐集していたのか」
カレン先生が階下を振り向きながら何やら呟く。
倒れ伏す使用人たちは既に事切れていた。魔力を吸い上げられ、体も干からびているようです。そこから黒い陽炎が蒸気のように浮かび上がり、オーブリーさんに寄り集まっている。
そしてオーブリーさんの体は黒い魔力で満たされて、徐々に図体も大きくなっていった。それは既に老人の体ではなく、頑強な魔物のそれへと変化していく。
「では、今度はこちらからいきますぞ…………ォ……ォォォオ……!」
「………っ!」
―――太々とした腕が、その魔術師を殴り飛ばした。
凄まじい勢いで掬い上げられ、ドウェインさんは一気に庭の方へと突き飛ばされる。
彼の一振りは魔物のそれだった。図体は魔物のオーガに近しく、体躯は私たちの二、三倍はあります。そして黒い魔力の残滓は最初に襲いかかってきた黒い騎士と同じような魔性のパワーを持っていた。
「……ォォォ……ブオォォォ……!」
黒い魔物の咆哮が庭中に響き渡った。重たい振動が、お腹に響く。
―――ベ、ベヒーモス……! 村長さん、ベヒーモスって?
昼下がりの森林。緑のオークが引き連れた黒い巨猪。恍ける少年と樹木から引き抜かれた木刀。
以前、アレを木刀一つで斬り捨てて消滅させた子どもがいた。
「痛っ………!」
片隅に残る記憶が、再び頭に過ぎった。
あれはベヒーモスに似た何か―――"神の最高傑作"と恐れられる魔物だ。魔物の起源とはどうやら女神にあると何かの考古文献で読んだことがあります。
それをこの場で再現してしまうほどの膨大な魔力とは……。
明らかに使用人たちからのかき集めの魔力では足りない気がします。それらをどうやって集め、作り上げたかは分かりませんが、そんな怖ろしい敵を目の当たりにすると古い記憶が蘇って身動きが取れなくなってしまう。
魔物化したオーブリーさん……もうオーブリーでいいですね。その彼が私たちを踏みつぶすように獣のような片足を振り上げ、大地を踏んだ。踏みつけした足場から黒い魔力が舞い上がり、その衝撃で屋敷玄関前の石段が半壊する。
その衝撃で私たちも後方へと弾かれた。
庭先に転がって、またしても屋敷が遠ざかってしまいます。傷口を塞いだとはいえ、火傷痕は残ってるので地面に擦り付けられる度に痛みが襲う。本当に屋敷内へ辿り着けるのでしょうか。
気が遠くなります……。
「やれやれ、例の黒い魔物の正体はこの老人か? まったく次から次へと訳が分からないな」
弱気になる私の心とは裏腹に、カレン先生はまったく動じる様子がありません。
すくっと立ち上がり、凛としてその魔物を眺めていた。冷たい青い瞳で真っ直ぐその怪物を見据えています。この人はなぜこんな巨躯の怪物を見ても冷静でいられるのか分かりません。
吹き荒ぶ黒い魔力がその背広を棚引かせていた。
「……面倒だ。シア・ランドール、もうアレを飛び越えて先に進め」
そう言いながら、懐から取り出した小瓶を私に手渡した。
そこには色彩不安定な虹の液体が入っている。これは魔力ポーションのようです。これを飲んで空を飛び、あの怪物を飛び越えろという事のようです。
「でも、私一人では―――」
「時間がないのだろう。安心しろ。ここまでの戦力をここに配置してるということは、屋敷内はほとんどもぬけの殻だ」
時間がない―――そう何人にも言われてきた。
その通りです。明確に時間がいつまで残されているか分かりません。"彼"が消滅すればすべて終わり。それが何時やってくるのかの恐怖を抱えながら、何とかここまでいくつもの障害を振り切ってきた。それを無駄にしてしまうわけにはいかない。
リゾーマタ・ボルガなる物さえ発見できれば何とかなるはずです。
「わかりました……!」
私は小瓶に口をつけて魔力の液体を一気に飲み干した。これはとても苦いので一気飲みがお奨めです。体に熱が帯び、魔力が戻ってくるのを感じました。
迷ってる暇も、弱気になってる暇もない。大勢の方々がここまで私の背中を押してくれた。賢者のグノーメ様もサラちゃんも、そしてアルフレッドさんやカレン先生も。
早く前に進まなければ―――。
そう決意をあらため、私が意識を集中し、風を纏った時のこと。
「待って、シアちゃん」
「はい?」
後ろで待機していたリンジーさんに話しかけられた。
足元にはリナリーさんもいる。
「この子も連れていってあげて」
そう言われて差し出されるリナリーさん。
先ほど父親のアルフレッドさんからも同じことを言われました。両親とも口を揃えて言うなんて、本当に似たもの夫婦なんですね。羨ましい限りです。しかし、私が連れ回してもいいのでしょうか。
この小さい子なら、抱えて空を飛び上がることもできるでしょうけど。
「ごめん、私の我が儘を言うけれど……ここにいるよりずっと―――」
リンジーさんは例の黒い怪物を見て、歯切れ悪く言った。
確かに今となってはこの庭園の方が危険地帯。屋敷内には新当主のアイザイアさんも居られますし、あの障壁を超えて屋敷内に逃げ込んでしまった方がリナリーさんも安全ですね。この子もいつ消えてしまうか分かりません。リゾーマタ・ボルガを早急に破壊する必要があるとき、魔法で破壊してもらうことも出来るかもしれません。
私は頷いて、リナリーさんの小さな体を抱きかかえた。
「シアお姉ちゃん……お兄ちゃんに会えるの……?」
「そうですね。もうすぐ必ず会えます―――掴まっててください」
私は風の魔法で体を浮かせ、空へと舞い上がった。
リナリーさんは怖がっているようで、目をぎゅっと瞑って私のお腹にしがみついていました。
それは怖いでしょう。私が五歳の頃はどうだったか―――両親に世界中を連れ回される日々。退屈な宿暮らしで、両親が現地で買ったお土産で遊んでいるだけの日々でした。あの頃に急に戦場に行けと言われたら、怖気づいてきっと何もできません。
でもこの子はこんなに必死に耐えている。
強い子です。
さすが伝説の冒険者パーティ《シュヴァリエ・ド・リベルタ》の子。
私も強くならなければ―――。
空を翔け抜けて、黒い怪物と化したオーブリーの頭上を越える。
だが、その刹那。
「……ォォォォォォオアーー……!」
私たちの存在に気づいたオーブリーは、大地に足を踏みしめて予備動作を取った後、大きく跳躍した。邪悪な爪が私たちの体を切り裂こうと襲いかかる。
リナリーさんを抱えていて速度も高度も維持できません。
まずいです。
――――……。
―――途端、わずかな気配とともに鋭い異音が耳に劈いた。
その禍々しい腕の先端が、黒い肉片となって細切れにされている。
「ギャァァァ……!」
「……?」
周囲を見渡しても何もない。
地上で戦闘の構えを取る仲間の彼らも特に何かした様子はない。これからこのベヒーモス様の黒い怪物を駆逐しようと準備しているようでした。
後方支援すると言っていたグノーメ様の仕業ですか……?
でもグノーメ様にしては攻撃手段が派手じゃない。あの方の砲撃であれば、屋敷ごと破壊する勢いの魔法の弾頭でも撃ち込んできそうだ。ましてや"細切れ"にするような繊細な魔法なんて。
何が起こったのか分かりませんが、とにかく私たちを守ってくれた何かがいる。
ありがとうございます。感謝します。
私たちは屋敷本館の玄関口に降り立つと、転がり込むようにその扉に突入した。
ようやく屋敷に侵入できました。
玄関は二階部分まで突き抜けた大広間となっているようです。
正面には扇状に広がる階段と手摺。それが二階の廊下と繋がっていて、そこも壁に沿って手摺が設けられています。上からもホールを見渡せるようになっていました。
振り返ると、背後ではオーブリーが荒れ狂って地上ではカレン先生たちが討伐戦を繰り広げていた。
彼らが命を張って私を送り出してくれた。
探索を進めましょう。
――――……。
「……?」
また何か気配が頭上を過ぎったような気がします。
気のせいというやつ、でしょうか……。
最近、"気のせい"にも自信がありません。




