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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第3幕 第4場 ―英雄の不在―
134/322

Episode107 屋敷制圧戦Ⅱ (vsオーブリー)


 厚い雲が覆う空の下。

 昼間にも関わらず、この土地では不穏な空気が漂っていた。オルドリッジの屋敷本館と広大な敷地を有する庭園では現在、激戦が繰り広げられている。


 本館前の乱戦は、屋敷への侵入を拒むオルドリッジ側の人間が仕組んだものだ。

 執事長のオーブリーは庭園よりやや高く位置するテラスからその正面の階下へと、武装した使用人たちを送り込み、戦況を()()していた。

 彼の目的は、攻め込む冒険者二人と公務の者三人の足止めである。

 斃さず、足止めしろと女神ケアからの命令を受けていた。

 本来の主人が表舞台に出てこれない今、女神が直々に神託を授けているのだ。



 魔力を使い過ぎた事によって、彼は既に老いていた。

 まだ年齢は四十を過ぎた頃、実際は主人よりも若いはずなのに髪は白く染まり、顔も弛んで老顔を晒している。その魔力酷使の背景は主人のひどい仕打ちも含まれているが、何よりも彼自身がヒトへ服従せずにはいられないという人格的な起源を持つことに由来している。

 奉献的な性格ゆえに、執事という仕事が天職なのである。

 だが、その奉献は我が主のためのものでしかない。

 主人以外の人間には、害を為すことも厭わない。


「ふむ………我が身はシャイタンに捧げし傀儡。リーヴレの血錆びを銀杯へと注がん……」


 階下の戦況が思わしくなくなった時、オーブリーはまた闇魔法を詠唱し始めた。それは闇魔法"ポイズン・キャプティブ"の詠唱術式。魔法の力でヒトを使役する"黒い魔法"だ。洗脳魔法とも呼ばれている。

 戦う使用人たちに既に意思はない。

 精神汚染が極限まで達した時、"洗脳"の域を超えて対象は"傀儡(かいらい)"と化す。

 オーブリーは絶対防衛線のこの本館正面玄関を守るために、使用人たちを使役し続けた。

 その都度、彼の魔力はすり減るが、(はらわた)へ移植された魔力ポーションの器は、先ほど十分に補充しててきたため、ほぼ無尽蔵に魔力を浪費できた。体内の魔力が枯渇すれば、自動的に魔力ポーションが腹腔の血流へと浸透し、魔力が回復するように肉体改造されているのだ。

 体への負荷は、老化という形で確実に現れているが―――。



     …



 魔術師は駆ける。

 階段を踏みしめて高く跳躍する。

 ドウェインは白亜の段を蹴っては本館への侵入を拒む幾多の兵士を翻弄していた。彼らも所詮、兵士の姿に扮していようとも、一介の召使い風情に過ぎない。多勢で押し寄せようが、戦力差は明らかなのだった。

 丸みを帯びた盾が突進してくれば、盾の上部を掴んで跳躍して前宙転回(ハンドスプリング)し、敵の裏側へと回り込む。それと同時に、雷属性のバレット魔法"ライトニング"を撃ち込み、痺れさせて行動不能へと追いやった。

 槍を突く敵が現われたときは、風魔法"ウィンドブラスト"――今では失われた魔法と扱われる魔法さえも駆使して突発的に身を翻す。変則的な動きで体を回転させ、裏拳で敵の顎を砕いて再起不能にした。

 魔術と格闘技能の組み合わせによって、奇術的な戦い方をするドウェイン・アルバーティ。

 彼は冒険者パーティーでは前衛から後衛まで幅広く熟してきたオールラウンダーだった。その流れる手捌き、足捌きを誰も止めることはできない。


「Veränder(変換)ung fortset(再開)zen―――Erweichu(糜爛の熱病)ng!」


 さらに彼のやり方は徹底していた。

 これまで往なしてきた敵が持つ武器や防具を東流の炎魔法で溶かし、復帰したときにも戦闘が続行できないようにする処理も欠かさない。

 シュヴァリエ・ド・リベルタは特攻型のパーティーだった。リーダーの気質に因るものが大きかったが、その特攻を可能としてきたのはこういったドウェインの事後処理の徹底ぶりのおかげでもある。



 あらかた片付いたか、とドウェインは一息ついて後ろを振り返った。

 既に相当数を排除したと思った。どう考えても最初に確認した数以上の敵を再起不能にしたはずなのだが、どこからともなく湧いてくるオルドリッジの使用人たちの多さにドウェインも驚いていたのは事実である。


「えぇ……」


 背後を確認して、ドウェインは思わず気が抜けたように溜息をついた。

 先ほど打ち倒したはずの敵が、よろめきながらも再び立ち上がったのである。その様はどう見ても生ける屍のようだった。ゴースト系に分類される魔物のような執拗さ。

 背を丸めて顔を伏せ、まるで死に体だ。腕や足に怪我を負っていても懸命に立ち上がり、まだまだ闘志を感じさせた。


「……うーん、骨が折れるってこういう事を言うんだろうねぇ」


 やれやれ、とばかりにこれまで登り詰めた階段を再度駆け下りた。

 敵の陣営を単独で抜けても意味がない。

 標的(ボルガ)の破壊にはどういう攻撃手段が有効か分からないのだ。ドウェインは主砲戦力のリンジーさえ来てくれれば、と考えている。魔力の塊のようなものを破壊する時には魔力の塊をぶつけるのが最適だからだ。



「―――ラグズは山稜を満たす袖の雫、海神(わだつみ)へと還る輪廻の循環……!」


 その最中、リンジーの詠唱が聞こえてきた。

 唱える魔法は水属性の上級魔法。

 その魔法を選択した意図は、ドウェインもすぐ察することができた。

 それは彼自身がやってきたことと同じだ。

 本来の敵は使用人たちではない。主人からの命令で致し方なく攻撃をしかけてくる彼らを傷つける必要はない。戦力を削いでしまえば無害なはずだ。そのため、リンジーも愛用する高火力の炎魔法ファイアボールやブレイズガストは選ばなかったのだろう。

 ドウェインもそうだが、彼女もまた戦いの場であってもヒトを焼き殺すつもりはないらしい。


「―――昇華せし大海は彼の咆哮、満ちる天水は彼の慟哭!」


 リンジーが構える(ワンド)に呼応するように、彼女の周辺に青い魔法陣が展開される。

 そこから青い魔力が揺らめき、地面から魔力の粒子が湧き上がった。その青い粒子が浮かび上がるにつれて、リンジーの艶のある髪も浮き立ち、幻想的な光景を作り上げていた。

 まるで曇天から降り注いだ雨が、彼女の周囲で動きを止めているかのようにも見える。


 ドウェインは跳ねるように階段を飛び降りて、意思なく蠢く使用人たちの頭をいくつも飛び越えて仲間のもとへと焦って戻った。これから彼女が放つ魔法を直に()()たら、耐久性に自信のあるドウェインと云えど一溜まりもない。


「―――恒久不変の海神リィールの名の許に、解き放て」


 詠唱が終わるとリンジーは(ワンド)を振り、溜めた魔力を放出した。

 リンジーもドウェインの攻撃で終わるのであればこの魔法を出し惜しむつもりでいた。

 だが、ドウェインが何度打ち砕いても立ち上がる敵勢を確認して、最初から上級魔法を放つ決意をした。一度に大きな魔法を放って一掃した方が効率がいいと判断したのである。


「いくよっ! タイダルウェーブっ!」


 リンジーが魔法の名を喚ぶと同時に、その周囲に漂っていた青い魔力が、方向を変えて屋敷本館へと向けて一斉掃射された。その魔力が濁流へと姿を変え、大量の水が怒涛の勢いで階段を這いあがる。

 水属性上級魔法"タイダルウェーブ"は津波を呼び起こす魔法である。

 殺傷力は、放った地形に左右される所であるが、現在戦場と化しているオルドリッジの屋敷前のように、広いエリアで放てば敵の息の根を止めるほどの威力は得られない。

 しかし、気絶させるくらいの攻撃にはなる。

 戦地ではよく、押し寄せる軍勢を一掃するのにも使われるため、彼女もこの魔法を選んだのだった。


 どこからともなく沸き立つ濁流が津波となって使用人たちを襲った。

 本来、高いところから低いところへと流れるものが、階下から階上へ、リンジーの魔法操作によって屋敷本館へと押し寄せる。

 ―――その濁流に飲み込まれて、使用人たちも掻き消えた。


 ドウェインもその光景を呆然と眺めて、息を呑んだ。

 やはり戦いを抜きにした単純な魔法勝負ではリンジーに敵わないと、あらためて感じたのだった。

 いくら"タイダルウェーブ"と呼称しようが、放出できる水量は術者の魔力量に依存するのが魔法というものだ。一流の魔法使いでも川のせせらぎ程度のタイダルウェーブしか放てない者もいる。

 上級魔法が使えるからといって単純に優れた魔法使いとは限らない。

 この魔力量が娘のリナリーに少しも継承されていないと判断されるのは惜しまれる。やはり魔力測定器(マナグラム)の欠陥と考えた方が妥当であろうと、ドウェインも改めて考えた。



 濁流は役目を終えてその勢いを止めると、蒸発するかのように霧散した。

 魔法の効果が切れたのだ。

 水が捌けて残されたのは、倒れ伏す屋敷の使用人たちだ。

 全員を気絶させることに成功したようである。


「さぁ、中へ急ごう!」

「う、うん……」

「……リンジー、大丈夫かい?」


 リンジーは青ざめていた。

 彼女も少々派手に魔力を消費しすぎたと反省していた。

 だが、ここで足を止めるわけにはいかない。

 治療師カレンも、ふらつくリンジーに駆け寄って容態を確認する。

 ヒーリングでは魔力は回復させることは出来ない。

 魔力ポーションを渡して飲ませることにした。



 ―――しかし、まだ終わっていなかった。


「踊れ、残党! 傀儡の如く、車輪の如く、役目を果たすのだ!」


 どこからともなく聞こえる、枯れた老人の声。

 声は階上の屋敷本館の入り口前、テラスとなっている所からだ。

 こちらを覗き見る、血走った大きな眼が視界に映った。

 あれは執事長のオーブリー。

 この屋敷に招き入れた張本人だった。

 次の瞬間、気を失って倒れていたはずの使用人たちにそれぞれ黒い魔力(オーラ)が纏わりつき、それが体に吸収されたかと思うと、ゆらりゆらりと体を起こし始めた。


「嘘でしょ……」


 青ざめた顔でリンジーが絶望の声を上げる。

 十数名にも及ぶ使用人たちは腕をだらりと下げ、(こうべ)も垂らしてゆらゆらとこちらに向けて歩き始めた。武具や防具などもはや関係がない。身体一つで、捨て身で襲いかかろうというつもりのようだ。

 紛れもなく、操られている。


「そうか。あれは闇魔法ポイズン・キャプティブ―――あそこにいる老執事が闇魔法の手練れなのだろう。襲いかかる彼らに意思はない」


 凛と立ち竦んだカレン・リンステッドが久しぶりに口を開いた。

 ドウェインもそれに対して感想を漏らす。


「やっぱりねぇ。道理で動きも単調なわけだ。ってことはトリスタンに魔法をかけて操ってるのもあそこのお爺さんってことかな?」

「じゃあ、アレをたおせば……」


 リンジーは今一度、倦怠感を振り払って(ワンド)を構えた。

 トリスタンに闇魔法をかけたのも、執事長のオーブリーであれば話は単純だ。術者を斃してしまえば魔法の効力も切れる。屋敷の連中も、トリスタンも、その攻撃の手を止めるに違いない。

 そんな気概を見せるリンジーを、ドウェインは宥めた。


「キミは魔力を使い果たしたばかりなんだから、少し休んでいてくれ」

「でも………」


 さすがのドウェインでも迫り来る敵勢を振り払い、さらにオーブリーまで単独で狩ることは難しいのではないだろうか、とリンジーは思った。ここで主戦力として戦えるのは、リンジーとドウェインの二人だけなのだから。


「どうやら私の出番か」


 そんな状況で、一歩前に踏み出したのは官庁の専任治療師(ヒーラー)のカレン・リンステッドだった。魔法学校でも子ども相手に医務を全うしている彼女だ。

 前線で戦うことなど想定していなかったはずだが―――。


 しかし、凛と背筋を伸ばし、押し寄せる"屍"に対峙するヒーラーがそこにいた。

 黒い背広姿の女性が、取り乱すことなく整然と立っている。

 その背中には頼もしささえ感じられた。

 リンジーは不思議に思って首を傾げた。


「カレン先生……?」

「すまないね、カレン。アレの足止め頼んだよ」


 ドウェインも平然とお願いをしている。

 使用人たちの相手はカレンに任せ、オーブリーはドウェインが仕留めるというつもりのようだ。

 カレンは黒い革製手袋を引っ張って、きつく嵌め直した。

 拳を何度か握りしめ、戦闘の構えを取る。

 その手慣れた初動でリンジーはすべてを察した。

 彼女もドウェインと同じタイプの魔術師。

 ―――つまり、近接格闘を心得た魔術師なのだと。


「キミと共闘するのは初めてだねぇ?」

「私のことは構うな。"足止め"なら専売特許だからな」

「いやー、怖い怖い」

「………」


 ドウェインは肩を竦めてふらふらと敵勢に向けて歩き始めた。

 その煽るような態度がカレンも気に入らなかったようだが、その後を追うようについて歩く。


「じゃあ、任せたよっ――――einen Winds(刳剔の旋風)toß!」


 ドウェインはそれだけ言い残すと、躊躇せずに走りだした。合図も何もあったものではない。時は一刻を争うと常に意識しているのだろう。ドウェインの切り替えの早さには焦りも感じられた。

 そうして彼は脚部に白い魔法を纏わせ、疾風の如く速さで駆け出した。

 風魔法によって強化した足でスピードをつける。


「いいだろう……!」


 カレンもドウェインの速攻を確認し、応えるように拳を握りしめた。

 姿勢を一気に低く落として大地に手を着く。

 先ほどまで純然たる公務職の人間のように振る舞っていたカレンだが、今では猟犬のように腰を低くし、対象を睨んでいる。


「――――集え、豊穣のゲーボ」


 構えた両手の握り拳から黄金の輝きを纏う。

 ゲーボとは"愛情"を意味する呪文の一つだ。

 カノが炎、ラグズが水を意味する中、魔術の世界では"治癒"を意味する呪文である。

 中級や上級の治癒魔法を発動させるときに詠唱術式に要するフレーズなのだが、そういった高位の魔法を使うにしては今のは詠唱が短すぎる。

 しかも彼女はこれから戦おうという身だ。

 そんな状況で治癒魔法を詠唱し始めるというのも不思議な話ではある。

 リンジーは首を傾げて、その後ろ姿を眺めていた。


「――――人体切除(アンプテーション)、開始する」


 カレンは地を蹴り、その生ける屍の群れへと肉迫した。

 彼女は、治癒魔法を戦術に取り入れた稀な治療師(ヒーラー)なのだった。



 一方で、リンジーは気づいていなかった。

 熾烈を極める戦いに圧巻される間、その背後にいるべきはずの娘リナリーが、ひっそりと姿をくらましてしまった事を―――。



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