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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第3幕 第4場 ―英雄の不在―
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Episode103 バタフライエフェクト


 こんばんわなさいませ。シア・ランドールです。

 帰宅してリベルタ邸で一休みです。

 今日は一度に長時間空を飛び、かなり魔力を使ってしまったので疲労感に襲われてます。グノーメ様の助言で今起きている違和感がリゾーマタ・ボルガの仕業であることがわかりました。ですが、リゾーマタ・ボルガ自体、どのような物だったかはちゃん思い出せません。

 思い出そうとすると―――。


「……痛」


 この通り、頭痛が遮るのです。

 グノーメ様から、同じように違和感を感じてる仲間を探せと仰せつかりました。おそらくそうすることで、その人物がいない矛盾点に多くの人が気づき、最後はその"彼"に辿り着けるということなのでしょう。

 暖炉の前のソファに座ってぼーっとする。膝の上にはサラちゃんがこっそり乗ってきました。この子は古代竜「火竜(レッドドラゴン)」なので火の近くが好きらしい。その様子はトカゲだけど、まるで暖を取る猫のようで可愛らしく思います。

 言葉遣いは悪いですけど。


「シアちゃん、ごはんできたよー」

「……はーい」


 今日のお夕食当番はリンジーさん。一番お料理が得意です。リンジーさんは冒険者時代からお金の管理と料理番をしていたそうで、とても働き者で可愛らしい奥様です。


「おっ、今日は銀鮒のフライじゃねぇか。これ美味いんだよなぁ」


 私がソファから立ち上がってダイニングテーブルに向かってる最中、既にアルフレッドさんが並べられていく料理皿を見て歓喜のお声を上げていました。


「たまにはねー」

「って、おいっ! また六人分の皿があるぞ」

「あれ……私も無意識に六人分作っちゃったのかな……」


 テーブルを眺めるアルフレッドさんが、またしても引き起こされた不可解な現象に苛立ちの声をあげました。リンジーさんも近寄って確認し、首を傾げる。


「………」

「………」


 さすがに二日連続で起きてしまったこの不自然さに、お二人とも気味悪がっている様子。二人で顔を見合わせながら、どういう事なのか理解できないと黙ったままです。その空席であるはずの席に置かれた銀鮒。

 一体、誰の分だというのでしょう。

 その答えは私にもまだ分かりません。


「……なんで一人分多く作るんだよ、リンジー」

「作る分の人数なんて、いつも数えたりしないよ」

「じゃあなんでこうなるッ」

「知らないよっ」


 最悪、夫婦喧嘩にでも発展しそう。仲の良いあの二人に限ってそんなくだらない事で言い争いするとは思えませんが。グノーメ様にも言われておりますので、ここで一つ勇気が必要かもしれません。

 仲間を集める勇気が。


「実はもうお一人、ここで暮らしていた人がいた可能性が―――」


 私の呟く声にアルフレッドさんもリンジーさんも、びくりと反応を示しました。無言のまま、その表情に戸惑いの色を隠せていません。やはりその反応を見る限り、このお二方にも心当たりがあるかもしれません。


「シアのやつ、気味悪いこと言ってくれやがんなぁ」

「………でも、実はね」


 しんとする空気。

 でも先に打ち明けたのはリンジーさんからでした。


「私、久しぶりに銀鮒のフライにしようと思ったのは、昔リベルタで養ってた子が美味しそうに食べてたの思い出したからなんだよね……」

「リベルタ時代に養ってた子だと?」

「ほら、正義感の強い男の子いなかった? 今日揚げ物を揚げてるときも、懐かしいなーって思って」


 それを聞いたアルフレッドさんも真剣な表情になっています。「リベルタ時代に養ってた子」という言葉に過敏に反応したようでした。リンジーさんがまだ続けて言う言葉を遮ることもなく……。


「なんかつい最近まで、その子といた気がするんだ……私……。だってね、今日ご飯作ってるときも……その子の笑顔……最近見てないから、色々大変で辛そうだったから……たまにはゆっくり休んでほしくて………あれ、おかしいな……なんでかな」


 リンジーさんが手を目元に当てて、目頭を押える。

 どうやら泣いているようです。

 その涙の原因はよく分かる。

 私だって涙が出てきたから。

 その人がいない事が寂しいわけではないです。忽然と消え去ったその人との思い出が、どうしても思い出せなくて悔しいのです。単純に過ごしていれば思い出すことがなかった"彼"の希薄さ―――そんな希薄な人じゃないと、否定したくて出てくる悔し涙でした。その顔も、その声も、自然と浮かび上がるはずのものが一向に出てこない。

 アルフレッドさんが俯いてるリンジーさんの肩を抱き留めて、背中をさすっている。


「なぁ……俺はそいつの事、どうやっても思い出せねぇ。だが、不思議に思う事がある」


 アルフレッドさんは躊躇いがちに口火を切った。


「……リベルタはなんで解散しちまったんだ?」

「そ、それは……」

「俺はあいつらとは……そんな簡単に切れるような間柄じゃねぇと思ってたんだがよ」


 話題に挙げにくいのか、アルフレッドさんの歯切れが悪いです。リンジーさんもどうしてか思い出せない様子でした。アルフレッドさんにとって、冒険者パーティー《シュヴァリエ・ド・リベルタ》は何にとっても変えようがない大切な存在だったと私も聞いています。

 でも、その話を聞いたときは、解散も納得できる理由があっての事だったとしっかり話されていたことを覚えています。だというのに、今はその理由がご自身でもわかっていない……。


「勘違いすんなよ! 俺は後悔なんかしてねぇ―――リンジーの事もバカみたいに愛してる」

「そういうのはいいからっ」


 真剣な顔で奥様を抱きしめるアルフレッドさん。赤いシンボルのその髪だけじゃなく、その乱暴な振る舞いも野性的な魅力を振りまいていた。そんなことされて、リンジーさんも涙目だったはずなのに、顔を赤らめて狼狽してます。

 見せつけてくれますね。


「待て、聞けよ。リベルタの奴らだって散り散りになったけどよ、俺はそれもそれで納得してんだよ………納得してるはずなんだが、なんで納得できたのか……それがよく分かんなくなっちまってる……」


 アルフレッドさんは一度、頭を掻きむしって悶々とした様子を見せた。


「俺はそのリベルタに拘らなくても良い理由ってやつを誰かに見せつけられたはずなんだ。だからこうして今も、目の前の家族を一番大事にしてる。だが……そいつが誰だったか思い出せねぇ………今、リンジーから"養ってた子ども"って聞いて、もしかしたらそいつの事かってふと思ったんだ」

「………」


 沈思黙考。

 みなさんでその人物像を少しずつ思い出す。

 人から人へと伝播すればするほど、その人物像が浮き彫りになる。記憶とはそれぞれが残す断片的なもの。それを組み合わせる事で、パズルのピースが嵌めこまれるように形となる。その"彼"はたくさんの人に影響を与えた人なんだろう。

 私だってどれだけ影響された事か。

 グノーメ様の仰っていた通りでした。

 仲間を集める事。そうすれば忘れることはないのでしょう。


「話は聞かせてもらったぜ」


 背後のソファからハスキーな声がする。振り返ると、さっきまで暖炉に当たっていたはずのサラちゃんが、ヒトの姿へと変わっていた。腕を組んで仁王立ち。黒々とした蜥蜴の鱗で覆われ、二本の角と太い尻尾だけが活き活きと竜である証を誇示していた。


「なんだテメェ、分かったような口でふざけた事ぬかすなら――」

「まだ何も言ってねぇだろうが……」


 アルフレッドさんは相変わらずサラちゃんには喧嘩腰でした。あんなに可愛い女の子なのに、なんでここまで憎まれ役になってしまうのか……口が悪いからでしょう、多分。


「その兆候はマズいぜ……現存する"改竄"の力をもつ兵器はリゾーマタ・ボルガくらいしかねぇからな。おそらく今、過去が置き換わってる最中だ」

「リゾーマタ・ボルガ……!」


 私は再び聞いたその兵器の名に、思わず悲鳴のような声をあげてしまった。グノーメ様から夕方頃聞かされたものとまったく同じです。土の賢者グノーメ様、そして火の賢者サラマンドちゃん。いずれのお二方も、その脅威に直面して封印を施した五大賢者のうちの二人なのでした。


「サラちゃん、グノーメ様も同じことを言ってました」

「グノーメが? 兵器専門のアイツが言うんなら間違いねぇな。今に誰かが平然と死ん()たり、誰かが平然と生き返っ()たり……とんでもない地獄がやってくるぜ。しかもその()()()()を、誰も不自然に思わねぇから余計に厄介だ」


 背筋がぞわりと凍りつく。

 食事の匂いも漂うこの部屋だというのに、戦慄が走る。

 サラちゃんの言葉は真実かもしれないけれど、今までほのぼのしていたこの家族の雰囲気にはそぐわない言葉。そんな物騒な台詞を突きつけられて、驚かずにはいられません。私たちは固まってしまいました。


「サラマンド、そいつは一体どういうことだよ……」

「だから、言った通りだぜ。過去が変わる。その結果である"現在"も変わる。リゾーマタ・ボルガっていうのはそういうモノだ――――もしかしたらもう既に、その魔の手にかかってるやつがいるかもしれねぇ……それ自体に気づく事はないがな」


 怖ろしい。

 過去の出来事と戦うことはできません。リゾーマタ・ボルガによる攻撃手段は、既成事実を置き換える力。既に成立してしまった事は、誰にも疑問に思われず、誰の記憶にも残らない。

 でも誰が、どんな目的でそんな事を?


「そ、そういえばリニィはっ! まだ来てないよ」

「おいおい、冗談じゃねぇぞ……二階で寝てるだけだろ!?」


 娘さんがいないことに気づくリンジーさん。アルフレッドさんも慌てて階段を駆け上がっていった。私とサラちゃんもその後について行く事にしました。



     …



「リニィ!」


 悲鳴が先に耳に届く。階段をかけ上がると、廊下で倒れるリナリーさんの姿が目に入りました。リンジーさんに抱き抱えられても、ぐったりした様子で顔は青くなっています。


「おい、リナリーッ! どうした、具合悪いのか?」

「けほっ……けほっ……」


 リナリーさんが咳き込んでいる。そういえば昼間も咳をしていた気がします。リンジーさんは治癒魔法ヒーリングや解毒魔法キュアなど色々と試してみるものの、一向に良くなる様子はありません。咳き込みが続き、額からは汗も垂れて、前ほどの元気いっぱいな様子とは一変しています。


「た、ただの風邪じゃねぇのか?」

「わからない、なんだろう、突然……もう~、嫌なタイミングでこの子も体調崩すんだから」


 娘の苦しそうな顔を覗きこむご両親。

 確かに突然です。

 タイミングも悪すぎるくらい。

 なんだか私も不安を感じてきました。


「ちょっとよく見せてみやがれ」


 そこにサラちゃんが前へと躍り出る。あの子にしては珍しく膝を立てて、その様子を真剣に診ています。なんだかんだサラちゃんも優しい子なんでしょう。いつもそういう姿勢でいれば、この家でも普段は肩見の狭い想いなんてしないでしょうに。

 サラちゃんは黄色い眼を光らせて、リナリーさんのことを注意深く観察していました。何かの魔法でしょうか。古代竜であるレッドドラゴンという種族の生態はよく分かりません。元からそういう鑑定魔法のような力でも持っていたのでしょうか。


「………ふむ、これも、あるいはリゾーマタ・ボルガの影響だぜ」

「うそでしょう……!」

「おい、テメェ! さっきは何かあっても気づくことはねぇって言ってたじゃねぇかっ!」

「うるせぇなぁ。これらは"兆候"ってやつだ。お前らの前から姿を消した奴のことだって、まだ記憶に残ってるだろう? ――――多分、まだ完全には変わっていない。過去が完全に置き換えられた時、そいつの記憶も、そしてこの子自体も、消失しちまう……もしかしたらアンタらも夫婦じゃなくなってるかもな」


 突きつけられた辛辣な言葉に、凄い様相で睨みつけるアルフレッドさん。

 しかし、睨まれるサラちゃんも歯噛みして悔しさを露見してました。きっとリゾーマタ・ボルガの惨劇というのは、この場にいる誰よりもサラちゃんが重々分かっている事なんでしょう。グノーメ様の見せた反応と同じです。

 アルフレッドさんもその様子を感じ取って、少し冷静になったようでした。


「ちっ……サラマンド、頼む。教えてくれ……俺にはまったく理解できねぇ……そんな突然、娘が消えるとか、消えた事すら気づかないとか、そんな事ありえるのかよ……」

「……この子の産まれたキッカケになった出来事、人物―――そういう過去が消えかかってるって事だ。それこそ既に姿を消した"そいつ"が、あんたらを夫婦にするキッカケを作ってたのかもしれねぇ……どういう因果か分からねぇが、過去壊変はバタフライエフェクトを引き起こす。誰かが消されれば、セットで他の誰かが消える事もあるんだ」


 リナリーさんが生まれるキッカケになった出来事。

 アルフレッドさんがリベルタに執着する事をやめた出来事。

 そしてぼんやりと霞がかってしまった私の記憶。

 すべてが、もしかしたらその"彼"に通じているのかもしれません。

 "彼"が消えれば、それらは引き起こされることはない。

 道筋は変わってしまう。


「そんな……嫌だよ……!」


 リンジーさんは、娘の窮地に大粒の涙を流し始めた。


「ママ……」

「リニィ……!」

「ママ泣かないで……わたしなら大丈夫……でもちょっとあたま痛いなぁ……」


 娘さんの健気な様子に、リンジーさんも強い抱擁で応えた。

 その儚い存在を失くさないように。

 大切な存在を守るように。


 彼らは家族です。

 かつてはバイラ火山初踏破の伝説を築いた《シュヴァリエ・ド・リベルタ》――そのメンバーだった歴戦の冒険者の男女。そんなアルフレッドさんとリンジーさんも、今は別の形で幸せの在り方を知ったのでしょう。その幸せは、私もまだ知らないものですけど。

 その普通で貴重な幸せを(つま)しく感じるこの家族に今、こうして飛び火している。

 これはもう私と"彼"だけの問題じゃない。


 その"彼"だったらどうするか……。

 この悲しむ人たちを見て、なにを思うか……。

 少し、その背中を思い出したような気がします。



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