Episode102 不穏な兆し
こんにちわなさいませ。シア・ランドールです。
大切な人がいたと思い出せたのは良いものの、あろうことかその人の名前すら思い出せません。
どうしたものでしょう……。
髪に装備した"Cold Sculpture"。
青い髪に氷の彫刻が煌めく。寒気すら感じるこの季節に、こんな清涼感溢れる魔道具なんて装備して、周りからは奇異の目を向けられることでしょう。でもそんなもの気にする以上に、私はその彼を見つけ出したい。
でも一体、どうすれば。
そもそもなぜ、みなさん忘れているのか。
この異変に気づいているのは、本当に私だけなのでしょうか……?
ぼんやりとどうすればいいか考えながら、今日の午後も弓の練習です。考え事をするときは習慣ごとをやりながらの方がまとまる時もあるので。
何より、この落ち着かない気分のままじっとしていられません。田舎のソルテールでは弓を練習する上で、的となる木や岩がたくさんあるので便利なものです。私はいつものようにリベルタのお邸の外にある広大な草原へと移り、弓を構えた。
弓術にもいろいろと流派があるのですが、私が父から教えてもらったものは護身目的のものが多いです。ですので、狙撃よりも接近射撃の方が実は得意だったり。
鳥を射ち落すとき、空を飛んで接近してから放つ癖も、多分これに起因してます。
弓の接近射撃の代表技―――「散弾銃」。
これは弓矢を同時に2本から3本、指の間に挟んで同時に射出する技です。本数によってこれを「二連」、そして「三連」と呼んでいます。
シングルアクションで同時に多くの矢を標的に撃ち込むのに適しています。私の場合、これに空圧制御の力で威力を増し、大きな岩すら爆散させることができます。
さらに接近射撃の中でも、複数との交戦を見越した連射技―――「機関銃」。
次弾装填までの時間を短縮するため、腰に携えた矢筒と弓の構える位置をなるべく近くし、早業で矢を射る。
これは乱戦の立ち回りで使える技です。
最近練習しているのは、狙撃の方。
弓師のくせに遠距離射撃が不得手だとしたら恥ずかしいですから。
態勢を低く、射程距離を最大限引き延ばすために弓弦を限界まで引く―――「狙撃銃」。
おそらく多くの弓師はこっちを練習してパーティーで活躍し、ソロ攻略のときのために接射技を覚えるのですが、私の場合は逆になってしまいました。実際、スナイパーフリンテは動作こそ簡単そうに見えますが、今挙げた3つの芸当の中で一番繊細で、一番技術の要るものです。
射程距離の確保、狙撃精度、一撃で仕留める射出力。
いろいろと改善の余地があり、最高ランクの弓師というものはこの狙撃が一番能力として評価される所でもあります。
というわけで樹木を標的に、「狙撃銃」の練習をば……。
―――と、その時。
わりと近くから、何かの"音色"が聞こえてきました。
誰かが奏でるその音に、私ははっとなる。
この曲は……。
私はその庭先の、一本杉の裏へと近寄ってみました。音はその一本杉の裏から聴こえてきます。どうやら誰かが楽器で弾いているようです。拙いけれど、しっかりと刻まれる音色。その曲は、私もよく聞いたことがある。よくよく思い出したら、その私の想い人が好きこのんで弾いていたような気がする。
力強くて勇ましい曲調。
でもどこか物憂げで、悲しさすら感じる曲でした。
まさか、その木蔭の裏にその人が………。
ふらふらっと近寄って、その木蔭を覗きこむ。
弦楽器を抱き込むように握りしめる腕。
その光景に、デジャブが走る―――。
包帯様の羊皮紙で包まれた歴戦の右腕。
覗き出る指先は細く、綺麗で……。
「………」
「んぅー?」
振り向いたのは女の子だった。
しかももう一緒に暮らして長くなる、よく見知った赤毛の子。
リナリーさんだ。
腕はそんな物騒な様相ではないです。
きめ細やかな肌で小さな小さな可愛い腕。
木蔭に座り込んで、小慣れたようにリュートを弾いていた。
「あ、シアお姉ちゃんっ」
「こんにちわ……なさい」
リナリーさんが大事そうに抱え込むリュートをちらりと見た。
「リナリーさん、その楽器は?」
「がんばって練習中なのっ」
五歳の女の子が、リュートを?
「それはどこで教わったのですか、学校ですか?」
「え~? うーん……」
リナリーさんは上を向いて何か考え込む。
「お兄ちゃんに教えてもらったよ」
そのとき、ヒントが浮上した。そのお兄ちゃんという人物が、私の探す想い人のような気がしてなりません。リナリーさんはその人物をまだ覚えてるのでしょうか。
思わず詰め寄ってしまいました。
「お兄ちゃん? お兄ちゃんとは誰ですか、どんな人ですか」
「んー………えへへ、わかんない……」
無邪気に笑うリナリーさん。
この子は嘘をつくような子じゃない。
本当に覚えてないのでしょう、多分。
私のように、それを気にする様子もない。
せっかく掴みかけた手がかりが儚く掻き消えたようで茫然とする。
「でもね~、パンツァーお兄ちゃんって呼んでたのは覚えてるもん」
「……パンツァー」
パンツァーとは東方の語源で、意味は確か「重鎧」。鎧を纏った人物? 確かにその彼は剣術、拳闘術を身に着けた近接戦士だったように思います。間違いない……リナリーさんに楽器を教えた人は、私が探している人だ。
「パンツァーさんは今どちらに? どこへ行ったか覚えてませんか」
「し、シアお姉ちゃん、今日は怖いよ」
「あ、ごめんなさい……でもそのパンツァーさんは私にとって大事な人です。捜しています」
「ぅ……」
リナリーさんは私の必死さに引いているようにも見えます。なによりパンツァーという言葉に過敏に反応して怯える様子すらありました。きっと鎧を着てる人なんて、こんな歳の子から見たら威圧感があって怖いのでしょう。でも、今はそんな事に気を遣ってるどころじゃないです。
「むぅ……わたしもさがしたいなー。だってお兄ちゃんいなくなってからさみしいもん。よく一緒にあそんでくれてたのに……カミカクシにあっちゃったのかな」
「カミカクシ?」
「魔法学校の七不思議でね、さいごはカミカクシにあっていなくなっちゃうの……」
神隠しのことでしょうか。
本当は居たはずの人間が、忽然と姿を消す。
ただ居なくなるだけでなく、その人が残した痕跡、周囲の記憶、あらゆるものが消えて、元から存在がなかった事になる。そんな噂話の類い、もしこうして違和感を感じていなかったらきっと信じることもなく受け流していたことでしょう。でも―――。
私は今一度、髪に付けた氷の薔薇を触ってみた。
ひんやりとして冷たい。これは他の誰でもない、みんなの記憶から消え去ったその人から贈られたプレゼント。その想いは確かにここに痕跡として残っていた。
「魔法学校にも、もしかしたら―――」
まだ手がかりが残ってるかもしれない。
私は居ても経ってもいられず、リベルタのお家へと走って戻った。
「あっ、お姉ちゃん! いま、学校はおやすみ――けほっ……けほ……」
後ろからリナリーさんの声がする。お休みなのはドウェインさんから教えてもらって知っています。でも、神隠しの噂が立つ魔法学校。それとどうしてもその彼が、無関係には思えません。
○
まだ陽は高い。
自室からヒガサ・ボルガを携えて、私はすぐさまバーウィッチへ向かうことにした。
普段は極力、人目につかないように空は飛ばないようにしています。アザリーグラードではただでさえ、空を飛んで化け物扱いされたくらいですから。
でも今は早速にもバーウィッチに向かいたいです。ソルテールから街道へ。街道からダイアレーンの森を超えて、さらにその奥。バーウィッチへと空中移動。空圧制御とヒガサ・ボルガの力を借りて、空を翔け抜けた。悠然と空を飛ぶ鳥たちも、私の速さに驚いて群れを散らす。
確かにこんなもの、普通の人が見たら化け物呼ばわりするのも無理はないですね。
――――巷じゃ化け物呼ばわりされてるみたいだぞ。
思い返せば、この使い慣れたヒガサ・ボルガだって、その彼からプレゼントされた大切な物だった。思い出せば思い出すほど、湧き立つ記憶の源泉。そうだ、このポップなデザインの魔法兵器を作ってくれたのも、他ならぬ"彼"の発案だったはずだ。
どうして、こんなにも―――。
こんなにも愛されていたのに、私は一瞬たりともその人を忘れてしまっていたのでしょう。そんな自分が許せなくて許せなくて堪らない。
私はより一層、大気を後方へ射出する勢いを強めた。
…
息をするのも束の間、勢いを殺し切れずにバーウィッチ市街地外れの魔法学校へと突入しました。低空へと一気に高度を落としてしまい、地面に激突しかける。慌てて空気を寄せ集めて、クッションにする。受け身を取るように身体を捻らせて、転がりこむようにその校庭へと不時着しました。
土埃を舞いあがらせ、地滑りする足裏。
我ながらスタイリッシュな動きで着陸できたような気がします、多分……。
気を取り直して校庭を走り、校舎へと近寄ってみる。さすがお休みというだけあって人の気配が一切ありません。そもそも私はこの魔法学校というのに初めて訪れたわけですが、空から見下ろしたときより降り立ってみると広大な敷地でした。
衝動的にやってきたのは良いものの、何をどう探せばいいものか。
朽ち果てた建物が目に移り、衝動的にその方角へ向かって駆け寄りました。どうやら大きく間取りを取った屋内型の修練場のような建物だった模様です。焼け爛れた後があることからも、火事か何かで半壊したのかもしれません。
そこに二人の人影が目につきました。
その半壊した建物の焦げ跡なんかをキョロキョロと見回して、何やら議論しているみたいです。
「どうですか、賢者様」
「うーむ、こいつを本当に魔力30弱の子どもがやったってーのかい?」
「えぇ……」
「アリアフリーっていうのは最近定義が曖昧になってるが、その子はもしかしたら本物の―――」
体格差のある二人組でした。片方は、背筋のピンと張った初老の男性。もう片方は、リナリーさんとも大差のない小さな女の子でした。その女の子を、私はよく知っています。
「グノーメ様」
「ん? おぉ、シアじゃねぇかっ! 久しぶりだなぁ」
片手を挙げて気さくに返事をしてくれた女の子。小麦色の肌に緋色のショート髪を散りつかせて、いつも着ている露出の高い鍛冶師衣装でした。
土の賢者グノーメ様。
アザリーグラードではシルフィード様に並んで大変お世話になりました。
「ご無沙汰してます」
「おうさ……って、なんだってシアがこんなところにいるんだい?」
「いえ、そうですね………。なんででしょう?」
率直に聞かれると返答に困ります。
衝動的にここに来てしまった。その理由は自分が好きだった人の痕跡を探してというのが本当のところ。ただ、私のやってることは傍から見たらただの不法侵入でした。ちらりと初老の男性のほうを見ると、何やら厳しい表情で私のことを警戒している。
その男性の警戒した顔に気がついて、グノーメ様は助け舟を出してくれた。明るく幼い声音が、雰囲気を明るくしてくれます。
「おや、初対面かい? 怖い顔するんじゃないよ。この子は私と一緒にこっちの大陸へ流れ着いたお気に入りのエルフさっ」
「おぉ、それはそれは……失礼しました、賢者様。そしてエルフのお嬢さん」
男性は朗らかな表情に戻ったようです。それでも少し眉間の皺が目立ちますが、元から小難しい表情をする男性なのでしょうか。なにはともあれ、グノーメ様ありがとうございます。
「私はこの学校の校長、ガウェイン・アルバーティだ。よろしく」
「アルバーティ? ……シア・ランドールです。よろしくお願いしませ」
校長先生と握手をしながら、その名前の響きに引っかかりを感じました。アルバーティって事は、ドウェインさんのお父さんでしょうか。
「いやね、最近物騒なことが続いているものだから、どうも初対面から用心する癖がついてしまったもので。気を悪くされたらすまない」
突然、休校中の学校の敷地内に突入した私も悪いのでそんな風に丁寧に謝られるとこちらも萎縮してしまいます。その件はこちらからも謝っておくことにしました。
「物騒というのは、黒い魔物の騒ぎですか?」
「ああ、そうさ。一時的にこの学校の寮の生徒たちも親もとへ帰している。最近この学校にも黒い魔族が現われて、重要書庫を盗まれたばかりなのだよ」
どこもかしこも黒―――つまり闇属性の魔物や魔族が荒れ回っているみたいです。いつのまにやら、王国西方で一番大きいこの貿易街も治安が悪くなってしまったようです。ソルテールに住んでいると情報に疎くなってあまり実感がないですけど。
「あたしら商人も商売あがったりだよっ、まったく……この槌も錆びちまうぜっ」
グノーメ様も不満を仰られている。
いつも持ち歩いてる鍛冶向けの石槌を片手で軽々振り回した。
「あまりに客も少ないもんだから、最近店も閉めてこうして依頼ごとの対処に回ってるってわけさ」
「依頼ごと、ですか?」
「誰が吹聴したか知らんが、あたしが賢者であることがバレてね。こんな検分ばっかりやらされてる」
「面目ないです、賢者様……。五大賢者の一人と名高いグノーメ様のご意見があれば、私のやりたい事も少しは見通しが通せそうなもので」
ガウェインさんはお歳とお立場のわりにとても腰の低い方でした。それだけグノーメ様が偉大な人だという事なんでしょうけど。なぜこの人が魔道具売りなんてしているのか未だに疑問です。確かにリバーダ大陸で砂漠を統治していると噂の"土の賢者様"がこの街に住んでいるのなら、引っ張りだこになっても仕方ないのでしょう。
ただでさえ、グノーメ様って親しみやすい方ですし。
「魔力基準の見直しなんて、魔術ギルドに直接ケンカ売りにいくようなもんじゃねーのかいっ! そんな所にあたしの名前を引っ張り出されても対応しきれねーぞっ」
「はは、賢者様にご迷惑おかけするような真似はしませんとも。それにもう少し、方々に根回しするつもりです」
グノーメ様が今日この学校にいる理由が見えてきました。
ガウェインさんから、この半壊した建物に残った焦げ跡が、特殊な魔法によるものか判断をしてほしいという依頼を受けたようです。詳しく聞いてみたところ、その魔法を放ったのはリナリーさんでした。あの子はマナグラムで魔力が30足らずと測定されるにも関わらず、准神級に達する炎魔法を放つという特異的な体質で生まれてきました。
ガウェインさんが言うには、そういった子が稀ながらも確実にいるそうです。マナグラムや現在の魔力の基準が間違っているので、それを正したいと。
…
私もせっかくなので、たった今起きているこの「神隠し」という現象について、賢者様のご意見に与りたいと思いつき、その調査が終わるまで待つことにした。しばらくガウェインさんとグノーメ様の実況検分が続き、ガウェインさんはグノーメ様の言葉を聞きもらさずにメモを取られているようでした。
少し経ってからグノーメ様も解放されたようで、その建物の脇に座って遠回きから眺める私に近づいてきてくれました。
「待たせたな、シアっ! さぁ、悩み事とやらを聞いてやろうじゃないさ―――と、その前に、それもだいぶ痛んできたみてぇじゃねーかい?」
グノーメ様は、私が膝上に添えたヒガサ・ボルガを指差す。
「………」
確かに、あらためて見ると初めてプレゼントされた時よりもだいぶ汚れてしまっていた。蛇口付きのハンドル部分は少し傷が入り、開いてみると布製部分も痛んでいる。先端のレールガンが射出される石突も何回も使っているため、焦げ付いていた。
もうこれをプレゼントされて3年ほど経つのでしょうか。まだ嬉しいサプライズプレゼントの日を忘れてしまうには、日は浅いと私は思う。逆サプライズで"彼"を驚かせてあげたときには私も嬉しかったと、今でもちゃんと思い出せる。
"彼"は絶対にいるはずです。
「修繕してやるよっ、大事なものだろ?」
「ありがとうございます」
私はその大事な日傘をグノーメ様に差し出しました。綺麗にしてもらえるならそうしてほしいです。物騒な兵器ですが、グノーメ様の仰り通、長く大事に使っていきたい大事なものです。
―――大事なものだろ?
グノーメ様はこのヒガサ・ボルガの由縁を知っている?
そもそもこのヒガサ・ボルガの製作者はグノーメ様だ。それだったら、依頼者であるその"彼"のことも覚えているのではないか。グノーメ様は土の賢者様。私たち一般人が神隠しの魔の手に遭う中、当然のように覚えている可能性は高いです。
「グノーメ様! この日傘をつくった日のことを覚えてますか」
「ん? もちろん覚えてるぜ?」
「本当ですか。その……その依頼主が誰だったのか、教えてください」
私が突然切羽詰って質問したことに、グノーメ様も面食らったようで目を瞬かせた。なにを変なこと言ってるんだとでも言いたげな表情です。その表情が、今では嬉しさにも感じられます。グノーメ様なら覚えている。そう思えて―――。
「依頼主ってアルバの事かい? あの自称最強女戦士を忘れるたぁ、シアも薄情なやつだねぇ」
「え………」
愕然とする。
確かにアルバさんもこのヒガサ・ボルガを造るときに色々と考案してくれた親しいお友達の一人です。忘れたわけではありません。でも、最初に贈り物をしたいと思ってくれたのは……確かに私が捜しているその人のはず……です………。
あれ、本当にそうでしたか。
グノーメ様に言われて自信がなくなっていく。
「どうしたんだい?」
「も、もう一人……もう一人いませんでしたか。これを作ろうとしてくれた男の人がっ」
私の混乱してる様子に、グノーメ様もどうしていいか分からない様子です。まるで心当たりがないといったようにお顔も引き攣っています。
「そう言われてもなぁ。あたしもアザリーグラードにいた頃なんて、ついこないだのように覚えてるが、ロマンを追いかけてアルバと二人で暴走して鋳造した事しか覚えてないぜ?」
「そんな……」
賢者様ですら覚えていないなんて。いよいよ私自身のことを疑い出す。本当に気のせいだったのでしょうか。理不尽な苛立ちを覚える。ここまで来て無駄足どころか、ただの錯覚だったなんて。日も暮れてきた。黒い野鳥の鳴き声すら静かな学校に響いている。
その中でも、私の髪飾りはしっかり冷たく青い魔力を放っていた。
「そんなはずはありません、グノーメ様。神隠しにあってしまった人がいるのです。私の大切な人が………ヒガサ・ボルガも、この髪飾りも、その人がくれたものだったはず……助けてください」
「なに、神隠し?」
「はい」
私は事細かにグノーメ様に事情を説明した。最近気づいた違和感。いるべきはずの人がいないということ。その痕跡は確かにこうして残っているという事。私だけじゃなく、リナリーさんも気づいているという事。
「そいつはまさか……」
「心当たりがあるのですか」
グノーメ様は珍しく狼狽えている様子です。眉間に皺をよせ、色々と考えを巡らせては首を振り、はっとなったかと思うとまた首を振ったりと落ち着かないご様子。
「シア、ところでリゾーマタ・ボルガは何処へやったんだい?」
「はい?」
突然、意味の分からないことを聴かれて私も混乱する。
「リゾーマタ・ボルガ……確か神秘の兵器でしたか。なぜそれを私が? 知りません」
「……間違いねぇな」
私の返事を汲んでから、グノーメ様はぱちんと指を鳴らして私を指差した。
「アザリーグラードでのアンファンの籠城戦。最後その陰謀を打ち破ったのはシアだぜ。その時にリゾーマタ・ボルガも回収し、シルフィードの奴から託された……どうだ?」
「………」
率直に言うと、その言葉の意味の半分も、私には理解できませんでした。そんな覚えは一切ないです。アンファンさんとは確か、ユースティンさんのお父さんでした。その方が陰謀を?
亡くなられたと聞いてますが、そこに私が関与していた覚えがない。そもそもリゾーマタ・ボルガとは封印されていた神秘の力。それを私が持ち出せるはずもない。
「あたしの記憶とシアの記憶が食い違っているみたいだぜ」
「………私にはあまりアザリーグラードにいた頃の記憶が断片的にしか……」
グノーメ様は納得したようにうんうんと頷いた。
「この記憶の違いは、不完全なリゾーマタ・ボルガの力によるものだ。中途半端に刈り取られたある事象や人物がいると、その出来事や人物との関わり方次第で記憶も食い違って植え付けられちまう」
「それは……どういう事ですか?」
「仮にシアのいう男Aという人物がいたとしよう。その男はアザリーグラードでシアと行動をよく共にする人物だったかもしれねぇ。だが、その男の存在が消失したとき、シアの思い出には空白ばかり出来ちまう。だから以前の出来事をちゃんと思い出せないのさっ。―――あたしの場合、アザレア古城の内部の戦いは、客観的に聞いた事実から判断してる。男Aが居ようが居まいが、辻褄が合うように捏造できてしまえるってわけよ」
「………」
それは、やっぱり"彼"がいるという確かな情報。気づけば、グノーメ様は事の重大性をひしひしと感じておられるのか、歯軋りして焦っている様子が感じ取られました。
「まずいな、リゾーマタ・ボルガの能力が何処かで発動してんのかい……もしかして、黒い魔物の騒ぎも何か関係してんじゃねぇのか?」
「ど、どうすればいいのでしょうか」
どうすれば私はその彼を取り戻せる事が……。
今この状況では、リゾーマタ・ボルガの性質をよく理解された賢者グノーメ様が一番の頼りです。なんとか助けてほしいです。
「まず仲間を集めろっ! 同じように違和感に気づいてる仲間が絶対にいるはずだ。あたしもちょっとそれに関しては最優先で動くっ」
「は、はい……!」
グノーメ様はそう言うと、急いで魔法学校から出て行かれました。
見かけによらず凄いスピードで走るグノーメ様。去り際、物騒なことに「このヒガサ・ボルガはいざという時のためにパワーアップしておくぜ!」と言って、私の大切な日傘を持っていかれた。パワーアップって……あれ以上、なにをどうするつもりなんでしょう。大切な物が手元から離れると不安感が増します。
でも大丈夫なはず。
私にはこの氷の髪飾りがありますから。
これがある限り、その"彼"のことは絶対に忘れません。
次回更新は2015/11/7(土)になります。
※機関銃はマシンガンですが、リボルバーという言葉を使いたかった作者の我が儘で、ルビをねじ曲げました。




