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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第3幕 第3場 ―オルドリッジ祝典―
127/322

intermission5 ミーシャⅡ


 そして、運命の日へと辿り着く。

 幼い俺は5歳の誕生日を迎えて一月ほど経った。


 小さな赤い馬車が一台、オルドリッジの屋敷へと入ってきた。

 静かな蹄音と乾いた歯車の音を鳴らしながら。

 この日はオルドリッジの屋敷に家庭教師が訪れる時。

 5歳となった俺の審判の日となった。

 家庭教師―――その実、優秀な魔術の指導者である。魔法学校の教師や大学の教授とは違い、貴族連中から莫大な金を掴まされ、その家の子どもの魔術の稽古、特訓を専属で請け負う職業である。生半可な知識や技量では勤まらない。魔術は個別指導が適しているものの、なにより貴族というものは注文の多い贅沢な人種だ。多額の金を払っていることを良い事に、注文の付け放題となるのだ。

 我が子をここまでの魔法使いに育ててくれ、3年で一流の魔術師と遜色ないレベルまで引き上げてくれ、といった無理を言われる。

 その無理を道理に変えられるほどの実力者でなければならない。


 オルドリッジが雇った家庭教師は、王族の魔法教育も務める"宮廷教師"も兼任しているというプロ中のプロである。なぜそんな王家お墨付きの人材を連れてこられたのか―――。


 降り立った女性は銀色の長い髪を掻き分けた。少し釣り上がった濃紺な瞳はスパルタ教育もなんのそのと言った雰囲気でその屋敷の庭へと下り立った。教師というよりも、調教師と名乗った方がまだしっくり来るほどにただ者ではないオーラを漂わせている。大きな白のトランクケースを片手にぶら下げながら、ゆっくりと正面口のドアノッカーを叩いた。


『………この風貌は……?』

『さーて、誰かに似ているね』


 メドナさんが浮き浮きしながら俺を煽る。


『誰かな誰かな?』

『シュヴァルツシルトの血筋……?』


 ただの流れゆく造景であることを良いことに、俺はその女性をまじまじと観察した。見れば見るほどにアンファンやユースティンに似ている……。俺のその答えに、メドナさんはニヤリと不敵に笑うだけで、正解を教えてはくれなかった。


 その女性を出迎えたのは当主イザイア、奥方ミーシャ、そして手解きを受ける予定の子どもサードジュニアである。幼い俺はキラキラした目つきでその家庭教師を出迎えた。魔法では兄たちに遅れを取っていた。この人から教えてもらえば、魔法が使えるようになるんだと期待に胸を含ませている。

 ミーシャはというと、事情を分かっているだけにそわそわして落ち着かない。サードジュニアが魔法を使えないという事を知ってもなお、ついにこの日まで言い出すことは出来なかった。報告していなかったのは彼女の落ち度だが、傍若無人な夫に言い出しようものなら、どうなるか分かったものではない。そんな状況で、時間だけがこうして経ってしまったのだろう。


 対面したと同時に、その家庭教師の女性は左の片目を光らせた。濃い紫だったはずの瞳が、急に緑色の怪しい色へと輝きだす。


『!?』

『大丈夫、鑑定魔法だ』


 それも一瞬の出来事だった。女性は左目を緑色に淡い光を輝かせたまま、苦い笑みを浮かべて一言こう告げた。


「この子には魔力が無いですね。事前に測っていなかったのですか?」


 その残酷な一言がすべてを変えてしまった。

 ミーシャは苦々しく、目をぎゅっと瞑っている。

 幼い俺はよく分からず、きょとんとしているだけ。

 イザイアだけが、その沈黙を破って機嫌の悪さを露見させた。


「なに? おい、どういうことだ?」

「も、申し訳ありませんっ」


 恐れていた事態になってしまったミーシャは顔面蒼白。眼を瞑ったまま、顔を伏せる。それは他人に対して謝るような言い方だった。ミーシャも覚悟していたんだろう。


「お前は、こいつに魔力が無いことを知っていたのか?!」


 急に修羅場となったオルドリッジの庭先。

 家庭教師として招かれた女性は、苦笑いしたままだ。こういった夫婦間のトラブルは慣れているのだろうか。やれやれと言った感じで肩を竦めている。幼い俺はというと、両親がいきなりケンカし始めたことに目を白黒させて気が動転していた。



『メドナさん……不思議なんだけど、エンペドは俺が虚数魔力を宿していると気づいていたんですよね。じゃあ、なんでこの時こんな怒って―――』

『ん? 何も不思議なことはないさ』


 眺めるメドナさんは訳もないように澄ました顔で言い切った。


『虚数魔力なんてものを持って生まれたのは、キミがこの世界では初めてだ。マナグラムで測定できるものじゃないし、鑑定魔法を以て観測できるかどうかも定かじゃない……。一方で、エンペドみたいに魔術を究めた者は、鑑定やマナグラムで定められた"基準"というものは絶対視する傾向がある。エンペドなんて前世で科学者だったらしいから尚更だね。この時、彼は虚数魔力さえも鑑定魔法で目利きできるものだと思い込んでいたのさ』


 そうか。

 自分に瓜二つの顔立ちで生まれた子。兄弟たちの中でも特別扱いしていたというのに、実際は自分の期待する性能の肉体じゃなかったと勘違いしたのか。そういえば魔法学校でリナリーの送り迎えをしていた時、ドウェインもこんなことを言っていた。


 ―――そもそも僕ら魔術師はマナグラムを基準に能力を見ているわけだけど、それが間違いだったんじゃないかと思うんだ。 


 ―――特殊な魔法は現行のマナグラムじゃカウントできないようになっている。サンプルがないと測定機も作れないからね。


 リナリーも炎属性に特化した魔法使いと云えよう。

 だが、実際のマナグラムの測定値の結果は悲惨なものだった。

 特殊な能力を持った人ほど、その普遍化された基準の前では"能無し"と判断されてしまうんだ。


『その証拠に、このあとエンペドは女神ケアを呼び出して助言を求めることになる―――今度はそこまで時間を飛ばしてみよう』


 メドナさんはまた、手先を払ってこの世界の時間を進め始めた。



     ○



 屋敷の3階のイザイアの自室。一番大きな個室だ。昼間から興奮冷めやらぬ様子で、イザイア―――エンペドは息を荒げていた。

 計画通りに進まなかった。

 サードジュニアも憑依先の肉体ではなかった。

 その苛立ちの中、落ち着かない様子で指先を頻りに擦り合わせたり、後頭部を掻きむしったりしていた。


「ケアよ、見ておるのだろう……!」


 普段よりも大きな声で叫んだ。

 その声は部屋が近い使用人や家族には聞こえていたかもしれない。


「―――なんですか」


 エンペドのデスクの上に渦を巻いて形成される赤黒い魔力。

 実体をもたない頃のケアの当時の姿だ。


「サードジュニアは違うのかっ! まだ子を成せというのか!」


 その怒声は屋敷中に響き渡る。

 ご乱心した暴君を気遣って部屋を訪れる使用人なんて一人もいない。


「………」

「私がこのイザイアの肉体に移ってからというもの、もう10数年が経った。いつまでこのくだらぬママゴトに付き合わねばならんのだ!」


 吠えかかるエンペドの怒りの声は続いていた。


「この時代も、過去に戻れば消え去る偽りのものである――そう言ったな?」

「時間は一方通行のものでしかないです。その法則を捻じ曲げた時、未来の可能性の一つだったこの時代は消え失せ、新たな時間の流れが過去から枝分かれします」

「ならばこんなものはママゴトだ! 意味がない! 早く私をアザレア王国へ戻せ!」


 凄い剣幕で取り乱すエンペド。

 対する、ケアの受け答えは冷徹な印象だった。


「サードジュニアは虚数魔力を宿した器です」

「なんだと……では何故、鑑定魔法でも魔力が無いと判断されたのだ」

「現状の鑑定魔法の性能では、虚像を結び出すことはできず、虚数魔力を測定することはできません」


 なに、とエンペドは眉を潜めた。

 その言葉を聞いて少し冷静さを取り戻す。冷静に噛み砕き、興奮のあまりに自然と浮き上がっていた腰をあらためて特製の椅子にどっかりと落とした。


「ほほう、理に適っている。理解した……では、何故それを先に(ことづ)けてはくれなかったのだ」

「……イザイアは暴君として君臨しなければ、サードジュニアの"冒険"は失敗に終わるからです」

「なに? それもまたカオス理論の一つか」


 エンペドは困惑した様子で次の言葉を促した。


「サードジュニアは今の環境では、この家が恋しくなります。母親から愛され、父親からも期待の目を向けられ、彼は純粋に家族の愛を感じて育っています。もし、貴方が今日の怒りをそのままサードジュニアへ向けることが出来れば、彼は家を追われたときに二度と帰りたくないと思うでしょう」

「ほう……確か10歳の誕生日を迎えたら郊外へ捨てよという事であったな」

「はい。その時、まだ彼の中にこの家への執着―――すなわち、家族への愛が残っていれば、おそらく彼はすぐ戻ろうと考えます。するとガラ遺跡にすら辿りつかず、結果的にアザリーグラードへも……」

「な・る・ほ・ど・な」


 エンペドがニヤリと怪しい笑みを浮かべた。

 俺はそのとき理解した。植え付けられたトラウマさえ、こいつらの罠だったという事を。


「つまり、サードジュニアにはこの家が嫌いになるほどの仕打ちをすれば、リゾーマタ・ボルガへの道のりに確実性が増すのだな?」

「………はい、しかしバランスは難しいです。あまりにショックを与えすぎた場合には、再びこの家へと呼び戻す上で、その敷居が高くなります……何組かの親子を犠牲にし、彼に家族に対する思いを想起させる必要が出てきます」

「よいよい……何よりも優先すべきはボルガの力よ……こんな仮初めの時代など、何人たりとも死んだところで関係あるまい」



 何組かの親子を犠牲に?

 俺が家族のもとへ帰りたいと思ったキッカケはなんだった。

 思い出せ……親子の愛に、初めて疑問を感じた瞬間を……。


 考えを巡らせた時、頭の中が沸き立つように熱くなった。

 身体の制御が効かなくなりそうに―――。


『また、震えてるよ』


 メドナさんはそんな俺の背中を撫でた。

 吐き気がする。

 肉体なんて無いからそれはただの気のせいなんだろう。

 だけど、この拒絶反応は気のせいなんかじゃない。


 犠牲になった親子―――シア、そしてユースティン。

 子どもとの約束を守ったランドール夫妻、そして死地に至って身代わりに子どもを助けたアンファン。あの人たちの死はどちらとも、エンペドの仕組んだ―――。


『陰謀……だったのか………よ……ッ……』

『ジャックくん、落ち着くんだ。このまま負の感情をヒートアップさせたら悪霊になってしまう』



 俺の怒りに呼応するかのように、バチンとランプの蛍光が少しだけ弾けて揺らめいた。

 そのランプをエンペドは不思議がって眺めている。

 俺が悪霊化してしまえば、こうして眺めるだけだった造景の垣根を越え、この世界に干渉することができるのだろうか。それもまた一つの手じゃないか。こんな邪悪な因子はさっさと消してしまった方が、みんなのためだ。


「では、明日からサードジュニアは使用人以下の扱いにさせる事としよう!」


 俺の怒りも露知らず、エンペドは閃いたようにそう言い放った。


「確かもう使われてないカビ臭い書斎があったはずだ。あそこへ幽閉し、使用人たちからも無視させる。食事も残飯でよい。兄弟たちには弟を見下させ、虐待に繋げることもできようぞ! なに、私が憑依したとき肥満では困るからなぁ、贅沢などはさせてやらぬよ。はーっはっはっは!」


 そうしてエンペドとケアはシナリオを創り上げた。

 名も無き俺の物語……俺は敷かれたレールを走ってきていただけだった。

 その邪悪な高笑いに反応するように、イザイアの自室の扉が開いた。


「うむ……オーブリーか? 今日はもう用はない。休んでよい」


 しかしゆっくり開いた扉の前に立っていたのはオーブリーではない。

 怒りに打ち震えたミーシャの姿だった。


「………」

「………あなた……誰なの……?」


 その一言で、エンペドはすべてを察したようである。ミーシャはこの会話をほとんど聞いていたようだ。横分けに分けられた前髪から覗かせる睨んだ目つき。イザイアに向けられた断罪の眼差し。母さんはもう、この日から知っていたのか。

 そこにいるのが、自分の慕ったイザイアではないと言う事を。


『母さん……!』



「ミーシャか。お前には感謝しておる」

「イザイアくんを……どこへやったのですか」

「イザイア? クックック……お前の産んだ三男に、その魂を宿っておるだろう……尤も、本人に記憶なぞ一切残っておらんがな」

「な―――なんてこと……!」


 エンペドはゆっくりと立ち上がって部屋の中央へと歩き出した。

 その何をしでかすか分からない怪しげなオーラに、母さんは身構えた。


「ほう、私に刃向うのか? 貴様の憧れのイザイア・オルドリッジだ。どうだ? 敬えよ」

「あなたなんて知りません……! 子どもたちを好きにはさせないわ。この家から出て行ってっ!」

「出ていけだと? オルドリッジの血筋を誰の物だと思っている……常識知らずの田舎の令嬢風情が……私に命ずるなど、笑止千万!」


 何かが迫る。そう感じたのか、母さんは魔法詠唱に移る。しかしその詠唱が紡がれるほどの時間的余裕はなかった。エンペドが放つ無詠唱の魔法の前では、無力だった。


「がっ………ぁ………」


 エンペドが放ったのは単純な水の塊。

 巨大な水球で母さんを飲みこみ、捕獲した。

 水に飲まれて突然呼吸ができなくなった母さんは、苦しそうに悶えていた。

 浮かび上がる水の球体と、そこに捉われてもがくミーシャ。

 気泡がぶくぶくと浮き上がり、その勢いも徐々に弱まっていく。そんな光景を詰まらなさそうに眺めて、エンペドはぐるぐると球体の周りを歩き始めた。


「貴様なぞもう用済みだ、人形風情が……。ここで殺してしまっても困ることはないのだ。いいか、貴様は人形なのだ。私に飼われているだけのペットに過ぎん。変な気を起こそうものなら長男や次男も八つ裂きにすることも造作もない事よ」

「……ごっ………ぉ……」



『やめろ、この外道がッ!!』

『待て、ジャックくん……彼女は死なない』


 母さんが呼吸ができなくなって意識を失う寸前、エンペドはその水球を解除した。びしょ濡れの状態で絨毯に這いつくばる母さん……。その真横にしゃがみ込み、綺麗で艶のある長い髪を乱暴に掴み、エンペドは引っ張り上げた。

 そうして耳元で囁く。


「分かったか、"苗床"」

「がはっ……ぐ、ごほっ……う……うぅ……」



『あぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!』


 俺はもう我慢ができなかった。

 完全にブチ切れた俺は、エンペドに向かって殴りにかかる。滑るように体が動いた。肉体の制限がない身体はどんな動きだって自由なようだ。

 悪霊になってもいい。

 今この場で、アイツを呪い殺せるなら――――!


『………!』


 駆け出し、あと少しで二人のもとへと辿り着くという直前。

 そこで指を弾く音が鳴る。パチン、と。その瞬間、居合わせたはずのその世界は一気に縮小し、エンペドも、母さんも……黒い闇の中で小さく、そして遠くなっていった。


「………イ……ザイア……くん………」



 その最後に、か細い声が聞こえた。意識を失いかけながら、しっかりと俺を求める声だ消えゆく造景の最後、母さんの顔を見た。

 絶望した目からは光が消えていた。夢も希望も、ミーシャが描いていた家族の理想は崩れ去ったのだ。俺が辿り着いたときにはただの闇しかなく、俺は為す術なく、その場に項垂れた。

 あれはただの振り返りの映像でしかない。もう既に起きた事実。当時の幼い俺が暢気に自室で絵本を読んでいるとき、裏ではこんな事が起きていたんだ。

 何度もその闇を殴った。

 叩いて叩いて、壊してしまいたかった。

 だがすべては空振りに終わる。


『あぁぁぁぁ!! ああああああああああああっ!!』


 斃したい、エンペドを。

 あいつが憎くて憎くてたまらない。

 

『ごめんね、キミの精神状態に対する配慮が足りてなかった……』


 映像を消したのはメドナさんだ。

 俺に対しての気遣いだったんだろう。

 でも俺は既に怒りの頂点。

 収まることもなく、ずっとその闇を殴り続けた。

 消えてしまった憎いエンペドの虚像をその暗がりに浮かべて―――。



     ○



『はぁ……はぁ……』

『落ち着いたかい?』


 どれくらい時間が流れただろうか。時間の流れなどないこの空間で、体感で感じていた時間はとても長く、そして負の感情が俺の心を蝕んできた。粗方、何もない虚空の闇で好き放題暴れるうちに、自然と収まっていた。


『………すみません』

『謝る必要はない。キミのその真っ直ぐなところ、私は好きだ』

『………』


 暗闇の中でその白い髪の大らかな女性が唯一の支えだった。どうして女性ってのはこうも包み込んでくれる安心感があるんだろう。母さんだって……俺のことをちゃんと愛してくれていた。

 それを無下にしたエンペドを赦すわけにはいかない。

 母さんのことだけじゃない。シアの両親、ユースティンの父親さえも……あいつが奪ったも同然だってことじゃないか。アレがすべての元凶―――絡みあう因果を裏で操っていたのは、他でもない暴君エンペド・リッジだったのだ。


『さ、酷いものも見たところだし、下衆を叩き潰しにいこうか』

『はい』


 もう何も語る事はない。

 一刻も早くやってやろう。


『あ、ちょっと待って。その前に仕込みが必要だ』

『なんですか?』


 仕込み……用意周到なのは良い事だ。相手はそれこそ何年も昔からこの日のために準備をしてきた。俺が復活することも見越しているかもしれない。

 復活することも?

 そういえば、俺ってどうやって肉体に戻ればいいんだろう?


『あの、そういえばメドナさん、俺はどうやって肉体に戻るんですか?』

『うーん、その表現は正しくない。キミはまだ肉体から完全に追放されたわけじゃない。体半分飛び出た、くらいの感覚でいた方がいいよ』

『……ってことは、まだ今からでも戻れるんですね』

『いや、時間の問題かな』

『どっちですかっ!』


 メドナさんのまとまりのない説明に、俺は調子を狂わせられてツッコミを入れる。大事(シリアス)な場面なんだから最後まで絞まった雰囲気でいてほしかった。


『まぁまぁ、焦らないで。リゾーマタ・ボルガに女神の魔力が完全に戻った時、ジャックくんの魂も完全に追放されてしまう』


 確か、あのときケアは俺に対して「変質する肉体が俺の魂を追放する」とか言っていた。体と魂の間で拒絶反応でも起こるっていう事だろうか。


『実は、既にリゾーマタ・ボルガは使()()()始めている』

『え……?』

『過去改竄の力で、ジャックくんという存在をみんなの記憶から消し去りたいみたい』

『なんだって!? どうしてそんな……』

『キミには"仲間"が多いからね。リゾーマタ・ボルガ復活までの間に邪魔が入らない方が無難だろう?』


 俺という存在を記憶から消し去る?

 リゾーマタ・ボルガはそんなことも出来るのか。

 まるで神隠しじゃないか。

 神隠し―――そういえば魔法学校の七不思議で、最後は「神隠しに遭う」というものがあったけど、まさかこんなところで押し寄せてくる障碍になろうとは。 


『でもそれもまだ不完全………結局のところ、ジャックくんの肉体も、リゾーマタ・ボルガも、両者とも中途半端な状況だ。それらが完全に奴らの手に渡るまでがタイムリミットだよ』


 メドナさん、淡々と告げているけど具体的にはどうすればいいのだろう。俺が怪訝そうな表情でメドナさんを見つめているのに気づいたのか、彼女は俺の意図を察して答えてくれた。


『必要な仕込みってのはね、キミの魂を追放させないようにする事だ』

『そんなの、どうやって……』

『これは、とある魔道具が頼りになる』

『魔道具?』

『そう。キミも思い出深いモノなんじゃないかな……魂を肉体に留める変わった魔道具があるんだよ』


 俺の思い出深い魔道具……そんなものあっただろうか。これまで大量の魔道具が登場しては使い捨てのように扱ってきたからどれもそこまで印象に残っていないのが本音だ。


『ルーツを辿れば私の祖国フリーデンヒェンの双子の魔術師が造った指環だ。2つでセット。魂を内に留めることで、気配も遮断できる優れものさ』

『あっ……!』


 俺はそのとき思い出した。初めて手にした魔道具。思い出深いといえば確かにその通りだ。楽園シアンズへの潜入ミッションのときに託された、隠密行動向けのアイテム。


 魔道具"Presence Recirc(魂の内循環機)ular"!


 尊敬する師匠から託された指環。

 お互いの気配を遠隔でも察知できるものだった。

 

 ―――短い時間では潜入の極意を教えることはできないが、これをお前に託そう。


 そう言って渡してくれた思い出の魔道具だ。トリスタン………あれからもうだいぶ会っていない。その指環が音を立てて壊れたとき、死んだと思った。そう、あの指環は既に壊れてしまって、もうこの世には存在しないはず。


『でも、あれは―――』

『トリスタンなら生きている』

『え……!?』

『そしてその指環の片割れも、彼は未だに身に着けたままだ』


 驚きのあまりに動揺が隠せない。

 トリスタンが生きている。

 その事実を聞けて、俺は束の間の喜びを感じた。


『それを装着できれば、魂に鎖をつけられたも同然さ。肉体が変性しようとも魂は追放されない』

『じゃ、じゃあトリスタンに助けてもらえば……! どこにいるんですか?』


 迫る俺に対して、メドナさんは言いにくそうに頬をぽりぽりと掻いて苦笑いした。


『実はオルドリッジの屋敷でひっそり見張りをしてるみたいなんだ。侵入者が来ないように』

『え……』


 助けてほしいトリスタン自身が、オルドリッジ側を守っている?

 どういう事だ。



次回は今晩(2015/11/1)にでも更新できると思います。

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【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
【魔力の系譜~第2幕登場人物~】
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【魔力の系譜~魔道具一覧~】
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