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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第3幕 第3場 ―オルドリッジ祝典―
125/322

Intermission3 リンダ


 エンペドという男の生涯を見届けた。

 メドナさんと一緒に、要所要所掻い摘んで。

 戦争ではアザレアが勝つ場面も、クレアティオが勝つ場面もある。どちらも軍配が上がったかと思えば、すぐ下げられ、戦果は上書きされる。リゾーマタ・ボルガによる微調整の末、戦争は一向に終わることがない。

 だが、最後はその陰謀も打ち砕かれた。


 地中深くに沈みゆく城の内部が、エンペドという男の墓場だった。

 敗北の爪痕を体中に刻んだ痛ましい姿で倒れている。

 光も届かず、灯りも消え失せ、暗黒の中へと沈んでいく。

 周囲には振動を伴った轟音を立てている。

 アザレア城が封印されている最中のようだ。


「ケアよ……」


 エンペドはその沈みゆく暗黒の中、虚空に向かって神の名を呼んだ。

 赤黒いヒト型がその黒の中に浮かび上がる。


「はい」

「なぜ私は負けたのだ……」

「神リィールが妨害しました。その娘アンダインが改変に最初に気づいたのが大きな敗因です」

「………クッ………クックッ………」


 エンペドは皮肉にも笑っていた。

 その虚空を眺める目に、既に光は失われている。

 諦めたような雰囲気を思わせる。


「もう終わりか。前世に比べたら極めて短い生涯だった。四半世紀ほどしか生きておらぬではないか」

「………」

「まぁよい……この世界、なかなか楽しかったぞ……お前の目的、遂げてやれなくてすまなかった」


 エンペドが謝った。

 あの暴君エンペド・リッジが。

 それほど女神に、二度目の生を与えてくれた事を感謝していたのか。ここでの人生の中で、女神ケアという存在を慕うに至ったのか。

 どういう訳か分からないが、エンペドは往生を遂げたと満足しているようだ、これ以上足掻く様子は見せたりしない。ただ目を瞑り、暗黙の中でアザレア城の城内でひっそりと息を引き取ろうとしていた。


「律儀ですね。決めた事はやり遂げようとするその性格、やはり信念の強さ故ですか」

「ふん………。堅物は、時として組織の中では邪魔なのだ。前世でも己の信念と周囲との調和のどちらを選択するかというところ、私は己の信念を選んだ結果、死ぬことになった。此度の人生もな、信念の中で朽ち果てるのなら満足であるぞ―――尤も、科学者であった私が、こうして殉教者になろうとは……クックッ……前世の同僚が聞いたら、す・こ・ぶ・る……驚くだろうな……ぁ………」


 そしてエンペドは動かなくなった。

 死んだのかと思えば、ただ目を瞑ったようでもある。

 この世界での人生を振り返っているのだろうか。


「貴方は人々に絶望を与え、神の恐ろしさを民に知らしめてくれました。時が流れれば、この事件も風化します。しかし、その名は後世に語り継がれることでしょう」

「それは予定調和か?」

「はい」

「ふ……そうか……」


 静まり返る城内で、ケアは最後に一言だけ伝えた。



「貴方にもう一度、チャンスを与えます」



 エンペドは驚いたように目を見開いた。身体は既に自由が効かないのか、ピタリとも動かなかったが、その反面、頭だけを起こして少しでもその話に耳を傾けようと力を振り絞っていた。


「な……に………」

「後世では貴方が遺した子孫が魔術師として繁栄します。その中で、貴方とまったく同一の遺伝子型と表現型を持つ子が生まれる可能性が極めて少ない確率で存在します。もしその子が生まれた場合、魂を移し変えることができましょう」

「それも、予定調和……か?」

「いえ、無限に拡散する未来の一つです」

「ほう………期待するな、という事か」


 エンペドはもう一度、頭を床につけて溜息をついた。

 可能性の話では諦めるしかない、と言いたげだ。


「だがな、ケアよ……私が再びこの世に生を与えられようとも、それは意味のないこと。その時には戦争の在り方も異なり、女神も"剥製"となっているかもしれぬ」

「意味はあります。貴方の考えからヒントを得ました―――それが虚数魔力です」

「虚数………まさか、時間を超えようと……?」

「はい。一つの肉体と魂が時間の概念を超越したとき、《終わらない戦争》は《繰り返される戦争》へと姿を変えます。未来の可能性は消え失せ、アザレア大戦を繰り返せる……そうなれば神リィールも賢者たちも手を出すことはできません。無限にループする世界の中、私と虚数魔力を宿した貴方、そしてリゾーマタ・ボルガだけが世界をコントロールするのです。貴方もタイムスリップを自由に使いこなせる……共益的です」



 俺とメドナさんは顔を見合わせた。


 これがヤツらの目的。

 虚数魔力を手に入れて、エンペドとケアは過去へと()()

 リゾーマタ・ボルガによる過去の改竄だけでは飽きたらず、過去に至ろうというようだ。そして切り取られた時間軸の中、古代のアザレア大戦を繰り返す。過去と未来の因果関係は崩壊し、歴史はアザレア大戦でストップ。

 ―――そこで未来が無くなる。

 エンペドは念願の時間魔法を手に入れる。

 ケアは絶望を味わう民から信仰を手に入れる。

 利益が合致したのか。


「クックック………はーっはっはっは……!」


 死に体とは思えぬほどの大きな笑い声が城内に響き渡った。いずれその声は枯れ果てて聞こえなくなる。その少ない可能性に一縷の望みを残し、エンペドはご満悦のまま、死んだ。しかし肉体は死んだようだが、その魂は俺の前世の体に移ることになるということか―――。



     ○



 場面(シーン)はさらに移ろいゆく。

 メドナさんの手首を捻るような動作で、どんどん世界が変わっていく。

 超高速で時間を送り、今度降り立ったのは、仄暗い洞窟の中のようだ。赤黒い魔石が壁際からゴツゴツと飛び出て点滅している。そしてある壁の側面には巨大な石版とそこに蔓延る幾何学模様―――見覚えがある。

 次に見届けるのは、エンペドがこの世に復活した瞬間だ。

 俺の前世の肉体が奪われた瞬間、なにがあったのか。

 そこに奴らに対する挽回のヒントが隠される気がする。


『ここは……』

『ここもキミには馴染みがあるだろう。戦士として超人的な力を手にした最初の場所だ』

『ガラ遺跡!』


 ここはガラ遺跡だ。

 リベルタに入隊して初めて連れてきてもらったダンジョン。

 女神ケアが祀られている古代遺跡。


『私も当時、ジャックくんがこんな危険な所へ行くなんて心配だなーって思ってたのになー?』

『ぐ……』


 よくよく考えたら、俺がリベルタに付いていかなければ始まらなかった話だ。

 ガラ遺跡に落ちていなければ、リベルタのメンバーが仲間割れを起こす事もなかった。

 俺が力を手にしてなければ、楽園シアンズにいくこともなかった。

 そして、メドナさんを殺すことも、リバーダ大陸に漂着することも、アザリーグラードを突破することも……考えれば考えるほどキリがない《もしも》の話。

 俺は恐る恐るメドナさんの顔色を窺う。


『なに? やだなぁ……もう終わった話だ。気にする必要ないじゃないか』


 メドナさんは俺の心配とは裏腹に、あっけらかんとしていた。殺し相手にこんな軽く受け流してもらえるとは思ってもいなかった。メドナさんはやっぱり聖女だ。こんな大きな器で受け入れてくれるんだから。

 そんなやりとりの中、突然、洞窟の上から悲鳴が響き渡った。


「きゃあああああ!」


 盛大な崩壊音。礫石が崩れ落ち、ゴロゴロと斜面を滑って落ちてきたかと思うと、それに続いて男女三人が凄い姿勢で落下してきた。


「そらよっと……!」


 その三人組の中に、男が一人いた。男は女性二人を抱えながら、器用に下へと右手を突きだして、炎魔法を放った。落下の衝撃が和らぎ、無事に男女三人は怪我することなく、このガラ遺跡の最下層へと辿り着く。


「あっ、つー……痛いなぁ……」


 強打した腰を擦る栗色の毛をポニーテールにまとめた女性。不満そうな表情で文句を垂れていた。驚くべきことにリンジーと瓜二つである。双子なんじゃと思わせるほど、顔立ちも髪色もすべて一緒だった。


「すまん。もうちょっと上手くやれば痛くなかったかもしれん」

「ううん、イザイアくん、ありがとう……」



『イザイアくん!? あいつが……!』

『そう、前世のキミだ。魂が同じだから、ここにいるキミ自身だと言えるけどね。そしてその隣の女性が母親のミーシャだ』

『………』


 本当だ。

 若かりし母さんがそこにいる。

 そしてイザイア・オルドリッジ……確かにクソ爺の若い頃という感じだ。直前まで眺めていた千年前のエンペド・リッジと年齢的にも近いからか、見た目がほぼ同じである。だが、雰囲気はエンペドと違って歳相応という感じだ。

 あれが自分自身だと言われても実感はなかった。



 イザイアは光魔法で周囲を照らして見回した。光に当てられて浮かび上がる巨大な石版に対して、驚いた表情を浮かべる。


「……?! なんだこれ? 地下深くにこんな壁画が?」


 しばらく三人は困惑したまま、その空間の様子を手探りで調べていたが、メドナさんが問答無用で時間を早送りするので、どんな会話をしたかはよく聞き取れなかった。彼らは探索の結果、いろんな遺物を回収して回っている。メドナさんは、ここだとばかりに早送りを止めた。


「あなたは、境界……歩くものですか?」

「む……」

「どうしたの、イザイアくん?」


 囁くような声に、イザイアは警戒するように首を振って周囲を見渡した。

 この声は女神ケアのもの。

 千年前のエンペドとの会話と比べると拙い言葉遣いだ。

 しばらく言葉を使ってませんでしたという印象。


「なんか聞こえるな」

「……えぇ、やめてよ」


 イザイアの不審な態度に、リンジー似の女性――イザイアが"リンダ"と呼んだ女性がかなり怯えていた。イザイアはリンダの様子に構っている余裕がないのか、変わらず警戒する様子を続けていた。イザイアはその声の主が、巨大石版に埋め込まれた巨大な骸にあると判断して、そっちを見上げる。


「その、力、魔力(エンペド)の系譜を……辿る者だ……者です」

「なんだって?」

「い、いま、私にも何か聞こえた」

「私も……!」


 イザイア、リンダ、ミーシャの三人は一様に驚きの声を上げた。女神ケアはその三人と会話することを選んだようだ。三人の戸惑いを気遣うこともなく、トントン拍子に話を進めていく。



 千年前のエンペドとのやりとりを見てきた俺だからこそ理解できるが、いきなり言われても理解できない事ばかりだろう。メドナさんもその様子を真剣に眺めて、何か考え事をしていた。そして解説を挟むように語りだした。


『女神ケアはこの時を待っていた……あるいは彼ら三人がここに来るよう仕向けたんだろう』

『三人? 俺だけじゃなく、なんで三人も―――』

『今からその理由も分かるはず』


 メドナさんは人差し指を唇に突き立てる。

 俺は黙ってそのシーンを見守ることにした。



 女神ケアは三人に願い事を言うように促している最中だった。なぜ敢えて願い事なんて聞きだしたのかの理由はよく分からないが、女神はまるで最初からその三人の願いを知っていたかのように語りだす。


 イザイアの願いは、「時間魔法の体現」。

 これもエンペドと同じ身体を持って生まれた所以だろうか。

 同じ身体であれば、その思考回路も似たようなものになる、と……?


 ミーシャの願いは、「男女の恋慕」?

 母さんはこの時、既にイザイアに恋をしていたという事か。

 前世の俺は気づいてないみたいだ。我ながら鈍感である。


 リンダの願いは、「好奇心の飽満」?

 好奇心を満たす体験をしたいという事だろうか。


「その願い、承諾します―――事象を捻じ伏せるその代償として、三人から過去・現在・未来をそれぞれ頂戴します」


 女神のその言葉の直後、赤黒い魔力が壁に吊るされた巨大な骸から放たれる。赤い電撃と魔力の塊が、彼ら三人を覆い尽くした。突然襲われた異常事態に、三人は成す術もなく取り込まれてしまった。


「きゃ、ぁ……!!」


 そして悲鳴が洞窟内に響きわたる。今悲鳴を挙げたのはリンダというリンジー似の女性のものだった。しかし、そこにはもうリンダの影はない。

 着ていたとされる衣類が落ちているだけだ。母さんが悲鳴をあげながらその衣類を掻き分ける。その中から取り上げたるは何と、赤ん坊だった。


「リンダ・メイリーからは過去を頂戴します。過去とはこれまでの人生……それらを一度リセットし、二度目でその好奇心を満たすことでしょう」



『……赤ん坊!?』

『あれが……リンジーさんだ』

『え……えぇ!?』


 リンダという女性がリンジーと瓜二つだったのはすぐ気づいた。

 でもまさか、本人だったとは。


『リンジーさんは女神に"足"として使われたんだ。これから生まれてくる虚数魔力を持つ子を、無事に自分のもとへと届ける存在としてね』

『どういうことですか?』

『キミはさっき「ガラ遺跡にいかなければ良かった」と思った。でもキミの戦士思想の前ではそれは無理だ。ダンジョンに行けるチャンスがあれば必然的に連れていってくれと願う―――じゃあそのチャンスを生み出したのは誰だったか。リベルタという冒険者パーティーに最初に引き込んだのは誰だったか。実家に捨てられて孤児となったキミを、初めて助けた人は―――』

『あ……』


 バーウィッチに降りしきる雨の中、体を冷やして餓死しかけてる俺を拾ってくれたのはリンジーだ。メンバーの反対を押し切っても、パーティーに加えてくれるように斡旋してくれた。


『別に操られていたとか、リンジーさんにそんな意識はないよ。それぞれが自然の考えのもとに得られた結果だ。でもこの場でリンジーさんの肉体は赤ん坊に戻ったからこそ、冒険者として人生をやり直したリンジーさんにキミは助けられた……。神という存在はヒトの人間性や性格からある程度の行動予測を立て、複雑に絡み合う因果を操作することもできる……予定調和とはその事だ』


 身体があれば今頃の俺は冷や汗をダラダラ流していたことだろう。

 そんな連中に勝とうなんて、出来るのか。


『だから言ったじゃない。神という存在に挑むには私のような死人の助けを借りる必要があるのさ』

『……ありがとう、ございます……』


 なんて返事をすればいいか分からず、とりあえずお礼の字面を並べてしまった。今更ながら無防備でエンペドとケアの根城に乗り込んだ自分を強く反省した。



 リンジーの誕生の瞬間を知って茫然とする現在の俺とは相反して、仲間を失ったと感じた過去の俺――イザイアは怒りを露わにして女神に刃向った。

 当然と言えば当然の反応。


「こんな形で願いを叶えるなんて聞いてないぞ! そもそも俺たちは願いを実現させたいなんて――」


 だが、その反抗も無駄に終わった。

 それが前世の俺の今際の言葉になるとは露とも知れず。

 ―――パシィン、と鞭でも撃たれたような炸裂音が洞窟に鳴り響く。それと同時に俺の身体は意識を失ったように倒れ込んだ。母さんはイザイアの身体に駆けより、必死に揺り動かしている。

 あっけないものだった。

 こんな薄暗い遺跡の地下深くが死に場所か。

 改めて見せつけられると複雑な気分。


「―――イザイア・オルドリッジ、貴方からは現在を頂戴します。時間制御は高次元の魔術……虚数の血流(まりょく)がなければ体現しない。その身体(ボディ)では不都合です」


 こうして俺の魂は、イザイア・オルドリッジの肉体から引き抜かれた。

 今、時間制御という能力を持つ俺はその後に誕生する……とすれば一応、女神はこの時の願いを叶えてくれたという事か。でも最終的にはエンペドに譲り渡す目的で作った体なんだから、詐欺みたいなもんだけどな……。

 泣き叫ぶ母さんの姿が目に映る。

 悲惨なものだ。



『ジャックくん……』


 メドナさんに肩を叩かれた。

 夢中になっていた俺は気がついて振り返る。そこには抜き取られた俺の魂と思われる白いヒト型の塊がこちらを見ていた。


『あ………』


 俺とメドナさんを認識できるのか?

 同じ次元に自分という魂が二つ向かい合ってるというのも不思議な話だ。いや、2ラウンドとも場外ノックアウトで二敗したという絵面が並んでいるわけだから、傍から見たら惨めな光景に見えるだろう。


 ―――その力は、復讐に使え……。


 ―――この理不尽な神に、反逆するんだ……。



 声が聞こえるわけじゃない。

 こちらを強く見つめるその魂で、何を伝えんとしてるか理解した。

 その言葉が俺の心に深く浸透する。

 その瞬間……今、前世の自分の意志を汲んだこの瞬間に、俺は自分自身がかつてイザイア・オルドリッジであった事実を()()に思い出した。


『………』

『……やぁ、イザイアくん、調子はどう?』

『いや、メドナさん、俺は俺ですから』


 俺の表情の変化から事情を察したメドナさんが揄ってくる。

 確かに、俺はイザイア・オルドリッジだった。

 西の魔法大学に通っていた。

 それも父親に奨められての事だ。イザイアとしての俺は次男坊だった。どうせ兄が家を継ぐもんだろうと端から諦め気味で学校生活を送っていた。魔術の知識はたくさんあった。友達は少なかったみたいだけど親友はいた。――アンファンだ。鼻につく奴だったけど、あいつとは気が合ったな。そのプライドの高い所はユースティンにもよく似ている。親子二代にわたって付き合うなんて、どれだけ俺はシュヴァルツシルト家が好きなんだ。

 まぁそれはさておき……。


『なんか、色々とすっきりしました』

『んん? それはどういう意味かな?』

『今まで分からない事だらけだった事が、よく分かるようになりました……なんとなく自分が周りの子どもよりも大人のように感じていた錯覚も、今ならそういうことかと納得できます』

『ふむふむ……。こうしてキミはまた新しい名前を手に入れてしまったわけだね?』


 まったくその通りだ。

 名前がありすぎて、それ自体が無意味なものになりつつある。


『あ……それよりミーシャはっ……俺の母さんはどうなったんだ!』



 イザイアが倒れた現場をもう一度見る。

 その身体は既に起き上がり、母さんと二人で話をしている。

 親しげだ。

 でも、アレはもう俺ではない……。

 さっき眺めたエンペド・リッジという男なのだ。


「む、よくよく見るとお前は美しい娘だな」

「え……えぇ?!」

「素晴らしい。アザレアでも稀に見るその容姿、まさに現代に咲き誇る花の御子だ」


 冷酷なエンペドにしては不自然に母さんを褒めちぎっている。あれも女神ケアにそうするよう仕向けられたお芝居なのかもしれない。サードジュニアという虚数魔力を持つ子どもを産ませる"苗床"か。

 酷い野郎だ。



『気づいているとは思うけど、あれはエンペドの演技だ。ミーシャはこのとき既に女神の力によって"生殖器官(こぶくろ)"をいじられている。虚数魔力を持つ子どもを産むためにね……』

『そんな……』

『彼女はその代わりに、イザイア・オルドリッジとの恋を成就させた……形としてだけど。中身はエンペドに成り代わっているのだから、それも詐欺みたいなものさ』

『くっ……』


 誰も報われない。

 俺もそうだが、リンダもミーシャも無関係じゃないか。


『まぁ、彼女はキミに比べたらマシな方じゃないかな。キミは前世から来世までずっと、エンペドとケアに利用され尽くしているんだから……』


 怒りに打ち震える俺を宥めるメドナさん。 

 ……冷静に考えば確かにその通りだ。


 ・イザイア:仮の肉体の提供。虚数魔力持ちで転生。リゾーマタ・ボルガを持ち帰る。

 ・ミーシャ:虚数魔力持ちを産むための母体を提供

 ・リンジー:その虚数魔力持ちを女神のもとに連れてくる足


 俺だけは骨の髄までという印象がビンビン伝わってくる。最初は何故三人も必要なのか分からなかったが、振り返って整理してみれば、その理由もよく分かる。


『もしお母さんのことが心配なら、もう少し先の未来まで見てみる? エンペドはミーシャと子を()し、自分の次の憑依先を産ませなければ目的を遂げられない。……そんな無下に扱われてはいないはずだ』


 俺は無言で頷き、この先の出来事を見ることにした。

 母さんがオルドリッジに嫁いでから、俺が生まれる頃まで……。



第1幕第4場「◆ オルドリッジⅡ」と第3幕「Prologue 転生」のシーンです。メドナさんの解説は作者としてもありがたいです。

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【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
【魔力の系譜~第2幕登場人物~】
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【魔力の系譜~魔道具一覧~】
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