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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第3幕 第3場 ―オルドリッジ祝典―
124/322

Intermission2 エンペド


 青い空、白い雲、地平線は山々で囲まれていた。

 ここは千年前のネーヴェ地方。

 まだ気候変動の影響を受ける前――雪に堅く閉ざされる前の山岳地帯のようだ。そんな澄み渡った青空を見上げ、メドナさんは呟いた。


『この世界には神が二人いる。海と大地を創造したのがリィール・トゥラム・デ・ルウ、そして魔と食餌……まぁ生態系のようなものを創造したのがケア・トゥル・デ・ダウ。男女一対の神だ。リィールが男の神様で、ケアが女の神様』


 メドナさんの言う「いる」とは「信じられている」というレベルだ。俺がいろんな土地を旅してきた印象では「今時、神様なんて……」と言う人も中にはいる。一方では、メルペック教会の人間や敬虔な宗教家は神の存在は強く信じている。

 俺に至っては「いる」と断言できる。

 実際に接触したことがあるくらいだし。


『神とは信仰あっての存在だ。それが人々の間で薄れてしまったとき、力が弱まってしまう……。神リィールはそれもまた一つの結末だと諦めていた。ただ、女神ケアの方は――――』


 メドナさんが語る途中、山稜に赤子の鳴き声が響き渡った。

 それは何の変哲もない赤子の鳴き声。

 声のする方を見る。

 山間に小さな家がひっそりと建っているのが確認できた。

 集落ではない。

 一軒だけの家。

 そこで赤ん坊が生まれたようである。


『今、この世界で初めての転生者が生まれた』

『……それって』

『キミもよく知るエンペド・リッジの誕生だ』


 俺とメドナさんは立ち尽くしたままなのに、景色は滑るように流れていき、あっという間にその家の中へと場面が移り変わった。質素なベッドに母親が横たわり、父親らしき男が赤ん坊を取り上げていた。

 父親はイザイア・オルドリッジによく似ている。

 リッジ家のときから、代々この家系は血が濃いんだろうか。


 母親は既にベッドで事切れていた。

 出産の負担で死んでしまったようである。

 父親は嘆き悲しみ、大切にその赤子を抱き締めた。


『転生者とは何なんですか?』

『こことはまた別の異世界から、神によって魂を引っ張ってこられた存在だよ。重要なのは異世界にいた頃の前世の記憶を持ってるかどうかって所かな』

『神が魂を引っ張ってくる? なぜそんなことを?』

『エンペドが連れてこられた理由―――そこも確かめてみようか』


 メドナさんは手を一振り払って、時間を高速に進め始めた。

 その動作はまるで本のページをめくっているような、鮮やかな手つきだ。時間は高速で流れて、赤子と父親の、その家での生活が早送りされていく。子どももあっという間に成長し、エンペドも3歳程度になっていた



     …



 そしてある時点で早送りがストップし、通常の時間の流れに戻る。

 父親も寝静まった夜、子どもが寝るベッドの隣に赤黒い魔力が漂い始めた。それが凝集し、ヒト型の物体となって、ふわふわと空中に浮かびながらエンペドの顔を覗きこんでいる。


「この世界の生活はどうか? エンドー」

「どうかとは、まだ子どもすぎてわからない……お前は本当に神なのか? 理解できない」


 赤ん坊にしては流暢に、そしてぶっきら棒に答える幼いエンペド……とてもじゃないが3歳の子どもの口調とは思えない。これも前世を知る転生者だからこそなのか。


「気に入らないか、エンドー」

「もう遠藤ではない……エンペドという名前らしい。似た響きだが」

「いずれの世界も素粒子の構成が似通えば、因果律を引き寄せ、生命の発生時からその名付けの引き金になるニューロン思考さえも異世界間で通じうる……貴方の名前、性別、容姿共々、似通ったものになるのも複雑系(カオス)力学の収束の結果―――何より魂の転移は同じ素粒子構成の世界にしか連れてこられない」

「量子力学の話か……俺が前世で遠藤という苗字だったから、こっちの世界でもそれに似た名前がつけられる運命だったと? ん……そういえばこの世界の言葉が英語圏の言語に似ているのもそういう事か」

「その見識で間違いない」

「……そもそも、その口調をなんとかならんのか。せめて丁寧語で喋るとか」

「こうですか」

「そうとも。初対面では最初は敬語、それがオトナの常識というやつよ」


 あれがエンペドとケアの最初の接点か。

 ケアが一番何言ってるか分からないが、エンペドも前世の世界のことをたまに話している様子で理解できない部分もある。なにより、赤黒いヒト型の塊と3歳児が会話している光景は客観的に見ていて奇妙すぎる。



『メドナさん、この場面は見ていても理解しようがないんじゃ……』

『待って』



 答えを焦る俺を制し、彼女はその二人の会話を見るように促した。


「貴方には転生時に膨大な魔力と脳内ニューロン数を分化ブーストさせて発生させました。それゆえ母体が、変化する周辺の魔力係数の勾配に耐えきれず、出産時に死亡しました」

「魔力係数というのは初めて聞いたな……母親が命を落としたのは私を産み落とす引き換えだったということか……まぁいい。そ・れ・で? なぜこの世界に連れてきた」

「………」


 ケアらしき赤黒いヒト型は言葉を詰まらせる。

 転生してきたばかりのエンペドも訝しそうにその姿を眺めていた。


「あちらの世界では、エンドーは人類で最も信念を持った研究者でした。文明の発展のために学識を重ねることも厭わず、時間制御理論を研究していました。そして何より、その命を自ら絶った理由が……信じた人類に裏切られたからであるという点に、我々、神と同様の精神境地に至ったと理解できたからです」

「はぁ……つまり、私の自殺が神に認められた、と?」

「概ね、その通りです」

「自殺はキリストでは禁忌だが、こっちの世界では受け入れられるとはな」

「神も多種多様なのです」


 エンペドは幼い顔の反面、達観した表情で皮肉を吐いている。


「神と同族意識を持ってもらえたことは光栄だ―――だが、お前の目的は?」

「我々もあなたの前世と同様、人類に裏切られつつあります。"魔法"という手技を人類が手に入れた世界では科学の発展を衰退させ、神への信仰を維持させることに成功しました。しかし、魔法の普及によって秘匿性が薄れた結果、キリストやアッラーと同じ轍を踏んでいます。人類が神を見放す、あるいは文化としてカテゴライズした時、我々という存在は"剥製"のモノとなり、死んだも同然となります。それに抵抗したいです」

「ほうほう、な・る・ほ・ど……信仰を取り戻したい、と。これはこれは、とんだ構ってちゃんな神がいたもんだ」


 メドナさんはこの異常とも言える会話を真剣に眺めていた。

 既に、俺には理解の範疇を超えていて意味が分からない。

 分かったことは二つだけ。

 ・エンペドは前世の世界に絶望して自殺した。

 ・ケアは構ってちゃん。


「信仰を取り戻す……その目的のもとに私を呼びつけたという事は、神の代行者を名乗れとでも?」

「理解が早くて助かります。現世におけるあなたの人生選択は自由です。いずれにせよ、"探究"を起源とする貴方の魂であれば、どのような選択の果てにその生を謳歌したとしても、神の代行者―――あるいは悪魔の象徴として名を残す未来が必ず待っています。ともすれば、貴方の神秘性を垣間見た人類は羨望か絶望か、正か負か、どのようなベクトルの感情でも"神秘の力"に対する信仰を取り戻せると推測しています」

「ほう。神か悪魔か、正義か悪か……そんなものは個々の解釈で変化する相対尺度にすぎん」

「そうかもしれません。私も別の何かによっては悪魔にもなりうるのでしょう。―――では、あとはお任せします。栄えある人生を」


 そうして女神ケアと思しき赤黒い塊は、霧散するように消え失せた。

 そのシーンを、メドナさんが手を前に突き出してストップさせた。制止した時間の中、俺とメドナさんの間に沈黙が走る。


『………』

『………という事のようだよ、ジャックくん』

『いや、意味わからなかったんですけどっ!』


 当然だ。

 俺のような脳筋に今のハイレベルな会話を理解しろというのは酷な話。エンペドも前世では頭の良いヤツだったんだなーという感想しか浮かばない。

 魔術師の一大家系を築き上げるんだから、それもそうか。


『私が分かったのは……女神様がもっと愛して愛してと病み始めてるという事くらいかな……はは』

『俺と同じ感想じゃないですかっ』

『これが俗にいう小学生並の感想というやつだね』

『小学生? それもよく分からないです!』


 メドナさんも頬を指で軽く掻いて、困ったなーという顔をしていたが、実際はそれも彼女流の悪戯であることは分かっている。本当は理解しているんだ。最近はメドナさんのこのテンポにもついていけるようになったぞ。


『それで本当のところはどうなんですか、メドナさん』

『ふふふ、バレてた? 私にはよく分かったよ』


 改めて言われると自分の理解力の無さが揶揄されているようで恥ずかしくなる。


『うーん、つまりね……女神ケアはエンペドに魔力を与えて魔法の世界を堪能してもらう代わりに、布教活動をしてほしいという事のようだ』

『布教?』

『ケア様の力はこんなに偉大なんだぞ、というのを生涯を通してアピールして欲しいみたい。ただ、今のはその始まりの1ページ。おそらくこれからエンペドの歩む人生の中で、今回ジャックくんが直接、被害を受ける事件のもとになった出来事が起こるに違いない』


 確かに。

 今、見せられたのはケアとエンペドの背景だけだ。

 二人の出会い、最初の目的。

 エンペドの偉大さは後世では『悪の象徴』として語り継がれている。

 つまり、悪い意味で大成を成し遂げた事は既知の事実だ。


 そして今回、俺が利用された目的は二つあった。

 ・リゾーマタ・ボルガの奪還。

 ・虚数魔力や時間魔法といった、俺の身体そのもの。


『―――問題はリゾーマタ・ボルガだ』

『よし、次はそれが創られる時代まで飛ばしてみようか』



     ○



 目まぐるしく変わる世界。

 早送りされるエンペドという男の生涯。


 父親が山岳の落石により死亡。孤児となったエンペドが12歳で家を出る。一人で黙々と鍛錬した魔法により、既にエンペドは無敵だった。火・氷・雷といった三つの属性魔法を最大限使いこなすエンペド。魔物狩りさえも余裕だった。……歳のわりに冷淡な印象を思わせるのは、前世の記憶を持っているからか。あるいは元々そういう人間なのか。

 魔物狩りの一つとっても、憐みの心はない。氷で半身を固めて火で炙る様子や、火で囲って逃げ場を無くした魔物に放電して感電死させる様など、戦い方も無慈悲そのものだった。

 まるで何か実験をしているかのようだ。


 13歳、長い旅路の果てにアザレア王国の王都に辿り着く。

 俺の知るアザリーグラードとは全く違う。

 草花が咲き誇る緑豊かな国だ。

 高い建物が立ち並び、とても発展している。これが千年も経てば、あんな迷宮都市(スラム)と化してしまうというのも、盛者必衰の理という印象。

 時の流れというのは切ないものだ。


 エンペドはその無敵とも言える魔法を駆使して魔物討伐を繰り返す。

 そして商業区では、より効率の良い商売方法を商会で伝授すると同時に、自作の魔道具を商店で販売。さらに画期的な事にチラシで注文を受け付けて商品を配達するというデリバリー商売を普及させて商業界の人間たちを驚かせた。

 培った莫大な資産をもとに、所蔵庫と広大な土地を買い取る。


 それから魔法の実験に没頭。

 この時代の人間族には魔法を使いこなす者自体が少なく、魔術に関する資料も少ないようだ。少ない資料の中からエンペドは独自の知識を資料にまとめ、実験を繰り返した。

 実験で得た新規の魔法は、公表などせずに自分の研究成果として所蔵庫に蓄積し続けた。何を実験して研究しているのかは分からなかった。見たこともない数式が並べられた紙が延々と連なっているだけだ。

 詳しく見てもよく分からない所は早送りすることにした。


 17歳となったある日、王都の女性たちが郊外の魔獣オークに一斉に攫われたという事件を聞いたエンペドが「オークはまずい。オークは規制的にまずいのだ」と言い始めて飛び出し、王宮で編成された討伐部隊を追い越し、たった一人で一頭残らず駆逐。その卓越した戦術と優れた魔術を目撃した王族の人間が、エンペドを王宮に招き入れた。


『実業家だったんだね、エンペドって』

『………』


 確かに、ここまではただの優秀な魔術師だ。

 ここで「我こそは神の代行者だ」と名乗れば、神の力の存在を認める者も多少は増えるかもしれない。だが、エンペドがそんな事を言って回る様子はまだ無い。……俺は風の賢者シルフィード様から聞かされているが、エンペドが名を上げるのはここからの話。


 アザレア大戦。

 エルフの国クレアティオ・エクシィーロとの戦争だ。

 このとき、王家と謁見を果たしたエンペドは、イリカイ川で隔てたエルフの国との戦争について相談される。クレアティオには特殊な魔法や精霊の力があり、敗戦間近まで攻め込まれているという事だ。

 アザレア王から事情を聞かされたエンペドは、戦争よりもまずその特殊な魔法に関心を寄せられた様子だった。


 実際の戦場を見学しにいこうと、エンペドは戦地に赴く。

 その時に目撃したのは苦痛に喚き叫ぶ自国の戦士たちの凄惨な有様だった。


「なにをしている。これでは抵抗の術がないではないか」


 クレアティオ側のドワーフ族によって設置された罠と土魔法にまんまと嵌められて隊列を崩す戦士たち。そしてエルフ族の弓矢と風魔法によって遠距離から無力化されていた。


「戦争ではない。これはただの虐殺というものよ」


 エンペドは言いながら、負傷した戦士たちに歩み寄った。

 そのとき戦士たちは一様にしてこう言っていた。


「うぅ……神よ……救いを……」

「―――あぁ、神か。な・る・ほ・ど」


 冷徹な表情だった。

 救いを求める戦士たちを眺めても、特に情けをかける様子もない。

 あぁ、そうかと閃いただけのように見えた。



     …



 ある日の晩、エンペドは自室で虚空に語りかけた。


「ケアよ、見ているのだろう」


 すると、エンペドが腰かけるベッドの前に、赤黒い魔力が凝集してヒト型が形成された。

 あの時と一緒だ。


「はい」

「神に"時間"という概念はあるのか?」

「概念はあります。未来予測が立てられた予定調和の中では、その感覚はないです。特に限定的な未来と現在と過去は自由に行き来できます」

「予定調和の中では? あまりにも遠い未来のことは、神にすら把握できないという事か」

「概ね、その通りです」

「ほうほうほう………それは興味深いな」


 顎を撫でながら何やら思案するエンペド。まだ十代だというのに、その仕草が転生者としての風格を漂わせていた。


「私は気づいたのだ。未来永劫、神を形骸化させず、信仰を続けさせることなど、この世にヒトが増え続ける限りは不可能であると―――」

「そうですか」

「まぁ待て。神の意志を否定するわけではない。ただ"信仰"を確実のものにする方法はもっと別にあると思うのだ」


 エンペドはそう言うと立ち上がり、机に広げた大きな紙に一本の線を引きはじめた。そして[過去]と[現在]と[未来]という風に、その線に書き込む。


「未来へ行けば行くほど信仰は消え失せる。しかし、この時間の流れをループさせることで、ヒトの信仰もループさせることができよう」


 エンペドは、[過去]と[未来]が繋がるように紙を縦に丸めて繋ぎ合わせた。


「時間を巻き戻すという魔法は成し得ぬのか? あるいは私を過去へと送りつけることはどうか? 記憶を残したまま魂を別世界へと転生させることができるのならば可能であろう。それが出来れば、同じ時間の中、延々と神の威厳を見せつけて信仰を集めることができよう」

「……肉体や魂を同じ世界の過去へと送ることはできません。二元的時間軸に存在する魂や肉体を、三元的に飛び越えさせて存在させるためには実数次元の魔力では無理です。仮に可能とする要素があるとすれば、エネルギーを乗算しても負となりうる虚数の魔力性質を持つ肉体が必要となります」


 俺はその会話を聞いた時に身体―――否、魂がびくりと震えるのを感じた。


『メドナさん……! 虚数魔力という言葉がっ』


 俺の慌てっぷりとは相反してメドナさんは冷静に『聞いたよ』とだけ返し、真剣に会話を見届けていた。


「つまり、このエンペドの身体では無理だという事か」

「はい」

「残念なものだ。私は前世から時間という分野を研究してきた。この世界でタイムスリップが体験できるのならば、是非と思ったのだがな」


 エンペドは残念そうな様子でその紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱にポイしてしまった。意外にも虚数魔力の話題はそこで終わり。だが、その後に繰り広げられた中に、リゾーマタ・ボルガ作成のきっかけとなる会話隠されていた。


「それではもう一つの提案といこう」


 エンペドはまた別の紙に新しく[過去]と[現在]と[未来]と書いた。


「今この国では隣国のクレアティオ・エクシィーロのエルフ共と戦争中である。その視察に行った時のことなのだが、兵士たちは"神よ"とお前のことを口ずさんでおったぞ」

「………」

「要するに、人々は不幸の境地に至ったときに最後にはこうなるのだ。―――"神よ、我を救いたまえ"とな。神頼みというものだ」


 あのときの冷酷な表情の裏で、そんな事を考えていたのか。

 俺の先祖とは思えないほどに人情に欠いた人間だな。 


「スピリチュアルペインを緩和するものの正体は信仰でしかない。信じる者が救われるのではない。救われたい者が信じようと願うのだ……クックック、絶望こそが信仰を強める最大のスパイスであると、そのとき悟ったよ」

「だが、戦争は終わります。遅かれ早かれ―――」

「終わらぬ戦争があったとしたら、どうだ?」


 エンペドはそう言うと、新たに[過去][現在][未来]と書かれた紙の中に[戦争]と書き込む。[戦争]の横から矢印を右に引っ張り、×印をして[戦争]の終結を示したかと思うと、その×印の下からさらに矢印を引っ張ってまた×印を……。

 そんな感じで書き込んでいるうちに、何度も×印から[未来]へと伸びる戦争のラインが完成した。


「ケアの介入によって、戦争の結果を操作することは出来ぬか? 終戦したという過去を改竄し、いつまでも続けるのだ、戦争を―――。ヒトは延々と傷を負い続け、多くの者が死に絶え、再び蘇るだろう。人類は絶望の渦中で敬虔な宗教家が大勢誕生する。神よ、助けてくれと懇願するものが増える。信仰心の強い者の割合が増えてから戦争を終結させればよい。百年戦争……いや、千年戦争でも続けようものなら面白いやもしれん……クックック」


 俺は頭が沸騰するような感覚を覚えた。

 こいつ、やっぱりクソジジイだ。

 なんてメチャクチャな事言ってやがるんだ。


「………」


 ケアもしばらく黙っていた。良しとも悪しとも返事をしないその様子に、ケアの中の躊躇いを感じ取れる。

 女神としてそんな事に賛同していいはずがない。


「過去を改竄することはできます―――四元素、火・水・風・土属性の魔力"リゾーマタ"を募ることで事象を変化させる。現在の事象が変化していれば、その原因である過去も改変される……」

「四つの属性魔法をコンタミさせればよいのだな。しかし、風や土属性の魔法など知らん」

「風魔法は古代エルフの力、土魔法は古代ドワーフの力です。いずれもクレアティオ・エクシィーロにて秘匿と扱われる特殊魔法です」

「では、まずは敵国に取り入らねばならんな……クックック、理解した。ゴマでも擦りに行くか」


 一度は平和条約にて終結するアザレアの戦争……平和条約もこの時に考えた作戦だったんだ。古代魔法の風魔法と土魔法を聞き出すために、エルフとドワーフの国に取り入った。

 だからエンペドは、一度戦争を終結させる必要があったんだ。



『リゾーマタ・ボルガは女神ケアへの信仰集め……絶望の道具として作られたんだね』

『許せない。こんな歪なやり方で、人を傷つけるような真似をしてまで…………』

『人を絶望させることは、羨望を集めるよりも簡単だからね』



 そこからメドナさんと再び時間を進めた。

 しかし、内容は目に当てられるものではなかった。

 先に待っていた光景は地獄絵図だ。


 終わらない戦争。

 どちらが勝利しても、勝利したという結果はなくなっていた。

 死んだはずの者は戦果が変わった事によって蘇り、生きていたはずの者が死んでいる。人の生き死にがここまで軽んじられた戦争は歴史的にも他になかっただろう。

 そうして疲弊し続ける国と兵士たち。唯一の救いは、五人の賢者たちがこの終わらない戦争の陰謀に気づいていたという事。そうしてその五人の賢者たちによってエンペドは打ち破られるのだが―――。


 ここだ。

 この最初の目論みが打ち破られた時に、俺が生きてきた今へと繋がるヒントがあるはず。



終わらない戦争《アザレア大戦》については、「Episode72 アザレア大戦」にて風の賢者シルフィード様が側面を語っています。

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