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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第3幕 第3場 ―オルドリッジ祝典―
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Intermission1 ハイランダー


 気づけば、雪。

 白い雪に覆われた世界。

 遠くには山の尾根も広がり、針葉樹林も見える。

 延々とそれらが広がった大自然の真っ只中。


 ―――これが死後の世界か。

 なんというか、もっとふわふわとした花畑広がる世界かと思っていた。

 でも現実は辛辣だ。

 少し歩けば足が降り積もった雪に埋もれていく。

 背後を見ると俺の足跡しかない雪原の海。


「ふー……」


 心なしか、寒い気もする。

 死んでいるのだから、別に寒気なんて感じない

 雪という視覚情報で錯覚するんだろうか。

 まぁ何はともあれ、俺の心が冷え切っているのは間違いない。

 この世界は今の俺の心象風景といってもいいかもしれない。



 敗北。

 そう、敗北である。

 "激昂したらキミの負けだ"。

 本当にその通りだったよ、メドナさん。

 まんまと奴らの術中に嵌められてしまった。

 俺の冒険は終わりを迎えたんだ。


 奴らにどういう魂胆があったのかな。

 時間もあることだし、歩きながらじっくり整理してみようか。


 まずイザイア・オルドリッジ――父親だと思っていた男は、実は"俺"自身だった。

 もうこの時点で意味不明だが、そういうことらしい。本で読んだことがあるが、おそらく「前世」という概念で間違いないだろう。

 俺の前世はイザイア・オルドリッジだった。

 そして前世の自分が生んだ息子の一人として、また現世に生まれたきたんだろう。本来ならば親子間で成立するはずのない「前世」という概念が、ここで成立してしまった。その原因が、宿主を失ったイザイアの肉体に古代の魔術師エンペド・リッジの魂が宿っていたから、という事か。


 そのエンペドの前世の肉体はアザリーグラードの迷宮の地下深くに封印されていた。しかもそのエンペドは何と俺の遠い親戚だったということだ。オルドリッジ家のルーツはエンペド・リッジにあると……。

 絵本でも子どもに語られる"悪の大魔王"が自分の先祖だったなんて。

 まぁ千年も前の話だ。

 今更、血縁関係を持ち出されても迷惑な話である。

 それに俺自身がシアの協力のもと、そのジジイの亡骸は葬った。

 そこまではいい。


 そのとき、一緒に封印されていた聖遺物リゾーマタ・ボルガ。

 エンペドも女神ケアも、これが狙いだったのだ。

 不用意に持ち歩いていたのは大失敗だった。

 だが、目的というのもそれだけではなさそうでもある。

 

 "―――貴様の負けだ、イザイア・オルドリッジ"


 "―――その天性の肉体、虚数魔力、そして時間魔法"


 "―――すべてエンペドが譲り受けようぞ"


 時間魔法……?

 俺の体も目当てだったのか?


 しばらく雪景色を歩き続けたとき、鬱蒼と茂ったスギ林の麓の小屋に辿り着いた。木造の質素な小屋だ。死後の世界でもこうして人の痕跡があるのか。興味が湧いて近寄った。

 こんな寒々しい景色はもううんざりだ。

 ちょっとお邪魔させてもらおう。

 死んだ後なんだし、誰かの家だとしても遠慮なんかしなくていいだろう。現に、これまで歩き続けて他の人間どころか動物すら見なかった。―――ガチャリと、突然その扉が開いた。まるで俺が近づいてくるのを待っていたかのように。


「いらっしゃい、ジャックくん」


 小屋の中からメドナさんが出てきた。黒いフェザーハット、黒いローブ、金細工の首飾り。そして雪のように真っ白な髪、赤い瞳は俺の知るメドナさんそのままだった。


「え……? あ、そうか」


 疑問符が浮かんだあとにすぐ納得する。死んだんだから、こうしてメドナさんと再会できても何ら不思議な事じゃない。


「結局、会いに来ちゃいましたよ、メドナさん」

「寛容な心でって言ったじゃない。まったく、仕方ない子だね、ジャックくんは」

「……ははは」

「なに、その諦めムードは?」


 腰に手をついて小さく溜息をつくメドナさん。死んでどうしたらいいか分からない状態だったから、こうして知り合いに会えたことにほっとした。


「だって俺は死んだんです。もう投げやりですよ」

「はは、じゃあこれからは私と二人で永遠にここで過ごす?」

「それも悪くないかもしれません」


 死んだ事で精神も達観的になってしまったのか、メドナさんの冷かしにもある程度耐性がついた。以前みたいに狼狽して頬を赤らめるなんて純粋な反応はしてやるもんか。


「そう……。じゃあ、ほーらっ」

「わぶっ!」


 メドナさんは無邪気にその場で雪をかき集めて雪玉をつくると、俺の方へと投げつけてきた。

 やったなー、このー。

 俺も足元から雪玉をつくって、優しくメドナさんに放り投げた。


「あっはは、そんな玉じゃ当らないよ」

「なにを~。待て待て~!」


 木造の小屋先でじゃれ合う俺とメドナさん。


 あはは。

 あはははは……。


 いや、待てよ。冗談まがいだったけど、これはこれで思っていた以上に幸せな事かもしれない。憧れの女性と死後の世界で永遠にイチャつく。生前と比べても驚くほど穏やかだ。まったりした雰囲気。あの殺伐とした感じはない。ほのぼのと。これが余生を過ごす感覚なのだろうか。

 余生どころか、もう死んでしまったけれど。



     …



 しばらくそうしてメドナさんと遊んでいた。

 雪合戦したり、雪だるまつくったり、メドナさんの魔法で降りしきる雪に光を灯してイルミネーションを眺めたり。まったりと時間が流れる感じは、思っていた以上に幸せだった。

 別に冷たくもない雪の上に二人で並んで座り、ぼんやりとイルミネーションを眺める。


「楽しいね。夜は二人で楽器でも弾こうか」

「いいですね! 俺もだいぶ練習したんですよ」

「ふふふ、どれくらいの腕前になったのか楽しみだよ」


 俺とメドナさんは立ちあがり、小屋の中に入ろうと振り返って歩き出した。そのとき背後から、ふと誰かの声が聞こえた気がした。



 "―――返して……! 私たちの―――!"



「………?」

「どうしたの、ジャックくん」

「いえ、今、なにか声が……」


 それは聞き馴染んだ声だった気がする。

 でも誰の声だっただろうか。

 なにか記憶があやふやだ。

 どうしても思い出せない。



     …



「さて、じゃあ何を演奏しようか」


 小屋の中にはいくつか椅子が置かれていて、俺もメドナさんもマンドリンを構えて向かい合っていた。憧れのスターとセッションだ。緊張する。


「俺に演奏できるのは―――」


 あれ、なんだったか。

 俺に演奏できた唯一の曲は……。

 一生懸命練習した好きだった歌。

 どこかの学校で、放課後に弾き続けた曲だ。

 学校? なんでそんなところにいたんだっけ。

 誰かの送り迎え……だったか。

 そしてその人物に聞かせていた?

 誰に?



 "もどってきてっ! わたしのっ―――!"



 まただ。今度は別の声。

 幼くて明るい声だ。

 でも思い出せない。

 その声の主が誰だったのか、どうしても……。


「ジャックくん」

「メドナさん、曲名が思い出せません。でも確か、俺が大好きだった歌があったと思うんです」

「そうだね……きっとそれは、こういう歌だったんじゃないかな?」


 そうしてメドナさんは弾きはじめた。

 俺の始まりの歌を。



 ――――かつて世界を救いし者、孤高の大地で何を愁う。


 ――――幾度の戦火に抱かれよう、無数の剣戟に晒されよう、


 ――――彼の者の揺るぎなき眼差しは屍の山にてその意を貫く。


 ――――果たして民は彼の戦士を認めたか。


 ――――偽善と欲望に苛まれ、疲弊した戦士を、


 ――――ヘイレル・イースの太陽は眠りにつくまで見逃さなかった。



 俺は黙ってその歌を聴いていた。

 そうだ、この歌……。


 気づけば、俺とメドナさんは小屋の中ではなく、"あの丘"の上に立っていた。赤土が剥き出しの荒野の小高い丘の上。夕暮れ差す赤い心象風景。丘の下には無数の兵士たちの屍が転がっていた。懐かしい光景だ。メドナさんと最後の戦いで、捉われた世界――紡いだ物語を具現化する魔法『Tout Le Mon(三千世界)de』。


「ここは……」

「ジャックくん、これは『ハイランダーの業火』という曲だ。この歌は、私の故郷フリーデンヒェンに伝わる戦歌。今から千年も昔に突然現れた、名も無き英雄を謳ったものだよ。ハイランダーという戦士団たちを、たった一人の英雄が打ち破った一騎当千の伝説さ」

「千年……?」

「ジャックくんがこの歌に惹かれる理由……私はその理由を知っている。この歌はキミ自身のことだ」

「………」



 "傑作ね。この丘で最大の勝利を納めたあなた自身が、敗北宣言を――"



 メドナさんとの最終決戦で、同じことを女神に言われたような気がする。

 もう分かっていた事だ。

 いつか俺は、現実でもこの丘に来ることになるんだろう。それはどういう因果でそうなるかは分からない。「千年も昔」という事はエンペドとも関係している事なのかもしれない。肉体を乗っ取られたり、過去を改変しうる魔道具も存在するんだ。俺という人間一人が、過去に行く可能性があったって不思議ではない。

 でも今、ここにいる俺が弱気になっていたら―――。


「そうだ……」


 俺の意志は変わりない。

 戦士になりたい。

 英雄になりたい。

 誰もが憧れる理想の姿に。


「さて、もう一度聞こう。このまま、私とここで永遠に過ごす?」


 そのメドナさんの表情は朗らかだった。

 赤い夕陽が差し込んだその白い肌。

 俺が例えどう答えようとも、否定はしないという意思を感じた。

 だが決断は鈍るな。その信念を貫け。


「俺はまだ……戦いたい、です」


 俺のその言葉を聞き届けると、メドナさんは満足そうに、それこそ怪しさの欠片もないくらい明るく笑みを浮かべた。


「その言葉を待ってたよ」

「でも――――死んでからじゃ」

「残念。キミをそう簡単に死なせるわけないじゃない」

「え……」

「今はまだ不安定な状態だ。エンペドの魂が、キミの身体を乗っ取ろうとしている。完全に憑依されるまで……そしてリゾーマタ・ボルガに注がれる魔力がその器を満たすまで、まだ挽回の策はある」

「本当ですか!?」


 まだ、諦めるには早かった。

 あのクソジジイを一発ぶん殴るチャンスは残されているという事だ。

 俺の前世の身体を奪い取った祖先の爺。そして母さんを―――言ってしまえば、俺が将来結婚する予定だった女性を無下にしたあのクソジジイ。

 許さねぇ……。


「その前に、いい機会だから一緒に歴史を紐解いて、彼らが何をしてきたのか、そのルーツを覗いてみようか。彼らを打ち破るヒントも隠されているかもしれないよ。なに、ここには時間の概念が存在しない。少し休憩も兼ねてのんびりした方がいい」

「どういうことですか……? うわっ!」


 メドナさんは片手を前に突きだして、それを一閃、真横に振るった。

 その瞬間、夕陽が差し込む赤土の荒野は一変し、景色が忙しなく動き始めた。広大な大空が、メドナさんと俺の周囲を高速で駆け巡っている。あっという間に、砂利や背の低い草花が長閑に咲く山稜地帯に辿り着いた。



 青い空に、大きな鳥が頭上に飛び交う。

 鳴き声が山稜に響き渡り、周囲は平和そのもの。

 さっきの雪景色や赤茶色の荒野なんかより、よっぽど天国のような光景が広がっていた。


「メドナさん、ここは?」

「キミも一度は来たことがあるかな。ここはリバーダ大陸にある、とある山稜だ。ネーヴェ地方という」

「え!?」


 俺の知っているネーヴェ地方というのは雪山だった。

 ユースティンと二人でギガント村に乗り込み、氷の賢者アンダイン様に会って氷杖アクアラム・ボルガを頂こうと旅したところだったはず……。確か、アンダイン様が一面雪景色にしてしまったと聞いているけど、そのイメージとこの澄み渡った光景はだいぶかけ離れていた。


「といっても、ここは千年前のネーヴェ。その後、稀代の魔術師と称されるエンペド・リッジが生まれた故郷(ふるさと)だよ」

「エンペドの故郷?」


 驚愕―――。

 クソ爺、こんな綺麗な山奥で生まれたのか。



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【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
【魔力の系譜~第2幕登場人物~】
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