Episode97 裏の奸計
※ 視点変更が重なって申し訳ありません。ラインガルド視点です。
バーウィッチ有数の貴族―――さらにその中でも魔術師貴族として名高いオルドリッジ。今日はそのオルドリッジが主催する記念式典と祝典だった。
昼には晴天直下で長男のイザイア・オルドリッジ・ジュニアへの祝辞や余興で彩られる式典が執り行われる。浮かれた貴族たちは社交の場で方方へと律儀に挨拶回りを行う。主に地方の地主貴族からバーウィッチの上流貴族へのゴマ摺りだった。
夕暮れ時からは祝典。
パーティーとしての色合いが強い。演奏隊がバックグラウンドで音楽を奏で、貴族たちがダンスを興ずる。王都の宮殿ほどではないにせよ、オルドリッジの屋敷は異常に広い。その広さは城館と言っても過言ではないほどのものだ。比較的土地の狭いと呼ばれるバーウィッチ内にこれだけの面積を誇る屋敷はない。大きな正門を潜ってから真っ直ぐ伸びた道も、馬車が丸々2台並んで通っても余裕があるほど幅を取っており、そこから両脇に広がるシンメトリー庭園は見事なものだった。
―――5歳の頃を最後に、ついぞ訪れる事はなかった叔父の家。
これでは記憶に残らないのも無理はない。
忌まわしき屋敷だ。もし次男イザイアではなく、長男アダルバートが継いでいれば、僕もこの豪邸の跡取り候補として、生まれるはずだった兄弟たちと遊び回っていたのかもしれないと思うと、より一層その憎しみは沸き上がってくる。
現在時刻は早朝。
街の外壁から、その貴族の大きな屋敷を眺めていた。
使用人たちはせっせと本日の下準備に勤しんでいる。
総出で入念な庭の掃除。そして本館を出たり入ったりして、テーブルを出したり、椅子を並べたり、壇を敷き詰めたりしていて忙しない。僕が此度の侵入で狙ったのはこの隙を突いてのことである。見回りが手薄になる時間帯は早朝だと目をつけていた。街壁の上から眺める限りでは、今こそ侵入のチャンスである。
魔力探知スキルで、遠目にその屋敷周囲に張り巡らせられた結界を注視する。
ぼんやりと視界に移るのは、各貴族の屋敷に張られた色とりどりの結界魔法のコントラストだ。"魔力の色"とは各属性を表している。火属性であれば赤、氷属性であれば青色、電撃属性であれば黄色、聖属性であれば白色、闇属性であれば紫色といった魔力を視ることができる。
それが結界に置き換わった場合も同様である。
絵具のパレットのように、魔力も混ざり合えば色も混合する。近くに居を構えるストライド家では薄灰色の結界が張り巡らされている。薄灰色という事は光魔法と闇魔法を組み合わせた結界が敷かれているという事である。
オルドリッジ家はというと、赤黒い渦が巻いた結界が張り巡らされていた。この"赤黒い魔力"というのは、単純に火属性と闇属性を混ぜ合わせたものではない。闇とはすべてを飲みこむ色であり、光魔法と混ぜることができても、他の三属性と兼ね合わせることは出来ないはずだ。
―――ではこの"赤黒い"とは何か。
正式な机上で魔術を学んでこなかった僕にとっては検討もつかない。だが危険な物だと感知している。まるで邪神が今日日、特別な儀式でも始めんとするかのような、そんな気配を内包していた。
即ち、あれは結界なぞという生易しいものではない。
「………」
襤褸の黒い外套を羽織り、フードを深々と被る。何が待ち望んでいようとも、今日は僕の復讐を果たす唯一のチャンスなのだ。
侵入は抜かり無く、窃盗強奪は強行して行う。
それは裏の暴漢たち"アルカナ・オルクス"に対する恩義だ。
そして、僕の一番の目的は《イザイア・オルドリッジ》への復讐。
殺す……。
殺すだけでは収まらないかもしれない……。
根絶やしにするため、息子たちも襲うのも一つの手である。
「……黒妖犬、いくぞ」
彼是長い間、生涯を共にした地獄の猟犬を召喚した。
僕は街の外壁から飛び降り、ブラッグドッグの静かな駆動に跨って、早朝の静けさに溶け込んだ。
○
赤黒い魔力はやはり結界ではなかった。裏口側には一切の結界も張られておらず、ブラックドッグを踏み台にして跳びあがることで、難なくその障壁を飛び越えた。
街有数の貴族の屋敷にしては警備が杜撰だ。
ボスの狙い通り、やはりこういう祝い事のときには手薄になるというのは本当だった。
しかしそれで警戒心を緩めてはいけない。
盗賊などを嵌める罠である可能性も無きにしもあらずだ。
裏庭には食糧庫や薪置き場、その他雑多なものが小屋に収納されていたが、使用人たちがやってくる気配はない。料理人ですらこの屋敷の向こうの庭で式典の準備に駆り出されているのかもしれない。
薪置き場の隣にあった間口から屋敷へと潜入する。
どうやら料理人たちの休憩室のようだ。狭い間取りにテーブルが一つだけ置かれ、椅子も幾つか乱雑に放置されていた。その部屋を超えると、調理場に至り、そこから出ると長い廊下へと出た。
思っていたよりも狭い廊下だ―――と思って気づいたことがある。ここは屋敷の使用人たちが使う通路のようだ。途中、扉がいくつも並んでいたが、こっそり開いて中を覗いてみたところ、広いダイニングルームが目に入った。本来の廊下とはまた別にあるようである。
本来は長いテーブルが置かれているんだろうが、綺麗さっぱり取り攫われていて、広い間取りの空間だけが残されていた。
正面には暖炉のようなものがあり、誰とも知らない肖像画が大きく掛けられている。その下には高級そうな時計や純金の燭台、豪奢なランプが拵えられていた。
「喰らえ、ブラックドッグ」
僕は金目になりそうなものを一通りブラックドッグに喰わせた。
胃袋は手提げ代わりだ。
あとで吐き出させてボスに渡す。
―――カタン、と物音が静かな部屋に響いた。
「ひっ………」
声のする方には、一人のメイドがこちらに怯えた目を向けていた。
若く、スタイルも良い。
「―――我が身はシャイタンに捧し傀儡」
僕は咄嗟の判断でそのメイドにデバフ魔法をかけた。大声を挙げられる前に動きを封じておく必要がある。闇の中級魔法"デバッファ"。一時的に能力値を下げて動きを封じる魔法だ。効果は対象によってまちまちで、元のステータスが高ければパワーや敏捷性が低下するだけだが、元々そういったパラメータが低値のものには動きを封じる制限魔法として作用する。
「くうっ……!」
雇われメイド程度ならば動きを封じることができる。
僕はその場で倒れ込むメイドに静かに歩み寄り、その肢体を眺めまわした。オルドリッジの趣味なのか、バストサイズも大きければ短いスカートのせいで剥き出しになった太ももは明らかに目の保養も目的にしたものだ。
僕はその太ももを揉みしだき、膨れ上がった胸も触っておいた。
「……ぁ………う……やめ……て………」
これなら中々、良い値で売り飛ばせそうだが、少々勿体ないとも思う。この女をこの場で辱めるのもオルドリッジへの一つの復讐になりえるかもしれないと、そんな卑しい欲望が湧きあがってくる。
「お前は処女か? んん?」
歳はまだ成人していない頃合いの年齢だ。処女でこれほど熟れたものであれば、値が跳ね上がるだろう。もし非処女であれば犯してしまってもバレはしない。
「……ひぃ…………ぐっ………」
恐怖のあまりにメイドはその場で気絶した。
目を晴らして泣いている。
「チッ、つまらねぇ」
脚を持ち上げ、そのメイドからパンツとストッキングを引き剥がしておいた。それを背後へと放り投げ、ブラッグドッグへの胃袋へと食らいつかせる。パンツは僕個人の戦利品だ。あとで堪能させてもらおう。
冷静になって色々と考えたが、ここで性欲に負けて、事をしでかしたら全て台無しになってしまう。僕の本来の目的はイザイア・オルドリッジへの復讐だ。一時の迷いでそれが不発に終わったら元も子もない。あくまで使用人の誘拐は祝典が始まってからだ。開催中の浮足立った状態で何人か掻っ攫う。そしてパーティー会場を荒らしてとんずらする。開催前ではイザイア・オルドリッジにバレて奴を殺すのも未遂に終わってしまう可能性がある。
メイドには闇魔法をかけて深く眠らせておいた。
強い催眠効果で、起きた頃には何があったかも思い出せないだろう。
「パンツは貰っていくとしよう」
ダイニングルームを後にした。
あっさりと見つかってしまったことに少し反省した。
これでは式典や祝典が始まる前に敢え無く御用となってしまう。
さっきはメイドが単独だったから良かったものの、複数だったらと思うと怖ろしい失態だ。あまりの屋敷の杜撰さに僕自身も警戒心が薄れてしまっていたようだ。午前中は発見されないように忍び込み、余裕があれば金目のものを盗むというのが計画だった。潜入にはうまく成功した。あとは発見されないように待機し、貴族どもが集まってから動くことにしよう。
○
二階に放置されたような古ぼけた扉を発見し、そこに忍び込んだ。
中は書斎になっていた。長年放置されていたからなのか、埃が充満していてさらに黴臭い。さらに朽ちた机や食器のトレイのようなもの、さらには草臥れた布きれや藁の枕まで置かれていることから、ここにはかつて誰かが住みこみで暮らしていたような気配さえある。
「念のため、書斎もいくつか荒らしておくか」
魔術師の書斎とは貴重な書物も隠されている可能性がある。
僕がそう呟いてブラックドッグに命じようとした時のことだった。
「―――お父上、おはようございます」
廊下から声が耳に届いた。
整然とした声色は頼もしさすら感じる。
「おお、アイザイア……いよいよこの日が来たか。父として"この日"をどれだけ待ち望んでいたことか」
「ありがたいお言葉です。私も今日のような素晴らしい日にこうして盛大な祝典を開いて頂けることに深い愛を感じます」
「そうかそうか……」
父と息子のやり取りのようだが、おそらく、イザイア・オルドリッジとその息子ジュニアに違いない。そんなやりとりを扉越しに聞くだけで腸が煮えくり返ってきた。
「……ゴッホンゴホン!」
「お父上っ! 大丈夫なのですか?」
僕にはその咳払いがとてもわざとらしく感じられたが、息子アイザイアの方は本気で心配しているようだ。どういう意図なのかさっぱり理解できないが、もし本当に体調が悪いようならば復讐のチャンスだ。まさに運気がこちらに回ってきている。
「うぅ、む……実は最近体調が頗る芳しくない。すこぶるな」
「そ、そうなのですか。大事を取って休まれていた方が―――」
「いいや、息子の大事な日なのだ。父として顔を出さないわけにはいかん。だが私ももう歳だ。近いうちに……もしかしたら今日にでも死を迎える可能性すら感じておる」
「えぇ?! な、何ということですかっ」
廊下で立ち話できる余力はあるのに死期が今日だとはどういう事だ。
そんな重大な告白なはずなのにイザイア・オルドリッジの声色は極めて軽い。本当に死にゆく者の言葉とは思えないほど。まるで冗談にしか聞こえなかった。まさか稀代の魔術師オルドリッジには未来視すら可能にする魔法があり、今日にでも僕の復讐劇が果たされることを予期しているとでも言うのだろうか。
「母上は何と言っているのです」
「うーむ、ミーシャとはずいぶん話をしておらぬ。あるいは私の死を喜ぶやもしれんな」
「冗談はお止めください……母上も塞ぎがちですから、余力がないのかもしれません」
「さてな」
聞き出した情報によると当主もその伴侶もどちらも体を悪くしているという事だ。であれば、殺人も容易そうだが、問題はこの息子の方―――僕にとっては従兄弟にあたる存在だが、こいつの実力が如何程かというところか。
「アイザイア……立ち話でなんだが、実は今日にでもお前にオルドリッジの実権を譲ろうとも考えておるのだ」
「えぇ?! なんと?!」
「まだ魔法大学の任期を終えないセカンドジュニアには悪いが、私もミーシャも既に余裕がない。最近、書簡にて大学時代の友人すら事故で亡くなったと知った」
「お父上の友人とは、まさかシュヴァルツシルトのご当主ですか?」
「そうだ」
「そんな……」
2人の声のトーンが下がっていく。既に立ち話で話すべきことではない気がするが、おかげでこっちは面白い情報を盗聴することができた。
「もし私に万が一のことがあったら―――その時はアイザイア、お前がこの家を守ってくれ。その時には全権をお前に委ね、イザイア・オルドリッジの名を名乗ることを許可する」
「お父上……そんなことはまだあってはなりません!」
「分からぬ。死ぬかもしれない。いや、私はおそらく近いうちに死ぬ。うむ、本当に近いうちにきっと」
「いえいえ、なりません!」
「いや、絶対に死ぬ。絶対にだ」
「なりませんって!」
「死ぬ」
「なりません」
どこか笑いどころでもあるのだろうか。二人のやりとりはどうしてもジョークのようにしか聞こえてこなかった。しかし本気だとしたら、暴君と名高いイザイアがここまで弱気になっている姿も珍しいはずだ。これは本当に死期が近いかもしれない。
…
書斎には古い本しかなかったが、厚紙で装飾された如何にもお高い書物はブラックドッグの胃袋に放り込んでおいた。盗みの方は順調だ。まさかここまでザルだとは思いもよらなかった。仕事としては十分成果ありだろう。あとは使用人の拉致、イザイアへと復讐。
式が始まるまでこの書斎で籠って身を隠すのもいいだろう。
すべて順調に事が運んでいる。
「良い品物が調達できたかしら?」
気配もなく突然漂ったその冷たい声に、背筋が凍りついた。
僕は慌てて振り返り、その音もなく忍び寄ったその影を目視した。
「………!」
そこに、赤黒い渦の根源がいた。蜷局を巻いて漂うその赤黒い魔力の渦は禍々しいの域を超えて、全身が拒絶しようとしている。
その魔力のヴェールに包まれた対象が徐々に明らかになっていく。
「……アリ……サ……?」
演奏楽団で恋い焦がれていた少女が成長した姿の女がそこにいた。
僕はあまりの光景に口が開いても声をはっきり出すことができなくなっていた。ふわふわと浮かぶ紫色の長い髪。透き通った白い肌。瞳が赤黒く渦巻いている。それと目が合うだけで釘づけとなり、視線を逸らせなくなっていた。
「残念ね。アリサ・ヘイルウッドではないわ。イザイア・オルドリッジが当時の女神像として彼女を意識した結果にこのような容姿になったけれど、本来の女神はこんな姿ではないの」
「女……神……だと?」
そのとき僕は思い出した。
この容姿、かつて誘拐した女神ケア様と同じ姿をしていたという事を。
「女神ケア様が、何故こんな―――」
「―――そんなことは重要ではないわ。ラインガルド・オルドリッジ、貴方がここまで辿り着いたという事は、まだ"もう一つの可能性"が残っているという事ね」
「……どういう事だ」
僕はこの存在が恐ろしかった。
潜在的な恐怖心が湧いてくる。
裏の世界に生きてきて度胸もついた。だが目の前の存在は、そんな経験とは関係なしに怖れる存在なのだと感じていた。
『アルカナ・オルクスのウーゴは、アルフレッドとのカードゲームバトルの敗北を経験し、負けを怖れるようになった』
口調の変化と、身内の名前が上がったことにビクリとする。
『それを基点として彼の性格には臆病さが植え付けられた』
まるで脳内に直接語りかけられるように告げられる言葉。部屋の空気を振動するのではなく、耳穴に注ぎ込まれるような言葉の雪崩に僕は体が麻痺するように動かなくなってしまった。
「どうかしら。ダリ・アモールでウーゴからこんな言葉を聞いたと思うのだけど―――『デカいヤマ張るときはそれなりの覚悟ってもんが必要なんだよ』―――」
その言葉は確かにウーゴの言葉だ。
そしてそれを復唱してみせた女神ケア様の声も、ウーゴと瓜二つの声色となっていた。
「その言葉は盤石のウーゴの経験から来る言葉よ。でもアルフレッドがカードゲームに勝ったのも偶然ではない。事前にイザイア・オルドリッジとの十数回に及ぶ対戦でシャッフルしたカードが無ければ勝ち負けも逆転していたわ―――その意味では、この勝機はイザイア本人が切り開いたものかもしれない」
何を言っているのか僕には理解できなかった。
そう語る女神ケア様の瞳は、さらに大きくなった赤黒い渦に覆われて、瞳孔は既にどこにあるのか分からない。まるで目は開いたまま、どこか遠くを眺めているかのようでもあった。
『今回ウーゴが貴方を屋敷に送りつけたのもその植え付けられた恐怖心が起因した。その結果、貴方は一つの特異点としてこの日、この屋敷にいることになる』
「なにを……言っているんだ……」
「ふふふ、まだ可能性の話……なかなかどうして興味深いわね……。イザイアかエンペドか、勝敗はどちらに転んでも私は面白いのだけど、一つの可能性を不意にするわけにはいかない。勝敗の決まったゲームなんて眺めていても無価値だもの。最後まで"カード"は大事に取っておかないと―――」
事態が呑み込めず、混乱する僕とは相対して、女神ケア様は怪しく微笑んだ。まるで下弦の月でも見るかのように開かれる口元は悪魔の微笑のようにも見えた。
「さて私は貴方を匿う理由ができた。いずれここにいては見つかってしまうわ」
そう言うと女神ケア様は腕を前に差し出した。蜷局を巻く赤黒い魔力が徐々に手先へと伝わっていき、ゆっくりと僕の方へと向かってくる。それを僕は眺めることしかできなかった。憑りつかれたと言うべきか、体が麻痺して何もできなくなっていたのだ。
"―――良いものを見せてあげる。今日のメインゲストは貴方よ―――"
◆
死。
死。死。死。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。
―――それは呪詛の塊だ。
黒い呪詛の言葉に漬けられたその世界は、僕がこれまで見た中で最も悍ましいものだった。
老死。枯死。病死。
安楽死。孤独死。脳死。凍死。戦死。苦死水死異常死煙死斃死獄死衰弱死敗死圧死過労死偽死瀕死狂死暴死電撃死窒息死怪死牢死変死毒死夭死殉死腹上死突然死溺死轢死憤死焼死爆死喘息死即死刎死震死徒死窮死浪死経死門死…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
世界にはあらゆる死が蔓延っている。
魔力とは、それそのものが魂として伝わる輪廻の触媒だった。神が眺めるヒトの現生は死の乱立に他ならない。延々繰り返されるその無限は常軌を逸している。万華鏡でも見ているかのようである。それぞれの死の欠片はパズルのピースのように折り重なって車輪を創る。輪廻とは死の精製器。繰り返し濾過することで詳細に分類されて零れ落ちていく装置でしかなかった。
―――あぁ………これが………。
イザイアを殺す。
イザイアを殺す。
イザイアを殺す。
殺す。
殺す。殺す。殺す。
尤も、すべて消し去てしまえば、そんな無意義な死の輪廻も終わるだろう。
増幅した呪詛は気づけば僕の行動原理になっていた。
ただひたすら憎い。
殺してしまいたい、すべてを――――。
◆
再び現世に降り立った時には僕は別のモノに変わり果てていた。
夜の帳とそこにあるヒトの名残り。
広い庭園の暗がりの中だった。
ただそこに僕自身の"ヒトとして名残り"が残っていた。巻き角と短い巻き髪は恋い焦がれた存在。今度は女神と見間違うものではない。彼女はすぐ目の前に、知らない男と二人で寄り添い合っていた。
何があったのか、自分が何をしていたのか覚えていない。
だがその光景を見て、僕は異常な嫉妬心を感じたのは間違いなかった。
「アリ……サ………」
「………ラインガルド、くん?」
突き動かす衝動が、僕の内なる闇を解放し、体中を纏わりつくのを感じていた。
「ォォ………オオオ…………!!」
頭が割れそうだ。
吐き気もすれば倦怠感、脱力感が襲い掛かる。
そんな状態で突き進む。
四つん這いになって無様に。
まるで僕自身が黒妖犬になってしまったかのようだ。
僕は何者で、ここは何処なのか。
それを考える前に、突如として遭遇したその"女"を求めて飛び込んだ。
※ 次話からは主人公視点で祝典の話が数話続きます。
※ 今回の最後の場面は、時系列で言うと祝典当日の夜です。




