Episode94 二人だけの秘密
シアと一悶着あったものの、とりあえず今は落ち着いて2人でベッドに腰掛けていた。良いムードになったのはいいけど、本来の目的を忘れてはいけない。俺がオルドリッジの息子であることを打ち明けて相談しないと……。
俺は包み隠さず、すべてをシアに打ち明けた。
これまでの経緯を含めて、なぜ10歳時点からシュヴァリエ・ド・リベルタに入隊して冒険者をやっていたか。
オルドリッジ家に勘当され、野垂れ死ぬ経験をしたこと。
そこをリンジーに拾われたこと。
そこからの一年。
そしてルクール海岸に漂着した経緯も。
端折らずに詳細に話した。だいぶ長い時間話し込んでしまったが、飽きることなく、シアは黙って真剣に聞いてくれた。
もうこの子に何も隠していることはない。
聞いている最中、シアはぼんやりとしていた。
現実味のない話に思われただろうか。こんな魔族みたいな見た目の男が、人間の名門貴族出身であることは、突然明かされてもピンと来ないことは間違いない。だが、俺の心配とは裏腹に、シアの反応はしれっとしていた。
「そうですか」
その素っ気なさにこっちも呆れてしまった。
「驚かないのか?」
「うーん」
顎に手を当てて考え込むシア・ランドール。
一体なにを考えているのか予測不能だ。
でも俺は、そんなミステリアスなところにやられて好きになったというのもある。
「実はそうなんじゃないかという気がしていました」
「え?! まじかよ」
無表情な顔で、まっすぐ俺を見てくる。
どこでそんな予感を感じていたんだろう。
「うそです。本当は驚いてる」
「どっちだよっ」
「実は、という下りを言ってみたかっただけです」
「……」
もうこのやりとりにも慣れたものだ。
鬱陶しいと思うときもあるけど、彼女なりに会話を楽しんでるんだろう。
そういう所すら好きだと思えてしまうんだから、俺も相当この子にやられてる気がする。
「変な人だと思ってたけど、まさか貴族の隠し子だったなんて」
「隠し子……になるのか? でももう居なかったことにはされてるみたいだ」
「なんだか安心したかもー」
「どういうことだ?」
「アイリーンさんの事と言われたときはてっきり……」
「てっきり?」
「てっきり………てっきりです」
「てっきりなんだよ」
「てっきりてっきりてっきり」
「だから、なんだ」
「てっきりと言い過ぎて、てっきりがどういう意味だったか忘れたー」
誤魔化しやがって。
心なしか頬が赤い。
嫉妬心でも感じてくれたんだろうか。
「まぁそういうわけだから、アイリーンと行きたいのは両親に一回会いたいと思ってのことなんだ」
「ご両親とお会いしてどうするつもり? 復讐でもしにいくのですか」
「え……?」
その言葉は意外だった。
親の愛というのを知ったシアだったら、俺のこの感情も理解してくれると思ったものの「復讐」という物騒なフレーズが出てきて驚いている。
「どうって……会ってみて、どうして捨てたのか知りたくてな」
「ふーん」
「なんだよ」
「私だったらそんな両親とはもう二度と会いたくないです。あるいは、会ったとしても一回言いたいこと言って、仕返しくらいは考えます」
俺の思考回路がおかしいのだろうか。
シアに言われると自信がなくなる。
「でもロストさんが言うなら止めません。アイリーンさんとパーティーに行っても文句ないです」
「本当か?」
「ただ、2つ、提案をさせてください」
そう言うとシアは、機敏にベッドから腰を上げると、サイドテーブルの引き出しから一枚の紙切れを取り出した。それを俺に手渡す。その紙はどうやら冒険者ギルドのクエスト依頼のようだった。シアはナンシーさんのお手伝いでコンラン亭で働いているが、そこに併設された冒険者ギルドの受付からもらってきたもののようだ。
その手渡された紙にはこんな依頼が書かれていた
―――――――――――――――――――――――――――
【臨時のヴィオラ奏者を募集中です】
来るオルドリッジ式典を一緒に盛り上げましょう!
(※音楽知識のある方のみ)
雇い主 : メルペック教会バーウィッチ支部
(代表 オージアス・スキルワード)
期間 : 聖暦×××年 冬の初侯月 15日目
オルドリッジ式典時
(事前の練習期間とセッションも含む)
年齢 : 不問
能力 : 楽譜の読解ができ、楽器演奏経験者
給与 : 練習期間含め、日給5,000G
募集人員 : 5名
待遇 : 祝典用正装とヴィオラの貸与。
問い合わせ: 冒険者ギルドバーウィッチ支部
(事前説明会にご案内します)
―――――――――――――――――――――――――――
来るオルドリッジ式典……。
っていうのは間違いなく、兄貴の誕生日パーティーの事か。
「これはもしかして……」
「アイリーンさんと一緒ではなくても、オルドリッジさんの館へ入る方法はあります」
「なんでこんなものを持ってたんだよ」
「最近楽器にハマってるロストさんですから、興味があるかと思って」
アイリーンの話を聞く前から確保しといてくれたのか。
あれだけ拒まれていたのに、オルドリッジ屋敷に入る方法が
「私も……結んだ後すぐに他の人に貸すのは癪なので」
「結んだ後に貸す……?」
「とにかくロストさんが同じ会場にいる事には変わりません。これで我慢してもらいましょう」
そういうことか。
アイリーンはオタク系の貴族男子とは結婚したくないというのが本音だ。俺はあくまで演奏者として参加して屋敷に忍び込む。そして同時にアイリーンに変な男が寄り付かないように目を見張るから婚約者役は勘弁してほしいという事か。
このヴィオラの奏者に抜擢されるかどうかは別として、そういう姿勢を見せてほしいという事かな。確かにこれならリンジーも文句言わなさそうだ。アイリーンのお願いを全部受け入れるわけではないんだし、さらにはこうしてシアとちゃんと付き合っていく姿勢も見せているんだから。
俺はシアの提案を呑むことにした。
「わかった。これでアイリーンに話してみるよ。俺も彼女の隣に並びたいというわけじゃないし」
その言葉を聞いて、シアも満足そうに微笑んだ。
久々に素の笑顔を見た。
やっぱり優柔不断な態度はよくない。
こうして女一人幸せにできたらそれでいいじゃないか。なんだか肩の荷が下りるようで気が楽になったと同時に、もっと大事にしていきたいと思った。
「そういえばあともう一つ、提案っていうのは?」
「……これはただのオネダリです。私からの」
「何なりと」
拒む理由はない。
多少の無茶なお願いでも聞こう。
俺のことを思ってくれるシアのお願いだ。
何より優先するべきものだ。
「2人だけの秘密にしてください。ロストさんが貴族の家の子どもであることは」
2人だけの秘密。それはつまりアルフレッドやリンジー、リナリー、ドウェインや、アイリーンたちにも言わないでほしいという事か。今晩話し合ったことは、俺とシアの間だけの秘密にしたいとそういう事だろう。
それで何かデメリットはあるだろうか。俺がオルドリッジ式典に演奏家として忍び込めば、リンジーも俺のことを悪く思わない。そもそもシアがそう提案してくれた事だ。アルフレッドやリナリーも何とも思わないだろう。アイリーンも……むしろ知らない方が良さそうだ。
それ以上の意図が隠されてるのか?
「いいけど、秘密にする意味は?」
「なんとなくです」
「なんとなく……まぁいいけど。じゃあ、この事は2人だけの秘密だ」
「はい」
シアは何処か嬉しそうだった。
○
そしてお嬢様襲来の日。先日と同じように目の前のソファにアイリーンが座り、そして背後にはリオナさんが立ち尽くしている。隣にはシア――俺の恋人だ。ダイニングにはリンジーが目を光らせながらリナリーと遊んでいた。
「―――というわけで俺は奏者として裏方で兄……アニ……アニー……えー、アニバーサリーを盛り上げることにするよ」
俺はその冒険者ギルドからのクエスト依頼書をアイリーンの目の前に提示してそう告げた。
「なんでそうなるのよっ」
「だから説明しただろう。さすがに婚約者としては無理だ。こんな風貌だし」
俺は襟を捲って、頬から右肩、右腕にかけてのタトゥー模様を見せた。この模様は人間族から見たら柄の悪い野盗か魔族にしか見えない。それを正装で覆ったとしても滑稽でしかない。
「リオナに任せればそんな模様隠せるわ」
そういえば一度、楽園シアンズに潜入したときは化粧して女装させられた過去がある。我ながら懐かしみたくない黒歴史だ。
「……それに俺は社交ダンスなんて踊れないし」
「練習すればっ」
「あと貴族の立ち振る舞いもよく分かってない。もし不審な動きして追い出されでもしたら、アイリーンの顔に泥を塗ることになる」
俺が捲し立てるようにいくつか理由を連ねて断りを入れても、まだアイリーンは諦めないようだ。それに痺れを切らして口を挟んだのは言うまでもなくリオナさんだった。
「アイリーンお嬢様、ジャック様もご迷惑されてます。私はとてもいい提案だと思います。同じ会場でお嬢様を守って頂けるのですから。これほど心強い味方はいません。ジャック様の見張りの目があれば、もし多少の揉め事があっても、無事に式典への参列も終わることでしょう」
リオナさんが助け舟を出してくれた。
それを聞いてアイリーンも目を伏せて、眉間に皺を寄せていろいろと考えあぐねていた。
「わたしのことを護ってくれるのね?」
「まぁ変な男が寄ってくるようなら……」
婚約者、恋仲には慣れないとしてもアイリーンは仲の良い友達だ。
困るような事態があれば戦力として動くのは当然。
「……わかったわ」
機関銃みたいな我儘少女だったアイリーンも、大人になってくれたようだ。今回はタイミングが悪いけど、落ち着いたときにちゃんとシアとの事も伝えておこう。それが礼儀ってものだ。今、このタイミングで伝えでもしたら落ち込むか暴走して強行に走るかのどっちかだろう。物事にはタイミングってものがある。
遠くから事態を見守るリンジーも満足げに頷いていた。
良かった良かった。
全員納得の上で俺はオルドリッジの屋敷へ向かう。
万事順調だ。
何か引っかかるものがあるけれど。
果たして怪しい風貌かつ楽器経験がリュートとマンドリンしかない俺が採用されるか心配だったが、演奏隊の一員として認められることになるのである。
そして、またしてもお久しぶりのヒトと再会を果たすことになる。
それも、メドナさんの言う"運命"ってやつだったのかもしれない。




