Episode93 恋の決断
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シア・ランドールは恋をしていた。これまで同世代の男の子と会話する機会が少なかった彼女にとって、それはとても不器用すぎる恋だった。
言うまでもなく、その相手というのは名無しの英雄の事である。
ジャックと呼ばれたり、ロストと呼ばれたり、はたまた別のところではお兄ちゃんと呼ばれている統一感のない青年だ。
その彼との出会いは思い返せば恥ずかしいほどにドラマチックだったとシア・ランドールも認識していた。まだ小さい頃、孤独なままに海岸を散歩していたシアの前に、漂着して呼吸もしていない少年が現われた。その時にキスまで済ませている。
当初は落ち着いた口ぶりのその少年に違和感を覚えたシア・ランドールだったが、その違和感は次第に興味へと置き換わり、共に行動する事が多くなっていた。
しばらく付き合っていると、その少年の異常性にシアもおかしいと気づいていた。
名前も記憶もなければ、何よりその少年には欲がなかった。
抜け殻のような子かと思った。だがそれも違う。人が傷つく事を怖れる心優しさも併せ持ち、さらには傷つける存在を徹底的に嫌うという不屈の意志も伺えた。
その反面、恐ろしいまでに自分自身が見えていない。顧みずなその行動原理は聖人というよりもむしろ、人の願いをくみ取るだけの機械のような存在にも感じられた。
そんな異常な彼を、シアは面白がって敢えてそのままにしていた。
少年の行動を見て自分だったらそんな場面でどう行動するのか、その比較検証をすることが家族も失って孤独だったシアの気を紛らわせる1つの楽しみになっていた。
意外にも、その少年の行動は、自分自身の行動欲求と共通していた。―――否、シアが"こうありたい"と願う事を平然とやってのけているだけだった。
普通であれば自尊心が邪魔して出来ない事、だけれど出来たらいいなと思える事。
それを実行しているだけだった。不思議とその姿が、理想的な人であろうとするその姿が、とても魅力的に映ったのである。
――――いつからだろうか、それが恋というものだと知ったのは。
シア・ランドールにも違和感があった。
これまで他人同士のやりとりに特に嫌悪感を抱いた事はない。
冒険者の街では喧騒や罵倒が絶えない。そんなものでさえ嫌悪感を抱いたことなどなかった。他人の揉め事に意識を傾けるほどの余裕がなかったのかもしれないが、それでもだ。
その男と他の女性が話す事に、妙に嫌悪感に似た感覚を覚えたのだ。
そのやり取りに口出しして遮りたくなる、仲介を挟みたくなるという衝動が芽生えていた。
行く宛てもないシア・ランドールは、その彼と長い間行動を共にする決意をした。それは云わば、依存の類だと指摘されても仕方ない。だが、その青年から目を離せずにいた。
そうして連れてこられた彼の故郷―――当時の冒険者パーティーの元アジトへと居候することになり、年上の女性に相談する機会を得たシアは、その自分の感情をすべて伝えてみた。
相談相手はリンジーである。
結婚もして子どももいる。
いろんな経験をしてきたに違いないと、シアは尊敬の念を抱いていた。
何気ない家事手伝いの最中に唐突にその感情を伝えてみた。
「うんうん、それは恋してるってことだよ」
「恋……ですか」
「他の子と話していて嫌だっていうのは間違いないね」
「そうですか。気のせい……ではなくてですか?」
その言葉は彼女が母親から掛けられた魔法の呪文である。
辛い事、苦しい事があっても「気のせい」と思えばやり過ごせる。
でもそれはシア自身の様々な感情を紛らわせる1つの呪いとしても機能していた。
気のせい気のせいと考えるうちに徐々に感覚鈍麻となり、感情的になる事を逸してしまったのである。
「気のせいなわけないよっ」
「!」
「そこまで想ってるのに……。シアちゃん自身も気づいてない方がおかしい」
「そう、ですか……」
そのリンジーの断言に、シアもだいぶ救われた。
悩みがすっぱり取り払われたのである。
この感情が恋であれば、いろいろと納得いくことがある。
それならばこの感情をどうすればいいかと、シアはついでに相談した。
「うーん……ジャックはあぁ見えて欲張りさんだからなぁ」
「欲張りさん?」
その感想は、シアの思うものと真逆だった。
青年には圧倒的に欲がなさすぎる。
そう考えていた。
「なんでも一人で抱え込んじゃうの。昔っからね。手に負えないことも……多分、自分の手すら見えてないんだろうけど。私も何度も無理しないでって言ったんだけど、ジャックの場合は逆だったみたい」
「……?」
「あぁいや、ジャックはね……なんていうのかな」
リンジーは歯切れ悪そうに、その青年のことを何とか表現しようとしていた。過ごした年月では一年にも満たないが、それでも世話役として濃い一年を過ごしたと自負している。だから青年のことを理解しているようだった。
「無理を、したいんだと思うの」
「……変な人です」
「だよね。自分を追い込んで、追い詰めて、そうやって頑張ってる自分が理想の姿なんだと思う……傍迷惑な時もあるけどね。でも立派だよ。あの意志はホンモノだと私も思ってる。だから、そこを支えてあげればいいんじゃないかな」
「最近はリナリーさんのことばかり構っているみたいですが?」
「あははー、弱い存在ほど守ってあげたくなるんだよ。シアちゃんはしっかりしてるし、それで構ってもらえないのかも。一回弱いところでも見せたらイチコロじゃないかな? 客観的に見て、ジャックもシアちゃんの事、相当気にしてると思うよ」
「ですか」
「うんうん。私もそれとなく聞き出してみるよ」
頼もしい存在が味方についてくれてシアもほっと胸を撫でおろした。
どうにかしたいと考えるだけ、面倒な感情だとも思う。
でも、初めてのこの恋という感情、大事にしたいというのがシアの本音だった。願わくば、その青年に大切にされたい、悩みや苦痛を共有したい、全てを知りたいと、そんな乙女心すら抱いていた。
さらには、2人だけの秘密を作りたい、とも……。
□
アイリーンから婚約者役を頼まれたその日の夜の事。
俺は自室で一人、悩んでいた。
依頼は引き受けたい。
それは極めて自分本意な理由からだ。
オルドリッジの屋敷に入れる。父親と母親に再会できる。
それは俺が迷宮都市でシュヴァルツシルト親子の姿を見てから自然と降って湧いた願いだ。だが、アイリーンと関係が進むような事をするのは望んでいない。
ましてやシアも、リンジーも、良い顔をしない。
俺の優柔不断な態度に苛立ちを感じるだろう。
だからその誤解を解くためにはその理由を伝えるべきだ。俺がオルドリッジ家の屋敷に行きたい理由―――つまり、俺がイザイア・オルドリッジの息子であることを。
一日冷静になって考えを巡らせてみたが、この隠し事を今更になって公開する事で発生するデメリットを挙げてみた。
1.実は魔法が使えるんじゃないかという誤解。
俺が今までずっと魔法が使えることを隠し持っていたと誤解される可能性がある。オルドリッジといえば、言わずと知れた魔術師名門家系。俺が魔法を使えるのを黙っていたと不審に思われる可能性。………いや、ないか。リンジーなんて俺がマナグラムの測定値で魔力0という事を確認しているし、シアとも死地を共にした長い付き合いだからそんな事で不審に思われるはずがない。
2.噂が広まりに広まる。
オルドリッジの息子がこのアジトにいることが世間に知られて、金目当てで押し寄せる野盗がくるとか。誘拐拉致を目論む輩もいるかもしれない。あるいはオルドリッジに恨みを持った同じ社交界の人間に暗殺者を仕向けられるとか。そしてアルフレッドやリンジーに迷惑がかかる。
またアイリーンが俺が貴族であることを知ってより結婚を迫る可能性もあるかもしれない。
大きく分けて2つくらいか。知った仲間がどう思うか、公開して広まった場合どうなるかという切り口で考えてみた。
でもどっちも可能性は少ない。
そもそも信じてもらえないかもしれないし。
それで、次に伝えるタイミングだ。
決めたからには早い方がいい。
何なら今日にでも……。
でも、どのタイミングで伝えるか。
夕飯を食べているとき?
夕食の席で「みんな、実は俺はオルドリッジ家の息子なんだ」って?
信じてもらえないだろうな。
そもそも全員に言う必要はあるだろうか。
シアとリンジーの2人くらいでいいかも。
アルフレッドやリナリーが知る必要はない……かな。
でも同じ屋根の下で住んでる者同士、些細なものならともかく、大きな隠し事ってのは一部が知ってて一部は知らない場合に仲違いが発生する事もある。一斉に言うより、一人一人の方がいいかな。
考えれば考えるほど、決断が鈍る。
とりあえず全体に話すかどうかも含めて、一番信頼している誰かにすべてを打ち明けた方がいいだろう。
―――俺が一番信頼している相手。
シア・ランドール……聡明な彼女なら。
…
みんなが寝静まる夜更け。
俺はシアの部屋に訪れた。
ノックをして返事が来るのを待つ。
「誰ですか?」
「俺だ」
「誰でしたっけ」
「ロストだ! 名づけ親にすら忘れられるとは思わなかったぞ」
「あら、名前に統一感のないロストさんでしたか」
「そうだ」
「もうその名前すら忘れられたかと」
「うん……正直、俺も呼び名が2つあることに違和感ある」
「ジャックさんと呼んだほうがいいかしらー?」
「いや、ロストでいい! こっちの方が気に入ってる」
「……ふーん」
「ところでいつまで扉越しに会話するんだよ。入ってもいいか?」
「実は今の私は全裸です」
「なに?!」
「今入ってこられると大変なことになるー」
「じゃあ、早く服を着ろ!」
という、やり取りのすぐ直後に、着替える時間もないほど間髪入れずに扉がガバっと開いた。
「お、おい! 全裸じゃないのかっ!」
俺は身の潔白のために腕で視界を遮った。
この目の前には全裸のシア・ランドールが?
「ふっふっふ、ほんとに全裸だと思った? 残念、普段着でしたー」
腕を下げて、その姿を見納めた。
特にお着替え中というわけでもなく、本当にいつものシアだった。
ハーフパンツで細い太ももを曝け出し、緩めのチュニックを着ている。アイリーンと比べると地味な服装だけど、シアの目立つ青い髪や琥珀色の瞳にはこの地味な感じが異様に似合っていて、雰囲気にもマッチしている。
「服着てるなら普通に開けてくれよ! なんだこの茶番はっ」
「全裸の私が中にいると知った場合にロストさんがどうするのか気になって」
「そういう人のことを試すような真似はやめてくれ……」
俺はいつも通りのくだらないやりとりの後にシアの部屋にお邪魔した。
ここは確かリベルタが現役だった頃にリズベスが使っていた部屋だろうか。壁には弓をかけるフックがついていて、シアもそのままそれを使わせてもらっているようだ。部屋は蝋燭の火で照らされていて、少し薄眩かった。
「よっ、ロスト!」
「そういえばお前もいるのか……」
こないだも負け戦を披露してくれたサラマンドが蜥蜴の姿で、平然とベッドの横のクッションの上で寛いでいた。
シアのペットだからシアの部屋にいて当然か。
だがあまりサラマンドには今回の事は話したくない。俺はこいつの事を最近ちょっと可愛げのある奴だと思えてきているが、全面的に信用しているわけじゃないし。
「シア、悪いけど今日は大事な話をするから、サラマンドはどっかへやってくれ」
「……はーい」
シアはちょっと考えた後、俺の真面目なトーンを察してくれたのか、不審がることなく返事をしてくれた。そしてサラマンドが寛ぐクッションへ足を運び、しゃがんで声をかけた。
「サラちゃん、すみませんけど」
「おい、なんだ。俺様の重い腰を浮かせるほど大事な話か?」
自分で重い腰とか言うなよ。
サラマンドは俺たちのことを茶化してるようだ。話した事はないけど、もしかして年長者の勘で、俺のシアに対する気持ちを察しているのかもしれない。
「ったく、仕方ねぇな……いよっ、若いね、お二人さん。ひゅーひゅー」
「お前はおっさんかっ!」
赤トカゲはのっそりと腰をお越し、のそのそと出て行った。
どこへ行ったか知らないけど、どうせ居間の暖炉の方だろうか。
とにかく暖かい……むしろ暑いところへ行きたいらしい。
…
シアは扉をゆっくりと閉め、俺へと振り返った。
「それで、なんでしょう?」
蝋燭の明かりがシアの琥珀色の瞳に反射して揺らめいているのが見えた。
この子には隠し事はできない。
「実は、打ち明けたいことがあるんだ」
「……ふーん、そう」
シアなら信頼できる。
俺は躊躇せずに、本題に入ることにした。
「今日のアイリーンのことだけど」
「……アイリーンさん?」
心なしか、シアの表情が曇った気がした。昼間も良い顔をしていなかったけど、あんまりアイリーンのこと好きじゃないのかも。でもまずはそこから話をしないといけない。依頼を受けようという気持ち、その後に自分の出生の秘密。
「俺は……アイリーンと一緒にオルドリッジの式典に行こうと思ってる」
「………」
特に返事はない。曇った表情がより曇っていく。
彼女にしては珍しく、眉間に皺すら寄っているようにも見える。
頭の中で考えているようだが、今日のシアは攻撃的だった。
突っ返すように、キツい敬語で問い詰めてきた。
「何故ですか?」
「え……」
「何故、いく必要があるんですか?」
「だからそれは―――」
「アイリーンさんの婚約者役をやることが嬉しいんですか?」
矢継ぎ早に、思いがけない事を口にされて俺は一瞬、思考が停止した。
「いや……そんな事は……」
「アイリーンさんはとても綺麗ですね。私も思います。貴族のお嬢様ですし」
「それは関係ないだろう!」
「関係ない? では何処がいいのですか? スタイルもよくて胸も大きい所ですか?」
「ちが……そういう話じゃなくて」
こんな支離滅裂なシアは初めて見たかもしれない。びっくりするほど感情的。というか、昼間もそうだったけどシアはやっぱり胸のこと気にしてるのか。
「ではどういう意味ですか。あえて私とここで2人になって、アイリーンさんの事を話すのは、どういう意図があるんですか?」
普段は心地が良かったシアの丁寧な言葉が、今じゃ鋭い刃のように俺の心を抉ってくる。
この言葉の数々は俺に対する攻撃だ。
「………」
「アイリーンさんは素晴らしい女性だと思います。綺麗ですし、スタイルも良いですし、お嬢様で、身分もあって、お金持ちで広い家も持っていて、侍従の方もいれば馬車も持ってますし、それに一途で積極的でちゃんと気持ちも伝えられて、ジャックさんに優しくしますから……!」
繰り返される言葉の刃に、俺は冷や汗が出ていた。
これはシアがずっと溜め込んできた思いなんだろう。
吠えるように、シアはその心情を叫んでいた。
目元は涙を浮かべている。
こんな感情的なのを見たのは初めてで衝撃的だった。
―――そんな態度でいたら、女の子に失礼だぞっ。
リンジーの言葉がまたしても頭に響く。
曰く、シアは絶対俺のことが好きだろうとリンジーも言っていた。
それを考えた上で振り返ると、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「私には……私には………そんな良いところ、何一つも………」
ありはしない、と。
そう言いたいんだろうか。
そんな事はない。
そう思ってるなら、俺がシアの良いところをいくつだって挙げてやろう。
シアは震えていた。一通り、言い終えた後でもまだ興奮しているようで、ガタガタと体を震わせて目も虚ろだった。
俺はその体を無意識に抱きしめた。どうしていいか分からなかったというのもあるが、その異常に震えた体をなんとかしてあげたいと思って抱き締めた。小さくもしっかりと温かみを持った体が俺の胸の中に納まった。だいぶ小さな体だ。出会った頃は同じくらいの背丈だったはずなのに、いつのまにか俺ばかり大きく成長してしまったようである。
「……な……なんですか……」
なんですか?
俺も思考が停止してしまって、分からない。
この状況で気の利いた事言えるスキルなんて無い。
なんですかと問われて、自分が今何してるかなんて説明できない。
でも感情なんてそんなものだと思う。
「……私が泣いて興奮しているのを止めようとしたんですか?」
「……いや」
そういうわけじゃない。親切心で、泣いている人がいれば助けるといういつもの救世衝動でこうしたわけじゃない。だったらなんだろうか。
そんなの決まってる。
「好き……だから」
言ってしまった。
言ってしまったぞ、俺は。
いや、むしろここで言えなかったらもう言うタイミングないだろうくらいのタイミングだった。だから後悔はしない。これでもし拒絶されても絶対に後悔はしない。リンジーからも助言されて、シアが俺のことを好きな可能性が高いという事前の確証を持っている当り、ズルいと言われるかもしれないけど、でも関係を先に進めるというのは凄い勇気がいるもんだ。その勇気を讃えてもらいたいくらいだ。
「…………今なんて?」
「シアのことが好きだからこうしてる……多分」
「多分? 多分とはどの"多分"ですか」
「かなり確率が高い方の多分」
「それは本当にそうだという時に使えるやつです」
「あぁ」
この感情はずっとそうだった。それこそ迷宮都市に辿り着き、色々と助けてもらっていた頃からずっとな。ヒガサ・ボルガをプレゼントした時にはもうその気持ちは明確に俺の中にあった。
俺は言ってしまったというハードルを越えて勇気が出て、半ば自暴自棄になった。
「いや、むしろこれは確定的に好きだ。俺はこの先どんな事があってもシアだけは大切にしていきたい。世界中の誰よりもな。それは他の人にはない特別な感情だと思う。そういう次元の、好きっていう感情だ」
「………」
勢い余って余計な事まで言ってしまっただろうか。
心臓がバクバクと高鳴る。時間がすごくゆっくりに感じられた。
別に能力を使ったわけでもないのに、時間制御を使ったときのように。
この心臓の高鳴りも、俺の胸にすっぽり収まったシアには伝わってしまっているんだろうな。
そんな事を思いながらその子の事を俯瞰していると、突然ぐわっと見上げてきた。
しかも真顔で。
さっきみたいに感情的になるでもなく、恥ずかしそうにするでもなく。
「……では、キスしてください」
「ええっ」
突拍子のないいきなりのおねだりに俺もびっくりした。
シアってそんな積極的なキャラクターだったか?
精神的なアドバンテージが、シアの方へと流れていく。
「嫌なの?」
「嫌じゃない……けど……それはつまり……恋人として……」
「はい」
シアの言葉には何の迷いもなかった。
とても堂々としていた。
「実は既に私からしたことがあります」
「それって一体いつのことだ?」
「ロストさんが海岸に打ち上げられていた時」
「そんなのキスに入らないだろ」
「私がそうだと思えば、そう」
「はぁ……」
自然とシアは目を瞑った。何か示し合わせたわけではないけれど、唇を少し上に上げて俺のことを待っていた。その素振りがやけに現実的で、俺はようやく今本当に良いムードの中にいるのだと客観的に見えた。
既にしたと言われても、俺にとっては初めての唇と唇を重ねるキスだ。そんなものうまく出来るか分からない。でもここで失敗するわけにはいかない。俺ももう立派な男だ。それくらいやってのけてこそ男。ここでシアに恥をかかせるわけにはいかない。
―――俺はその小さな唇に、被せるようなキスをした。
最初にしてはうまく出来たと自負したい。顔を近づけたときにその綺麗な肌の造形にあらためてびっくりした。吐息がかかってきたときには頭がおかしくなりそうだった。
でも、何とかやりきってやったぞ……。
どうだ、俺だってこれくらいのことは……。
「………」
「終わりですか?」
「え…………ッ?!」
次の瞬間、今度はシアの方から俺の唇を求めて顔を近づけてきた。何度かキスを迫り、その度に柔らかい唇が俺の唇を濡らしてくる。その勢いに遠慮なんてなかった。
激しく求めてくる様は、シアの別の一面が見れた気がして嬉しかった。
嬉しい反面、なんだか……さっきの俺の初めてが情けなく思えてくる。
俺も負けじとその呼吸に合わせて激しく唇を重ね合う。
―――こ、これはまさか最後まで……というパターンか?
邪な感情が湧く。さっきの軽いキスもあまりにも純粋過ぎた。これくらい激しく求めてくるんだから、シアもそれを望んでいるのかもしれない。そうだとしたら、ここでキスだけで終わらせるのも恥をかかせるってものだ。
という結論に至った。
「きゃ……!」
俺は、その小さな体を抱き上げて、シアをベッドへと押し倒した。
やり方なんて知らないけど、知識はある。
イメージトレーニングもしっかり出来てるからな。
あとはこの小さな体にどういう形でアレとアレとを―――。
「おぁあっ!」
その瞬間、血が完全に沸騰しまくっていた俺の頭に、熱冷まし宜しく突風がぶち当たった。
そのまま床に仰向けで盛大に倒れる。
どうやらシアが風の魔法で俺の身体を吹き飛ばしたらしい。
とんでもない威力だ。
「……それはまだ早いです」
「……ですよね」
タイミングとはよく分からない。
まだ早いということはいつかは良いという事か。
いつだろう。
まぁ、これで晴れて恋仲になったのだから、近いうちには必ず――――。
そういえば、俺がこの部屋にきた目的って何だったかな。
突風の衝撃で冷静になった俺は、本題のことを思い出した。




