Episode91 戦士の第一歩
「フレッド、今日は俺も朝錬についていく」
わざわざ朝早く起きて、玄関で待ち伏せ。
アルフレッドとリナリーの朝の鍛錬、略して"朝錬"に参加しようと思う。
リナリーの見送りと剣術の稽古だけだと体が鈍る。
俺の身軽な服装――上裸に動きやすいタイトな穿き物姿、太ももには仕込みナイフ。そして右腕から肩口までぐるぐると乱雑に巻かれたアーカーシャの系譜。解放の準備も万端である―――その格好を見て、アルフレッドもリナリーも目をきょとんとさせていた。
赤毛の親子が並ぶと目立つ。
「そりゃ構わねぇけどよ……お前、武者修行にでも出るつもりか?」
「変かな?」
「変じゃねぇけど、気合い入りすぎっていうか……ただの走り込みにそんな物騒な姿でいくのか? それに寒くねぇ? 見せびらかしたいのは分かるが、せめて上も着ろよ」
アルフレッドが俺の胸筋から腹筋までを眺めてから、腰に手をついて呆れたように言った。
「うおー、パパと同じっ!」
そしてリナリーにペタペタと腹筋を触られた。
ふっふっふ、迷宮都市で鍛え抜かれた俺の身体に見惚れるのも無理はない。俺は自然と腹に力を込めて腹筋アピールをした。
「あぁん? ジャック、テメェ……俺の腹筋と勝負してぇってのかよ」
パパとしてのプライドを擽ってしまったようだ。
アルフレッドが嫉妬してる。
「ふっふっふ、上等だ!」
俺はそれに対して自信満々に言い返した。
「おっ、生意気じゃねぇか! この俺を誰だと思ってやがる! おらぁ!!」
アルフレッドはシャツを脱ぎ捨てて筋肉を見せびらかしてくる。
さすがリベルタの元リーダー。
肉体共々まだ現役なようだ。
相変わらずのバッキバキの筋肉が露わになった。
だが俺も当時の10歳の頃と比べたらだいぶ成長した。
「ふんっ――!」
さらに力を込める。
俺も負けじと割れた腹直筋を見せびらかす。
「すごいっ! すごぉーい!」
リナリーは相変わらず興奮していた。
どうだ、リナリー。パパの筋肉に勝るとも劣らない俺のこの筋肉は。
頼もしかろう。
「お前の筋肉は貧弱なんだよッ! 一回太ってから出直してこい!」
俺が悦に浸っているのが我慢できないのか、アルフレッドは俺に近寄り、腰のあたりをつねってきた。どうも、体幹の細さが気に食わないらしい。確かにアルフレッドと比べるとまだ幅が足りない気がする。いくらガチガチに鍛え抜かれても、程よい幅がなければ貧弱にも見えるかもしれない。
あと肩幅と胸板だな。
アルフレッドと比べても肩幅と胸板が足りない。
理想は逆三角形の筋肉美を目指そう。
○
朝錬は一通り終わった。
さすがにリナリーもいるから、そんなにハードなものじゃない。軽いジョギングと筋トレをして、俺とアルフレッドだけ回数を多めにやる。汗を拭いて、庭先で少し体をほぐしながら休める。
だが、俺にとってはここからが本番だ。
「なぁ、フレッド。久しぶりに組み手でもやらないか?」
「おぉ? 筋肉だけにとどまらず、俺の拳と張り合おうってんのか?」
「まぁそんなところかな」
アルフレッドと闘ったのはあの日一度限りだ。俺が半年間も行方不明になってからここに帰ってきて、本気で闘ったあの時以来。
「上等じゃねぇか。俺もジャックがどんくらい強くなったのか見たかったところだ」
「組み手っていっても俺は本気でいくよ」
「あぁ、いいぜ。だが、スレッドフィストと加速は禁止だ。あくまで素の拳でやろうや」
「オッケー」
アルフレッドは二つ返事で了承してくれた。俺とアルフレッドは何回かのストレッチをして、庭先の草原に歩いていった。
ある程度の距離を空けて対峙する。
合図はリナリーが行う。
「パパがんばってーっ!」
「パパが負けるわけねぇだろう!」
リナリーに向けて高らかに拳を振り上げるアルフレッド。
「お兄ちゃんもがんばれっ」
「任せとけ! お兄ちゃんが強いってのを見せてやる」
カッコつけたいわけじゃない。
でもこれは俺の戦士としての道を歩む第一歩だ。
かつて最強と言われた冒険者パーティー、シュヴァリエ・ド・リベルタ。
そのリーダーだった男とどこまで張り合えるのか。
自分が特殊な能力に頼らずにどれだけの戦闘力があるのか。
見極めたい。
「よういっ!!」
リナリーの幼い声が草原に響き渡った。
俺とアルフレッド、ともに拳を構え合う。
俺の拳闘術はこの男から教わったものだ。つまり小難しい戦い方なんて必要ない。拳のパワー、動きのキレ、そういった単純な実力がこの勝敗を決めるだろう。
目の前のこの威圧感のある男。
大きい男だ。図体も、その存在も。
でも、戦士として歩んでいくと決めた以上、アルフレッドを超える猛者が山ほどいるはずだ。―――だからこそ、これは俺の第一歩。
この男と張り合えなければ、これから戦士として通用しない。
「すたーとっ!」
バトル開始の掛け声が耳に届く。
―――刹那、その大きな男は駆け出した。
真正面から。
騙し討ちなんて必要ない。
真正面から叩き潰すという意志が、その突進から伝わってくる。
その強勢は、彼のパワーをひしひしと伝えてくる。
実測も速いだろうが、それ以上に迫り来る体躯はもっと速く感じられた。
二歩三歩。
距離があと少しのところで、踏込みが強くなる。
俺も応戦のために前面に踏み込んだ。
「うぉぉらぁああ!!」
アルフレッドは振り被ったその拳を、俺の顔面へと叩き込む。
速い。
そして重たい。
俺はその重たい一打を両腕をクロスさせて受け止め、振り払った。猛攻しか考えていなかったのか、アルフレッドは右拳を後方まで吹き飛ばされたことに驚いた顔をしている。
「……このっ!」
そこにお返しの右ストレート。
顔面に仕掛けてきたんだから俺も同じ部位を攻めてみる。
―――しかし、それは罠だ。
俺は知っている。
アルフレッドはブラフやハッタリが得意だ。
彼の左拳が下から迫っていた。
ちょうどそこは死角。左脇腹へボディブローをいれようという算段のようだ。咄嗟に右ストレートから肘を曲げて、エルボーへと切り替え、その左拳を叩き落とす。
「………チッ……」
舌打ちが耳に届いた。
やはり狙っていたようだ。俺はその払いでガラ空きになっていた喉元へアッパーカットを仕掛ける。だが、それも右腕で払われた。
「くそっ!!」
態勢を崩しながらも、俺は左腕でボディブローで攻め込む。
それも防がれる。アルフレッドも容赦なしで、屈みこんだ俺の顔面めがけて、膝蹴りしようと脚を突き立てた。
「うあ―――ッ!」
速い。
時間を加速していない状態では対処しきれない。
俺はまんまとその膝蹴りが顎に直撃してしまった。
「ってぇ……!」
ダメージを負って、気勢が上がる。
俺は仰け反る体をそのままに、後ろに倒れながらもバク転し、サマーソルトで蹴り上げた。その蹴りが見事にアルフレッドの頬に喰い込む。
「ぐっ」
ここまでの一連の動きでほとんど時間なんて経っていないかもしれない。
でも凄くゆっくりに感じた。
そこから俺は体を反転させて右足で回し蹴りの動作へ。
しかしそれは左腕でガードされ、そのまま膝の皿を割る勢いで拳でハンマー打ちされた。脚は落とされ、動きが鈍る。
「隙ありだぜッ!!」
そこにアルフレッドの鋭い打槌――ボディブローが襲い掛かる。
だが、寸前で何とか回避。
体をそのまま重力に預け、地面に両手両足をつけた。俺は続けざまに、低い体勢から足払いをした。これは見事にクリーンヒットし、アルフレッドも支えを失って体が横向きに倒れた。
「うっらぁあああ!!」
その隙だらけの体へ続けざまに蹴りつける。
その蹴りは丁度良く、アルフレッドの腹に食い込んだ。
アルフレッドは後方へと激しく吹き飛んでいく。
「ぐっ―――っざっけんなぁぁあああ!!」
アルフレッドは吹き飛んだ体を腕の力だけで地面に留まらせ、態勢を立て直した。その低姿勢のまま、俺に向かって飛び掛かる。
その光景はまるで狂犬のようだ。俺もその狂犬に飛び掛かる。近づいたと同時に拳を振り被り、その突撃してくるアルフレッドの拳へと叩き込む。
瞬速でぶつかり合う、拳と拳。
"動"だったものが"静"へ。
一瞬、時が止まったようだった。
拳と拳が同時に切迫し、反動でぶるぶると骨が震えた。
衝突のあまりに腕が弾け飛んだんじゃないかと思うほどだ。
「あっ……つ~~……!」
「まだ終わってねぇよ」
「!?」
俺が腕をぱらぱらと払ってその反動の痛みに堪えているところ。
そこにアルフレッドの冷静な呟きが耳に届いた。
反動を諸共せずに間合いをつめたアルフレッドは、隙だらけの俺の顔面に自慢のストレートを叩き込んだ。轟音とともに、俺の首は大きくひね曲がった。
俺はあまりの強い衝撃に体が仰け反り、堪えられずに後ろへ吹き飛んだ。
激しく体が地面に叩きつけられ、それでもまだ制動が利かずに草原を滑るように遠くまでスライドした。身体が引きずられ続ける。そのまま無様に倒れ込む。叩き込まれた拳による腕の痛みと、ぶん殴られた頬からダメージが伝わった歯の痛み。
両方が俺を襲う。
相当の距離を滑り、ようやく俺の身体は制止した。
痛ぇ……。
「ク………、うー……あーーー」
起き上がろうと思えば起き上がれる。
だが、俺は今の殴り合い、蹴り合いの中で分かった。まだまだ鍛え込みが足りない。これまで時間制御、スレッドフィストやインシグニア・アムーズに頼って戦ってきた。
それもあって対物的強みが足りないんだ。
「俺の……負けだ……」
あっさりと、俺は負けを認めた。
単純なパワー争いだったら、俺はアルフレッドに負けてしまうという事がよく分かった。それが分かっただけでも成果だ。
「やっぱりまだまだ俺には敵わないか……ジャック……」
そう言ってニヤリと笑ってみせるアルフレッドもまた満身創痍の様である。俺もそうだけど。朝っぱらからこんなボロボロにしてしまって申し訳なくなってきた。
「だがな、お前が相当強くなってるのは十分伝わったぜ……」
お世辞でも嬉しい。アルフレッドもけっこう息が荒くなってるのを見ると、本気モードまで引き出せたかな。
その大男は俺の傍まで近寄ってきて、手を貸してくれた。
俺はその手を握りしめ、引っ張られるように身体を起こす。
腕がじんじんと痛む。
俺のこの魔改造された右腕ですら痺れさせるアルフレッドのパンチはやっぱり凄い。でも起き上がって改めて見ると、その大きな男とも少しは同じ目線に辿り着いたかなと思う。
「パパーっ! かっこいい!!」
リナリーがそこに駆け寄ってきて、アルフレッドの背中にしがみついた。
「おぉう、リナリー! どうだ、パパの強さはっ!」
「やっぱりパパがいちばん強いんだね!」
「当たり前だろ! パパがこの世で一番強ぇんだ」
まったく、親子仲がいいみたいで羨ましいものだ。
「……いつか絶対に勝つ」
「いつでもかかってこいよ。受けて立つぜ」
俺のぼやきにも律儀に答えてくれた。
とりあえず第一歩は踏んだ。
戦士として、これから戦いに身を投じる上で超えていくべき存在。
アルフレッドはその一人だ。
○
俺たちが朝錬と組み手を終えて家に帰ったところ。
「ふっふっふ、アルフレッド……」
不敵な笑みが玄関から朝の庭先に木霊した。
玄関をふさぐように立ちふさがっていたのは擬人化した幼女姿のサラマンド――いや、ちょっと成長してる。少女版サラマンドといったところか。火の賢者、そして戦闘能力に秀でた竜族の、さらに上位種レッドドラゴンの彼女だが、現在では噛ませ犬臭漂う残念な子に変貌してしまっている。
「あ、テメェ、またかよ」
またという事はよくある事なんだろう。
「性懲りもなく……面倒くせぇなぁ」
いつもシアと一緒に寝ているかと思っていたが、どうやら毎朝朝錬の時間に合わせてアルフレッドとリナリーを待ち伏せしているようである。
「さぁ、今日こそはお前を倒し、そして奪い返す……! 俺様の、ボルカニック・ボルガを!」
そうだった。
サラマンドの目的はボルカニック・ボルガの奪還だ。
すっかりシアの畜生化が進んで影が薄くなっていた。
「だーから、返す気はねぇって言ってんだろうが―――」
その言葉を聞き遂げると、サラマンドは背後からその大剣を取り出した。
「あっ!! 奪い返すってお前、もう手元に持ってるじゃねぇか! 勝手に俺のボルカニック・ボルガに触んじゃねぇ!」
「………くっ……俺様のボルガを……よくもこんな……」
サラマンドはその火剣を憎々しげに眺め、そして地面に捨てた。
………捨てた?
何やら様子がおかしい。サラマンドはアルフレッドよりも、そのボルカニック・ボルガの刀身に苛立っているようだ。
「俺様のボルガに、勝手に"剣"なんか付けやがってぇぇええ!!」
よく理解できない。
ボルカニック・ボルガはそもそも剣じゃないのか?
「なぁフレッド、サラマンドは何で怒ってんだ? 剣を付けた?」
「……どうもアイツはボルカニック・ボルガを改造したことが気に食わねぇらしい」
「改造って……何やったんだよ」
「鍛冶屋に頼んで、あの刀身をくっつけた」
「刀身をくっつけた?」
「元々あれ柄しかなかったんだぜ? イメージと違うからそれっぽく改造したんだ」
神秘の力、ボルガの1つを改造した……。
何やってるんだと言いたいところだが、納得できるものがある。
昔バスタードソードを躊躇なく改造して「偽エクスカリバー」なるものを飄々と作り始めた辺りから変だと思っていたが、この男は物に対する思い入れとか、そういう感覚が限りなく低いんだ。
確か他のボルガシリーズは全て、ただの筒だった。
握りのグリップ部分しかなく、武器としての形状は魔法で形成されるのが常だった。そこに魔力を通すことでエアリアル・ボルガは弓になり、ケラウノス・ボルガは槍になり、各々の本来の姿を作り出す。アルフレッドの持つボルカニック・ボルガだけ何故、普通に鉄製の刀身が付いていたのか……その答えは簡単だった。
後からくっつけたんだ。
「許さねぇ……ぜってぇに……」
「まぁまぁ。もうお前の知るボルカニック・ボルガじゃねぇんだから、いいじゃねぇか。諦めろ」
アルフレッドの軽い一言に、サラマンドの眉間の皺がさらに寄るのが確認できた。
「ざけんじゃねぇよ! こんな刀身、俺様が叩き折ってやるわ!!」
「やめろ! 俺の大事な武器だぞ」
「俺様"の"大事な武器だったんだっ!!」
サラマンドのその太い脚が激しく燃え盛った。
炎の脚を振り下ろして無理やり折ろうという事らしい。
「今は俺のもんじゃねぇか!」
「ク………この刀身を叩き折ってボルガを本来の姿に戻す!」
「やめろよ!」
「うるせぇ! 俺様の誇りをめちゃくちゃにしやがって、許さねぇ!」
「やめろ!」
「うるせぇ!」
「うるさいのはサラちゃんだよっ!」
その明るい声と同時に、響き渡る鈍い振動音。
そしてサラマンドは意識を失ってゆっくりと倒れた。
その背後――玄関の方から声の主は姿を現した。
フライパン片手に不機嫌そうな顔をするリンジーだった。
どうやらそのフライパンでサラマンドの後頭部を殴打したらしい。
「朝っぱらから何なの? ほら、朝ご飯できたから早く食べて」
「お、サンキュー、リンジー! 腹ペコだったんだよ助かったぜ」
「わーいっ! ごはんっごはんっ」
「ちゃんと手洗ってからね」
「はーい」
「……なんでサラちゃんは毎朝毎朝こんなに騒ぐのかな」
「さぁな。トサカ付いてるし、鶏と同じ習性でもあるんじゃねぇのか?」
「あぁ、そっか。シアちゃんに頼んで調教してもらわないと……」
何事もなかったかのようにリベルタ一家はサラマンドを無視して家に入っていった。アルフレッドは歩きながら、その置き捨てられたボルガをさりげなく拾う。きっと毎朝のやりとり過ぎて慣れてしまったんだろう。
憐れ、サラマンド。
俺は可哀想になり、うつ伏せに倒れるサラマンドに声をかけた。
「大丈夫か?」
「く、うぅ………うぅぅ……」
サラマンドは半端ないくらいに泣いていた。
「お前ってそんなに弱かったか? 本来の力がまだ戻ってないとか」
「うぅ………うぅぅ………ふ……ふふふ………」
泣き声が徐々に不気味な笑い声に変わっていく。
「ふっふっふ、ロスト、これは俺様の策略よ」
「なに?」
「こうやってあの親子を油断させ、完全復活を遂げた俺様がコテンパンに叩き潰す!」
「うわー」
姑息に頑張っているようだった。
「そして俺様の強さを思い知った奴らは、俺様を崇め、拝み、自らボルガを差し出すってわけよ」
「っていうか、そんな回りくどいことしてないで、さっさと盗めるなら盗んじまえよ。さっきだって朝錬中に持っていけただろうが」
「それはダメだ! 俺様は勝負で獲られたもんは勝負で奪い返すのが信条。こうやって時間をかけて罠にはめ、そして勝負には正々堂々勝利して奪い返す!!」
「………」
正々堂々なのか卑怯なのかよく分からない奴だった。
まぁ本人がこの扱いを悲観してないならいいか。




