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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第3幕 第2場 ―揺蕩う宵闇―
109/322

Episode90 魔法学校の七不思議Ⅳ


 ―――はっとなる。


 月も隠れてしまったようで、図書館は宵闇が支配していた。

 さっきの光景とそれほど変わりない。

 だけど、空気の揺らぎ、埃っぽさ、古い本の臭い、外部の風の音。

 それらはさっきの光景とは対比的で現実感がある。

 ここは間違いなく図書館だ。

 次第に目も慣れてきて、暗闇でも周囲が分かるようになってきた。

 俺は無様に床にへたり込んでいた。

 場所は図書館の2階のようで、吹き抜けから1階が覗ける。

 目の前には、大きなトランクケースが転がっていた。

 図書館にこんな鞄が落ちているのは不自然だ。

 そのトランクケースを調べた。

 色は分からないが、色合いは暗め。

 変に装飾されているわけでもない。

 表面には灰色の幾何学模様が入っていて、魔法陣のようにも見えた。

 ……おそらくこれが、黒の魔導書(グリモワール)


 俺はさっきまでこのトランクケースの中にいて、メドナさんと会話していたということか。この先には広い空間が広がっていて、さらには死者のいるあの世へと繋がっている。

 考えるだけで身の毛がよだつ。

 だけど、もう一度入れば、またメドナさんに会えるのかな?

 好奇心で開けてみようとしたが、ケースに鍵がかかっているのか、蓋はぴくりとも動かない。


「…………」


 空気の揺らめきを感じる。

 その揺らぎは不自然なものだった。

 何か新しい存在が現われ、大気が押し流されたような違和感。


「!?」


 俺は咄嗟に振り返った。

 そこにいたのは、黒い幽霊。

 メドナさんが言っていた事も頷ける。

 目の前に立ち尽くす黒い幽霊は、本当に全身真っ黒だった。

 白い部分などありはしない。

 でもそれは、黒い魔力(オーラ)を纏っているからだ。

 黒々しい渦がその細身の体躯を覆い隠し、その存在を異様な姿に変えていた。


「………くっ!」


 危険を感じた俺は、瞬発的にトランクケースの取っ手を掴み、その2階の手すりから吹き抜けへと向かって飛び降りた。体を捻ってうまく着地し、先ほどまでいた2階に目を向ける。

 だが、そこには既に黒い幽霊など存在しなかった。

 ―――刹那、脇から迫り来る幻影。


 俺はトランクケースを振り回し、その静かに迫り来る黒い影の颯の打槌を防いだ。乾いた音が図書館内に響く。俺が飛び去った直後にはもう俺の着地点に先回りしていたようだ。


「………っ!」


 俺は吹き飛ばされた拍子によろめき、蹈鞴(たたら)を踏んで、なんとか姿勢を保った。静か過ぎてまるで動いてないように見えるが、その実、瞬速の動きで攻撃してきている。

 ゆらり、ゆらりと黒い幽霊は剣を鞘に納めた。

 その腰に納めた長刀、顔を覆い隠すバイザー。

 黒い魔力。

 俺はこの黒い幽霊を既に2度も見たことがあった。

 最初はオルドリッジの屋敷に訪れたとき。

 2回目は楽器店でリュートを初めて買ったとき。

 気のせいだと思っていたが、間違いない。

 その顔を覆う仮面(バイザー)が少し角度を変えた。

 俺ではなく、俺が握りしめるトランクケースを見ているようだ。



 "その黒い幽霊に、グリモワールを素直に明け渡してほしいんだ"


 直前のメドナさんからの言葉を思い出す。

 この怪しい男にこのケースを渡す?

 心配だ。


「…………」


 しばらく無言で対峙し合っていたその時。

 ――――ドン、ドンドン。黒い幽霊の背後の扉を叩かれる音。ちょうど俺の正面、黒い幽霊にとっての真後ろがこの図書館の入口になっている。


「お兄さーん! 校長先生を連れてきましたー!」

「ジャックくん、私だ! ガウェイン・アルバーティだ! 待ってろ、今開けるっ」


 パトリックくんの声とガウェイン校長の声。

 非常事態で先生を呼んできてくれたようだ。

 ナイスだ、パトリックくん。

 黒い幽霊はその声を聞くや否や、静かな動きでその扉の脇に移動した。そして腰に納めていた剣を引き抜いて、その扉の前で剣を真上に構えた。

 入ってきた瞬間に叩き斬るつもりのようだ。


「ガウェイン先生、ダメです!」

「待ってろ!!」

「今はいってきたら危ない!」


 扉の鍵が解放されたのか、ガチャリと音を立てて扉が開こうとしていた。

 入ってきた瞬間、彼は真っ二つにされてしまう。

 黒い幽霊は静かに剣を構えて待機していた。今ここで俺が取り押さえようとしてもあの速さには敵わないかもしれない。かといって放置してもパトリックくんとガウェイン先生が―――。


「チッ……!」


 ここで唯一、あれをやり過ごせる方法は一つしかない。

 元から悩んでいた事だ。

 黒の魔導書を明け渡せと、そうすれば俺も助かる。

 そうなることがあるとメドナさんに教えてもらった。俺はその追い詰められた状況化で、メドナさんの助言を受け入れる決断をした。


「ほら、これが欲しいんだろ!!」


 そのトランクケースを投げ捨てた。

 黒い幽霊の目の前に。

 派手な音を立てて、トランクケースは扉の前に落ちた。


「――――」


 黒い幽霊はそれを見るなり、凄い速さで長刀を腰に納め、トランクケースを掴み取った。それと同時にガウェイン・アルバーティ校長が図書館に突入してくる。黒い幽霊は魔導書(グリモワール)を手にした瞬間、静止した。


「ぎ、ぎゃぁああああ!! 図書館の……黒い……幽霊……!!」


 パトリックくんがその光景を見て絶叫した。


「こ、こいつはこないだの……」


 ガウェイン先生は見覚えがあるらしい。


「………」


 黒い幽霊は校長を見るや否や、再びその腰の剣柄に手を添えた。

 魔導書の確保だけでは満足しなかったようだ。

 そして今にも校長へ襲い掛かろうとせんばかりだ。


 ―――バクッ、バクッ、バクッ……動悸が速くなる。

 久しぶりに発動する時間制御スキル。周囲の光景がゆっくりになり、その黒い幽霊が踏み込む瞬間がしっかりと確認できた。

 助けなきゃ。

 俺は近くに乱雑に散らばっていた本を厚紙製の複製剣に変化させて、その幽霊に蹴りつけた。

 紙製の剣なんてただのオモチャだ。

 牽制程度にしか使えない。


「―――ッ!」


 黒い幽霊はその投擲に気づき、刀身を半分だけ引き出してその紙の剣を防いだ。だがまだ追撃は終わらせない。その投擲の最中、俺は全力でその黒い幽霊に近づいた。もしこの敵が魔性の何かであれば、俺の右腕のウェポンで消滅させることもできるだろう。

 右拳を振り被って突き出し、その顔面に叩きつける。

 だがそれも剣の腹で受け止められる。

 時間加速中だから相手にとっても相当の速さに感じるはずなのに。


「グ……ググ………」


 近接して剣と拳が競り合う。

 その影はどこかで見たことのあるような気がした


「トー………マ………」

「……?」


 その影が初めて単語らしい何かを口にする。

 理性があるのか。

 さらに動きが少し鈍ったような気がした。

 しかしそれも一瞬の出来事で、直後にはトランクケースを振り回して俺の身体を叩き飛ばす。反動で後ろによろめいた。

 その後、黒い幽霊はとんでもない跳躍で跳びあがった。一気に2階へと上がり、そこからまた跳び上がり、窓を突き破って豪快に図書館を出て行った。

 突き破られたガラスの破片がぱらぱらと落下してきて、図書館に風が通り抜ける。残された俺はただ呆然とその黒い幽霊の動き、そして口走った単語が何だったのかを考え続けた。


「あびゃぁ゛あ゛あ゛あ゛…………」


 その思考を妨害するように、パトリックくんの壮絶な悲鳴が図書館内に響きわたる。その後、彼は恐怖のあまりに失神した。


「なんだったんだ」

「あれは……今なにを………何かを持っていったのか?」


 ガウェイン校長は困惑している

 校長には謝らないといけない。


「すみません、先生」

「いや、そんなことよりも大丈夫か、ジャックくん!」


 俺は少しだけふらふらとしていた。

 ガウェイン先生に心配されて初めて気づいた。

 黒の魔導書の中にいた影響もあるのか、どうにも眩暈がする。

 そんな俺の様子を見て、ガウェイン先生が俺の身体を支えてくれた。


「あいつは今なにを持って行ったんだ?!」

「トランクケースを……」

「な、なに?!」


 その焦りも納得できる。

 メドナさんが言うには、あれはガウェイン校長の所有物。

 それが奪われたともあったら、焦るに決まっている。

 さらにはそれが後ろめたい私物だとしたら尚更だろう。

 俺が渡してしまったんだから素直に謝っておいた方がいい。


「すみません、俺が渡してしまったんです」

「なんだと?!」


 怒られるだろうな。

 でもガウェイン校長を守るための判断でもあったんだけどな。


「……いや、あの状況なら仕方ないだろう……アレは奪われるのも時間の問題だった……」


 と思ったけど、やたらと冷静な人で助かった。

 真実を伝えて良かった。安堵の吐息を漏らす。

 ―――それにしても、奪われるのも時間の問題?

 ガウェイン先生はあの黒い幽霊を前々から知っていたのか?

 さっきの「こいつはこないだの」発言も気になる。

 さらにはあの黒い幽霊が黒の魔導書目当てだということを知っていたのか。


「わぁぁぁ!! お兄ちゃんっ!」


 後からリナリーも図書館に飛び込んできた。

 そしてそのまま俺の腰へとしがみつく。


「よかったぁ……お兄ちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって思ってこわかったんだから」


 俺を見上げるリナリーの目には涙がいっぱい浮かんでいた。

 可愛い。

 そこまで俺のことを思ってくれるなんて……!

 あぁ、なんだろう、この幸せな気持ち。

 本当の妹じゃないにしても、妹の良さってこういう所なんだろうか。

 いや、もうリナリーは本当の妹でいいだろう。

 こいつは俺の妹だ!


「大丈夫だ。お兄ちゃんは勝手にいなくなったりしない」

「うんっ……約束してね」

「まかせておけ!」


 俺はリナリーの赤い髪を優しく撫でた。

 サラサラで凄く触り心地がいい。

 俺は夢中になってリナリーの赤い髪を撫でまわした。

 なでなでなでなで。七不思議の検証もいろいろあったけど、最後こうしてリナリーの髪を撫でまわせたから満足だ。

 そのほとんどが俺たちの仕業だった。

 だが、6番目だけは本当だったじゃないか。

 黒い幽霊……一体何者なんだろう。

 あれも、メドナさんの言う敵の一部なんだろうか。


「あれ、そういえばパトリックくんは?」


 俺は図書館入口付近で泡を吹いて倒れ込むパトリックくんを確認した。

 完全に気絶している。


「おい、起きてくれ」


 俺はその彼の頬を叩いたが、まったく反応する様子がない。まぁ彼もここまで付き合ってくれたり、非常時に校長を連れてきてくれたり、その勇姿はしかと見届けた。

 もう十分だろう。


「仕方ない。私が寮へ送り届けよう」

「すみません、こんな危険な事になるとは思いませんでした」


 ガウェイン校長はその小さな体を背中に背負い、歩き始めた。

 なんだか、ばつが悪いな。黒の魔導書(グリモワール)も渡してしまったし、図書館の窓を壊れてしまったし。リナリーの恐怖心を払拭するのが目的だったが、これじゃむしろ余計に怖がってしまうんじゃないだろうか。


「リナリー、大丈夫か?」

「うん? なぁーに?」

「学校が怖くなったりしてないか?」

「んー……お兄ちゃんがいれば怖くないっ」


 可愛い。これはあの夫婦が溺愛するのも無理はない。

 親ばかじゃなくて、傍から見ても絶対的にリナリーは可愛い。

 お兄ちゃんがいれば、か。

 俺は魔法学校の七不思議メモを見返した。



 =【バーウィッチ魔法学校の七不思議】=====


〆《1》第3校舎の男子トイレですすり泣く少年の幽霊

 正体はトイレに篭って泣きじゃくるパトリックくん。

 俺のせいで魔法学校でやっていけるか自信喪失していただけ。



〆《2》実習棟地下の開かずの間

 開かずの間から夜な夜な聞こえてくる魔物の呻き声。

 その正体はドウェインが日夜繰り広げる地下実験によるものだった。



〆《3》修練棟に漂う赤い人魂(ひとだま)

 正体はリナリーが放つ準神級魔法ふぁいあぼーる。

 勝手に立ち入り禁止の修練棟に入って遊んでいたのが原因。



〆《4》第1校舎の1階入口のホールに置かれた、独りでに鳴り響くグランドピアノ。

 グランドピアノじゃなくて、俺が雑木林から奏でるマンドリンの音色。



〆《5》校庭の雑木林で繰り広げられる呪いの儀式

 呪いの儀式じゃなくて俺の剣術の修練。



 《6》真夜中の図書館に現れる黒い幽霊

 図書館の2階の書庫の奥に厳重な金庫がある。

 その金庫を暴こうとすると、黒い幽霊が出てきて殺される。



 《7》神隠し

 他6つの秘密を知った人間は神隠しに遭う。


 =======================



 俺は《7》神隠しの項を見て、背筋がひやりと冷たくなった。

 これで一通り、他6つの秘密を知ってしまったわけだ。

 まさかこれから、俺が神隠しに遭うとか。

 ないよな?


「お兄ちゃん、いなくなったらやだよっ」


 何の根拠もないけど、それこそ直感レベルの話だけど、この先、俺の存在が消しにくる危険が迫っている気がした。

 メドナさんも言っていた。


 ―――ある意味"神"のような存在が今回の敵。


 神に知り合いは一人しかいない。

 まさかな。



     ○



 あまりに遅くなってしまったために、帰りの貸し馬車を失った俺とリナリー。魔法学校に泊まるしかないと思ってドウェインに相談したところ。


「仕方ない。非常時に用意していたものだけど、転移魔法でソルテールに返してあげよう」


 と、あっさり帰る方法を見つけてしまった。


「それなら馬車じゃなくて毎回それでリナリーを帰してあげればいいじゃん」

「バーウィッチとソルテールの距離を繋ぐ転移魔法陣(トランジットサークル)だよ? 毎日そんな魔力使ってたら僕の体が干からびちゃうよ」


 トランジットサークルの魔力消費量って転移の距離に比例するのか。

 何はともあれソルテールの広場に転移した俺とリナリーは、夜更けで虫の音しか聞こえないソルテールの町を歩いた。最後は眠気に負けて寝てしまったリナリーをおんぶして、リベルタのアジトへと辿り着く。アジトが町から少し外れた丘の上にあるから最後は耐えられなかったようだ。



 そして到着すると同時に、遅くなった事をリンジーにたっぷり怒られた。

 リナリーをベッドに寝かし、居間に戻ってきたところで、今度はシアに怒られた。二重苦である。二度も怒られて完全に意気消沈しているところに、アルフレッドが励ましてくれた。


「気にすんなって。リナリーも楽しかったって言ってたぜ! ありがとな」


 アルフレッドもリナリーが心配だったに違いないだろうに、こうして俺の方を気にかけて声をかけてくれるあたり、やっぱりいい男だなと感じた。俺もこれくらいの寛容さを持たないとだな。


 ――その人たちの事を、寛容な気持ちで受け入れてあげてほしい。


※2015/9/14 パトリックくんが神隠しに遭う展開について、主人公の行動原理との矛盾解消のため、2015/9/19に改稿する予定です。

※2015/9/19 展開そのものを改稿しました。パトリックくん生存ルートです。


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