Episode84 授業参観
朝っぱらから送迎用の馬車に乗車し、ガタガタと車輪が轍を作っていく様を眺めていた。幌のない馬車だから外の景色が堪能できる。
早朝のダイアーレンの森はしっとりとした湿気が顔に張り付いて寒々しい。
背中にはこないだ楽器屋で買ったばかりのリュートを背負っていた。
帰りのお迎え前に空いた時間を見つけてこれを演奏するのが俺の新しい趣味みたいになっている。
楽器演奏はメドナさんから教えてもらってだいぶ経つが、問題なく引けた。子どものときに習ったことというのは時間が空いても結構覚えているものらしい。
リナリーが魔法学校に入学してから1週間経った。
当の本人は俺のことなど一切気にせず、流れていく森の景色を眺めてキャッキャとはしゃいでいた。
飽きないもんだな。
俺は既に飽きたが……。
ソルテールからバーウィッチ魔法学校まで馬車を使ってもけっこうかかる。帰りもあわせたらさらにその2倍の時間が掛かるわけだが、相変わらずリナリーは俺に対する警戒を解いてくれないので、こうして外の景色を楽しんでくれればこっちも気が楽ってもんだ。
最初の3日間くらいはこっちからリナリーに話しかけたりした。
学校はどうだとか、この森には熊が出るからあまり大声を出すな、とか。
でも「ふーん」とか「はーい」とか「へんたいお兄ちゃんのがあぶないもん」と返されるだけで心が折れた。
今の俺は見守ることに徹している。
第一印象が悪すぎたかな。
「ふぁーあ」
退屈と眠気が相俟って、思わず欠伸が出る。
俺の今日の目的はバーウィッチで仕事探しだ。
シアも最近ソルテールで仕事を見つけたそうだし、早いところ俺も出稼ぎしないと。
…
魔法学校の正面口で手を振りながら、寮やら正門からやってくる生徒たちににこやかに声かける女の先生がいる。
名前は自己紹介されたけど忘れてしまった。とりあえず"先生"と呼んでおけば間違いないから忘れてしまったというのもある。
魔法学校の職員服なのか、ローブみたいな羽織を着ていて、1,2年生の下級生に基本3属性の火・雷・氷の魔法を教えているそうだ。
ショートカットの爽やかな若い先生だ。リンジーと同じくらいの年齢だと思う。槍のように長い杖を片手に握っていて、いかにも魔法使いです、というのが伝わってくる。
「おはようございます、ジャックさん」
「おはようございます、先生。それじゃあ今日もお願いします」
俺はこの一週間で、この先生にとりあえずリナリーを預けてバーウィッチの市街地へぶらつくというのが習慣と化していた。
きわめて事務的。
その態度に何か思うところがあったのか、先生が声をかけてくれた。
「ジャックさんも一度は授業を見ていったら?」
「え?」
そんな提案されるとは思ってなかったのもあるけど、それ以上に俺がリナリーに対して雑に扱っているようなのを見抜かれた気がして、ちょっと気が滅入る。
「リナリーちゃんがどんな様子か気になるでしょう?」
先生なりの気遣いかな。
俺とリナリーがあまり仲良くないことを察しているんだろう。
「イヤ! お兄ちゃんはパンツァーだからダメなの!」
「パンツァー?」
こらこら、リナリー。先生にはちゃんと意味が伝わってないぞ。
―――ということすら言葉で伝えるのも壁を感じる。
いつかは関係修復を図ろうと思うけど、少しずつ近づいていかないといつまでもこのままだろうしな。
しかも、リナリーの事を除いても、ありがたい提案であることは間違いない。リナリーの様子はもちろん気になるが、それ以上に魔法の授業ってのがどんなものか見てみたい。
「先生、すごくありがたい話ですけど、授業料も払わないで聞いてもいいんですか?」
「いいんですよ。あのアルバーティ親子と知り合いなんでしょう? 校長もあなたなら文句言わないでしょう」
じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ授業参観させてもらうか。
本来の目的は仕事探しだから、少しだけ。
○
リナリーの授業はまだ座学だけだった。
5歳児に理解できてるのかよく分からない。
入学前の段階で発覚した事としては、リナリーは、今普及している"一般魔法"に関してはてんで素人であるという事だ。基本の詠唱もしていない。測定できる魔力を使っているわけでもない。
でも、魔法の才能に関しては天性のものだと云う。
古代の魔術師たちはそういった天性の才を普遍化して、誰でも使えるように現在の魔法の基礎を生み出してきた。
そういった普遍化する前の段階。
一部の天才たちの間で秘匿とされていた魔法こそ、神級や準神級と呼ばれる魔法そのものだ。それを後世に伝えるために残したのが"詠唱"というもの。現在でも、神級・准神級を無詠唱で使う魔法使いが時々生まれてくる――そんな彼らを詠唱者と区別するために、無詠唱者と呼んでいるそうだ。
リナリーはその一人。
准神級魔法を、別種の魔力を通して感覚的に使っている。
―――云わば、古代魔法の先駆者の末裔である。
ガウェイン先生曰く、アルフレッドの出身の集落では"赤毛の忌み子"という伝承があったそうだ。その集落の先祖の中には炎魔法に神託を受けた無詠唱者が赤い頭髪で生まれてくるという血族的な特性があった。
先祖が神級の炎魔法の先駆者だったと考えられている。
今となっては集落ごと焼失してしまったが、その血を引くアルフレッド、リナリーにはその特性が現われたようである。
そしてリナリーの場合、母親側の魔法適性も高い。
リンジーの出生についてはガウェイン先生から教えてもらえなかったが、リンジーも生まれながらに器用な魔法操作の腕前を発揮していた。それが赤毛の呪いと交わることで生まれたサラブレッドが真紅の幼女リナリー。
―――そして例の魔物喰いの"ふぁいあぼーる"である。
リナリーがこうして魔法学校で学ぶことは、決して無駄ではない。
この子には普通の魔法を使う上での魔力もちゃんと備わっている。"ふぁいあぼーる"だけじゃなくて、他の魔法も修練すれば使えるようになるだろう。
准神級としての才能も残しつつ、しっかり基本魔法のコントロールをつけさせるのが目的だった。
「魔法には5つの基本属性があります。それは炎、氷、雷、聖、闇の5つです」
先生はおさらいするように繰り返していた。
「みなさんにはこの5つをそれぞれ初級まで、そして得意な属性魔法では中級魔法もしっかり習得してもらいますからね」
それに対して、はーいと声をそろえて元気よく返事をする子どもたち。同じクラスだが、7才から10才までの子どもが20人くらい集まっていた。
新入学生の8人以外にも、春から入学していた先校生もいるらしい。
「それと今日は、新入生のリナリーちゃんのお兄さんも見学にきています!」
いきなり紹介されてビクりと体が反応する。
生徒たちが一斉に後ろを振り返って俺の方を見やる。
訝しげに眉を潜める生徒、怖がる生徒、目を爛々と輝かせる生徒、いろんな子がいた。
その生徒たちが、リナリーの兄という紹介に対してざわざわと騒ぎ始めている。史上初の5歳児入学ということもあってリナリーには注目が集まっているんだと思う。リナリーにも目線が集中しているみたいで、顔を真っ赤にしているのが後ろから見ても分かった。
いや、実の兄ではないんだけど……。
俺は立ち上がって一言だけ挨拶し、すぐ座った。
あまり目立たないようにしよう。リナリーが可哀想だし、俺が目立つようなことすればこれからの学校生活にも悪影響だろうしな。
…
授業は問題なく進んでいた。
まだひねくれる前の純粋な子どもたちばかりっていうのもあって、楽しげに先生のレクチャーを聴き入っていた。内容は、俺にとっては既知のものが多かったから理解するのは容易かった。
魔法の基礎は"バレット魔法"と呼ばれている。
俺が前々から"魔力弾"と呼んでいたものがそれに当る。炎でも氷でも雷でも、"弾"を作りだして放つ攻撃魔法が、どの属性でも基本のようだ。
・炎「ファイアバレット」
・氷「アイスドロップ」
・雷「ライトニング」
このあたりの魔法は、詠唱も要らずに作り出すことはできる。
そしてその"バレット魔法"を応用したものが無数に存在する。
今日の授業の本題は、地面に展開させる"グランド魔法"。
・炎「フレアカーテン」
・氷「フリーズフィールド」
・雷「パラライズ」
この3つの魔法について教えてもらった。
フレアカーテンとパラライズはどこかで聞いた覚えがある。
この辺のものも詠唱要らずの初級魔法らしい。宙で発動させるのと、地面で発動させるだけの違いだから、とりわけ難しいものではないそうだ。
そして"魔力"についてもおさらいのように講義が入った。
魔力量も魔力消費量も人それぞれで、魔力ポーションを使った回復量も人によって違う、というのは迷宮都市でシアに教えてもらった通りだ。
ただ、魔力量が高くて日頃の魔力消費量も低い術者は、魔力効率が良く、より強力な魔法が放てる可能性が高い。すなわち、魔術師としての適性が高いということらしい。
俺はたまにメモを取りながら聞いていた。
すごく為になる。
なんとなく見聞きして理解していた魔法の世界が、こうして座学で教わることで頭の整理になった。魔法使いは山ほどいるし、戦いのときにも特性理解が役に立つだろう。
願わくば、俺も魔法学校で勉強をし直したいものだ。
その反面、リナリーはこれからたっぷり勉強できるんだから羨ましい。
俺は嫉妬混じりの視線をその幼女に投げかけた。
リナリーは退屈そうに机に突っ伏してみたり、床に届かない足をばたつかせたりして、時間を無駄に過ごしている。
まったく落ち着きがない。
ガウェイン先生も言っていたけど、やっぱり性格は父親に似ているんだろうな。アルフレッドもここにいるときはあぁやって退屈そうに過ごしていたんだろうか。
俺がリナリーのこの授業態度を、リンジーに報告すべきかどうか迷っている時のことだった。
なんとリナリーは、例の"ふぁいあぼーる"のミニチュア版を作り出して、机の上で遊び始めたのである。まるでミニチュアペットでも出来たように、頭を撫でたり、ヘビにさせて空中で漂わせたりして可愛がっている様子だ。
あ、危ねぇ……!
ミニチュアで火力も弱いからか、木製の机になんとか燃え移っていないが、机やメモ用紙にいつ着火するか分からない。
あんな火遊びを平気でするなんて………いや、リナリーの場合、生まれてこの方、火傷もしないし、火の熱さも感じないで生きてきた。だから火事の怖さとか危険性が分からないんだ。この魔法学校でちゃんと魔法を学ぶのがどれだけ大事なことなのかがよく分かる。
「――――この魔力の減り方は、訓練で抑えることができますからね。ヒトより魔力が少ないことを気にする必要は―――」
しかも先生も授業に夢中になって気づいてない!
これは手挙げして注意を―――いや、ダメだ。まだリナリーはこの学校にきて1週間。友達もできてないだろう。ここでクラスから非難の目が向けられたら、問題児としてのイメージが定着してしまう。
友達もつくれなくなる。
イジメを受けるきっかけにもなる。
リナリーがいけないのは分かるが、これから先の学校生活が辛いものになってしまうかも。
そういう境遇が辛いのは俺も心底わかるから、それだけは避けたい。
バレないように、諭すしかない……。
俺には"インシグニア・アームズ"がある。反魔力弾だ。
さっきのレクチャーで言うなら、バレット魔法。
属性は"無"? いや、"反"か。
まぁ何でもいい。
早いところ消してしまおう。
リナリーの席までの距離は、それほど遠くない。
生徒の頭2,3人通り越すくらいか。
俺は狙いを定めて、そのミニチュアペット"ふぁいあぼーる"に向けて、反魔力弾を放った。
くらえ!
そして気づけ!
ここで問題を起こしたらヤバいんだぞ!
―――バシィン、と豪快な音を立てて反魔力弾は着弾した。
俺とリナリーの間に座る少年Aの後頭部に。
「わぁっ!」
少年Aは大きな悲鳴をあげた。
「パトリックくん、どうしました?!」
先生がその悲鳴を聴いて、少年A―――パトリックくんの方を見る。
彼は机に突っ伏すように気絶していた。
リナリーはその騒動で慌てて火種を消して、証拠を隠滅する。
ふっ、やるな、幼女……。
さすがアルフレッドの娘……。
「先生、パトリックくんが気絶してます!」
「なんですって?! 大変っ」
先生はすぐさま駆け寄り、彼の様子を確認する。
後頭部から燻すような煙が立ち込めていた。
それを見て慌てて後頭部にヒーリングをかける先生。
「い、一体、誰がこんなことを?!」
まずい……ここは素直に名乗り出るか?
でも俺が名乗り出たら、攻撃の理由もしゃべらないといけないし、そうなったらリナリーの事も……。
「誰か、医務室のカレン先生を呼んできて!」
教室がざわついている中、誰かがカレン先生とやらを呼びに行ってしまった。
「いいですか、みなさん。魔法は遊び道具じゃありませんからね! 今は集中して勉強することが大事です! この教室では魔法を使うことは禁止されてますから、興味本位で使ってはいけません!」
先生は全員に叱りつけるように大声をあげた。リナリーはそんな先生を見て、青ざめたような顔して反省しているようだった。
良かった。
これでリナリーも教室内での火遊びはやめてくれるだろう。
パトリックくんという尊い犠牲を払ったが……。
いや、反省するのは俺も同じだ。
ごめん、パトリックくん。
○
気絶したパトリックくんはすぐ回復して戻ってこれたらしい。
そもそも俺の反魔力弾は、退魔の魔法だ。魔法を無効化できるけれど、人に攻撃できるものじゃないし、直接あたってもそれほど威力がない事はアザリグラードにいる頃に確認済みだ。
何はともあれ、授業参観は終わり。あんな様子でリナリー自身の勉強になっているか疑問だけど、そんなに暴れることなく席に座ってるんだから立派なもんだ。
俺は先生に言付けして、魔法学校を出ることにした。また午後にリナリーのお迎えに来なきゃいけない。
にしてもまた学校で授業受けたいな。
魔法の勉強って面白い。
…
魔法学校はバーウィッチの郊外に位置する。
そこから市街地まで戻るためには少し歩く。
俺はバーウィッチの外壁の門をくぐって街の中へと入った。
既に昼前だ。
秋晴れで日差しが強いが、涼しい風が吹いていて過ごしやすかった。
とりあえず冒険者ギルドに行くことにしよう。
別に狩りや討伐クエストが目的ではない。
職探しなら、街の商工会ギルドに問い合わせた方がいいけど、そっちで紹介している仕事っていうのは本当に"定職"目的のものだ。
俺はまだ身を固めるつもりはない。
とりあえずアルバイト感覚で出来るものがいい。
そういった一時的な仕事の依頼というのは、冒険者ギルドに出されるものだった。冒険者ギルドの方が放浪者の目につくし、短期集中で求人を出すなら集めやすい。以前、ダリ・アモールで魔法の踊り子を募集していた張り紙も、冒険者ギルドに貼ってあったな。
そしてもう見慣れた冒険者ギルドの掲示板に目を通した。
ここ何日かで粗方は見通したが、これだと思う仕事が見つからない。
衣服屋の機織りのバイト、ヒーラーのポーション配達、武器屋の品出し、どれも単純作業なものが多い。しかもいつまでも募集している紙なのか、古ぼけていた。おそらく辞める人間が多くて常に人を募集しているんだろう。
しかも時間が合わなかったりする。
俺の場合、昼間だけっていう条件があるからな。
そんな中、一際人目を引く―――悪い意味で目立つ求人が見つかった。
とにかく字が汚い。
紙は綺麗なのに、サンドワームが這った後みたいな文字になっているから読みにくかった。なんとか読み上げると、こんな内容の求人だった。
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雇い主 : グノーメ(別大陸では賢者として名を馳せた実業家)
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待遇 :
問い合わせ: 新・グノーメ魔道具工房(商工会ギルド裏路地)
「バーウィッチ,インダース通り♯21」
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グノーメ様、そういえばバーウィッチで開業するとか言ってたか。
挨拶がてら寄ってみようか。
メカニッカー……何をする仕事だろう。聞き慣れない言葉だった。
時給は安いけど、身内だし、安心して働けそうではある。
ちょっと相談してみようかな。
それにしてもグノーメ様、字が汚い。




