生命の花
【それまで】
昔々、ある所に大変美しい一人の少女がいました。
真っすぐな黒髪とすらりとした細い身体、そして何よりも愛らしく気高い顔立ちと性格に、人々は魅了されています。
少女は王様の娘でとても裕福に育ち、箱入り娘としてそれはもう幸せに暮らしています。
しかし少女には普通の人と遥かに違う所があります。
それは、少女は呪われているという事。
その呪いは少女の生命を蝕む、一つの花が原因でした。
その花……そうですね、仮にこの花を生命の花と名付けましょうか。
生命の花は少女が生まれた時、咲き誇りました。
それはそれはもう、見事に、大きく七枚の花弁を優雅に見せる花なのです。
そんな花が咲いた時、王様と王妃様は美しいと思うと同時に、何て残酷な花なのだろう……と頭を抱えてしまうのです。
この生命の花は多くの刻を全うすることで有名な花として育てられていたのですが、
少女が生まれた時、王様と王女様はこの花と少女の命が繋がっている事を知りました。
花弁が一枚散る度に少女の寿命は縮まり、花弁が全て散った頃には少女は死んでしまうのです。
王様と王妃様はたいへん嘆き悲しみました。
「ああ、何という事でしょう…」
「本当にかわいそうに……」
だけれど、呪いを解く……生命の花との繋がりを断つ方法なんて、ないのです。
二人はその時より、この小さな命を大切にしようと寿命が短い少女を大切に育てました。
短い刻を一秒一秒噛みしめるように。
生命の花が残す花弁はあと七枚です。
【一枚目】
一枚、散った頃。
少女は十四歳です。
十四歳の少女は今まで知らなかった自分の呪いの事を知らされます。
「本当なのですか?」
少女はすがるように王様に聞きます。
王様は重く開かない口を閉じたまま、絞り出すようにコクリと頷きました。
少女の顔は見る見るうちに絶望に染まり、膝をついてしまいます。
「どうりで、あの不気味で美しい花は一向に枯れないと思っていたのです……」
少女は自然と涙が溢れ、その場に泣き崩れてしまいました。
「すまない……」
王様も悲しむ少女を見て顔を俯かせました。
国の頂点に立つ王様が富も名誉も権力も持つのに、
愛する娘の為に何一つしてあげられないのが情けなくて苦しいのです。
少女は思いました。
普通に生きたい、と……。
この呪われた身体を普通の身体へと、変えたいと思うのです。
「父上と母上と幸せに暮らす為に」
人並みの幸せを手に入れるために……。
そうして少女は大嫌いな勉強と研究を始めます。
命繋がる、もう一つの自分である生命の花を忌々しげに見ながら。
生命の花は、少しだけ、枯れかけているように見えました。
【三枚目】
三枚、散った頃。
少女は十八歳です。
少女は当然、王様の娘ですから、後に王女様へとなります。
その為に、少女は幼い頃に決められた婚約者と結婚します。
ですが、少女は婚約者の男が大嫌いです。
だって、彼は少女を愛していると言いながら自分が一番邪魔されたくない勉強を邪魔してくるのです。
「愛しているのなら、その人の行動に邪魔をするはずないわ」
だから、婚約者なんか、大嫌いなんです。
それでも大嫌いな人は少女を深く愛していました。
これからは自分が少女を支えて行くんだと。
少女は結婚をしても大嫌いな人を無視して生命の花について研究します。
必死に、必死に。
王様が咎めても王女様が咎めても、大嫌いな人が咎めても諦めません。
それが良い事か悪い事なのかは分かりません。
だけど少女は自分の為に必死に大嫌いな勉強を、研究を続けるのです。
「もう……諦めたらどうだい」
「いいえ、それはなりません。私は、普通の人生を歩むのです」
それが、彼女の決意。
自分の残された時間を伸ばして、幸せな人生を送るために。
【五枚目】
五枚、散った頃。
少女はついに二十歳になりました。
生命の花も自分の命も短い事に焦り始め、さらに勉強と研究を重ねます。
少女の目の下には深い隈ができ、身体はこれでもかというほどやせ細っています。
それでも諦めません。
そんな少女を観て王様と王様は少女を咎める事を諦めました。
そして大嫌いな人は諦めずに必死に研究を続ける少女を、
愛する妻を見て自分も手伝う事を決意しました。
「愛する君に死なれては困るんだ。長く、生きてほしい……」
大嫌いな人は少女にそう言い、研究を始めました。
少女はそんな大嫌いな人を見て、酷くやせ細った身体を、乾いた唇を震わせながら言います。
「ありがとう……」
もう乾ききった心では涙は出ないけれど、それでも少しだけ、彼の真剣な表情に心を打たれました。
【六枚目】
六枚、散った頃。
少女は二十二歳です。
焦るに焦る少女にはもう何見えていません。
普通の子になりたい。
人並みの幸せが欲しい。
自分は哀れなのだ、と言わんばかりに必死に勉強と研究を続けます。
そしてある日突然大嫌いな人がやって来てこう言うのです。
「呪いを解く方法が分かったよ」
「本当ですか!」
少女はそれはもう喜びました。
これでやっと普通に生きていける。人並みの幸せを手にする事が出来る、と。
「うん、だから……今すぐその花についての研究を止めるんだ。その花は、人を盲目にする花粉を振りまいて人を死に追いやるんだ」
大嫌いな人がそう説明している時、少女は話を聞いていたはずなのに、突然倒れてしまいます。
「そんな……遅かったのか……」
もう、七枚目の花弁が散ろうとしていたのでした。
少女はベッドの中で後悔しました。
こんな事ならば、呪いを解く事に必死にならずに、もっと幸せを味わえばよかったと。
死の間際にして少女はやっと自分が呪いに対して盲目になっていた事に気付いたのです。
「その花の呪いを抗う事なく、盲目的にならずに生きる事を楽しんでいれば、その花は枯れないんだ。だから……もっと早く気付けば良かった……!」
大嫌いな人は、ベッドに伏せた少女を見つめながら悔しそうに言いました。
そうして初めて、少女は大嫌いな人に触れて、その温かさを感じ取ります。
どうせならば、大嫌いな人を大嫌いと決めつけずに、もっと好きになれば良かったと。
きっといい人に違いないのに。
こんなにも自分を愛してくれたのに。
そうすればきっと楽しい生涯を送れていた筈なのです。
短い命でも後悔する事はなかったはずなのです。
必死に手伝って、最後にはこんなに涙を流してくれる、優しい夫。
自分を大切にしてくれた王様と王妃様。
「ああ、私はこんなに幸せな環境を与えられていたのに……」
少女は幸せになれずに、ゆっくりと目を閉じます。
「さようなら、私の愛しい人たち……。ごめんなさい」
そして、ついに七枚目の花弁が散りました。