いたずらっ子と先生ですね。
詰まる呼吸。動かぬ生徒。一瞬にして静まる、その教室。
「先生、このようなことがこの学校に存在するという事実、許せますか?」
翌日の放課後のことだ。
並んだ机と椅子の間、教卓に立つ先生を睨みつける黒髪の少女、菊野がいた。
「……は?」
秀則は目を丸くして彼女を見つめる。
まさか、昨日保健室で言っていたのは──
「き、菊野さん?」
「許せませんよね。だってこれはケンカやタイマンじゃない。個人から個人へのイジメ、リンチと呼ばれるものですからね」
「菊野さん、一体何を……」
「だいたい、この動機も間抜けなもんですよ。ちょっとハマったパチンコで父親のお金を溶かしちゃったからカツアゲ。はぁ……こんなヤツ、ほんとにいるんですね」
「で、ですから、何を──」
「知らないなんて!」
バン! と、小さな拳が机を叩いた。
その拳は、小さかった。
しかし、生徒全員の注意と彼女の憤怒を表すには十分だった。
この一言は、全員に強烈なインパクトを与えただろう。
『あの菊野が』『あんなにおとなしい菊野が』、怒っている。それだけで、事の重大さに気付かない者はいない。
「……言わせませんよ?」
次の言葉は、さながら冷血。
冷めた瞳と怪しい薄笑いが、教室を支配する。
生徒も、先生も、秀則すらも、わずかな恐怖を彼女に感じた。
「教えてください……学校は、このような事実に対してどのような対応をしてくれるのでしょうか」
口調は穏やかになったが、それでこの空気が変わるとも思えない。
現に先生は、黒板の前で驚きのあまり硬直して動かない。
「証拠はあります。証言もできます。目撃者もいます。完璧です。これを金崎に突き付ければいいんですか? 先生方に突き付ければいいんですか? それとも見過ごすべきなのですか?」
菊野の態度は、毅然として変わらない。自分が全て正しいんだと言わんばかりに胸を張る。
まぁ、正しいんだが。
「聞いてますか? 先生。私は一刻も早く答えが知りたいんですけど」
「──っ! 全員、気を付けて帰るようにッ!」
菊野の言葉に顔を青く変えた先生は、慌てた様子で教室から走り去っていった。
なんて頼り甲斐のない先生なんだ。秀則は誰にもわからないようにため息を吐いた。
「所詮はこの程度ね」
菊野も、ここぞとばかりに大きなため息を吐く。先生の反応に手応えが無かったせいか、どこかつまらなそうだ。
しかも、誇らしげにつまらなそうだ。
とすっ、と小さく椅子に座ると、菊野は秀則の方を見て悪い笑みを浮かべた。
一筋縄じゃ終わらないぞ。
そう言っているようにも見えた。
……実際、このまま終わるわけなんか無い。