ラブレターではないのですね。
『放課後に俺のとこまで来い』
誰よりも早い朝。
机の中に忍び込ませるようにして入っていたその手紙は、そう一文綴られているだけだった。
かなり汚い字だ。金崎からだろう。
誰からだろうかと期待した秀則は、若干だけ沈む。
よくよく考えてみれば、切り取られたノートの紙が二つ折りになって放り込まれている時点で女子のはずが無いのだが。
「はぁ……こっちだって忙しくないわけじゃないんだからさぁ……」
秀則はその紙をくしゃくしゃに丸め、教室の後ろに設置されたゴミ箱へと放る。
綺麗な放物線を描いた白いボールは、そのゴミ箱に吸い込まれるかのように──
ポトッ。
──地面へと落下した。
「………………」
まぁ仕方ないな。いくらバスケをやってるって言っても、投げる物の大きさが違うし。
秀則はそう言い訳をしながら、床に落ちた紙を拾いに行く。
(二度手間ってこう言うことを言うんだろーなー……)
よいしょと腰を曲げ、その小さな紙に指が触れる、その時。
「へぇ。新君はモテモテだねぇ」
指の先から、紙が消える。
掴むべき対象を失った秀則の右手は、どこだどこだと宙を彷徨った。
顔を上げると、そこには二本の足が立っていた。
さらに顔を上げると、
「……いつからそこにいたんだい?」
膝の少し上まで上げられたスカート。
偉そうに腰に当てられた左手。
汚い物を持つかのような右手。
小学生並みの小柄な体躯。
「呆れた」と言わんばかりに傾げられた小首。
垂れ下がる美しい黒髪。
「あんたがこれを投げた後から。見えてなかったの?」
「足音すら無いで入ってこられて気づくわけないじゃないかよ」
菊野水姫。
幼馴染み、という羨ましい関係ではないが、小学生の時からずっと同じ学校に通っている。金崎と同じだ。
とは言うものの、接点はあまり無かったからか、秀則は彼女のことをよく知らない。向こうもたぶんそうだろう。
ただ一つ。
彼女の「正義感」と言うのは、かなり特殊だ。
「こんなテキトーに書かれた文章になんの効力があるのよ」
「効力……っていうか、なんだろうね」
金崎が彼女に手を出さないのは、そんな特殊な正義感が怖いからだろう。後ろめたいことをしていると言うのは自分でもわかっているらしい。
「でもあんたはこれに行くんだよね?」
「そうだね。金崎の呼び出しを無視した日には僕の命は三桁あっても足りないよ」
「バカねぇ……」
彼女は右手で摘んでいた紙を再びくしゃくしゃに丸めて、ポイッと後ろに放り投げる。
ノールックだったにも関わらず、その紙は見事ゴミ箱へ。
「あんたのそーゆーとこが気にくわないのよ。昔っから」
そう言って、これまた偉そうに颯爽と歩いて行ってしまった。
「……嵐みたいな女だよなぁ」
教室に残された秀則は一人、先ほど菊野水姫が入れそこなった紙を拾っていた。