暴力は何も解決しませんね。
それは、突然のことだった。
「おい、秀則ィ」
弁当を食べ終え、用を思い出して担任の元へ急いでいた時だ。秀則はある人物に呼び止められた。
見事な茶髪に、銀色に光るネックレス。耳にはピアスの穴。
隣のクラスのいわゆる不良、金崎優だ。
「な、なんだよ」
彼と秀則は小学校からの付き合いだ。彼の性格はよく知っている。
「ちょーどいいとこに来たなぁ」
そう、こう言って近づいてきて、
「お前、今日金は?」
見下すような目で、人を睨むのだ。
いわゆる、カツアゲという行為。中学時代、彼の餌食になった人数は両手では数え切れないだろう。
こう言う人物は、小説や漫画では「根っからの悪では無い」と紹介されるところだろうが、彼にそんな良いところは存在しない。根っからの悪だ。
しかも、よりによって彼の父親はこの市の市長。この学校に多大なる寄付をしている。
親の七光りが怖いのか、教師は彼に注意や指導はしない。彼のせいで辞職まで追い込まれた教師もいるほどだ。
「……金は無いよ。財布、持ってきてないからね」
これは秀則の嘘だ。こんな馬鹿な男にくれてやる金など無い。
「まぁまぁ、そんなつまんねェ嘘はいらないからよ。とりあえず、四、寄越せや」
四、とは金額の話ではない。桁の話だ。
つまり、千円寄越せ、という隠語。
「本当に持ってないよ。弁当と飲み物はちゃんと持ってきてるからね」
「へー……じゃあ、ちょっとここでジャンプしてみ」
(うわ、出たー……)
未だにこんな古い手で金をせしめようとしているのか。
確かに、秀則のスラックスの左ポケットには財布が入っている。
だが、こんなこともあろうかと、小銭は全て抜いてある。
「いいよ、ジャンプして──」
「ほら、よッ!」
ゴスッ!
重い一発が、秀則の、ちょうど鳩尾に。
「カハッ……!!」
息が詰まる。呼吸が止まった。肺から全ての空気が無理矢理押し出される。
ふらふらと体が揺れる。壁に激突し、床に倒れるのは防げた。
「とりあえず、一発な」
金崎はいやらしい笑みで秀則を見つめる。
ちょうど二人の横を通り過ぎていった他クラスの生徒は、目を伏せて小走って行ってしまった。
(チッ……)
助けてほしい訳では無かったが、その行為には腹が立った。
結局コレだ。全部決まっている。
だからと言って、こんな下衆に渡す金など無い。
「金は……無いよ」
掠れた声で言葉を返す。
「ふーん……」
金崎はどうでもいいなという顔になり、秀則を一瞥したあと、どこかに歩き去ってしまった。
(今回は随分と早いな……)
前の彼はもっと暴力的で、もっと危ない人間だったのに。
「あー、いってぇ」
だいぶ呼吸が楽になってきた。
それにしても、これで何回目だろう。少なくとも二桁は越えている気がする。
「いつか絶対……」
やりかえしてやる。あの顔面に一発入れてやるんだ。
(……いつか、ね)
若干ぎりぎりと痛む腹を抱えながら、秀則は元の用事へと急いだ。