茜色の夕焼けですね。
仁王立ちする黒髪ロングの女子生徒。
呆れた顔が、秀則を痛めつけていく。
「……いつからそこにいたのさ」
「ずっといたわ。秀則が陸上部の可愛い女の子をいやらしい目で見つめてたあたりから」
そんな目をしていただろうか。
「いやらしい目で見るのもいいけど、バレない程度にね」
彼女は腰に手を当て、上半身だけ前に突き出すポーズ。
この女の子にはよく似合うポーズだ。なんせこの子は結構可愛い。
「いや、別にそんな気はさらさら……」
「言い訳無用よ」
くるり。と彼女は階段の方に向く。
ふわっとしたいい香りが、その女子生徒から──
(はっ! いけない!)
危うく意識がトぶところだった。
顔をふるふると振るい、意識を、現実に繋ぎとめる。
これだから、男とは弱いのだ。若干ばかりの煩悩で倒れかけるなんて、まるで脆弱では──
「……ふふっ」
「……え?」
「なんでもないわ」
彼女は何かを隠すように歩いて行った。
「あ、待ってよ水姫!」
「待たない。私は早く帰りたいの」
「荷物! 荷物持ってくるだけだから!」
その言葉の直後。彼女は動きを止めて、こちらに振り返る。
「……早く取ってきて。帰るよ」
彼女の、菊野水姫の、少しだけむくれた顔。
幼い頃から変わらない、その顔。
秀則はそれを横目に、再び教室へと急いだ。
◇◆◇
夕焼けが赤く染める道。
いくつもの塀や家が建ち並んだ細い道。
そんな帰宅路を、二つの影が仲良く並んで歩いている。
「今日どこかに行く予定は?」
「無いわ。真っ直ぐ帰りましょ」
「……へい」
……正確には、水姫が前で秀則が後ろだが。
いつか隣に並んで歩きたいと、秀則は常々思っているが、なにせチキンで叶わない。
(まぁ……このくらいがちょうどいいんだけどね)
秀則は小さく微笑んだ。
「秀則、気持ち悪い」
「あ、ごめんごめん」
「はっきり言うと、キモい」
「切実に言うと、悲しい」
他愛もない会話。
こんな日常が、秀則にとっては幸せなのだ。
『ほら一年! 頑張れ!』
『ハイ!』
『あと一キロだぞ! 踏ん張れ!』
部活だろうか、五人ほどの坊主が二人の横をすれ違って行った。
「青春だねぇ」
思わず言葉にしたその一言。
「まだそんなこと言える歳じゃないでしょ」
に対する反応は、軽いチョップ。
ただ、頭上までは届かないらしく、額に直撃。
危なかった。もう少し下だったら鼻を殺られているところだ。
「まだまだこれから長いんだから、楽しんで行かなきゃ」
水姫が笑顔で言う。
その笑顔は、いつも秀則を救っていた笑顔。
「そうだね、楽しまなきゃ」
秀則も、笑顔で返す。
それに満足したか、水姫は再び前を向いて歩き出す。
小さな背中は、どこか自信に満ち溢れている。
あの背中に、秀則は救われたのだ。あの小さな背中に。
それは、ちょうどあの一年生と同じくらいの歳だった。
その時すでに、人生の『全て』を悟った者がいた。
『お前は、俺らとは違う生き物なんだよ』
彼の名は──