夏は暑いですね。
晴天。
雲一つない、青く澄み渡った空。
風に揺れる、緑色の木々。
さえずりを交わし合う、鳥。
彼は、そんな美しい世界を──
──教室の中から、眺めていた。
『えー、これは十世紀末に──』
ああ、なんて綺麗なんだ。
まるで心が洗われるかのようだ。
『この人物がここを統一して──』
こんな日こそ、僕らは外へ出て、この美しさを体全体で感じるべきではないのか。
『さらにこの国を滅亡させ──』
高校生になってはや二年もたつのに、ろくに外で遊んだ覚えがない。こんな高校生活でいいのだろうか?
『……そこ、君』
それにしても、この授業は眠くなる。
日本史イコール睡眠という素敵な方程式が成り立っている僕にとって、こんなに真面目に授業を受けていることすら極めて稀なのだ。
『君、聞いているのかね?』
先生が誰かに怒ってるようだ。
全く……どうして授業を妨害するようなことをするんだ。授業態度の悪い生徒だ。
どこのどいつだ、その不りょ──
『新! 新秀則! 聞いているのか!』
…………僕?
「はィ!」
やらかした。
『新……お前という奴はどうして毎回毎回……!』
先生の額に、見事な青筋が立っている。
相当怒ってらっしゃるようだ。
『……後で私の所に来るように』
先生の怒気を孕んだ笑顔は、たぶん今年一番恐ろしかった。
◇◆◇
放課後。
「はぁ……。ホント嫌になるわ」
秀則は、誰もいない廊下をとぼとぼと歩いていた。
頭の上には立派なたんこぶ。
あの後、日本史の先生にこってり絞られ、しまいにはゲンコツを一発貰ってきた。
しかも、昔空手をやっていたらしく、その拳はまるで鋼鉄のようだった。
「とんだとばっちりだよ、もう……」
何時間怒られていたのだろうか。今窓からは、暖かいオレンジ色の光が差している。
秀則は深くため息を吐いた。
いつもならこの時間は、帰宅路を歩きながらパズ○ラをしているのに。
と、後悔してももう遅い。
「さっさと帰ろ……」
重い足を引きずりながら、秀則は荷物を求めて教室へと向かう。
外から、力強い掛け声が聞こえる。
ふと視線を窓に移すと、下に見えたのは陸上部の部員達。
その姿はとても清々しく、万年帰宅部の秀則をあざ笑うかのよう。
「いいなぁ……」
秀則は窓を開け、桟に両手をかけた。
黒い髪が、風になびく。
「僕も何か……」
何か生きる意味が欲しい。
ただただ惰性で日々を過ごし、やりたくもない勉強をして、きっとそのまま大人になって、なんの変哲も無いサラリーマンになって、誰の記憶にも残らずに死んでゆく。
そんな人生は嫌だ。
小さな歯車になって、社会が美しく回るために死ぬなんて、絶対に嫌だ。
小さい頃の自分だったら、こんなことは一切考えなかっただろう。
だが、自分は今高校二年生という、いわば大人になるための道を辿っているところなのだ。
どうしようもなく、つまらない大人になるための道を。
「ホントにこれでよかったのかなぁ……」
秀則の顔を、苦い微笑みが満たした。
そんな彼の顔を刺すように、一陣の風が──
「うわっ! いててててて!」
顔面に直撃した風が、目の中にわずかな砂をプレゼントして去っていった。
なんて空気の読めない風だ。こんなにも人が感傷的になっていると言うのに。
「くそー……いつか絶対復讐してやる……!」
秀則は窓に背を向け、そのままもたれかかり、痛む目をごしごしと──
ぱしゃっ。
シャッター音。
「感傷に浸る変態一人、と」
女の子の声。
誰だろう? と、うっすら目を開く。
と同時に、ポケットの中のケータイが、軽快な音と共にその体を震わせた。
反射的に、ケータイへと手が伸びる。
メール
菊野 水姫さんから新着メールがあります
「あんた、何やってんの?」
そんな文とともに、窓辺でたそがれる秀則の姿が収められていた。