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双龍の飛翔  作者: 寺小柚琉
二人の思い出、彼の過去
1/10

夏は暑いですね。

晴天。

雲一つない、青く澄み渡った空。

風に揺れる、緑色の木々。

さえずりを交わし合う、鳥。

彼は、そんな美しい世界を──



──教室の中から、眺めていた。



『えー、これは十世紀末に──』

ああ、なんて綺麗なんだ。

まるで心が洗われるかのようだ。

『この人物がここを統一して──』

こんな日こそ、僕らは外へ出て、この美しさを体全体で感じるべきではないのか。

『さらにこの国を滅亡させ──』

高校生になってはや二年もたつのに、ろくに外で遊んだ覚えがない。こんな高校生活でいいのだろうか?

『……そこ、君』

それにしても、この授業は眠くなる。

日本史イコール睡眠という素敵な方程式が成り立っている僕にとって、こんなに真面目に授業を受けていることすら極めて稀なのだ。

『君、聞いているのかね?』

先生が誰かに怒ってるようだ。

全く……どうして授業を妨害するようなことをするんだ。授業態度の悪い生徒だ。

どこのどいつだ、その不りょ──

(あらた)! 新秀則(あらたひでのり)! 聞いているのか!』

…………僕?

「はィ!」


やらかした。


『新……お前という奴はどうして毎回毎回……!』

先生の額に、見事な青筋が立っている。

相当怒ってらっしゃるようだ。

『……後で私の所に来るように』

先生の怒気を孕んだ笑顔は、たぶん今年一番恐ろしかった。



◇◆◇



放課後。

「はぁ……。ホント嫌になるわ」

秀則は、誰もいない廊下をとぼとぼと歩いていた。

頭の上には立派なたんこぶ。

あの後、日本史の先生にこってり絞られ、しまいにはゲンコツを一発貰ってきた。

しかも、昔空手をやっていたらしく、その拳はまるで鋼鉄のようだった。

「とんだとばっちりだよ、もう……」

何時間怒られていたのだろうか。今窓からは、暖かいオレンジ色の光が差している。

秀則は深くため息を吐いた。

いつもならこの時間は、帰宅路を歩きながらパズ○ラをしているのに。

と、後悔してももう遅い。

「さっさと帰ろ……」

重い足を引きずりながら、秀則は荷物を求めて教室へと向かう。

外から、力強い掛け声が聞こえる。

ふと視線を窓に移すと、下に見えたのは陸上部の部員達。

その姿はとても清々しく、万年帰宅部の秀則をあざ笑うかのよう。

「いいなぁ……」

秀則は窓を開け、(さん)に両手をかけた。

黒い髪が、風になびく。

「僕も何か……」

何か生きる意味が欲しい。

ただただ惰性で日々を過ごし、やりたくもない勉強をして、きっとそのまま大人になって、なんの変哲も無いサラリーマンになって、誰の記憶にも残らずに死んでゆく。

そんな人生は嫌だ。

小さな歯車になって、社会が美しく回るために死ぬなんて、絶対に嫌だ。

小さい頃の自分だったら、こんなことは一切考えなかっただろう。

だが、自分は今高校二年生という、いわば大人になるための道を辿っているところなのだ。

どうしようもなく、つまらない大人になるための道を。


「ホントにこれでよかったのかなぁ……」


秀則の顔を、苦い微笑みが満たした。

そんな彼の顔を刺すように、一陣の風が──

「うわっ! いててててて!」

顔面に直撃した風が、目の中にわずかな砂をプレゼントして去っていった。

なんて空気の読めない風だ。こんなにも人が感傷的になっていると言うのに。

「くそー……いつか絶対復讐してやる……!」

秀則は窓に背を向け、そのままもたれかかり、痛む目をごしごしと──


ぱしゃっ。

シャッター音。


「感傷に浸る変態一人、と」

女の子の声。

誰だろう? と、うっすら目を開く。

と同時に、ポケットの中のケータイが、軽快な音と共にその体を震わせた。

反射的に、ケータイへと手が伸びる。


メール

菊野(きくの) 水姫(みずき)さんから新着メールがあります


「あんた、何やってんの?」

そんな文とともに、窓辺でたそがれる秀則の姿が収められていた。

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